プロが教えるわが家の防犯対策術!

家族を題材にした映画やドラマで人が感動する理由って何でしょうか?

昔読んだ心理学みたいな本で、「サクセスストーリー」映画なんかは人の無意識にある”なりたい憧れ”みたいのが映画の中で実現されそれによって感動(共感的な)を覚えるみたいに書いてあったような記憶があるのですが「家族もの」の映画やドラマはどうなんでしょうか。(家族ものもジャンルがいろいろあると思うので一概には言えないとは思いますが。)



自分ももちろん家族ものを見て感動はしてるんですが言葉で説明しろと言われると何かうまく説明できなくて質問させていただきました。

すみませんが宜しくお願いします。

A 回答 (3件)

人間は社会を作る生き物だからだと思います。


成長するにつれ、家族から学校、そして職場へと社会はどんどん広がっていきますが、家族というのは社会の最小の単位です。ここで学んだ事はイヤでも外の社会に出た時に影響してきます。
平和な家庭で育った人は、基本的に世界は平和だ、平和でないのはおかしい事と信じられるでしょう。破滅的な家庭で育った人は基本的に世界は破滅に向かっていると思うでしょう。その思い込みの違いが、人生にどれほど影響するかは想像に難くないですね。
そこまで考えていない人であっても、単に「よかったね」と感動するだけではなく、「よかったね」をベースに、「じゃあこれからの人生は大丈夫」という明るい見通しも何となく感じるのではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

やはり様々な家族模様の末にじぶんの望む憧れに近い未来を自分なりに想像して感動するんでしょうかね。ベストアンサーNo,2さんと迷ってのですがすみません。でもkirin09さんの「明るい見通し」という表現は私がうまく説明できなかった家族ものと感動の間をうまく埋めてくれる言葉だなあと思いました。回答ありがとうございました。

お礼日時:2011/02/21 10:30

おっしゃるとおり、家族ものだから必ず感動するわけではなく、まさしくその「なりたい憧れ」みたいなところに感動しがちなのだと思うんです。



例えば、「ぎくしゃくしていた家族が和解する」という物語に感動する人は少なくないと思うのですが、それは「家族とぎくしゃくする」という経験を、たとえその“家族”が養護施設の家族であっても、誰もが一度はしているからであり、たいていの人は、ぎくしゃくしながらも「自分がぎくしゃくしているこの家族と和解したいな」という憧れをいだいていると思うんです。それがスクリーンの中で疑似体験できると感動します。

同様に、「ひどい家族だと思い込んでいたものが実は温かかった」とか「つまらない家族だと思っていたが、実はすごかった」とか、そういう“憧れた存在が実はすぐすこにあった”というプロットに、人は共感しやすいのだと思います。なぜならば、思い起こせば、自分の家族にもそれなりに当てはまるからです。

かく言う私も、家族の愛情が当たり前だと思っていた子供の頃は、とりたててそういう物語には感動せず、むしろ、薄幸な人が死んでいく話などに憧れて感動したものですが、やがて大人になるにつれて、薄幸な知人が死んでいく現実に触れるようになり、家族が常にそこにいるわけではない生活に慣れていくと、家族の温かい物語にほっこりするようになりました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

みなさんの意見を教えていただき最終的にやはり大きな意味でですが「憧れ」によって感動はおこるのかなあと思いました。しかし憧れと一言で言ってもいろいろな含みを持っているなあと思いました。(いろいろな家族模様のパターンがあり大まかに言うと憧れの一部のようですが各パターンでそのパターンにぴったりした言葉の表現があるようにかんじました。)みなさんの意見もその各パターンでのぴったりの言葉の表現だなあと感じました。ありがとうございます。

ucokさんの

かく言う私も、家族の愛情が当たり前だと思っていた子供の頃は、とりたててそういう物語には感動せず、むしろ、薄幸な人が死んでいく話などに憧れて感動したものですが、やがて大人になるにつれて、薄幸な知人が死んでいく現実に触れるようになり、家族が常にそこにいるわけではない生活に慣れていくと、家族の温かい物語にほっこりするようになりました。

は実体験でしょうが家族ものに感動する大きな意味での理由だと思いベストアンサーにさせていただきました。

お礼日時:2011/02/21 10:46

「家族」っていうものを客観的に色々な角度から見られるからかも。


たとえば、嫁ぐ娘と父親の物語だとすると、
もし自分自身がその娘の立場だったことがあるとして、
父親の心情は想像することしかできないけど、
映画やドラマでは父親が陰で涙する姿や
一人でアルバムを眺めている姿なんかを見せてくれます。
「自分の父親もこんな風だったかも」って思えばやっぱり泣ける。
だれでも家族の一員として当事者だから、
家族の気持ちのあれこれに
案外気がつかないことがあるんじゃないかな~と思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

自己体験の投影の中にある「娘を送り出す理想の父親像」へ憧れ(共感)の実現という感じでしょうか。固くなってすみません。

嫁ぐ関連の映画などの感動は嫁いだ経験のある人特有の記憶の呼び起こしの方が理想の家族への憧れ的な感動より強い気もします。そういう意味でluna108
さんの意見は自分のなかでとても新しい意見だなあと興味深く思いました。回答ありがとうございます。

お礼日時:2011/02/21 10:22

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!