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汚い川にはなぜ魚はすめないのでしょうか?
ここで言う「汚い」は化学物質で汚染されているという意味ではなく、
BODが高いという意味です。
単純に考えれば、BODが高い=有機物が多い=魚にとっての餌が多い、
ということになりそうな気がするんですが。

A 回答 (7件)

 No.3です。



>BODはDOと相関性があるとのことですが、それは外部からの酸素供給のない試験管内での話ではないでしょうか。

 もちろんそうです。
 実際の実験では試験管ではなくもう少し大きいビンを使いますけど。
 静止した環境で、複数の試料を同条件で比較して測定しなければ、そもそも数値の測定などできませんし、河川にいきなり計測器を突っ込んでの簡易測定など、科学的には何の意味もありません。
 酸素は実験前に飽和させて、以後は供給しません。
 計測の途中で外部から酸素を供給するなど論外です。
 環境を評価する、水質を論ずるうえでは常識です。
 そうして得られたデータでなければ、比較するに値しません。

 あなたのいう違和感の正体がわかりました。
 そのギャップはなかなか埋められませんので、私からはこれまでとします。

 参考にBODに関連するサイトのアドレスを貼っておきます。
 測定方法なども記載されていますので、理解の一助となれば幸いです。

 http://www.tamagawa-kisui.jp/ref/ref-24.html
 http://www.sagamiko-suishitsu.jp/shikumi.html
 http://www.pref.aichi.jp/kankyo/mizu-ka/mizu/sei …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
なるほど、私も自分の違和感の正体がわかりました。
つまり、(自分なりの理解ですが)生き物にとっての河川環境を正確に示す指標は現段階の試験技術では存在せず、
指標の中で最も適当なのはBODである、ということですね。
DOは諸環境による変動が激しいため、指標としての役割は薄い。
なんとなく、謎は解けた気がします。
ごたくに付き合っていただき、ありがとうございます。

お礼日時:2012/05/25 00:48

まず、DOは時間が経過するとBODに反比例します。


BODが大きいと水中の微生物が酸素を消費していくからです。

そして、正確なDOは計測しにくいという現状があります。
まず、酸素の溶解度は微量であり正確な測定がしにくいのです。
また、温度や採取場所、時間経過などに大きく左右されます。

それに対して、BODやCODはかなり正確な測定方法が確立されています。
ですから、水質の基準にはBODが使われるのではないでしょうか?

DOとはいわば財布の中のお金です。
何十万円のお金を持ち歩いている人はそういまsねん。
BODは預貯金です。
中川や大和川の水のように、人によっては10億円の預貯金があるのです。
DOの比較は財布の中のお金だけを比較しているようなものです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
正確な測定ができるかどうかが指標選択のネックになってそうですね。

お礼日時:2012/05/24 12:31

No.3です。



 環境の指標にはDOよりもBODが重要です。
 そしてBODとDOには相関関係はあります。
 BODを測定する作業自体が、河川水内での一定時間内のDOの減少度合いを計測する作業だからです。
 つまりDOとはBODを算出するための基礎的数値の一つであり、DOの値が得られなければBODの値も得られません。

 河岸や河床の形状による曝気によるDOへの影響は、河川の水質を考えるうえでは考慮に値しません。
 一時的にDOが上昇しても、BODが高値ならばすぐにDOは低下します。
 逆にBODが低値ならば、河川形状による曝気がなくてもDOはほとんど消費されませんから、DOの減少が少なくなります。
 河川の水質を論ずるには、部分を捉えるのではなく、1キロ単位で場所を移動し、上流中流下流の様々なポイントで周辺環境を考慮しつつ実験をしてみる必要があります。

 これはまるで、週末の居酒屋のようです。
 客が多くの酒や食事を注文すると見越して、店側は多くの食材を仕入れます。
 単純にその量だけを見れば、この居酒屋にはいつもより多くの食材があり問題ないと思えるかもしれませんが、来店する客の量に対して食材が少なければ、食材はすぐに減ってしまい、個別の皿の盛りも少なくなり、客は満足しないでしょう。
 例えに多少無理があるかもしれませんが、つまり店の良し悪し(=水質)は、「店に備蓄されている食材の量=DO」ではなく、「需要と供給のバランスが安定して保たれているか=BOD」で論じるべきであると考えます。

 よって変動の大きいDOはBODに比べて、河川全体の水質を論ずるのに適していません。
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この回答へのお礼

わかりやすい解説ありがとうございます。
居酒屋の例え、面白いですね。
でもやっぱり腑に落ちない点があります。
BODはDOと相関性があるとのことですが、それは外部からの酸素供給のない試験管内での話ではないでしょうか。
実際に、護岸等の自然度の高い河川と垂直護岸の河川を比較すると、BODとDOの関係が逆転することはよくあるように思われます。
居酒屋論でいうと、護岸等の自然度は、常に食材を買い出しに行く「従業員の数」です。
水中の生き物を論ずる場合に、DOではなくBODをみることには、違和感を感じてしまいます。

お礼日時:2012/05/24 11:19

おっしゃる通りで、完全に綺麗な水には栄養分が無く、魚は住めません。


しかし、BODの高い水には酸素が無いのです。
食事を止められるのと空気を止められるのではどちらがいいですか?
食事を止められる方がマシですね。
ということで、BODの高い水は多量の酸素消費をするセキツイ動物は住めない
のです。

江戸時代に、田沼意次の金権政治から松平定信(白河公)の感性の改革が始まった
ときに江戸市民はこう唄いました。
「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」
倹約に走りすぎた寛政の改革よりも、お金が潤滑油となった田沼政権の方が
暮らしやすいということでしょう。
ワイロの大きさが社会ニーズであり、経済の潤滑油になっている点は否定できません。
江戸時代はワイロを送る商人達がその何倍もの利益を上げました。
しかし、今は政治家が一部の業者と手を握り、勝手に商工業を規制しています。
その規制を逃れるためにたくさんのお金が必要です。
そのため、財政赤字は拡大し、市民の生活は困窮しています。
3万人を超える自殺者がこの10年連続で出ています。
何かがおかしいのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
やはりBODというよりDOの問題なんですね。
では、そもそも直接的に生き物に影響を及ぼさないBODに環境基準が設定されているのはなぜでしょうか?
人間の健康にも直接的な悪影響はないと思われるのですが。

書いていただいた後半部分は…それよりも難しい問題です…

お礼日時:2012/05/23 20:06

 BODが高いということは、水中の溶存酸素が微生物により消費され、ふつうの魚がえら呼吸で取り入れられるだけの量が残っていない、という状態になっている可能性が高いです。


 有機物が多すぎる、ということですね。
 BODが高い状態で生息できるのは、肺呼吸できる種類の魚など、特殊な能力を有したもので、雷魚などが代表的です。

 逆にBODが低いと、有機物が少なくアユなどの藻類をえさとする魚は生きられませんが、水面に落ちてくる虫などをえさとするヤマメやイワナなど肉食の魚は生きられます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
やはり、BODが低すぎる川にはすめない種がいるんですね。

お礼日時:2012/05/23 19:05

まず、有機物が多い場合、魚よりも微生物の方が繁殖速度が速いので、


微生物の方が圧倒的に多くなります。その結果、水中の酸素が少なく
なって魚が住めなくなります。
BOD(Biological Oxgen Demand)とはそういうことです。
酸素はあまり水に溶けないので、水中の酸素が30%でも少なくなると
魚は住めなくなります。

また、微生物の一部はエラに付着して、呼吸を妨げます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
微生物の一部がエラに付着してしまうんですか。

皆さんおっしゃるとおり、そもそも生き物にとってはBODよりDOの方が重要ですよね。
しかしこの両者には明確な相関関係はないのでは?
DOは護岸や川底の形状にも大きく左右されるからです。
ところが、環境省かどこかの資料で、BODが5mg/l以上になると魚が住めないとの記載を見たことがあります。
これは、この基準を超えると、微生物の付着による呼吸障害を起こすということなのでしょうか?

お礼日時:2012/05/23 19:01

酸素濃度が低いからでない?

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
有機物そのものが生息を阻害するわけではないのですね。

お礼日時:2012/05/23 18:50

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