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 夫婦だけに限らず、人間関係って結局は努力してもどうしようもないのではないかと経験上感じています。私の両親は不仲で、母が常に父の態度が気に入らなくてヒステリーを起こし、それを黙って何も言い返さないという父という関係でした。

 しかし、両親とも共通している点があり
 「子供のために自分の教育論は正しい」
 「夫婦同士歩み寄りたいのに、相手が会話ができない人」
 「子育てに必要なのは夫婦があまりにもバラバラな意見では、子供が混乱してしまう」
 という姿勢です

 具体的な意見の相違としては
 父=子供は愛を持って、優しく接していれば素直に育ってくれるという主義で、母親がもっと冷静に話ができる人であれば、自分が父親として十分機能できる。夫婦・両親として正しく機能できなかった原因は建設的な会話ができない母親にあると言っています。

 母=厳しさこそ子供を育てるのに必要なもので、父親が厳しくないから自分がガミガミ言う嫌われ役をしていまうことになると言っています。自分は内助の功に徹していたいのに、父親のリーダーシップが足りないから、夫婦・両親として機能できなかったと言っています

 なんだか、
 父=吉永小百合のような奥ゆかしい嫁だったらうまくいくのに、泉ピンコのようなガミガミした嫁だからうまくいかない
 母=渡哲也のような強い旦那だったらうまくいくのに、小日向文世みたいな軟弱な旦那だからうまくいかない
 と言っているように聞こえます。
 
 これまで夫婦の話し合いを見てきたんですが、根本的に求め合っているものが違いすぎて、話し合う必要が無意味なような気がします

 話し合いといっても父は子供の為に、母の言うことは受け入れてでも仲を悪くしたくないという姿勢で、母が一方的に自分のこれまで受けた屈辱や不満を爆発させています。その話を見ていると母親は父親が別人にならない限り絶対納得する日が来ないように思えます。どれだけ父が「今後気をつけるよ」とか「すまん」と指摘された点について謝罪しても、また生活の中でむかつくことがあると、不満を言い始めて結局前回話あった過去のことについてもまた不満を言い出します。

 その姿を見ていると、結局、父がどんな言葉を並べようとも、言い方や雰囲気といったすべてが気に入らないだけなのでは?と思うのです。

 本当に話し合いで歩みよりというのは可能なんでしょうか?
 それとも、うちの両親が自分のテリトリーが狭すぎるだけでしょうか?

A 回答 (9件)

私もビックリするほど質問者様と全く同じ境遇で育ちました。


父母の人格や工程までほとんど同じです。
うちの場合は、母がひどい鬱になってしまい父が病院へ連れて行って治そうとしたけど、ダメで母の方からの強い要求で離婚になりました。

本当に両親のそんなイガミ合いを見るのは辛いですよね。

今現在、やっと結婚しようとまで思える彼氏と出会いました。
恐ろしい事に、私と彼は、あの時の両親そのままの性格なんです。
なんなんでしょうね、この巡り合せは。まるで神様が両親のカルマを克服しなさいとでも言っているようです。

私が身を持ってわかった事は
【どちらも自分に自信がなく相手が変わるのを待っているだけ】

良い例があります。うちの祖父&祖母です(父方)
すごく仲が良くて本当に尊敬する二人です。
祖父は強くて優しくて家族思いで、他人に対しても面倒見がよく、周りからも非常に慕われる親分肌でした。勝新太郎と長嶋監督を足して2で割った感じ?【すいません意味不明で】)
祖母は不満に思ったらバーンとすぐ何でも口に出します。キチガイかと思うほどヒステリーにガンガン言うときもあります。
起伏が非常に激しいのです。
それ故にすぐにコロッと機嫌が良くなるのです。
それに只のヒステリー女なだけではありません。芯は愛情深くとても優しい人です(きっとみんなそうです)
だけど、日常では色んな事があるし不満だって出てくる。その場の勢いでモノを言うだけ。
それを祖父はわかっていたのです。祖父は非常に頭のキレる人でした。
祖母の起伏の激しさを知っていたから、ほっとけばすぐ戻ることまで想定していました。
(はいはい、また始まった。)ぐらいの感じでドーンとしていました。
何を言われてもハイハイ。また馬鹿が何か言っているぞ!と言わんばかりに。
そして祖父は絶対に(ごめん)とか(わかった)(次からする)などと中途半端は言いません。
ただ、相槌を打つか一言二言返すだけ。
自分が本当に間違っていたら、素直に悪かったとも謝ります。それも自信満々に謝ります。
そのかわり、祖母が悪くて明らかにヒステリーが行き過ぎだとなると、
上からガツンと押さる力がありました。
その時もただ、キレて怒鳴るのではなく、こうだからお前が間違っている!悪いことは悪い!と。
『それでも不満があるなら一人の力でやってみろ!誰の力も借りるな!』
と本当に虎のような迫力でした。しかしそこにはいつも深い愛情がありました。必ずこう付け加えるのです。
『お前が憎くて言ってる訳ではないぞ。わかるか?そんな人間になって欲しくないからだ』と。

それから不満をぶつけられた時は、よくこんな風に返してました。
『そんなに不満があるなら、しなくていい!その代わり、させてくれなかったとは言うなよ!』

不満のうち大抵は、人からみれば贅沢な所が多いと思いませんか?
例えば、ある程度の生活や環境を与えられていたり、それにかかる必要な物は買ってくれていたり、
子に関しても、勉強したくないならしなくて良い。だけど、させて貰えなかったとは決して言うな。
でした。勉強したいと言うのなら、一生懸命働き、大学だって行かせてやるぞってことです。
それを不満に思うか、与えられた環境に感謝するかは自分で決めさせる!

常に祖父は、相手の不満を自己責任に置き換えて考えさせるように相手に投げかけるのです。
それがとても上手かった。
そこには常に自我よりも対人への愛情があったのです。
それでも祖母のヒステリーは治りませんでしたが(苦笑)
きっと心の広い祖父に甘えていたのでしょう。
もう祖父は他界しました。本当に素敵な祖父です。
祖母の元へは生前慕ってくれていた沢山の人たちが、祖父が亡くなった今でも気に掛けて訪ねて来てくれます。
それは、祖父が常々周りの人に対して、祖母は一人では何も出来ないので宜しく頼む!と伝えていた為。
本当に守るってこういう事なんだと思いました。
そんな祖父だから祖母もボロクソ文句言いながらも人前では祖父を立てて尊敬する事が出来たんだと思いました。

なんか脱線しましたが、要は言葉の言い回し一つって事ですよね。
私の父もそんな祖父の子供でありながら、それが出来ない人でした。
だから、歩み寄る事はお互いが自分に厳しくなる事に思います。
相手を変えるより自分自信の人間性を高めて行く方が早道だと思います。
お互い同じような親の元に生まれ、苦労しますが明るく楽しい未来を夢見て頑張りましょう。

きっと私達は嫌な思いをした分幸せになりますよ♪
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ごめんなさい。

回答と言うより質問者に質問です。
実は私たち夫婦も質問者さんのご両親と同じような関係にあります。
私は夫ですが、子供のためになるべくなら夫婦関係を悪化させないように生活しています。妻は何か不満があるたびに話を過去の不満や不遇にすり替えていきます。私は子供の前では、反論したい気持ちを抑えて
黙っていることが多いです。
こんな両親を持っている子供は、両親をどう見ているのでしょうか?
子供のために黙っていることが、本当に子供にとって良いことなのか、自分では自信がありません。
回答欄に書くことではないのは分かっているのですが、よろしければ質問者さんの意見を聞かせてください。
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この回答へのお礼

お子様の性格次第なので
正直、私が意見しても参考になるか解りませんが・・・

私は正直「幸せが解らなくなってしまった」という気持ちでいましたかねぇ

子供の頃は、両親のたまにあるいざこざは気になっていたものの、子供がまだかわらしい時期なので、家庭に笑顔も自然にありました。父はしっかり仕事をしてくれて、母も主婦をちゃんとやってくれ、子供もそれに応えるために一生懸命がんばっていました。

思春期の頃に家庭に問題が続出しはじめました。
ただでさえ、思春期で自我の形成や進路に悩む時期に、当然母のヒステリーが過剰になり、父がマンションの購入を失敗して転売せざるおえなくなったり、夫婦が別居したり兄弟仲が悪くなったりと問題が続出しました。

でも、家庭の不和をはじめとしたさまざまな問題が自分が悩むべき「問題」なのか?という事が悩みになりました。

その当時私の身近にいた友達に
母を亡くして父が再婚し子供を作ったことにより、高校進学もできず中学卒業後に家を追い出された子とか、実家で生活しているものの、学業の成績が良い弟には専用の部屋が与えられ、自分には与えられなかった子。両親の離婚によって母子家庭になった子とか、自分以上の問題と思える事情を抱えた子がいたんですよね。
それに、私の父自身が苦労人で、早くに父を亡くし青森から誰も頼らず上京し、働きながら夜間大学に通い。その結果ちゃんとした仕事に就き青森の実家に家を建てて、弟たちの面倒も見てきました。

そういう友達や、父の生き様見ていると「なんだか、今の状態に不満を持っているのは、自分のただのワガママになってしまうのかなぁ」とも思う一方で、テレビで放送されている「夜回り先生」のドキュメントとかを見ては、なんだか自分の心のむなしさを埋めてくれるこういう人はいないもんか、と憧れたりしてました。

要するに、何が悩むべき問題でどこまでが、自分が堂々と悩みだと言っていいのかが解らなくなってしまったという感じですかね

お礼日時:2009/06/12 01:21

歩み寄り、話し合いより以前に


「ごめんなさい」・「ありがとう」の一言がいえない夫婦なのでしょう。
(特に、母親)

まずは、頭を下げることから1歩ずつ距離が近くなると思います。

おそらく、母親はいわゆる「減点方式」で、誰になっても文句は出ると
思います。「どうせやるなら、ちゃんとして」と言うスタイルだからです。
結局、自分(母親)の思うとおりに動かないから、フォローは自分がするので自分の仕事は増えるのです。
それに対しての評価が低いから
余計に機嫌が悪いのだと思います
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この回答へのお礼

父もよく
「ありがとう・ごめんなさい」の言葉が無いから
と言っています

父が「これまでのことはすまなかった、ありがとう」
と言っても、母は信用しません
「そういう言葉が出るのならば、こういう時にそういう態度・行動に出るのがおかしい」みたいな事を言っています。
やはり、父に求める理想があって、それからはずれたら「何故!?、やっぱりわかっていない!」という事になっているんだと思います

お礼日時:2009/06/12 01:24

同じような親を持つ子です。

ただ親は金婚式をはるかにすぎていますけどね。長いことお互いに不足をいい続け、特に母は、夫より1分でも長生きしてせいせいしていきたいといってました。
何分戦後の混乱期で、お互い相手がいなかった時代ですし、分かれることが罪悪な時代ですから・・。夫婦仲が悪いと思い込んでいました。ところが・・
7年ぐらい前に、母が脳梗塞で倒れ、色々あって夫婦で施設に入所したのですが。よそのご夫婦は別々を望むのに、うちはずーっと同室。
二人とも認知症で、車椅子ですが、仲良く暮らしています。
永年のあれはなんだったのかと・・・唖然としました。
夫婦けんかは犬も食わないんですよ。いがみ合う二人でも、別れないでいるということは、絆がなにかあるんですよ。娘の私も60近くなってそういう夫婦の微妙な関係がわかってきた感があります。
ご両親が毎日ケンカしてるのを見るのはつらいもんです。だから私は夫婦喧嘩したことがありません。
でもケンカするほど仲がいい・・・ていうのも、あるだなあと
最近ようやく悟りましたね。ご参考までに
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この回答へのお礼

結局は、「どうてもいい相手と結婚してしまった」というのが問題なんですかね

特に長い時間恋愛をしたというわけでもなさそうですし
でも我が家の場合は今後どうなるんですかね
まったく、想像できません

お礼日時:2009/06/12 01:30

話し合いで歩み寄ることは可能ですよ。


夫婦に限らず、友達でも職場の人間関係でもそうじゃないですか?

事を丸く収めようと思ったら、自分の意見を多少抑えて(譲歩して)相手の言い分も聞いて、落としどころを見つけますよね?
『お互い』が歩み寄ろうと言う姿勢で話し合うことが重要なんです。
それが出来るか出来ないかです。
相手を言い負かして従属させようと思うから、いくら話し合っても平行線なんです。

貴方のご両親のケースでは、お父様が歩み寄ろうと努力しているのに、お母様があまりにも自分を曲げないので『お互い』ではなかったのでしょう。
お父様が黙って何も言い返さなかったのは、亀裂が大きくならないように、家庭の中がごたごたしてお子さんに悪影響を与えないようにと考えた結果なのでしょう。
そんなご両親を見て育った貴方は、今後自分が人付き合いをする上でどうすればいいかを学んだはずです。
相手の立場を理解し、思いやりを持って考える姿勢があればうまく行くと思いますよ。
そういう姿勢のない人は社会で孤立した存在となってしまいますから。
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「話し合い」と「討論」は全く別物なんですけれど、「話し合い」ができる人って少ないんですよ。



話し合いってのは、お互い自分の意見を言い合って、お互いが納得できる妥協点・着地点を見つけることで、お互い納得できる妥協点・着地点を見つけることができたら両者勝ち。逆に言えば見つからなければ両者負け。
討論ってのは、読んで字のごとく、自分の論で相手を討つこと。
自分の意見を押し通すことができたら勝ち。相手の意見を押し通されてしまったら負け。

多分ほとんどの人がしてるのは「討論」であって、話し合いではないんですよね。
「話し合い」と称して討論をしていることがほとんで。
「歩み寄り」といいながら、自分は歩み寄らず、相手に対して「お前がもっとこっちに歩み寄ってくるべきだ!」って言ってるだけだったり。

誰だって、「話し合い」さえすることができれば、どんなに価値観が違う物同士でも、仲良くはできるんですけどね。
けど、話し合いをする技術がない、それどころか話し合いする気すらない、こういう人がほとんどだったりするんですよね。
で、「話し合い」と称して、いかに自分の意見を通すかという討論をしているだけなことがほとんどだったりします。
これ書いてる自分も人のこと言えず、すぐ討論になるタイプなんですけどね。
初めは冷静に冷静に、って思ってても、すぐについカッとなって自分の意見を相手に押し付けてることが多々あります。

だから…、歩み寄ることが可能かどうかと言えば可能なのだとは思います。
お互い本当に、歩み寄る気があるなら、それは絶対に可能です。
しかし質問文を読む限り、質問者様のご両親はとても難しそうですね。
歩み寄る気自体がなさそうですから。
自分の意見は全く変える気がなく「相手が意見を変えるべきだ!」と譲らない状態ですからね。
たとえ話し合いにならず討論になってしまったとしても、心の中に話し合いをしたいという気持ちだけでも持ってればまた全然違うのですけれど、話し合いをしたいという気持ちすらない状態は…どうにもできなかったりします。
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子ども以外に夫婦の共通の目的というか接点というものがおそらく全く無いのでしょう。



おそらくご夫婦になって10年は経っていると思われますので、共通の趣味を持つのは困難だと思います(というより、そのことがストレスになる)
早く子離れして別々の目標とか趣味を持つべきでしょう。
一歩下がってお互いを見ることができるようになれば、夫婦関係も改善すると思います。
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この回答へのお礼

共通した趣味なんて無理でしょうねぇ
そういうことが作れる時代が過去にあったかもしれませんが、

よく言いますよね
男女としての恋愛が続くのは4年まで、それ以降をつなぎとめるのは子供か趣味か
そういったもので、氏亜w背の共有感がないとだめという話やっぱ本当なんですね

お礼日時:2009/06/17 02:56

相手を認めた上で自己主張をする、という最低限の


対人マナーができていなければ、
どんな関係も歩み寄りはないと思います。
もともと違う環境で違う人格で成長する別人が
理解しあうことなど不可能で
それでも夫婦や友人という密な関係の中では
お互い心地よくあるために感覚や考え方の相違を意識した上で
言葉や態度を選んでかかわっていくことが必要になります。

どんなパートナーであれ自分たちがお互い選んで決めた相手だから
相手にあわせたものいいとか配慮がないと
お互いがお互い「話ができない」と簡単な結論を出してしまいます。
適切な努力をせず。

相手が悪い、では永遠に平行線です。
相手にどうしたら伝わるだろう、
という思考が欠けてしまっているのです。
歩み寄りを意識せず相手の非を主張することによって
自分の正当性を強固なものにしようとしても
それは当然相手には伝わりません。

ご両親は相手を思う気持ちに欠けていると思います。
自分たちが互いに選んだ相手なのに
その責任を棚に上げて「不仲」という
お互いがお互いに甘えた状態になっているのです。

>父=吉永小百合のような奥ゆかしい嫁だったらうまくいくのに、泉ピンコのようなガミガミした嫁だからうまくいかない
 母=渡哲也のような強い旦那だったらうまくいくのに、小日向文世みたいな軟弱な旦那だからうまくいかない

じゃあ最初からそういう人を選んだらよかったんじゃないの?
と思います(^_^;)
基本的なキャラはそこまで変わらないだろうから
こどももできて夫婦関係も何年も経ってからこの主張では
あまりに稚拙です。
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この回答へのお礼

>父=吉永小百合のような奥ゆかしい嫁だったらうまくいくのに、泉ピンコのようなガミガミした嫁だからうまくいかない
 母=渡哲也のような強い旦那だったらうまくいくのに、小日向文世みたいな軟弱な旦那だからうまくいかない
というのはあくまで私が中立的に見た、印象を解りやすく表現するとなんですが

確かに、なんで結婚したのかなぁと思ってますわ

父からすると「最初は猫かぶってて、解らなかった」
母は、「最初は我慢して合わせようとしても、まったく相手が歩み寄らないからこうなった」

てなもんです

お礼日時:2009/06/17 02:53

>本当に話し合いで歩みよりというのは可能なんでしょうか?



可能です。
もっとも、話し合いの前にもっとお互いへの思いやりや尊重が必要です。
話し合いとはお互いの差異を認め合うことであって、
自分の正当さを相手に認めさせることではないので。

>それとも、うちの両親が自分のテリトリーが狭すぎるだけでしょうか?

狭すぎですね。
どこの家もそうですが、
日々のこまかいことをがみがみ言うのがお母さんの仕事。
ここぞという時に嫌われてもいうべきことをがつんと言う、
ものによっては体罰も辞さない強い態度で臨むのがお父さんの仕事。
という、昔ながらのごく当たり前の役割分担ができていないのが
不和の原因でしょう。

男性目線で見るとお父さんを立てないお母さんに非があります。

愛情ときびしさは両立します。厳しさの中に愛があれば子供だって
そのくらい敏感に感じ取ります。方針がぐらついているのと、
本当の意味で子供への愛情が足りないんじゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

>>日々のこまかいことをがみがみ言うのがお母さんの仕事。
ここぞという時に嫌われてもいうべきことをがつんと言う、

やっぱり、これがあるべき両親の姿なんですかね
でも、我が家の場合は父親は「ガツンと言えるし、言いたいけどそれは母親の姿勢があってはじめてできる、オレも親父代わりとして弟たちの面倒見てきて、グレた弟をぶん殴ったこともあった。だけど、この家でやってしまうと、母親があれだからやってしまった後どうにもならない」と言ってます
でも母親は「自分が嫁として安心できる父親になるのが先だ」と言ってます
一体誰が悪いんですかね・・・

お礼日時:2009/06/17 02:50

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