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関係のない、他人を自分の都合で殺すことは「悪」だと感じます。
しかし、これは、幼いころからの道徳教育に依存している可能性が大きいのではないかと、思われます。

では、子供に殺人の「善」「悪」を教え込まなかった場合、子供は、成長してあと殺人をどう考えるでしょうか?

殺人を何の悪意もなしに行ってしまうのでしょうか?

それとも、母が子供に母性を感じ、かわいがるように、自然に殺人的な行為を忌み嫌うようになるのでしょうか?

自由な意見をお待ちしています。
 

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A 回答 (14件中1~10件)

#6の者です。

たとえば、

>自然発生的に生じるのではなく

の「自然発生」という意味が、小生には分かりません。
「日常生活の中で放置しておいて学ぶこと」という意味なのか、
「自然に即して事実を学ぶ」という意味なのか、あるいは
その「自然」に人間を含むかどうかなど、定義をあいまいに
したままプラグマティックに用いられているのが「分かりやすい
日常の言葉」であり、こうして物事を厳密に理解しようとする
スタンスからは、小生の記する言葉の方が明快なのです。

そうした「状況に応じてプラグマティックに『XXは悪い事だから
やっちゃいけない』と道徳的に教える」のでは、その「状況」に
応じて容易に戦争に駆り出される、というのが#2の内容です。
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この回答へのお礼

 
確かに、
>自然発生的に生じる
というのは、内容が、あいまいですよね。
何が、自然かの条件設定が、なされていませんよね。
それは、感じていましたが、厳密に条件設定をするのが難しいので、あえて、質問者さんの感じる所に任せようと、そのままにしていました。
さすがに、psytexさんには、そこに違和感を感じましたか・・・・・
 

お礼日時:2010/03/20 12:22

>たとえば、異性を好きになるのは、学習ではないですよね。



うーん、一卵性双生児で、一致するもの、一致しないものを調べた結果を見たことがあります。
身体的特徴は一致する確立が高かった。
例えば遺伝する病気だと、二人とも発症している率が高かった。

だけど、学問に関してはそう一致しなかった。
片方が理系に興味を持ったが、もう片方は文系の学問に興味を持つ みたいな。
つまり、兄弟程度の影響率であって、遺伝で決まるわけじゃない という見解でした。

身体的特徴は一致する、どの学問に興味を持つかは、兄弟と同じくらい。
その両方の中間程度の一致率だったのが、同性愛でした。
何故 両親は同性愛者ではないのに、子供は同性愛者になるのか。

一つの説は知っています。
肉体の性を決める物質が出たと同時に、脳の性を決める物質も出るが、肉体の性とは違う物質が出た場合、同性愛者になる という説。
ですが、一卵卵双生児の場合、肉体は二つですよね?
途中で分離して二人になるわけじゃないですし。

で、恋をするというのも、一種の独立じゃないかと私は思うんですね。
子供のうちは親に依存し、親の信頼を獲得しようとしますよね。
その方が生存率が上がるから。
しかし 自立してくると、親に依存しなくなるが、全く孤立するより、親のように安心できる相手を必要と感じると、それが異性であれば子供のときの親への執着心と同等のものが引き出されるのではないか と私は思うんですね。

とはいっても、私も恋をしたことがありますので、これは理由などない 好きだから好きとしかいいようがない。
だけど、needが親を離れてこれからのneedとして異性に向けられたのかもしれないです。
友達と親は違いますよね。 親なみの他人を必要としたとき、目が離れなくなるのかも。
それは幼児の執着に似たものじゃないか と思うんですね。 (幼児の場合は親との分裂を恐れて、突き放されることを拒み親を求めますよね。幼児って親も自分の肉体の一部という感覚なのだそうです。 肉体を喪失するということを拒み、親が別物であるとわからなくて、しがみつくのかも。)


>自分の産んだ子供に、母性を感じ、守りたいと思うのも学習ではないですよね。自然に発生するものと思います。

母性に関しては、わかりません。
像は生まれてきた子供を踏み殺そうとしますし。
母として生まれたわけじゃなく、だんだん母となっていくわけで、生んだ途端母性が芽生えるわけじゃない。
役割を自覚することで、子供を守ろうとするわけで、役割を担わなくてよかったら、一般に言われる母性は無いんじゃないかと。
それに人によっては母性というより、自分の体の一部と子供を捉える人もいる。
子供が叩かれたら自分が叩かれたという錯誤に陥って、叩いた子供を親が叩き返すということもある。
子供を守るためじゃなくて、自分が痛い思いをしたから。
母性じゃあない。


>つまり、どうして「裸族の例」を採用したか、「異性を好きになる」礼を採用しなかったか?
>この辺の、説明が論理として必要かな?・・・と思います。
>再回答いただければ、幸いです。

え? 裸族は羞恥心はどうして起こるのかを私なりの推論で説明したんです。
感情はどうして芽生えるのかというもので、一つの刺激でいろいろな応用ができるようになるという説明をしたかったんです。
ほら ロボットは1インプットすると1出力しますが、人間って1インプットすると、2以上のものを出力できますでしょ?
1とは全く違わないけど微妙に違うものも創造できる。
これがロボットに心は芽生えず、人間には心が芽生えることになったのではないか と。

子供の親との一体感の状態からだんだん独立をさせられるが、再獲得として親以外の人を好きになることで、親と切り離されたときの痛みを癒す。(出産のときじゃないですよ。幼稚園とかに行かされたりして、ずっと親と一緒にいれなくなることを切り離されたと表現したんです。)
1インプットされたら2以上を出力する。
私の内容に統一性ありますでしょ?

とはいっても、自信ないです。
内容とかじゃなくて、他人にわかるように説明しているか自信が無い。
私は自分の頭の中の考えを、他人にもわかるように説明するのが下手なんです。
だから 「わからん」と又思われるかも・・・。
すいません ><;
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人間も動物も本能が持つ欲望があります。

人間の子供が他の人間との一切の関りを持たずに成長したら、食欲は本能的に芽生えるのでしょうが、性欲は本能的に芽生えるとは思えません。やはり周囲からの影響を得て、男なら女性に対して興味を持つのではと思います。
食欲を見たいために、食料を持っている人を殺してまで、奪って食べるという行為は、殺人が良いか悪いか以前の本能から来る行動かと思います。
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一応は、自然発生的に、殺人は悪との認識にはたどりつくと思います。


一応、と但し書きがつく理由ですが、「自分は、他の人と違う特別な人間である」
と認識してしまった場合、以下の思考ルートが無効になってしまうため。
・自分がされたらどうなるか、を考えればよい。
※この論理が単純にして最強の論理です。大学で倫理を再び習うとき、
 「原点に返れ」と教えます。
http://www.nuclear.jp/~madarame/rinri_note.html


あと、殺人がゆるされる場合と、ゆるされそうでゆるされない場合があるので、
こちらは、いずれは教えないとまずいかも。

赦される場合。
・戦争において、兵士どおしの行為。
・正当防衛。(強盗に襲われたときに返り討ちしてしまった場合。)
・緊急避難。(無人島に2人取り残された場合など、自分か他人のどちらかが死ぬという状態。)

赦されない場合 こちらは、教えない限り無理。
・戦争において、一般人が敵兵士を殺す。(ゲリラとみなされ、自分が殺されても文句は言えない。)
・上司から殺人を命じられた場合。
・悪徳政治家を「天誅」とばかりに殺す。
 (要するに、テレビのヒーローもののヒーローの行為。)

kunobouさんは、
「関係のない、他人を自分の都合で殺す」と書いています。
単に、「人を殺すのは悪い」でいいはずなのに何故「自分の都合で」とオマケが入っているの?
意識的にオマケを入れたとすると、
・上司の命令:自分の都合ではなく上司の都合なので、悪ではない。
・悪徳政治家に「天誅」を下す:自分の都合ではなく社会正義のためなので、悪ではない。
・自殺:他人を殺したのではなく、自分を殺したので悪ではない。
と言うために入れたのかな? そりゃないです。
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この回答へのお礼

 
>「関係のない、他人を自分の都合で殺す」と書いています。
単に、「人を殺すのは悪い」でいいはずなのに何故「自分の都合で」とオマケが入っているの?

戦争とか、正当防衛とか、人を殺しても「悪」にならない場合があるでしょ。
そういうのを、排除するためでした・・・余計だったかな?

自然発生的に生じるというのは、自分の推論と一致していてうれしいです。
ありがとうございます。
 
 

お礼日時:2010/03/20 12:03

お題がお題なだけに、一番の極例を出そうかと思います。



※閲覧注意。苦手な方は見ない方がよかろうかと思います。
ソニー・ビーン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%8B% …
http://www.nazoo.org/marderer/sawney.htm

そして下記を。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5523151.html
ここでの回答から、「愛とはDNAに刻まれているような絶対的な価値観ではなく、DNAから発せられる要素としての二次的な要素、後天的学習である」と私の解釈も交えて要約してみます。

文明国に育ったのであれば、日本人であれ、アメリカ人であれ、死にたくないし、殺人をしたくない、という心情が備わるようです。
私は幸いにして、そうした戦争時の人間を牟田口と鬼畜ルメイ以外には知りません。
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この回答へのお礼

 
これについては、#4のお礼で、コメントを書いています。
ソニー・ビーンの件は、事件の存在の信憑性が疑われているようです。
可能ならば、先の書き込みも参照いただけると、嬉しいです。
 

お礼日時:2010/03/20 11:55

>ということは、自然発生的に「殺人は悪」という感情が生じるって回答と、理解


>して宜しいのでしょうか・・・・
>それとも、周りからの働きかけにより、そういう学習をするということでしょう

例えば恥ずかしいという感情をどうして人は持つようになるのか?
恥ずかしいと感じる器官が発達するから?

そんな器官は無いと思う。

例えば子供の頃は、裸でいても、恥ずかしいと思わないですよね。
私小学2年の頃に身体検査があるので体操服に着替えるように言われて、時間になって教室で着替え始めたんですね。
ぎょっと周りからされたらしく、「何してるの」って言われた。
「男の子たちがいるのに」って。

え? それがなに?って思った。
今は男の人の前で服を着替えたりしませんし、密室でしか着替えませんよ。
着替えルームでカーテン開けられたら「きゃ」って隠しますよ。


恥ずかしいという神経が発達して、恥ずかしいという感情をもてるようになったのか?
ううん、 周りの人に言われるうちに、その状況になったらドキドキ感情がするよう身体が学習したからだと思う。
まわりに言われてドキドキした身体反応が蘇り、その状況になったとき、ドキドキするようになったんだと思う。


他の例だと、、、裸族っているじゃないですか。
全く前を隠していない。カメラに撮られてもぜんぜん平気。
つまり 裸でいることは恥ずかしいことだ という概念がその集団には無いので、平気なわけですよね。

だけど、そんな裸族でも、顔を赤らめることはある。
結婚が決まった女の子が周りからからかわれて恥ずかしそうにしていた。

これは小さい頃から何度かからかわれるうちに、最初は え? だったものが、からかわることで興奮を起こすようになり、それでからかわれる度自然と身体が反応するようになり、結婚をからかわれて、恥ずかしいというしぐさができるようになったのではないか と。

小さい頃 刺激を加えられる回数が少ない子だと、無表情ですよね。
たんたんとしている、表情が少ない。
からかわれても 顔を赤らめることがないのは、からかわれるということを小さい頃学習していないから。
臨界期を過ぎてから刺激を与えられも、もうその分野は伸びない。


つまり、私は学習説をとります。
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この回答へのお礼

 
裸族の例から、学習説をとっていますが、殺人を裸族の類と考える根拠が示されていないのが、十分、納得できないです。

たとえば、異性を好きになるのは、学習ではないですよね。
自分の産んだ子供に、母性を感じ、守りたいと思うのも学習ではないですよね。自然に発生するものと思います。

つまり、どうして「裸族の例」を採用したか、「異性を好きになる」礼を採用しなかったか?
この辺の、説明が論理として必要かな?・・・と思います。

再回答いただければ、幸いです。
 

お礼日時:2010/03/20 12:10

平時の場合、『殺人は悪いことである』と教えられるのは、親からだけとは限りません。

人でなくても講演で犬を虐めるとか、飼い猫を虐待するとか、そういうことはいけないことで、その延長線上に殺してしまうという行為があります。自然発生的にという言葉を、自然に覚えると解釈すれば、自然には覚えません。親から周囲から教わるのです。また、教わるだけではダメで、子供は学ぶのです。
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この回答へのお礼

 
「異性を好きになる。」という事は、誰に教えられるわけではなく、自然にそういう感情が発生するでしょう。
僕は、「人を殺す」ことを忌み嫌うのは、恋愛と一緒で、自然発生的に生じるという考えです。

それについても、批判なり、意見の再回答を頂けると、幸いです。
 

お礼日時:2010/03/20 12:30

中々興味深い質問ですね。


明確な答えにはなってないかもしれませんが、思うところを
書いてみたいと思います。

>自然に殺人的な行為を忌み嫌うようになるのでしょうか?
という質問には、「ならない」と思います。

人間という種族は、高い知能を持ち合わせていますが、本能
というものがないようです。
ジャングルで捨てられた赤子が狼に育てられ、狼と共に狩をし
生肉を食らっていた事実もあります。
犬は人間に育てられても犬ですが、人間は犬に育てられたら
犬になるということです。

育てる側の意思(○○しちゃダメ、○○しましょう、的な教えも含)
生活している環境によって、善悪を含めた価値観が芽生えます。
子供も、産まれた後に世間に接する機会が少なく、尚親が愛情を
もって育てなければ、殺人が悪いことだと認識しないように思えます。
通常の家庭であれば、親が愛情を注ぐことによって愛される喜びを
知り、TVなどで流れている番組、CM、などの情報で無意識の内に
なにが良いことで、なにが間違っていることかを学習していきます。

ですので、外の情報を与えず育てていくことで、ルールというものを
理解できず(殺人もルール上してはいけないだけ)ある程度まで
育ち、外界に触れ、友達ができて、おもちゃを取られただけで、石で
殴って取り返すかもしれません。(そもそも独占欲すらない状態で
育つかもしれません)

独占欲で思い出しましたが、大海港時代にヨーロッパ諸国の人が
現地人に文明を伝えました。多くの現地民は、自給自足の生活を
して、みんなで採ったものはみんなのもの。という共同社会が多か
ったと聞きます。(一夫多妻制ですし)
しかし、白人が所有することの優越感を教えてから、地元民同士で
争いが起きるようになったという話があります。

狼少年の話にしても、原住民の話にしても、生まれ育った環境に
よって価値観は大きく変わってきます。
今の日本では、言い方を変えれば、社会のルールの一環とした
教育上「子供に価値観を押し付けている」ので、殺人=悪と結び
つく家庭が多いかと思います。
しかし、そのような育児をしなければ、殺意≠悪となるかと思います。
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#6の者です。



>では、「他人の立場に立って考える力」は、自然発生的に生じるのでしょうか?
>それとも、道徳教育によって、生じるのでしょうか?

簡単です。
社会生命化した自己の必要=真実を認識させることです。
「お金は価値がある」とか「殺人は悪いからダメ」といった、
先入的価値による他律的社会行動の強制ではなく、
自己の生存が世界全体の順調な運営に拠っていることを
自覚化(他我意識)させることです。
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この回答へのお礼

 
再回答ありがとうございます。

簡単です。って言ったあとの説明が、自分には、やたら難しいのですが・・・・

>自覚化(他我意識)させることです。

と言うことは、
自然発生的に生じるのではなく、他からの働きかけ(例えば、道徳教育のようなもの)で、自覚化させる。
という、解釈で宜しいのでしょうか?
 

お礼日時:2010/03/17 18:24

>集団の中で暮らすと、どうしても「~を殺しちゃいけない。

」を教える人が出てきますよね・・

というか、殺す以前に「叩いたらいけない」って普通に言いませんか?

叩くというのは暴力ですよね。
そして最大の暴力は殺人ですよね。

私は<人を殺しては駄目>と一度も教わった記憶が無い。
あなたは教わったという記憶があります?
殺人事件のニュースを聞いて「なんて野郎だ」とか周りの人が言うと「ほんとひどいね」と思いませんか?
どうしてそのようなことを思ったのだと思います?

最大の暴力だからですよね。
小さな暴力を体験していれば、(例えば友達に小突かれたとか叩かれたとか)、暴力はいけないことだとわかり、ましてはその最大の暴力の殺人は憎むべきものだとわかりますよね。


小さなことで応用ができるのが人間。
応用ができないのがロボット。
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この回答へのお礼

 
回答ありがとうございます。
ということは、自然発生的に「殺人は悪」という感情が生じるって回答と、理解して宜しいのでしょうか・・・・
それとも、周りからの働きかけにより、そういう学習をするということでしょうか・・・・
そうじゃなくて、「どっちとも決められない」ってことでしょうか?
 
再回答いただければ、幸いです。
 

お礼日時:2010/03/17 18:17

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