こんにちは、皆さん。お元気ですか。
夏目漱石の『クレイグ先生』について文章を書いてみたんですが、ちょっと自然な日本語に直していただけないでしょうか。よろしくお願いします。

本文はこちら:http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/758_1 … (最後にある小説)

 『クレイグ先生』とは、夏目漱石によって書かれた短編小説である。その作品は1909年、     『朝日新聞』に断続的に連載された『永日小品』の一つの短編小説である。
 その小説は、夏目漱石が文部科学省よりイギリスへ留学していたときに書かれた作品である。
 小説は一人称で書かれており、ナレーター―クレイグ先生の生徒―と夏目漱石は同じな人だと言うことができる。そして、クレイグ先生という人物は、実には、ロンドンで漱石が英文学の個人教授を受けていたウィリアム・ジェームズ・クレイグという教師である。
 夏目漱石は多くのユーモアを解する心がある作家であり、『クレイグ先生』にはさまざまなユーモアのあるところが出ている。登場人物の人相や性格を描写をするとき、いつもウイットとユーモアがきいている。たとえば、婆さん―クレイグ先生のメード―という人物は最初から最終まですっと「驚いている眼」をしている人であれば、クレイグ先生も「鼻は高いけれども、段があって、肉が厚過ぎる」し、「消極的な手」のある人物である。そのとおりに、クレイグ先生の性格もユーモアな観点から描写されている。彼はいつも漱石から講師料を前払いを頼んでいたし、授業をぜんぜん計画せずに、頭に始めて出ることで漱石に教えていた人物であった。
 たぶん、明治時代に育った漱石は、イギリスへ留学する前に、西洋人をあまり見たことがなかったから、そんな主観的な描写が出てくるかもしれない。

「夏目漱石の『クレイグ先生』について」の質問画像

A 回答 (1件)

 『クレイグ先生』 は、夏目漱石によって書かれた短編小説で、1909年に 『朝日新聞』 に断続的に連載された 『永日小品』 という短編小説集の中の1篇である。


 『クレイグ先生』 は、夏目漱石が文部省から派遣されてイギリスへ留学していたときに書かれた。
 一人称で書かれており、語り手 -- クレイグ先生の生徒 ― は夏目漱石その人であると思われる。 クレイグ先生とは、ロンドンで漱石が実際に英文学の個人教授を受けていたウィリアム・ジェームズ・クレイグという教師のことである。
 夏目漱石はユーモアを解する作家であり、『クレイグ先生』 には随所にユーモラスな表現が出てくる。登場人物の人相や性格を描写をするとき、いつもウイットとユーモアをきかせている。たとえば、婆さん ― クレイグ先生のメイド ― は、最初から最終までずっと 「驚いている眼」 をしている人であり、クレイグ先生は 「鼻は高いけれども、段があって、肉が厚過ぎる」 し、「消極的な手」 の持ち主である。そんなふうに、クレイグ先生の性格もユーモアを含んだ描写がされている。彼はいつも漱石に講師料の前払いを求めていたし、授業は無計画で、その時々に頭に浮かんだことを漱石に教えていた。
 たぶん、明治時代に育った漱石は、イギリスへ留学する前には、西洋人を見たことはあまりなかったので、そういう主観的な描写になったのかもしれない。
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Qもうすぐ公開される「先生!」という映画は、先生に恋している人が見るやつですよね?私自身、先生に恋して

もうすぐ公開される「先生!」という映画は、先生に恋している人が見るやつですよね?私自身、先生に恋していて、その映画を見に行く予定です。

親に「先生!」見に行きたいって言ったら先生に恋していること、バレますよね?

だから、その映画を見に行くにはどうしたらいいでしょうか?モアナもみたいので、一緒に見るっていうのもありだとは思いますが、みなさんならどうしますか?

Aベストアンサー

バレませんよ。
私は親ですが、「先生って映画見に行く」と言われたら「そう。わかった」位しか思いませんよ。
あなたが、「先生が好きだから見に行く」とわざわざ言わなければ何とも思いません。
ちなみに先生は先生が好きではない人も見ると思いますよ。

安心して楽しく見に行って下さいね(*⌒▽⌒*)

Q夏目漱石の『こころ』  先生の責任について

夏目漱石の『こころ』についてなのですが、Kが自殺した理由として、
先生がKより先にお嬢さんに告白したために、Kが自殺してしまったのでは
ないかと思います。よって先生にはKの自殺に対する責任があると思いますか?
もしくは、「私」は自分に責任があると『思い込んでいる』だけで本当は責任はないのでしょうか?

Aベストアンサー

結果がすべて、というならば責任は「ある」と思います。しかし、それにいたる「経過」を考えると、親しい身内以外は、必ずしも断罪できるものではないでしょう。

つまり、Kが自殺する以前にも「私」は重苦しい責任を感じていたわけですが、自殺した後の責任と比べると、明らかに異なる要素が入っていると思います。表現しにくいですが、前者は「卑怯」な手を使って友人を出し抜いた(あるいは裏切った)責任、後者は友人を「死」に追い込んだ責任というふうに分けることができると思います。もちろん、両者はつながっているわけですが、それはあくまで「結果」であって、Kの自殺は予想外のことだったことは見落としてはならないと思います。

「結果的に死に追い込んだ」と言えばそれまでですが、この小説のミソはそこではないように思います。やっぱり、いろいろ考えるべきところはあるんです。

Kはお嬢さんが好きでした。「私」はそれを知っていました。でも、「私」も好きでした。客観的には、ここにおいて「男の勝負」が始まったのではないか、とすれば、「私」は正々堂々と勝負しなかった、つまり闘わなかったわけですね。闘わずして、「謀略」でものにしたことになる。ところで、これは「卑怯」の二文字で片付けられるでしょうか。

ずいぶん前になりますが、私がこの小説を読んだときは、何ともいえない罪悪感で胃が痛くなりました。客観的に見ると、やっぱり卑怯なんですよね。でも、本気で人を好きになった経験のある自分としては、自分を先生に置き換えてみると、その気持ち、理解できなくもなかった。胃が痛くなったのは、読み手の私の中でも葛藤が出てきたからです。

それと、Kの態度が煮え切らぬものだったので、「私」は明らかにイライラしていました。なおさら、こんな半端な男にお嬢さんを渡したくない、という気持ちも出てきたのかもしれません。この気持ちもよくわかります。

だから、結局、客観的には、「私」の行動は「良くない」ことだったのは明らかです。「私」にもその自覚はあった。だからこそ何度もKに自分の心を打ち明けようとしましたよね。どうせ明らかになることですし。

ところがKが自殺してしまった。もう、詫びることもできません。これによって先生は生涯その苦悩を背負って生きていくことになります。私は、この先生の「生きざま」と、それを「解き明かしていく」構成がこの小説の魅力だと考えていますが、いずれにしても、この苦悩を「責任」と考えるか、「結果」と考えについては、どちらとも言いにくい、その辺もこの小説の考えさせられるところだと思います。

結果がすべて、というならば責任は「ある」と思います。しかし、それにいたる「経過」を考えると、親しい身内以外は、必ずしも断罪できるものではないでしょう。

つまり、Kが自殺する以前にも「私」は重苦しい責任を感じていたわけですが、自殺した後の責任と比べると、明らかに異なる要素が入っていると思います。表現しにくいですが、前者は「卑怯」な手を使って友人を出し抜いた(あるいは裏切った)責任、後者は友人を「死」に追い込んだ責任というふうに分けることができると思います。もちろん、両者はつ...続きを読む

Q香川京子さんが「香山先生」を演じた映画の題名は?

 1958年~1962年頃に学校の「映画教室」で見た、香川京子さんが「香山先生」を演じた映画の題名をご存知の方が居られましたら、教えてください。
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 戦後、普通選挙が始まってしばらくした頃、県議会(国選かも)の選挙があり、貧しい地方の村で、ほとんど村ぐるみの「買収」が行われた。
 不正を見過ごせないひとりの女子高校生が、それを告発した。そのため、彼女の家は「村八分」にあってしまった。
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 農作業ができず困ってしまった彼女の家に、先生とクラスメイトが自転車に乗って応援に駆けつける。

Aベストアンサー

「村八分」っていう映画が該当するようですけど、
「香山先生」を演じたのは乙羽信子のようです。

事件についてはこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%9D%91%E6%9D%91%E5%85%AB%E5%88%86%E4%BA%8B%E4%BB%B6
映画についてはこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%85%AB%E5%88%86_%28%E6%98%A0%E7%94%BB%29

Q漱石全集と夏目漱石全集

「漱石全集」が岩波から、「夏目漱石全集」がちくまから出版されていますが、どう違うのでしょうか?
文庫本で小説は全部楽しく拝読いたしました。
興味が出てきて、漱石日記、私の個人主義を(これも文庫本)読んでいます。
今は、夏目漱石の価値観や思想観などちょっとしたことでも、もっともっと知りたい気持ちでいっぱいです。

Aベストアンサー

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの(第1巻が1993年)か、ひとつ前のもの(第1巻が1984年)がいいと思います。

 それからですね、
 集英社『漱石文学全集』の別巻『漱石研究年表』は、漱石の行動を、一日単位で年表にしたすごい本です。
 また、
 ほるぷ『初版本漱石文学館』は、初版本を、装丁まで忠実に復元したものです。
 また、漱石の小説は、ほとんど朝日新聞に掲載されたんですが、当時の新聞を、挿絵ごと、そのまま写真版で復元したものもあります。ゆまに書房『漱石新聞小説復刻全集』です。

 漱石のひととなりを知るには、『書簡』がお勧めです。漱石は書簡の名手で、素晴らしい手紙を数多く残しています。岩波文庫の、抜粋の『漱石書簡集』から入ってみてもいいかもしれません。

 漱石の全集は、たくさん出ていて、その歴史は、日本の全集の歴史を象徴してるといわれているんです。これを書くのに、青英舎『漱石全集物語』を参考にしましたが、そんな本が出るほどなんです。

 復刻版は、かなり大きな図書館でないとないかもしれません。最初は、岩波版『漱石全集』か、岩波文庫の漱石作品がいいと思います。

 ご参考になれば。

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの...続きを読む

Q先生が見ていたビデオ(映画)のタイトルが知りたいです。

先生が見ていたビデオ(映画)のタイトルが知りたいです。

今から15年ぐらい前、私が小学生3年の時の話です。

私に改まって見せてくれたわけではなく、
先生の家に行ったら先生がたまたまその映画を見ていて、
(普段はロッキーチャックとかのアニメを見せてくれるので)
見終わるのを待とうと、隣で一緒に見たものです。
でも先生の見ていた映画は、声は英語だし、字幕は読めない
漢字ばかりで内容が分からないし、映像がグロぽかったので、
ちょっとだけ見て別の部屋へ行きました。
なので映画のほんの一部分しか見ていません。

ですが、大人になってもこの映像は忘れられず、全体的に
どんな話だったのか知りたくなってきました。

覚えているのは、下記4点です。

(1)外国の実写の映画です。白黒の映像でした。
(2)白人の女の子が登場します。
(3)バスケットコートのような場所で、(2)の女の子がフェンスに
前向きに寄りかかったところ、フェンスの向こうで爆発が 起
きます。
(当時の私は、少しだけ原爆のことを知っていたので、こ 
の映像を見て核爆発したんだと思いました)
(4)すごい爆風で女の子はフェンスに手を掛けたまま燃えてしま
い、ボロボロの骨だけになっていました。
(骨になってもフェンスは掴んだまま、でも爆風で生きて 
るみたいに動いていた気がします。頭が)

先生は引っ越してしまって、年賀状を送るぐらいの付き合いに
なってしまったので気軽に聞けないし、当時先生はひと部屋
まるまるビデオ保管用の部屋にしてるぐらいビデオを
たくさん持っていたので、どれのことかはきっと覚えていないと思います。
あの時、先生と私しかいなかったので、他に手がかりはありません。

部屋にあるビデオのほとんどがダビングテープだった気がするので、
もしかしたら映画ではなくドラマかもしれません…。

覚えているポイントが少ないですが、何かわかる事がありましたら、是非教えて下さい。
よろしくお願いいたします。

先生が見ていたビデオ(映画)のタイトルが知りたいです。

今から15年ぐらい前、私が小学生3年の時の話です。

私に改まって見せてくれたわけではなく、
先生の家に行ったら先生がたまたまその映画を見ていて、
(普段はロッキーチャックとかのアニメを見せてくれるので)
見終わるのを待とうと、隣で一緒に見たものです。
でも先生の見ていた映画は、声は英語だし、字幕は読めない
漢字ばかりで内容が分からないし、映像がグロぽかったので、
ちょっとだけ見て別の部屋へ行きました。
なので映画のほんの一部分し...続きを読む

Aベストアンサー

条件とだいぶ違うのですがフェンスや核爆発、骨になってもフェンスを掴んだままというシーンで「ターミネーター2」を思い出しました。違ってたらすみません。。。

http://www.youtube.com/watch?v=9d0w0lrNlpU

Q夏目漱石 『こゝろ』について

上(先生と私)の段落三十一の中で、

「あなたは本当に真面目なんですか」(…中略…)
「私は過去の因果で、人を疑りつけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。(…中略…)あなたは腹の底から真面目ですか」
「もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目です」

という、先生と私の会話の場面があります。
しかし、最後の「私」の言葉の意味を上手く取ることができずにいます。
自分なりに、『私は自分なりに真面目に生きているつもりです、そして真面目に生きているから、今いった事も真面目な質問なのです』と言う意味かと取ってみたのですが、どのように読めば良いのでしょうか?(勿論、固定の解釈というものが無いのは承知なのですが…)
もしよろしければお返事をお願いします。

Aベストアンサー

「私という人間にとって可能な限り真面目に言っています。」という意味だと思います。

つまり、「ことによると、私が自分自身で気づいていないだけで、私という人間は本質的には不真面目な部分を内蔵しているのかも知れない。もしそうであれば、わたし自身がいくら真面目に思っていても、その考えには、不真面目なものが混じっている可能性がある」とも、真摯に考えているからでしょう。

Q映画’モリー先生との火曜日’ に出演していた女優さんの名前を教えてください。

映画(TVドラマ) ’モリー先生との火曜日’ の中で
ミッチの恋人役で出演していた女優さんの名前を教えてください。
お願いします。

Aベストアンサー

ウェンディ・モニス(Wendy Moniz)でしょう。
下記のサイトでご確認下さい。

参考URL:http://www.tvtome.com/tvtome/servlet/PersonDetail/personid-12868

Q夏目漱石『こころ』はエゴイズムを描いたのか

似た質問がありますが、少し違う視点から質問しますので皆様、盆休みの間によろしくお願いします。

よく『こころ』はエゴイズムを描いた小説とされますが、何度読んでみてもどうもしっくり来ないのです。
先生のせいでKが自殺することになったのは確かです。けれど、先生はエゴをふりまくタイプではないし、もちろん自覚的なエゴイストではありません。
うまく表現できませんが、先生は何だか流されてそうなってしまった人といった印象を受けるので、普通イメージするような「エゴ」「エゴイズム」ということではくくれないような気がするのですが。
作者がエゴイズムを描いたとすると、どう解釈すればいいのでしょうか。また、他の解釈があれば教えて下さい。

Aベストアンサー

『こころ』は人間の心に潜むエゴイズムを描いた小説である、と、自分の持っている文学事典にも載っていました。

この場合の“エゴイズム”は、
辞書にある“自己の利益を最優先させる態度”と取ればよいと思います。

先生は、Kの恋愛感情を知りながら、Kに自分の気持ちを告げることなく、先回りして、お嬢さんとの仲をまとめてしまった。
この行為が“エゴイズム”なんです。

いまの見方からすると、こういうことってあるよね、という感じではあるのですが。

この恋愛パターンは、中期三部作と言われる『それから』『門』にも出てきます。
『それから』では主人公代助は友人の妻である三千代に恋愛感情を持つ。
『門』での宗助は、友人の妻であった御米を妻にしている。

『こころ』でKが自殺しなかったらどうなっただろう、という仮定を、『門』の中に見ることもできます。
漱石は、宗助と御米の姦通に対して、宗助夫婦から富を奪い、健康を奪い、三人の子を奪うという、という残酷な刑罰を課しています。
漱石にとって、こうしたエゴイズムの発露は、許せないものだったんです。

当時でさえ、こうした漱石の倫理観には、反発する人もあったようで、谷崎潤一郎などは、若い頃“世の中というのは、もっとふしだらな、ルーズなものではなかったか”みたいなことを言っていたようです。

漱石は人間の心の奥深くに巣くうエゴイズムを暴こうとしました。それを白日の下に晒していけば、人々は反省し、自然で自由な世界へいくことができる。それが、後期の“則天去私”の心境とされています。
晩年の『明暗』を読むと、もっとその漱石流のエゴイズムがわかるかもしれません。

『こころ』は人間の心に潜むエゴイズムを描いた小説である、と、自分の持っている文学事典にも載っていました。

この場合の“エゴイズム”は、
辞書にある“自己の利益を最優先させる態度”と取ればよいと思います。

先生は、Kの恋愛感情を知りながら、Kに自分の気持ちを告げることなく、先回りして、お嬢さんとの仲をまとめてしまった。
この行為が“エゴイズム”なんです。

いまの見方からすると、こういうことってあるよね、という感じではあるのですが。

この恋愛パターンは、中期三部作と言われる『...続きを読む

Q先生みたいな人に催眠術みたいなんされて夢の中でみんなが殺されて最後に現実になる映画ってわかりますか?

先生みたいな人に催眠術みたいなんされて夢の中でみんなが殺されて最後に現実になる映画ってわかりますか?

雪のコテージでみたいなんがありました

Aベストアンサー

『ミシガン・チェーンキラー』?

Q夏目漱石の『こころ』の問題です。

これは高校時代、期末テストに出た問題なのですが、
答え合わせの時ちょうど病気で入院してて、未だに正解がわからないままなんですよ。(笑)
それで半分は諦めて忘れていたのですが、このことを思い出し、ネットの時代でみなさんに聞ける時代になったので質問してみます!。

場面は、Kが「覚悟」という言葉を発したあたりからです。
問題:「新しい光りで覚悟の二字を眺め返してみた私は・・・」
この“覚悟”の、以前と以後の解釈は、どういうものか?
という問題でした。
その時に回答したのは、
◆<以前>
Kがお嬢さんに対して進んでいくという事。
◆<以後>
Kが、お嬢さんへの恋をあきらめ、今まで通りの道へ進んで行くということ。
この2つです。
もちろん、2つともはずれてしまったのですが笑(^_^;)・・・
10数年ぶりに解決出来ると思うので!笑、どうぞよろしくお願いします!。

Aベストアンサー

こんばんは。
わたしの思うところを書きますと、
質問者さんの書かれた解答は、
ちょうど逆だったのではないかなあと思います。

先生の
「君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。
一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」
という言葉に対して
Kは
「覚悟ならない事もない」
と答えています。

そしてあとになって「新しい光で覚悟の二字を眺め返してみた」先生は
「Kがお嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈しました。
果断に富んだ彼の性格が、
恋の方面に発揮されるのがすなわち彼の覚悟だろうと
一図に思い込んでしまったのです。」
とあります。
そして先生はあせって「奥さん、お嬢さんを私に下さい」
の行動に出ました。

ですから、質問者さんの答えはちょうど逆だったのではないかなあ
と思います。

でもその時Kが言った「覚悟」の意味は
そのどちらでもなかったわけですよね・・・・・


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