昨日の終戦記念日に、ふと思いました。
「戦争にもし日本が勝っていたら今、どんな生活を
しているんだろうな?」と。
軍事力が強く、閉鎖的な国で、のんきにインターネット
なんかとても出来ない生活かなぁ?
みなさんは、どう想像しますか?
平和な21世紀を祈り、こんな質問をしてみました。

A 回答 (16件中1~10件)

私はまだ戦争が続いてると思います。

日本は日中戦争や日露戦争で勝って、舞い上がっていました。なので、アメリカ合衆国がイラクに攻めたみたいに、日本も攻めていたと思います。
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いろんな意見があるとは思います。


歴史にもしもはないと言うわけですが、あえて私なりの考えを語るなら・・・


軍部の暴走は戦勝後もとどまらないでしょう。

そもそも日本が勝つとしたらどういう状態で勝つかということです。
太平洋戦争での日本の勝利とは何か?

まず、最大の敵国たるアメリカとの間で戦闘が終結する必要があります。
これがとても考えにくいことなのですが、
日本が繰り返し本土空襲を行い、西海岸の一部を占領、
その撤退と、太平洋の島々の領有権、アジア植民地の解放を認めるぐらいにしておきます。
(アメリカが諦めて降伏するって時点で非現実的なんですけどね・・・)

日和見のソ連は日本が勝つなら手を出してこなかったでしょう。
中国は日本が撤退すれば、再び国民党と共産党の内戦状態となります。


が、日本の軍部が問題です。
軍部はアメリカとの間で停戦ができたとしたら、
中国からは撤退しないでしょう。

仮にアメリカがこてんぱにやられることで、厭戦ムードが広がり、
一切軍事介入をしてこないとして、とりあえず舞台は太平洋から再び大陸にもどるわけです。

アメリカは西部開拓の延長線で太平洋に進出してきたわけですが、
それがならなければ、南北アメリカ大陸の経営に力を注ぎます。
二つの大陸で独立した共栄圏を築いて運営していくのではないでしょうか?

ヨーロッパはとりあえず日米戦争終結より一足早く、ナチスドイツが敗戦したことにしましょう。
アメリカの元気がないとなると、ヨーロッパは独力で共産陣営と対峙しなければなりません。
西ヨーロッパの国々はアジアでの植民地を失った分、アフリカの経営に力をそそぐのではないでしょうか?

それにより、西ヨーロッパ・アフリカでなるもう一つの共栄圏が成り立ちます。

しかし、ソ連の力は強大です。アメリカの力なしには現実世界のように、
冷戦状態で静かな対立なんて形には成り得ません。
ソ連はヨーロッパを圧迫しつつ、やはり、アジア進出を図ることでしょう。


舞台はやはり満州国。


日本が勝ったことを前提にするなら満州国は健在です。
そして、ある程度経済的にも潤っている可能性は高い。
そして、日本陸軍は満州を拠点に大陸に覇を唱えようとか、
戦国時代レベルの発想で暴走し続ける可能性が高いと思います。

ここで、中国共産党、国民党、ソ連、そして日本による満州大戦争が・・・・


もう、なんだか荒巻義雄の世界になってきました・・・

妄想で盛り上がりすぎです。すんません。
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日本が敗戦することでで破壊されたものは、都市だけではなく



制度や植民地も大きく変わりました。


まず、法律は高圧的な大日本帝国憲法が維持され、兵役や徴兵制度は依然続いたでしょう。

朝鮮や、台湾、満州国は日本に本格的に併合されていきます。
おそらく彼らも日本人として扱われたでしょう。

そして、ソ連や中国やベトナムは成長を続け、日本といずれ戦争することになったでしょう。

まずは、朝鮮戦争が1950年に起りました。おそらく史実と少し違っても
5年以内にはソ連は日本の植民地を奪いにかかり、戦争が起ります。
おそらくココで負けます。

しかしココで勝ったとして

次にベトナムにも共産主義がはびこりましたので日本がベトナム戦争をすることになったでしょう。

中国は満州奪回をかけて日本に圧力をかけ続けるでしょう
中国利権を欲するアメリカは中国に同調するに違いない。

第三次世界大戦が再び始まります。

日本が勝つことは国力からいってまずナイにしても
勝ったところで日本が対外主義をとることはもはや限界だったわけです。
外地への野心を持った瞬間に叩き潰されていたでしょうし。

また戦後日本がやっていたかもしれない戦争をアメリカがかわりにやってくれました
戦前の日本のアジアでの役割は、アジア圏の共産主義と南下するロシアの動きを阻止することであり、これを戦勝国であるアメリカがアジア利権を見込んで引き継いだのです。

本当にちょうどいい時期に日本は戦争をやめられたと観るべきでしょうね
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日本が戦勝国になっていたとしても、現在とそれほど違っていないと思います。


戦争になったのも、アジアの国々を植民地にしていたアメリカ・フランス・オランダ・イギリスの陰謀によるものですし、内戦状態の中国とは国民党軍と共産党軍を相手にしなければならず、正直よくぞ戦ったものだなと先人たちの勇気に敬意と冥福の念を禁じえません。
その日本人の勇気ある行動が、アジアの国々を勇気づけまた触発し独立へ導いたといっても過言ではありません。
日本は以前統治していた地域全てに、多大な投資をしておりインフラ整備においては第一に考えていました。
もともと日本人は、「人類はみな平等」という意識が昔からあり、その証拠に第一次大戦後の国際同盟で人類平等決議を提起しましたが、植民地で搾取をしていた国々の反対を受け採択されませんでした。
よって、アメリカやロシアなどの大国の影響を受けず、東西冷戦もなく、植民地は解放され、もう少し平和な世界が出来上がったと思います。
ただ、経済的にはもっと発展した気がします。天然資源や、海洋資源などを有効に活用し、金融市場でももっとリーダー的立場になっていたかもしれません。
戦後20年で驚異の発展を果たした日本人は、「和」を大切にする民族なので、戦争が終われば戦時中のような統制が続いていたとは考えにくいですし、少なくとも市場経済主義による格差社会は無かったと思います。
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最悪だったと思う。


私の母は、日本が戦争に負けて洗濯機が入り、凄く助かったと言っていた。
日本のそれまでの考え方だとそういう贅沢品はとか、気合が足りんとか、甘えてるとかそういう話になりそうで、とても家事に便利なそういうものは発達しなかっただろうと・・・。

それだけでなくいろいろな面で、遅れていただろうと思う。考え方も含め。

戦争の体験者が少なくなり、その悲惨を知っている人が少なくなることにとても恐怖を感じる。
また、同じようなことが今後起こるのではないかと。日本人の気質がそういう気質を持ってると思う。
経済界トップの人が戦争をすることを望んでていたり・・・。私は常々思うのだが、そういう人は自分が率先して戦地へ行って欲しい。望む人が。
望んでいない底辺の人達があのトップの人達のために戦地の第一線に行くのが私にはどうしても納得がいかない。あぁいう人は自分の愛する子や孫は絶対そういう危ない第一線には行かせない。
だから、私は戦争を望む人達が年寄りでも何でも、まず戦地に行ってほしいといつも思ってる。

また、原爆についてだが、アメリカは正当性を主張すると非難するが、現実落とさないと諦めなかった、終戦にしなかった日本政府、一部の軍人がいたことを忘れてはいけないと思う。
原爆を落とすなんて、もってのほか許せないけれど、落とさなかったら終戦になっていなかった日本の政府、軍人の考えがもっと許せない。終戦が8月15日じゃなくまだ続いていたかもしれないと思うとぞっとする。本土決戦とか、むちゃくちゃなことを考えてる首脳陣。あり得ないです。
アメリカには落としたことは謝ってほしいけれど、そうさせた日本政府、軍人にもっと謝ってほしい。
でも原爆2つは落とす必要性は全くなかったと思うので、そこは誠実に謝ってほしいと思う。
多くの人達が地獄を味わっているのだから。
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まず、インターネットは情報統制を受け、国家にとって不利益なものは、内務省の検閲を受けます


不適切の烙印を押されたものは、直ちに秘密警察により通報され、公の目に留まらないうちに容疑者を連行し、事情聴取され、その後裁判を受けます。

軍はおもに支配下の国の予算にすべてゆだねられることになる。わが日本の役目はおもに民衆の統制とその管理にあり、同盟列国も統制される。

政治経済
アジアは日本が中心となって巨大な大東亜共栄圏を形成し、シベリアの地下資源を多くのパイプラインで日本、中国、朝鮮のおもな都市まで引き込み、モンゴルから中国、ロシアの広大な地域を耕し、作付けし、豊かな穀倉地帯を形成し、国境を取り払い、円を共通通貨とし、共通語を日本語として制定、教育の徹底により、アジア地域の人民の読み書き達成率99.9%を誇る

工業は、道路、鉄道の整備により日本からアジア諸国に地続きでいけるようになる。アジアの市場の中心は東京であり、都市人口は1億人。ロシアから、中国から、朝鮮から多くの人間が自由に出入りする都市が完成し、山手線内側には「東京バベル」という高さ1万メートルのタワー都市が完成し、裕福で、知能の高い選民のみが自由に暮らす都市が形成される。

政治は人間によるあいまいな政治を捨て、コンピュータによる投票式の法案の採択による人件費と時間と予算の削減に寄与した公平なシステムによるアジア全体に及ぶ大規模な政治を実現します。

老後は、国民は60歳を過ぎた時点で財産を清算し、その時点での算定基準から、その後の人生の自由な生き方を選択できるシステムの導入により、本人は個人財産を後継に譲り、共同施設に入るが、その後、習得した英知、技術を有意義に発揮できるようにする。また、個人の部屋や作業場、など必要なものは申請さえすれば無料で与える。そして新たなる新人に技術の伝承を計ることができるようにする。これらのシステムは大東亜共栄圏のすべてで行われる
外圧には共栄権すべての民衆で討議し、各地域のコンピューター同士で最適な回答を導き出す。
この評議の結論は数十億人の民意による崇高な回答である。
たとえ諸外国とは言えども、この回答は絶対多数であることを頭に置かねばならないことが重要である。
この民意を覆すなら、武力には武力でということになるであろう
この時点でこの共栄圏には中国、ロシア、朝鮮を中心に研究開発された大陸間弾道ミサイルが諸外国に向け配備されていることは言うまでもない。
日本には配備されていないのは、維持管理に膨大な維持費が掛り、自由な思想と、統制管理された国家間においては、この共栄圏内のミサイルが互いの国家を攻撃することはないからである。
日本は軍備をおかない代わりに此処では情報を統括管理し、頭脳としての役目を果たしている。

産業は地域にり多様性のある製品が作られるであろう。拠って今のような個人に偏るハイテク製品が生み出されることはないだろう。
もし日本が勝っていれば、競争力も今のような劇的なものではなくなる。
町並みが何年も変わらず、今より厳しい社会倫理はあるかもしれないが、人の文化に即した、外圧の少ない、人に優しい社会が達成できたかもしれない。
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もし日本が戦争に勝っていたら、


日本の領土は
北海道、本州、四国、九州、伊豆諸島小笠原諸島、沖縄など南西諸島
のほかに、
千島列島、樺太全域、朝鮮半島全域、台湾と澎湖諸島、満州全域
南洋諸島、香港、シンガポールが日本領になっています。

ソウル、ピョンヤン、釜山、台北、高雄、香港、シンガポールなどが
政令指定都市になっているでしょう。
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勝ち方にもよるでしょうけど



アメリカ一極集中ではない世界になっていたでしょう

つまり冷戦構造もありませんので

世界各国に米ソによって作られた軍事政権なども存在しません

あとイスラエル建国も実現しなかったでしょうから

中東の紛争もない世界になっていたでしょう

ただ中国だけは国民党と共産党の醜い争いが続いてそうですけど

共産党は日本に勝利したという建前で躍進したからね

朝鮮半島は依然 日本の一部で朝鮮人も日本人として振舞って

我々は世界に冠たる日本帝国の一員だと

日本人以上に世界中で威張り散らしていることでしょう
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戦争で植民地化されても結局多くの国が独立している。


日本が勝ったとしてもそのうち独立して今と同じようになっているのではないでしょうか。それに植民地にするような国がそんなに長くもったという歴史もありませんし、もって50年ぐらいだと思います。いや、もっと早いかもしれない。
結局戦争に勝ったからといってその国が永遠に世界をどうにかできるというわけではないですから。イギリスやフランスが衰えていったように。
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歴史にIFは大事ですが、正確な資料をもとに議論している人にあまり出会いませんね。


 さて、この設問ですが、私の母の言葉を書かせていただきます。私が子どものとき戦争に勝ったらよかったのにと言うと「負けてよかった。勝っていたら、負けていなかったら、今も兵隊さんが街中を行進している。おまえも16になったら兵隊になれるか決めなければならない。体の弱いおまえは甲乙丙どれにもあたらないかもしれない。兵隊にもなれない障害者の家として、後ろ指差され買い物にもいかれない。負けてよかった。兵隊さんもいなくなった。おまえのような弱いものも生きていけるありがたい世の中になった。勝てば、昔のままの生活が続く」
 今でも言っています。グラマンの機銃掃射で田んぼの中を逃げ回った経験が言わせるのでしょう。
 私は、国を守るために軍隊は必要と考えますが、母の言葉もうなずけます。
もし勝っていたら。政治が軍隊をコントロールでき、外交能力が連合国を超えていたということです。クラウゼウッツの「戦争論」に従えばそうなります。そして軍人が幅を利かせているか、あなたが3年の兵役を終え「もし戦争に負けていたら」と言う設問をそっと<裏のネット>に流しているでしょうね。そして答えた私達は、憲兵につかまって半殺しになっているでしょう。
 ちなみに、masyuraさんの回答は、うなずく点が多いです。
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http://www.warbirds.jp/kunimoto/type51/88-1.htm

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>「当時の日本兵は蒋介石の軍隊とは戦ったが、共産党の軍隊と戦った記憶が無い」
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乱文失礼しました

Aベストアンサー

北ヴェトナム軍が使用していた消音器内蔵の中国製拳銃「六四式微声手槍」はどうでしょう。

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Aベストアンサー

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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

当時の中国軍の装備はドイツの軍事顧問の指導により改善の途中でした。
チェコより輸入した機関銃は当時の最高級で、揚子江河口地区の防御陣地はトーチカなど近代陣地の装備でした。
この為上陸した名古屋師団はこの陣地に肉弾戦を挑み大損害をうけました。

当時中国軍は蒋介石の政府正規軍と軍閥の私兵からなっており、正規軍はかなりの近代装備を有していましたが軍閥の私兵は貧弱な装備でした。
正規軍は37ミリ以下程度の対戦車砲も有しており日本軍の軽戦車は撃破されたのです。
しかしこれらの装備を有していた正規軍が初期の防衛戦で消耗すると、彼我の兵器差は大きく開きました。

中国空軍は海外の義勇軍の混成で機種も2戦級でしたが奥地の重慶に遷都しての防衛ではかなり活躍し日本の護衛のない爆撃機は大きな損害をうけました。
開発直後のゼロ戦が護衛についてからは日本軍の一方的な勝利になったのです。

中国戦線での迫撃砲の脅威は唯一の大口径砲として日本軍を悩ませました。

しかし戦争末期にはビルマ経由の援将ルートで米英の近代重火器が到着しこれを装備した中国軍に北ビルマの防衛拠点を次々に奪われ玉砕が続きました。

中共軍とはゲリラ戦で困らせられ、かなりの兵力を貼り付けざるを得なかったのですがここでも戦争末期に
中共軍の百団大戦攻勢で板垣師団は大損害を受けました。
決して中国戦線では勝利だけではなかった事実は知っておく必要があります。

当時の中国軍の装備はドイツの軍事顧問の指導により改善の途中でした。
チェコより輸入した機関銃は当時の最高級で、揚子江河口地区の防御陣地はトーチカなど近代陣地の装備でした。
この為上陸した名古屋師団はこの陣地に肉弾戦を挑み大損害をうけました。

当時中国軍は蒋介石の政府正規軍と軍閥の私兵からなっており、正規軍はかなりの近代装備を有していましたが軍閥の私兵は貧弱な装備でした。
正規軍は37ミリ以下程度の対戦車砲も有しており日本軍の軽戦車は撃破されたのです。
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Q敗戦と終戦

8月15日が近づくといつも思うのですが、
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Aベストアンサー

どうもです 無条件降伏し完全に敗戦したのに終戦・進駐軍とか 例えば局地戦で負けて退却するのに転戦と言ったり、戦後は軍隊なのに自衛隊・階級も1等陸佐2等陸尉2士1士陸曹普通科特火と称したり、これらは陸軍大佐中尉2等兵1等兵軍曹歩兵砲兵とはっきり呼称すべきなのにあたかも軍隊ではありませんというが如き浅知恵を労しております。老人のことを熟年とか称しております。こう言う表現で日本人は自らを中途半端な気持ちで済ませているのです。終戦というと自ら戦争を止めたように錯覚させているのです。誰がどういう連中がこういう終戦だなどど言い出したのかを解明すべきです。こういう宣撫手法で戦争指導者たちは責任の所在をボカシうやむやにしているのです。我々日本人はこういうネコナデ言葉に篭絡されているのです。官庁や政治家等の失策を責任が誰にあるのか分からないようにするための巧妙な手口なのです。まことに汚いやりかたです。完膚無きまでに戦い破れ焦土と化し戦う能力が無くなった状態では敵のなすがままだったのです。今は遅きに失した感ですが日本人は徹底的に敗戦を認めることをすべきです。日本民族が敗れたんだという悔しさ辛さを日本人自身が共有することが大事なことだと思うのです。民族の誇りが傷つき打ちのめされたことをハッキリ認識するべきです。そこから這い上がるべく努力するのです。戦後経済が発展したことはだれもが共有意識として持っていますが、精神は貧弱になるばかり民族の誇りなどどこえいったのでしょう。筋金入りの精神をつくりあげるには民族の誇りが傷つき打ちのめされたことをハッキリ認識するべきです。熟年などという言葉に惑わされていないで老人であることを自覚すべきです。老人は社会では一方で指導者でもあるのです。他方は弱者にもなります。しかし昨今の後期高齢者医療制度のことでは老人連は被害者だと大声で喧伝してますが、自らも応分の負担をすることに寛容であるべきです。日本人の謙虚さ辛抱強さを体得しているはずの老人等が己の生活権の侵害だとばかりに騒ぎたてているのは見苦しい限りです。日本人はかつてそうであったようにもっと謙虚さをとりもどして欲しいという思いで書いてみました。

どうもです 無条件降伏し完全に敗戦したのに終戦・進駐軍とか 例えば局地戦で負けて退却するのに転戦と言ったり、戦後は軍隊なのに自衛隊・階級も1等陸佐2等陸尉2士1士陸曹普通科特火と称したり、これらは陸軍大佐中尉2等兵1等兵軍曹歩兵砲兵とはっきり呼称すべきなのにあたかも軍隊ではありませんというが如き浅知恵を労しております。老人のことを熟年とか称しております。こう言う表現で日本人は自らを中途半端な気持ちで済ませているのです。終戦というと自ら戦争を止めたように錯覚させているのです...続きを読む


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