
魂が永遠で人間がイデアに目覚め生きていくことに意味があるなら、障害者としてハンデを持っている方は苦悩を乗り越えることで強い精神力を供え、生きる意味を逞しく語ることに納得させられるような気がします。
では知覚障害者の方々の生をどのように解釈したら良いのでしょうか?
精神を鍛えるには思考力が大きくかかわるので、体の一部である“脳”が密接であるはずです。肉体と魂を個々に考えるとき、その“脳”をどう考えればいいのでしょうか?
肉体が老いても魂は永遠なら痴呆症や、老いによる脳の劣化をどう解釈すればいいのでしょうか?
脳が衰えたら精神に磨きをかけることが出来ないのではと悩みます。私は学がなく哲学に対し素人ですが、生きる意味ということで興味を持ち始めたので、分かりやすい御回答をよろしくお願いします。
No.2ベストアンサー
- 回答日時:
肉体と魂を個々に考えるとき、その“脳”をどう考えればいいのでしょうか?
○ 肉体やその制御部の脳とあなたの心(魂の中核)の関係は、例えて言えば「パソコン:肉体と脳」とパソコンに向かって質問しているあなた自身(心)のようなものなのです。
パソコンが正常に働けば、あなたはあなたの考えを正しく質問として書き込込むことができますが、パソコンに不具合があれば、あなたが正しく表現したい文字を打ち込んでも表示されるのはわけのわからない文字の羅列だったりしますね。この現象はあなたがおかしいのではなくパソコンの装置の一部、あるいはCPUがおかしいからですね。
これが肉体と魂(心)の関係と同じものなのです。知覚障害や肉体、脳に基づく障害はパソコンの故障のようなものですから、たいしたことではないのですね。確かに同じように生まれたのですから真新しい故障のない肉体のほうが良いと思われるでしょうが、毎回毎回同じように転生しているとたまには違ったこともしてみたくなるのですね。
本当のところは故障を持っているということは魂的にはかなり立派な人なのですね。何故なら凡人には耐えられないのでそのような修行は課せられないことになっているのです。それが魂の世界の常識ですからね。
ヘレンケラーなんかは女性でも非常に立派な方ですから目も耳もだめな状態で人の模範になるような努力をしましたね。
転生輪廻に関係してますが人の魂は仏神の世界を目指して努力するように創られているのですね。幾千、幾万、幾十万の転生を重ねていまがあるのですね。これほどの転生ですら大して進化してないでしょ。一大決心をして更なる進化を目指す人の中に、様々な障害を持って生まれ、生きる人もいるということですね。
「我に艱難辛苦を与えたまえ!」と念じてそれを実践する人ですね。
中国の高僧、天台チギは、たとえ、千貫の岩に砕かれようとも、この眼鷲に食らわれようとも、らいの病で苦しもうとも仏陀再誕の時代に生まれたい。と願ったそうです。
魂の飛躍とは、まあ、そういうことです。
尚、年老いて体や脳が機能不全に陥ってもあなたはあなたで何もかわらないのですよ。安心して心の精進をしてくださいね。
とても解りやすい見事な解説ありがとうございます。
英知に長けた方だと思いますが、優しい説明が上手でmmkyさんには感心させられます。
一番知りたいことを楽しく理解させてもらいました。

No.11
- 回答日時:
魂が肉体に宿って、「心」が生まれ、でもその「心」は肉体の機能、性能に左右、影響される。
魂(われ)が表現したくとも、肉体の機能の性能のレベルでしか表現できない。
肉体をもった魂は、肉体を通して現れる心(=我々が交流する人々の心)に隠されてしまっている。
この質問に接して、こんなことを考えてみました。
そうですね!
魂は、自明の理として万人に共通するような善や悪の判断、
喜怒哀楽などの意思かもしれませんね!
思考力や英知などは肉体側ですかね!
一緒にこの質問を広げてくれてありがとうございます。
No.10
- 回答日時:
―「イデアの目覚め」を実感されているのでしょうか?
「イデア」は、西洋哲学の伝統の中で育ってきた概念なので、私自身は「何かよそよそしい感じがして、しっくりこない」というのが本音です(本の中では、プラトンやソクラテスを登場させたので、その概念を使わざるを得ませんでした)。
むしろ、自分の奥に静かに横たわり、自分のもっとも近くにいながら、それでいて遠くにいる「本当の自分」とでもいうものを感じています。自分はいつも自分勝手なことをやり、何とかごまかし、嘘や不正、ごまかしを正当化しようとしています。しかし、そういう自分の勝手な意識のざわめき、ごまかしに振り回されず、自分の中にありながら自分を「超越している自分」があることを知っています。どんなに遠ざけても、自分のいつも近くにいるそういう自分。自分でありながら自分を超えている自分。
あえて「どこにイデアを見出すのか」と問うならば、真理や善、勇気などの「イデア」は、「真実の自分」の声の中、まなざしの中に感じます。イデアはどこか遠くに、自分とは離れたところにある「物」ではなく、「本当の自分」を通して与えられる「贈りもの」かもしれません。
つまり「イデア」を直接的に感じるのではなく、「本当の自分」を媒介にして、「その片鱗を垣間見る」とでもいえばいいのかもしれません。
ふと立ちどまり自分を振り返った時に、「君はそれでいいのか?」と問う自分の声の中に、善や真実を感じる。そういう形で、真実や善に、一歩離れたところから関わっているというのが、私の率直な、回答らしくない回答です。
(稚拙な本ですが、お役に立ててほんとうに良かったと喜んでいます。ありがとうございました。もっとよいものを仕上げるよう努力します。)
御謙遜でも稚拙な本なんてとんでもなく、私にとって大変意義のある本で、
こうやって思考を広げることが出来たので感謝しています。
>つまり「イデア」を直接的に感じるのではなく、「本当の自分」を媒介にして、
>「その片鱗を垣間見る」とでもいえばいいのかもしれません。
自分の生き方としても参考になりました。
正直あんまり考え過ぎるとおかしくなりそうで(笑)…
解りやすくスッキリと納得出来たので、質問させていただいて良かったです。
「イデア」を自分にもちょうどいい感じで捉えることが出来た感じです。
次回作も期待して、応援させていただきます。
ありがとうございました。
No.9
- 回答日時:
(続きです)
プラトンのイデアですが、これには二面があります。プラトンは、イデアを、永遠に存在する超越的な存在だとする一方で、魂に宿る(つまり内在するもの;私達は普通、その存在に気づいていない)ものだと考えました。魂の奥にある善の知に「目覚める」ということは(プラトンの師のソクラテスも「魂のめざめ」という言い方をしています)、永遠の世界を垣間見る、「イデアに目覚める」ということに他なりません。善、美、勇気、知恵などのイデアは、永遠で超越した存在でありながら、同時に、魂に内在していて、「永遠への通路は魂の奥底にある」という逆説的な事態が生まれます。(キリスト教にたつアウグスチヌスは、心にある「善」を「内なる真理」「真なる教師」と呼びました)
「アイデア」が心に浮かぶ観念、単なる主観的なイメージのようなものととらえられるようになったのは近代以降です。ギリシャ哲学、中世哲学では、イデアは存在するものととらえられています。
(自著へのご感想ありがとうございました。さらによい本を目指して、取り組んで行きたいと思います。)
“イデア”難しいですね!
私は勤勉でないので、『それでも僕は生きてゆく』で初めて出会った言葉です。
野田さんの“愛”は大きく、真剣に自殺と向き合って、優しさや思いやりのある方ですが、
「イデアの目覚め」を実感されているのでしょうか?
不躾な質問ですいません。
これからも愛のある本をお願いします。
ありがとうございました。
No.8
- 回答日時:
―では知覚障害者の方々の生をどのように解釈したら良いのでしょうか?
―肉体が老いても魂は永遠なら痴呆症や、老いによる脳の劣化をどう解釈すればいいのでしょうか?
他の回答者の方のご意見に関わる点もあるかと思います。
はじめに考えますのは、心(「精神」、「魂」等、どういう意味合いで使うかによって、意味が異なりますが、ここでは同じように扱います)の成長とは何かという問いです。西洋の哲学は、ギリシャ以来、理性を心(精神)の中心的な働きと見ています(科学等の理論的な判断、倫理的な問題に関わる実践的な判断の両方を含みます)。私達も、たいがいは知識を得て、高度の判断力ができることで「精神が発達する」と考えます。そうなると知識の習得能力、記憶、判断力に限界、障害が出た場合、精神の発達が止まり、心の成長が止まるのかという問題です。実に本質的な問題です。
私は一般的な知的能力よりもっと深いところにあるのが「愛」の感性ではないかと思っています。心身に障害があった場合、ままならないもどかしさから「荒れる」こともあり、ごく自然に物を覚えられなかったり、簡単なことも忘れてしまったりすることがあります。しかし、それでも愛を敏感に感じ、人と交わした愛への記憶は心にとどまっているのではないでしょうか。愛することと愛されること、それが人と人をつなぎ、人の心に、記憶として留まる最も永遠性があるもののように思います。心の成長の本質は、愛につきるのはではないでしょうか。
さらに敷衍して言えば、誰にとっても、人間の生涯は、自分の持てる能力を最大限に発揮して、愛の軌跡を残してゆくこと。仕事をして社会的役割を果たすことも、広い意味で、社会にの人々に残した愛の軌跡といえるかもしれません。
次に、「善の理解、善のイデアとは、そもそも何なのか」という問いがあります。私は愛と相即してあるのが善への理解だと思っています。「善への理解」というのは、「善」が知識の対象のようにどこかにあって、それを把握するというものではなく、人間の思惟、判断、行動、生の全体を根本から規定している働き、心の働きを根本的に規定している心の働きだと思います。知識、社会的なステータス、経済的な状況とは関わりなく、もっと深いところで人間の判断、生き方に関わっていると思います。人間が、自分の行動、判断を「正当化」しようとするのはその「善への理解」が心にあり、それは自分でも消すことができない。もし、これを消すことができれば、悲しいことですが、人間は「正しくあろう」とする心の働きを消し去ってしまうのではないでしょうか? そして愛が真実の愛に近くなることを導いているのがこの「善への理解」だと思います。(文化的相対主義というものがあります。これは、善悪の判断基準が文化によって異なることから、善悪には普遍的な基準は無いという主張です。しかし、文化的な多様性にもかかわらず、基本的な善悪への判断には共通したものがあります)
仮に愛と善を基準にして、すべての人間を序列的に並べてみたら、どうでしょうか? きっと、現実の社会的な位階とは全く異なった相貌を見せると思います。知的障害者、痴呆症を持った方、社会の先端、上層で辣腕を振るっている人々、あらゆる人の人生のあり方を、なべて「愛と善」の尺度でみつめなおしてみると、力(知力、財力、権力等)が位階を規定している現実のあり方が逆転したり、思わぬ有様を呈すると思います。
記憶力の減退等、自然に衰退する脳の機能もありますが、痴呆症はすべての人が必然的に至る自然の過程ではなく、ある種の機能不全で起こる病気だと思います。愛と善に関する基本的な感性は、変わらないように思います(ただし現状把握にズレは生じると思いますが)。自然的な老衰は、愛と善への志向において、衰退するものではないと思います。「誰もが見放すような人も、祖父母が支えてくれる」という事例は、むしろ愛の深さの故ではないでしょうか。知的能力は優れていても「愛と善」に関して、心が「成長」していない人は多く、むしろ能力と力があるがゆえに、悪いと知りつつも悪を重ねてゆくことが多々あります。(その人間の悲しい性を、プラトンは「ギゲスの指輪」の物語として描きました。「ロード・オブ。リングズ」という本・映画にも、「権力にとらわれ奇怪な姿になった人」として描かれています)
(この欄の字数制限があるため、プラトンのイデアについて別に書きます)
私にも分かりやすく解説していただきありがとうございます。
なるほど!『それでも僕は生きてゆく』の追記のようで、
有り難く何度も読み返させてもらいました。
私が言うのはおこがましいのですが、
非常に貴重な御意見で障害をお持ちの御両親にも、
参考にしてほしいです。
健太の疑問から始まる物語の設定が気に入りました。
多くの読者が勇気づけられたと思います。
私のような無知な人のために、次回作のモチーフにこのような疑問もお願いします!
ずうずうしいですが(笑)・・・
健太は賢いけど、もっと勉強が苦手で、スポーツも苦手で、
取り柄がなく目標が持てず、自己卑下ばかりしている人を主人公にし、
希望を与えるように誘うストーリーもお願いします。
やはり愛と納得すると、ほっとさせられます。
これからも御活躍を期待しています。ありがとうございました。

No.7
- 回答日時:
はじめまして。
心と脳は別のものです。
心とは、目に見えない魂(これが私達の本体)と両親のDNAから受け継いだ肉体の意識の合わさったものです。
ですので、たとえ肉体の脳に障害が生じても、本体の魂は永遠で、ちゃんと魂の意識すなわち自分があるのです。
ですから、たとえば脳死判定後の臓器移植はとんでもないことなのです。死んでいないのです。
死とは本体の魂が肉体を脱ぐことを言います。
ヤドカリが借り物の貝殻から出るのと同じようなイメージをすればいいわけです。
知覚障害や痴呆症は脳に障害があるだけで、魂はその状態を味わう体験学習をしています。
人間の魂は3次元のこの世で肉体を着てそれぞれ体験学習をし、そのエキスを吸収して、4次元の世界(霊界)に移行する訳です。
これを私達は「死」と呼んでいます。
4次元では肉体ではなく、霊体で自己意識が即時に外界に表現されるのを体験をするわけです。
そしてまた、地上に誕生する時は、前回まだ未学習の部分を体験するように新たな肉体を与えられるわけです。
私の質問に分かりやすく答えてくれてありがとうございます。
納得させられました。
DNAは肉体の脳の方で考えた方がいいのですかね?
心にもDNAは影響するはずですが、
輪廻転生でDNAは全く別のものになるし…
視野が狭いのか現実的にしか見れないのか、その辺が新たに悩んでしまします。
御回答ありがとうございました。
No.5
- 回答日時:
>生きる意味や幸せとは遠いと思います。
生きる意味が重要なのではなく、善く生きる ということです。
善く生きたら不幸が訪れる?
善く生きる と 幸福 は セット なのではないでしょうか。
>もう一歩先の善を施したり、愛を与えたりすることにより…という点での疑問です。
善く生きるには それより先は無いんです。
>どんな立場の人も平等に救う上では矛盾が生じてはならないと思います。
平等とはなんでしょうか?
例えば8時間働いた人と1時間働いた人に得る食べ物が同量、これが平等ってことですか?
例えば8時間椅子に座っているだけの人と、1時間めまぐるしく働いた人の給料が同じな場合、平等ですか?
どちらも同額の給料をもらい、生活苦であっても同額をもらって支払い期限が迫っていたものを支払えたとします。
給料日が来て救われたと両者ともほっとしたことは一緒です。
では、平等ですか?
>またその矛盾が納得できるように説き明かされるべきと考えてます。
その認知症のおばあちゃんは、ただお腹がすいている子供にパンを分けてあげたわけですが、無視して「あっちいけ」って言った方がよかったですか?
それとも多くの人がやるように、その子がそこに存在しないかのように振舞った方がよかったのですか?
おばあちゃんは子供が喜び、子供はおいしいものをもらって喜ぶ。
誰も不幸は無いのに、これのどこに矛盾があるというのですか?
矛盾があるのは、お腹をすかせた子がいるのに、その子がまるで存在しないかのように振舞う多くの人々の存在じゃないでしょうか?
その子が存在しない=その子を認識する人も存在しない はずなのに、そん子はいるし、自分は存在していてその子に気づいているのに、存在しないこととすることの方が矛盾していませんか?
>なんせイデアや真理といってもほとんど哲学に無頓着な私ですが、自分を見つめることに貪欲でありたいというのがモチーフです。
遠いことより身近なこをがわかれば、遠いものも自然とわかるのではないでしょうか?
先ほどまでyoutubeでマイケル・サンデル氏を扱ったものを視聴していました。
「5人の1人、どっちを助けるか」とか「寄付金を出して合格点に達しない子ども入学させるべきか」とか、「オバマ氏はアメリカがかつてに原爆を落としたことを日本に謝罪すべきか」とか。
どれも遠いものだが、身近なことで決めたら、それが判断がつかない遠いものにも応用できるんじゃないかと思える。
ただ、私はマイケル・サンデル氏は、政治哲学学者であって、政治は人がやっているが、政治そのものは生命体ではない。
確かに哲学は道徳であるば、政治は道徳とは親友になれない気がする。
政治は人格が優れた人ではこなせない気がする。
従って彼の理論をイデアに適用することはできないと思う。
ってなことを視聴が終わって感じました。
イデアってもしかしてアイデアの語源なんでしょうかね。
アイデアってのはどっからやってくるのでしょうね?
プラトンはイデア界というものが人間の外にあり、そこから道徳がやってくるとした。
アリストテレスは、人間の外にあるのではなく、人間に既に備わっているとした。
なのにどうして人間は人に悲しみをもたらすのでしょうね。
何故権力の無い人が、イデア通りに生きているのでしょうね。
何故そのように生きられるのか?
それはやはり欲が無いからだと思う。
欲がイデアから遠ざけると思う。
魂を喜ばせることができる人は幸福。
その人はイデアの人だと思う。
No.4
- 回答日時:
<善く生きる>とはどういうことでしょう。
知覚障害者や認知症の人は、善く生きられないのでしょうか?
脳が衰えたら、善き選択はできなくなるのでしょうか?
例えば、本屋でグラビア雑誌があり、どうしても欲しいがお金を持っていないので、かばんにそっと入れて、安い本を小脇にかかえてレジに並び、清算をして店を出たとします。
この人には善悪を判断する能力が備わっています。
ですから、この人はイデアに沿った選択をしていないので不自由者です。
かたや、認知症の人が公園で食べていたら、小さな子がじーっと自分の持っているパンを見ていたので、「あんた お食べ」と自分の持っているパンを差し出す。
小さな子は「ありがとう」と言って食べる。
これはイデアに沿った選択をしているので自由者です。
ハンデとはなんでしょう?
例えば自分は一家の大黒柱で、家族は自分の稼いだお金で今の生活をしており、今の家族があるからこそ今の自分があると考えている人がいたとします。
弱肉強食の社会で、上司が外部に情報を流していることを知ったとします。
上司に上に告発すると言うと、上司は
「実は他の会社に雇われている。まもなくその会社に移るつもりだ。その手みあげとして情報を収集しているんだよ。そっちに移るとき何人かを連れて来るように言われている。君は能力があり、ここでは年収は500万だね。だが、君のように能力がありながら。おかしいじゃないか。あっちの会社では1000万どころか将来幹部になって5千万を超える収入を得られるだろう。この会社では君は一生飼い殺しだ。どうだ 君の子供たちにいい学校に行かせて大きな家に住まわせてやりたいと思わないか? 仲間にならないか。不正か? この会社が別の会社によって儲けられなくなったら、ここの従業員が生活に困る? おもしろいことを言うね。 いいかね 君は他人の幸福じゃなくて、自分の家族の幸福を考えるべきじゃないのかね」と言ったとする。
内容は違いますが、同じような理論を言った人がいる。
さて、善く生きるとはどういうことでしょう?
他の人より知的に能力が高く、誰にもバレないで、ちょっとずつ人のポケットからくすね、それで大きな屋敷に住み、高級レストランで食事をし、かたやチャリティーや慈善活動に寄付をしている。
誰も知らないので、社会的地位が高い裕福なその人は、善い生き方としていると本当に言えるでしょうか?
善いとはなんでしょう?
イデアによる善い生き方とはなんでしょう?
知能が高く善悪をしっかり判断できる人は、善い生き方ができると思いますか?
脳に損傷を受けてしまい、判断力が鈍り生活が射止めなくなり、アパートを追い出され、公園で寝泊りしている人は、善い生き方をしていないのでしょうか?
真理を心の底から悟ったなら、“イデアによる善い生き方”というのが幸せに結び付くでしょうが、不正や悪事をするしないの段階の“善い生き方”では生きる意味や幸せとは遠いと思います。
もう一歩先の善を施したり、愛を与えたりすることにより…という点での疑問です。
私は一つの思想に固執しているのではなく、その哲学がどんな立場の人も平等に救う上では矛盾が生じてはならないと思います。またその矛盾が納得できるように説き明かされるべきと考えてます。
なんせイデアや真理といってもほとんど哲学に無頓着な私ですが、自分を見つめることに貪欲でありたいというのがモチーフです。
参考になりました。ありがとうございます。

No.3
- 回答日時:
障碍の程度にもよると思いますが、人間的な解釈をすると言うことになるのではないかと思います。
わずかなシグナルのみを発する障害者の方々と接して、そのように解釈をするのは容易ではないと思いますが、そういう風になるのではないかと思います。
結局現実は、イデアや魂といったところで目の前の事象に対応できるわけではありません。人間的な・・・と言うところに唯一我々の道が備えられているように思えるのです。微細なところに、人間性をある意味でこじつけて、解釈して接すると言うことになるのではないでしょうか。
そして、人間的に解釈するからこそ暗黙の了解と言うものもそこに存在したまま、関係が作られてゆくのではないかと思います。暗黙の了解と言うのは、あくまで、能動的に解釈しているのであるということです。
ありがとうございます。
申し訳ありませんが、学がなく理解力に乏しいので完全に把握できてないです。
貴重な御意見、大事に考えさせてもらいます。
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