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事実なのに「例えばの話」

「国語」カテゴリかもしれませんが、サイト内の気付いたことなのでこちらで質問します。

事実についての質問なのに文頭「例えばの話ですが」と前置きされた質問をよく見かけます。
そう書く意味は何かあるのでしょうか。
それとも誤用が広まっただけなのでしょうか。

以下、一例です(全部がそうという意味では当然ありません)

http://oshiete.goo.ne.jp/search_goo/result/?PT=& …

A 回答 (3件)

アドバイスよりは、一般論や制度論で回答して欲しいという気持ちの表れだと思います。



人生相談的な内容で「例えばの話ですが」と前置きされている場合、自分に対するアドバイスを回答してほしいというよりは、一般的にどうなのか、回答者が質問者の立場だったらどうなのかという回答が欲しいということなのだと思います。

また、リンク先に法律カテの質問がありましたが、法律のように制度がしっかりしていて回答者の主観によって左右されにくい問題では「例えばの話」という前置きがあっても違和感は感じませんでした。
この場合、ある具体【例】(質問者が遭遇したトラブル)があるが、これは制度上どう解決されるかということを聞いているに過ぎないので、日本語の使い方としても普通ではないでしょうか。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。

>アドバイスよりは、一般論や制度論で回答して欲しいという気持ちの表れ

そうですね。
ではなぜ「アドバイスよりは、一般論や制度論で回答して欲しい」のか?ということなのです。

それと
「例えばの話」前提で来られると、確かに個人個人の悩みでなく一般的事例というニュアンスが生まれますが、それって逆に、
何かテスト問題でも読まされてるような、もっと言えば、
質問者が目上で回答者が目下みたいなニュアンスも感じてしまいます。
(「例えばの話」には大概の場合「~だとします」という締め方が付きもの。これもテスト問題のように感じてしまう要因)

文脈上、明らかに事実と認めて書かれている作文が「例えばの話」で始まる。
申し訳ないのですが、やはり「日本語の使い方としても普通」とは感じられないのです。

お礼日時:2010/10/15 01:20

> 何かテスト問題でも読まされてるような、もっと言えば、


> 質問者が目上で回答者が目下みたいなニュアンスも感じてしまいます。
感じません。
例えばの話、自分の体験だとバレバレな話題を「友人が~」とか
「例えば、聞いた話なんだけど~」と話し始める友人を目上だと
感じたことはありません。
・・・この時点で貴方は私に対してそう感じるはずなんですよね???
・・・・・・考えすぎではないでしょうか?
自分の中に劣等感があったり、相手が他人だという事実から生まれる
意識の壁が生んだ偏見ではないでしょうか?

女性の例が出される場合が多いですが、既に自分の中で結論が出ている
話を相手に振り、相手の結論を評価しようとしている(しかし、建設的
に議論をする気はなく、自分と同じ結論を出す事を求めているだけ)と
いうパターンはあるかもしれませんね。
「例えばの話~」という語句が最終的に決定しているのではありませんが。

> ではなぜ「アドバイスよりは、一般論や制度論で回答して欲しい」
> のか?ということなのです。
既に #1 さんの回答の中でも1つあげられているはずですが、幾らでも
理由は考えられると思います。
間違った発言、不適切な発言をする事のいいわけでも使われます。
日本人は兎角出る杭にはなりたがらないという事も関係しているかも
しれません。
> 事実なのに「例えばの話」
事実なのにという部分が、貴方の思い込みの場合もあるでしょう。

ところで、そもそも「例えばの話」をする場合のネタを事実から
取ろうが想像から取ろうが、誤用などとは言えないと思いますが?
つまり、貴方の
> 事実なのに「例えばの話」
"なのに"は誤用では無いのですか?と。
。。。とはいえ、掲示板の書き込みごとき、誤用誤字脱字勘違いの
オンパレードで、気にしてもせん無き事とも思いますが。相手の意思
・意図を感じられたら、私はそちらに解釈しようとしますね。

まぁ、無意識も含めて何らかの意図が働いている場合は多いと
思います。かと思えば、口癖になっているだけの人も少数では
ありますが、いると思います。
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この回答へのお礼

>考えすぎではないでしょうか?
そうです。
つまり読み手によけいな詮索をさせる言い回しでもあるということです(書き手にその意識がないだけ)

>意識の壁が生んだ偏見ではないでしょうか?
そうです。
私は文体から書き手の人となりを考えます。
また、同じような言い回しをする人たちには何らかの共通点があるとも思います。
偏見といえば偏見でしょう。

>日本人は兎角出る杭にはなりたがらないという事も関係しているかもしれません。
なるほど。
しかし結局質問するわけですし、文脈上「例えばの話ですが」で始めるのはおかしいと気づいてない、ということの説明にはなってないと思います。

>「例えばの話」をする場合のネタを事実から取ろうが想像から取ろうが、誤用などとは言えないと思いますが?
いえ。ネタをどこから取ったか、ではなく、それに続く文脈がどうか、です。
「例えばの話」ならずっと仮定の話で続かないとおかしいのに、すぐさま事実報告になっちゃってる。
仮定の話と思ってもらいたいのか、そうでないのかが分からない、ということです。
「例えばの話」という言葉の使い方を知らないで使っているとすれば、それは誤用だろう、ということです。
なので
>口癖になっているだけの人も少数ではありますが、いる
ということかもしれない、と思って質問したわけです。

「~じゃないですか」の亜種かとも思うのですが、どうでしょうね。

お礼日時:2010/10/18 02:10

はじめのほうの質問を見ただけですが、


どれも、まだ、実際には起きていないことなので、「たとえばの話」は、普通に言われている使い方でしょう。(「たとえば、もし、こんなことが起きたとしたら・・・」という意味です。)
厳密な文法上では、誤りなのかどうかはわかりませんが、夏目漱石あたりの古い小説にも登場した使い方のような気がします。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

仮定ではなく「事実についての質問文」が私の質問の対象ですので…。
しかしおっしゃることは「『例えばの話』は事実に対しては使わない言い回しである」という意味で
私に同意いただいてるのだと解釈いたしました。
当たり前といえば当たり前ですよね。

お礼日時:2010/10/18 01:48

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