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日本人が一億二千万人近くにまでなった理由と言うのは、経時的に考えて、どうしてなんでしょうか?
ほかの諸国と比べた場合何が違ったのでしょうか?

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A 回答 (4件)

>日本の人口が増えた理由



     ↓
ニワトリと卵のような因果・相関関係があるのではないでしょうか?

それは、
昭和22年頃に初めて日本人の平均寿命<余命>が50歳を超えた。
つまり、妊娠出産可能年齢の女性が増加し、特殊出生率<2.1人を超えると人口増傾向>も高かったので、多くの子供が生まれ、人口増加と国力や経済規模の拡大が齎され、それが更なる人口増加要因に繋がって行ったのではないでしょうか・・・。

しかも、医学の進歩で、出産時の母子のリスクも軽減され死産や母親の死亡等が減少。
乳幼児から成長、成人化するのに、食糧難や疾病による若死<病死・飢餓死>や戦禍<戦病死>に関わる不遇の死も、世界の平和と繁栄と自由貿易により格段に改善された。

その結果、出生数の増加→結婚出産件数増大→平均寿命の伸長→が、拡大再生産的に連続して繰り返される事で、人口増に繋がった。


主な要素は、食糧事情の向上・医療の進化・食生活の健康志向・平和
が下支えとなって、世界一の長寿国になった。<順不同>

◇出産時の母子死亡が減少
◇食糧事情と栄養バランス(日本食の健康志向)
◇医療体制(医師・設備・医薬品・国民皆保険・救急システム・定期健診)
◇平和(内乱や戦争、軍事介入に関与せず)
◇豊かさ(GDP・個人資産・飽食の時代・健康グルメのブーム)
◇山紫水明・風光明媚で空質や水質等の自然環境に恵まれた人に優しい国。
◇日本人の勤勉性と家族観etc。

これらの、諸条件・与件が他国に比べても→プラス方向に相乗的に働いて人口増加が続いて来たが、今後は平均寿命の高止まりと非婚化や特殊出生数の減少により、少子高齢化社会が進行し、人口増加の場合の逆シナリオによって徐々に人口減が進むと危惧されている。
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この回答へのお礼

たいへん総合的に説得力のある理由を挙げられていると思います。非常に参考になります。

お礼日時:2009/12/15 08:45

このような認識ではいかがかね?


http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3568473.html
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そもそも人口というのは、貿易というものを考えなければ、その地域における食糧生産量に比例しています。


江戸時代まで、日本は4000万人程度でほぼ横ばいでした。
明治以降人口が増えたのは、貿易により食糧を輸入してきたからです。
現在日本の食糧自給率は約40%ですから、もし食糧の輸入がストップすれば、明治時代の人口に戻ることになります。
大陸の場合、争いのにより地続きとなっているところに国境が引かれましたから、島国である日本と同列に考えるのはられないでしょう。国というよりその地域全体を捉えて考えるのが適切です。
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戦後、安定して食えるようになったからです。

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Q日本ってなぜ1億3000万人もいるのでしょう?

アメリカの総人口が約2億6000万人。
日本はアメリカの約半分の人間がカリフォルニアより
狭い国土(しかもそのほとんどは山林で住居には適さない)に暮らしているという異常な状態ですが、もともとなぜそんなに人口が増えたのでしょう??諸外国に比べ医療制度が万人にアクセスしやすいという事もあるでしょうが国民皆保険制度が整ったのはここ30年くらいの事だと思います。国別で人口が1億人を超えているのは米国、中国、インド、ロシア、(いずれも大国)ぐらいだと思いますがアジアの小さな島国の人口が1億人を超えてしまったという異常事態はいかにして起こったのか教えてください。

Aベストアンサー

海外から食糧を買ってこられる金があるから
 自然界で生物個体の生息数は、食糧供給量に依存すると考えられる。
 日本列島での1600年ごろの人口が1,000万台、1720年を2,600万台とすると120年間で2.6倍の増加があり、これが幕末には約3,000万人になっている。ということは食糧生産が増加したと考えられる。つまり鎖国していて海外から食糧が供給されないならば、日本列島で養える人口は3,000万人程度と考えられる。これは農水省のHPからも分かる。
 農水省のHPによると、日本国民の食糧自給を確保するには、「国内500万haに加え、海外に1,200万haの農地が必要。このような私たちの食生活は、国内農地面積(491万ha(平成10年))とその約2.4倍に相当する1,200万haの海外の農地面積により支えられています。」とある。
 幕末期よりは食糧生産性は上がっているので、日本列島では3,000万人以上養えるが、単純に計算して、土地が3.4倍になれば、3,000万人の3.4倍、10,200万人が養えることになる。これだけしか養えない土地にこんなにも多くの人が飢え死にしないで生活しているのは、海外から食糧を買ってきているから。そして買える金があること。食糧以外の生産性の高い、ハイテク商品を輸出して、その金で食糧が買えるから。食糧自給率40%ということは、残りの60%は工場労働者が作った製品を輸出しているから。つまり、日本の食料の40%は農家が生産し、残り60%は工場労働者の働きによっている、と考えられる。
 日本の食料自給率が低いことを不安がる人もいるが、食糧生産が減少して自給率が下がったのではなくて、人口が増えたから自給率が下がったと言える。むしろ「こんなに狭い国土に、こんなに多くの人が食べていけるほど、日本は工業生産性の高い国だ」と理解すべきだと考えます。
 なお、工業生産性の低い国で、人口が多く、時々食糧危機により、栄養失調・餓死者が出るのは、その国で養える以上の人口を、先進国の援助によって養っているから。一時的にそれ以上に人口が増えると、飢饉が起き、養える人口に迄低下する。

海外から食糧を買ってこられる金があるから
 自然界で生物個体の生息数は、食糧供給量に依存すると考えられる。
 日本列島での1600年ごろの人口が1,000万台、1720年を2,600万台とすると120年間で2.6倍の増加があり、これが幕末には約3,000万人になっている。ということは食糧生産が増加したと考えられる。つまり鎖国していて海外から食糧が供給されないならば、日本列島で養える人口は3,000万人程度と考えられる。これは農水省のHPからも分かる。
 農水省のHPによると、日本国民の食糧自給を確保する...続きを読む

Qベビーブームはなぜ起った?

ベビーブームはなぜ、どのようにして起ったのでしょうか?
文化的な背景となっているものがあったら知りたいです。
詳しい方お願いします。

Aベストアンサー

第二次世界大戦が1945年に終戦し、軍務から離れた人たちが大量に帰国、帰宅して、妻帯者の場合、子づくりをすることができるようになったためです。
そのため1947~8年あたりに出生者数が急激に増えました。
これが第1次ベビーブームです。
そのとき生まれた子が、成人して子供を産むようになる1970~75年あたりが第2次ベビーブームになります。

Qなぜ中国は人口が多いのですか?

数千年前に急激に増えたのでしょうか?
SEXの好きな民族だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇させました。そのため、古代、二千年とか辺りからすでに人口問題があり、周期的な大戦争や天災で、死んだり、餓死したりで、人口調整がなされていたとも云えます。つまり、昔から、中国は人口が多かったのです。人口密度も高かったのです。
 
  2)上の周期的な人口減少があるということは、それを回復するための努力や、また自然に回復する理由があったとも云えます。その理由の一つは、中国の社会が、農業文明であって、農業文明では、人口調整は自分たちでは行わないのです。つまり、生まれる数だけの子どもを育成しようという文化慣習があります。この結果、戦争・天災などで、減った人口はすぐに回復するということが繰り返され、また、このような経験を蓄積した文化として、「子どもはできるだけ多数造る」というのが、歴史を越えて、文化の基底習慣にもなってしまいました。
 
  3)もう一つの理由として、中国の社会の構造があります。中国は、大家族制社会で、もう一つ大結社的社会でもあるのですが、中国の歴史上の争い、戦争や政争などは、大家族・大結社の規模や、どれだけ、それらを糾合できるかで決まりました。従って、大家族は、人数が多いほどよいというので、農業文化の基本である、子どもは造れるだけ造るという原理以外にも、社会的競争の結果、大家族集団では、育てることのできない子どもは、力ある、大家族の別の家族が引き取り養うという形で、単に、農民家族が多くの子どもを育てるというだけではなく(これだと、個人家族の限界が出てきます)、大家族共同体が、そのなかで、多数の子どもを再生産するという、大共同体レベルで、多産多育成を可能とする社会機構があったので、そういう機構がない農業社会に較べ、多数の子どもが、成長し得たということで、人口増大がすぐ起こったのです。
 
  4)あまり説明が長くなるのも困りますから、もう少し簡単にしますが、次に、社会の「近代化」という問題があります。農業生産を基盤とする社会は、可能な上限まで人口を増やします。国連が食料を援助すると、その援助分だけ、人口が増えて行ったりします。しかし、先進近代国家は、人口減少へと現実的に向かっています。この理由は、高度文化社会となると、餓死の心配などはなくなり、国家の国民支援も、制度的に保証され、子どもをたくさん造って、家族や自分たちの「保険=保証」にしようという必要がなくなることがあります。また、高度文化においえ、義務教育他高等教育も普通となり、生活費用も高くなり、一人の子ども成人させるのにかかる費用が大きくなって行き、多くの子ども育てるということが、合理的でなくなってきます。不可能になるとも云えます。国民全体が、餓死などない、相応に豊かな生活水準になり、義務教育の普及が90%を越えて来ると、こういうことになり、人口増加は逆転して人口減少になります。これが先進国の実状です。
 
  5)現在の先進国も、1世紀前には、実は、人口増大していました。先進国はどこもかも、産業化の時点から較べて、数倍から十倍ぐらいの人口に増え、その後、増加は停止し、減少へと転じます。このパターンからすると、現在世界の後発国は、産業化をすすめ、教育の普及などを進めていますが、この結果としての人口増大があります。衛生思想や技術の普及で乳児死亡率が低下し、人口増大へと転化した国も多数あります。中国もそうであり、1世紀前に較べ、第二次世界大戦などを経過したにも拘わらず、産業化・先進化の歩みの途上の人口増加を経験していると云えます。
 
  インドやバングラデシュや、アフリカなどの人口増加はどうなるのかは、主に第五の理由が共通しています。その他には、インドには、また固有の事情があります。とまれ、中国は、先進国化してしまえば、人口増加は停止するはずですが、「先進国化」というのは、文明の展開で、最初に突破した少数の国々・地域だけに可能で、後発諸国は、そういう可能性はないのではないかという可能性もあります。つまり、中国が近代化・先進化する見込みはないという可能性が高いです。先進化への開始から、実現までのあいだに、日本・欧米で、数倍から十倍ぐらいの人口増加と言いましたが、その数字からすると、中国が近代化を進めて行く過程で、いまから、農業国であった理由での人口増大とは別の要因の人口増大が加わって、まだまだ、増えて行くと考えられます。
 

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇さ...続きを読む

Q北朝鮮からミサイルが飛んできたら

 北朝鮮から核ミサイルが飛んで来て、永田町に落ちたとすると、被害はどのくらい広がりますか? 即死のみならず、疾病による死亡や後遺症も含めて。

よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

■他サイトで同じような質問に答えているのですが、解りやすく新たなデータを追加したため長文となってしまいました。

 北朝鮮が保有する弾道ミサイルで、日本への発射が懸念される物にノドン2号とテポドン1号ミサイルがあります。
 ノドン2号は旧ソ連が開発したスカッドの亜種で、1,300kmの射程を持つと言われています。一方テポドンは1段目にノドンを使い、2段目にスカッドの弾体を結合して作った2段式弾道ミサイルで、射程も1,700km~2,200kmと見積もられています(射程および発射速度から中距離弾頭ミサイルとする記述もあります。が正直、どの数値が正しいという確証がないため、かなり曖昧な分類となっていることは確かなようです)。

 弾頭を搭載する2段目スカッド・ミサイルの弾体直径は0.9m弱で、弾頭を搭載するスペースが非常に小さく、核運搬兵器としては戦術ミサイルと呼ぶべき種類の物でしか在りません。
 同サイズのミサイルの弾体重量も最高で0.8tを下回り、最大重量を搭載すれば当然ながら最大射程まで飛ばすことはできず、目標距離を計算した搭載重量に低減させられることになります。

 核専用ミサイルとして新規設計するならともかく、化学・生物兵器弾をも搭載可能な柔軟性設計とするのが一般的な考え方であり、弾頭重量を500kgとした場合、そこに搭載される核弾頭は20~50kt程度と見積もることが出来ます。

▼弾頭の威力と被害予想に関する書籍やサイトを調べたのですが、詳しく述べている物を見つけられませんでした。

 現在、北朝鮮は20kt級核爆弾を7~8発製造可能なプルトニウムを抽出していると観られています。
 広島は投下されたLittle Boyは13kt(ウラン235)により20万人の犠牲者をだし、長崎もFatmanが22kt(プルトニウム)によりは7万4千人が数箇月の間に亡くなり、その後の調査で死亡者数が15万人にも達しました。平坦な広島に対して山間部による起伏が被害を減少させたのです。
 しかし、都会の場合、破壊された建造物が市街地を埋め尽くし、瓦礫と化した廃墟街を車輛で移動することは非常に困難であり、そのような地を人が歩くことも容易くはないでしょう。人口1200万(平日であれば都郊外からの近県から、多くの労働者が都心へと集まるため、被害想定人口はかなり高いと見るべきでしょう)の中心で核爆発が発生したシミュレーションをまだ目にしたことがないので解らないというのが本音です。

 ただ爆発後の死亡と放射能汚染による傷病認定が懸念されるかも知れませんが、他国からの攻撃であることを考慮するなら、政府も寛大に攻撃による疾病患者であることを認めるはずです。
 さらに大都市が核汚染に見舞われた場合、救援する側が対核防御服を身につけていなければ活動できないことです。日本ではこの手の状況対応能力が(ちいさな自衛隊部隊以外)ほとんどゼロであると言う事実です。つまり、救援したくても救援する側に被害が出るため救援活動が行なえず、放置された数日の間に助かる多くの命が失われるでしょう。

 個人的にはその数を500万~700万と見積もるのが妥当かと思っています。

■他サイトで同じような質問に答えているのですが、解りやすく新たなデータを追加したため長文となってしまいました。

 北朝鮮が保有する弾道ミサイルで、日本への発射が懸念される物にノドン2号とテポドン1号ミサイルがあります。
 ノドン2号は旧ソ連が開発したスカッドの亜種で、1,300kmの射程を持つと言われています。一方テポドンは1段目にノドンを使い、2段目にスカッドの弾体を結合して作った2段式弾道ミサイルで、射程も1,700km~2,200kmと見積もられています(射程および発射速度から中距離弾頭ミサイ...続きを読む

Q江戸時代の人口について。

学校の宿題で、
なぜ江戸時代は人口があまり増えていないのだろう
という問題がでました。
よく考えても分かりません。
分かりやすくぜきるだけ早くお願いします><

Aベストアンサー

1590年、家康の江戸入りと同時に城下町の建設が始まり、その約20年後、江戸を訪問したフィリピン臨時総督ロドリゴ・デ・ビベロ(スペイン人)は、江戸の人口を15万人と記録しています(『日本見聞記』1609年)。全国の人口は1200万人と推測されており、今の東京都と同程度でした。
 
 その約120年後の享保期(1716~1735年)、江戸は世界最大の百万都市に成長し、全国は3100万人でした。
 江戸時代の前期には、全国的な人口の激増があったのです。
 ちなみに、1800年頃の諸都市の人口は、北京90万人、ロンドン86万人、パリ54万人でした。
 
しかし、さらに約130年後の弘化期(1844~1848年)、江戸は110万人、全国は3200万人と余り増えず、江戸も全国も停滞していました。
  世界最大は、産業革命を迎えたロンドンの240万人で、工業化や交通機関の発達による影響がいかに大きいか分かります。

江戸時代の前期に人口が激増した要因について、
参勤交代により、全国の諸大名が強制的に江戸に居住させられたため、
また、明暦の大火後に、江戸の拡大が進むと同時に、大火後の復興景気を当て込んで、大勢の商人が江戸に進出したため、商業が活発になり江戸に人口が集中したと考えます。
 
 別の見方は、江戸時代前期は、大開発の時代といわれるほど、全国的に新田開発が行われ、農産物の生産量が飛躍的に増えた結果、出生率が上昇し、農村で過剰になった人口を都市が吸収したと考えます。いわば高度経済成長と同様にみなすのです。

 江戸時代の後期に人口が停滞した要因についても、「飢饉の頻発を重視する見方」と、「出生率の低下と晩婚化を重視する見方」があります。
 前者の見方は、小氷河と呼ばれる気候寒冷化により凶作が頻発したり、大地震や富士山・浅間山の噴火など相次ぐ自然災害により飢饉が頻発したため、人口が停滞したと考えます。
 後者の見方は、大開発の時代が終焉して、耕地の拡大が鈍化するとともに、文明が成熟して、出生率の低下と晩婚化が起きたと考えます。
 つまり、女子は、早く結婚してたくさんの子供を生む必要がなくなって、商家や武家へ奉公に出るようになり、少子化が始まったのです。人口停滞は、耕地開発の鈍化に対応した、豊かな生活を維持するための、意識的な出生抑制の効果であるとみなすのです。
 こうして総人口の増加がストップした結果、高齢者の比率が上昇して、高齢化も進みました。そのうえ寿命(平均余命)も伸びたと考えられています。このあたりは、現代における経済成長の鈍化と少子高齢化の関係と似通っています。

1590年、家康の江戸入りと同時に城下町の建設が始まり、その約20年後、江戸を訪問したフィリピン臨時総督ロドリゴ・デ・ビベロ(スペイン人)は、江戸の人口を15万人と記録しています(『日本見聞記』1609年)。全国の人口は1200万人と推測されており、今の東京都と同程度でした。
 
 その約120年後の享保期(1716~1735年)、江戸は世界最大の百万都市に成長し、全国は3100万人でした。
 江戸時代の前期には、全国的な人口の激増があったのです。
 ちなみに、1800年頃の諸都市の人口は、北京90万人、ロン...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q信長・秀吉・家康のホトトギス

上記三人の人柄をホトトギスを用いて表現した文句は有名ですが↓

信長「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」
秀吉「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」
家康「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」

これらは彼らの人柄をわかりやすく例えるために後世に詠まれた、とこのサイト内の他の質問から知りましたが、これらを考えた「誰か」というのは特定の人物として存在するのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

作者不明だそうです。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~gokuh/ghp/think/zakki_08.htm

Q在日韓国・朝鮮人はなぜ帰化したくないの?

仕事で韓国と交流を持つようになって約20年になります。 現地では親友も多くいます。

ただ、在日の人とは縁がなく実態はよく知りませんでした。

漠然と強制連行で無理やり連れて来られた人たちと、その子孫というイメージを持っていたのですが、全くのウソだったようです。 私の質問 NO. 973587 をご覧頂けるでしょうか。

本国にいる韓国人の在日に対するイメージは、実は極めて悪い事を知って驚きました。  つまり 「在日の人間は韓国人を名乗りながら、戦争の時にも兵役が免除され日本でヌクヌクと生活していた。 それに本国政府に税金などビタ一文も納めず全く国家に貢献していない。 何が僑胞か」 ともらしていました。

また在日の人で、韓国語を話せる人は本当に数少ないようです。  そのうえ在日の人が本国を旅行すると日本人と同じような態度で接するとか言っていました。  結構、感情のギャップを第三者として感じました。

そこで質問なのですが、外国に居住して本国には永遠に戻るつもりがなければ、その国の国籍を取得するのが普通ですよね。  いわゆる移民というものになると思います。  選挙権も取得できますよね。

ところが日本国内で在日韓国・朝鮮人の人口は65万人にもなるのに、依然として本国の国籍にこだわるそうですが、なぜでしょうか?  帰化しない事に何かメリットはあるのでしょうか?  

ただ素行不良などで帰化が許可されない人は別ですが ・・・

アイデンティティーが大事と言うのであれば、本名を名乗り、最低、本国の言葉くらいは話せて、日韓の架け橋になるくらいの意気込みがあって当然と思いますが、どうも違うような気がします。 

何となく在日である事は隠しながら生活しているのに、逆に韓国・朝鮮籍にこだわっているような矛盾と言うか、感じます。

あと、本名を名乗ると何か 「法的・公的」 な差別がまだあるのでしょうか?

仕事で韓国と交流を持つようになって約20年になります。 現地では親友も多くいます。

ただ、在日の人とは縁がなく実態はよく知りませんでした。

漠然と強制連行で無理やり連れて来られた人たちと、その子孫というイメージを持っていたのですが、全くのウソだったようです。 私の質問 NO. 973587 をご覧頂けるでしょうか。

本国にいる韓国人の在日に対するイメージは、実は極めて悪い事を知って驚きました。  つまり 「在日の人間は韓国人を名乗りながら、戦争の時にも兵役が免除され日本でヌクヌク...続きを読む

Aベストアンサー

まず、民族的アイデンテティーは強い理由です。その強い民族主義を構築しているのが民族教育です。在日コリアンは在日韓国人より在日朝鮮人が圧倒的に多いです。在日朝鮮人は朝鮮総連=北朝鮮系で、今でも子供のときから朝鮮人学校で強力な民族教育を行っています。それは、大変特殊で強力なもので、他のインターナショナルスクールのように日本の学制に於ける小・中・高校への編入が認められないほどのものです。

また、生活環境も理由の一つです。そのようにして学校を卒業した後は在日朝鮮人のネットワークを利用しながら様々なビジネスの機会が開かれています。日本人に帰化しない事により、日本人社会のサービスと朝鮮人特有のネットワークの双方がストレス無く利用できるわけです。それであまり、わざわざ日本国籍を取得するメリットは無いかもしれません。

また、在日朝鮮人は歴史的経緯のために今でも他の外国人に比べると特権的な待遇がなされており、今後、強力に働きかけている民族学校の日本の学制上の小・中・高校への認定や選挙権が認められればなおさら帰化する理由は少なくなります。

在日韓国系は日本においては余り韓国人ネットワークが朝鮮系ほど強力ではなかったのでメリットが少なく、帰化するケースは比較的に多いと聞いています。

確かに在日韓国人は祖国へ兵役の免除や納税の免除と言う特権を受けているので、ladybegoodさんの言うような非難的感情を持っている人はいるようです。在日朝鮮人の場合は北朝鮮を財政的に支えるなくてはならない立場にいるので、少し状況は異なるかもしれません。

まず、民族的アイデンテティーは強い理由です。その強い民族主義を構築しているのが民族教育です。在日コリアンは在日韓国人より在日朝鮮人が圧倒的に多いです。在日朝鮮人は朝鮮総連=北朝鮮系で、今でも子供のときから朝鮮人学校で強力な民族教育を行っています。それは、大変特殊で強力なもので、他のインターナショナルスクールのように日本の学制に於ける小・中・高校への編入が認められないほどのものです。

また、生活環境も理由の一つです。そのようにして学校を卒業した後は在日朝鮮人のネットワーク...続きを読む

Q有機物と無機物の違いはなんですか?

稚拙な質問ですいません。
有機物の定義とはなんでしょうか?
無機物とどこで線が引かれるのでしょうか?
有機化学と無機化学の違いはなんですか?
髪の毛は有機物?無機物?
ご教授ください

Aベストアンサー

有機物とは基本的に生物が作るもので炭素原子を含む物質です。また、それらから派生するような人工的で炭素を含む化合物も有機物です。ただ、一酸化炭素や二酸化炭素は炭素原子を含みますが無機物に分類されます。
無機物とは水や空気や金属など生物に由来しない物質です。

Qこの世おばわがよとぞ思う望月の 歌の解釈 

「この世おば我が世とぞ思う望月の欠けたることもなしとおもえば」

この歌はたしか学生時代(小学校か中学校で)に習いましたが、
教師に教わった解釈は 満月のようになにも欠けた所がない、栄華を極めたワタシであることよ』というような自慢っぽいものでした。

しかし、ふと思ったのですが

『月が欠けることが無ければ、この世は自分のものだと思えるのに・・・』
という意味、とれるように思うのです。
満月を見て詠んだのではなく、ほんの少し欠けはじめた月をみて詠んだのではないかと。

作者の藤原道長は源氏物語のモデルと言われている人物でしたよね。
たしか光源氏は晩年、さみいしいというか、落ちぶれていくという結末ではなかったでしょうか。

栄華のなかにあって、ふと自分で何かを予感するような、そんな歌のような気がしたんですが・・。

今の国語の解釈ではどうなっていますか?宜しく御願いします。

Aベストアンサー

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞している。
4)「望月の歌」を詠んだ翌年には、出家している。

No3のkogotokaubeweさんの情報と以上の事を踏まえて、
質問者usiodonさんの解釈を敢えて採用するようにしてみるとこんな感じになります。
○病気が多くてそれは道長の悩みだったようで、
 病気がちの道長は晩年「糖尿病」だったそうです。
 自分個人の自信は失いかけていたかも知れません。
 また、「望月の歌」の前後で、役職を辞したり、出家してますから、
 自分の人生の事後処理モードに入っていた=欠けはじめた月の状態にあったとも
 取れます。
 「望月の歌」はそんな中で読まれているので、
 そんな本心の裏返し=強がりとして、酒の酔いにまかせて
 「いままさに栄華の絶頂にある」と詠んだ可能性はあると思います。

 それでも、出家後8年ほど生きていますので、役職は辞していても外戚政治で
 まだ権勢を奮っていたかも知れません。

質問者usiodonさんの解釈には共感できる点もありましたので
ちょっと余計な事まで回答してしまいました。

参考URLは、
「藤原道長の悩み」 http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm
です。

参考URL:http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞し...続きを読む


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