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子育て中の方…子育てを終えた方にお聞きしたいです。

我が子への無償の愛…これは理想なのでしょうか?

私には3人子供がいます。
生まれた時には嬉しさと感謝と責任と…沢山の感情がありましたが
一番はこの子達がいれば何もいらない…と健康でいてくれることだけが望みでした。

成長するにつれ他の子との違いに一喜一憂してみたり…
躾と勘違いして感情的になってしまったり…

甘やかすだけが無償の愛ではないとは思うのですが
自分自身のエゴが見えてしまう時があります。

教えるタイミング…
見守る難しさ…

愛情は誰にも負けない自信はありますが
私の言動によって子供達を困惑させてしまうこともあります。

子育てに正解はないとは言いますが
虐待やネグレクトじゃなくても子育ての方法…私の態度に不正解はあると思うんですよね。

私は子供達に無償の愛を感じています。
でも日々の生活の中での私は押し付けや追い込んでしまうこともあるんです。

見返りは求めていませんが
無償の愛とはただの綺麗事なのでしょうか?

私の子供達に対する無償の愛とは理想なだけなのでしょうか?

皆さんは無償の愛をどう捉えていますか?

子育てに対する私自身の言動に疑問を感じたので質問させて頂きました。

宜しくお願い致します。

A 回答 (10件)

真の意味での無償の愛なんて存在しない。

(定義:無償の愛=見返りを全く求めない愛情)

生物の最大の目的は自分の遺伝子を受け継がせること。
自分の血を分けた子供がいる時点で生物最大の目的を子供に託したことになる。
子供がいるということは、それだけで生物としてのエゴ(見返り)をはらんでいる。
また生物のもう一つの目的は、種として繁栄すること。
血がつながらない子供を育てるという行為も上記に同じ。
同種族が増えるという生物種としてのエゴなので。
本能として、遺伝子レベルでプログラムされていることに過ぎない。

また、人間の子供は未熟児で生まれてくるので自分を育ててくれる相手が絶対に必要である。
自分を育ててもらわなければならないので、これもまた生き物としてのエゴをはらんでいる。
親という存在に育ててもらう必要のない生物は親に愛情も何もあったものじゃない。


私はこのように考えております。
でも人間は社会性の生き物なので、子供への躾も必要だし、親だって人間だから間違えることもある。
さまざまなことに感謝して、間違いを認めて謝罪できる、子供と一緒に成長しよう。
そんな思いがあればただのエゴだろうがなんだろうが気にすることは無いと思うのですよ。
こんな風になってほしい、こんな風にならないでほしい、子供への期待なんかみんなエゴなんです。
子供にこの程度のエゴイスティックな感情もって何が悪いの?
親に何も期待されていない子供の方がむしろかわいそうな気がします。
期待されて、躾も受けて、時には間違いを謝って、許して許されて。
それがきっと人間社会の愛情なんじゃないかと思いますよ。

持ちつ持たれつ、お互いさま。自分以外の人に対しての感情としては「無償の愛」より好きな言葉です。
人を許すことがずっと簡単になります。

質問者様は子育てを通して哲学的なことをお考えの方なので、何の心配もいらない気がします。
迷い、悩むことはとても重要だと思うので、どんどん悩まれればいい。
でもきっと、とてもすてきなお母様なのだと思いました。自信をお持ちください!


最後に謝罪。
私には子供がいません。回答権が無いのにごめんなさい!
欲しいけどなかなかね~
親はいるので「子供の立場」からの回答ということで…(^^;
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この回答へのお礼

素晴らしいですね。

とてもとても勉強になりました。

お子さんできるといいですね。
きっと素敵なお母さんになる気がします。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/08/02 19:17

自分の子供に対してなら無償の愛で良いと思いますよ。


逆に老後に面倒を見てもらおうとか金持ちにして楽させてもらおうとか見返りを求めるのもアリでしょう。

ただ、無償の愛の場合は見返りを期待する事は出来ないですね。
綺麗事でも良いじゃ無いですか、現実的に不可能でも理想を目指す事は意味はあると考えます。
無償の愛は親に帰るのではなく、その子供(孫)へと向けられます。
そういう意味では無償であってもその見返りは必ずやってきます。

無論「善」から行った事であっても結果として「悪」となる場合もあります。
自分の善が他人の善では無いって事もあるでしょう。
無償の愛とて同様です。
相手が受け入れない押し付けはどのような場合でもいい結果は出ないですね。
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この回答へのお礼

なるほど…。

親子だけではなくその先の孫まで続いていくのですね。

善が悪になることもある…

納得です。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/08/02 22:26

> 無償の愛とは理想ですか?



 無償の愛など理想論であり存在しません。

 暴力団も最初は見返りを求めず麻薬をくれたりするものです。

 人間の行動には必ず理屈があります。 説明できない行動はないのです。

 子育てにはなぜここで怒るのかなど どの程度叱れば
理解できるのかをきちんと頭の中で時間などを計算しておきましょう。
 何分間、どの程度の声量でしかるのかなぜしかるのかの理屈などきちんと計算
してからにすべきです。  

子供でも誰でも理屈のない叱りは暴力になります。  
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この回答へのお礼

我が子への無償の愛とは気持ちなんですね。

気持ちと子育てとは全く別物ということですね。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/08/02 19:20

子育て中の母親ですが、自分の中の母性というか、母の愛を無償とは思いません。


愛しているから応えて欲しい、という思いがどこかにあるからです。
悩むことが多い子育ての中で、子供からの愛情があるから頑張れるし、子供への愛情も尽きないように思います。

逆に、無償の愛情って、子供から親への愛情ではないでしょうか。
私の母として至らない部分を許して、今日も笑いかけてくれました。
自分の子供の時を思い出しても、親を心底嫌った事はないし、周りの子も親を嫌いという子はいませんでしたし。
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この回答へのお礼

そうですね…。

私が感情的になってしまって反省しても
子供達はすぐに私を許してくれてる気がします。

子供達は私に無償の愛を与えてくれてるのを感じます。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/08/02 12:47

無償の愛とは、いつも頭のどこかでその人の事を考えている、そして自分よりもその人に…と無我になることだと思います。


それと、親としての責任(しつけなど)を同列で考えるのはすごく難しいと思っています。
私は、しつけは「計算」が重要である局面も多いと感じているからです。

無償の愛(自然と湧き出るもの)としつけ(計算)その二つが入り混じるのが親業です。
誰もが計算ずくで上手にできる訳ではないし、愛も湧き出続けるものというより、波があるのが普通。
計算がうまくできず、愛の波が引いているタイミングだと「自分の欲の押し付け?!」と感じるんじゃないでしょうか。

完璧にできる親なんてほとんどいません。
>私の言動によって子供達を困惑させてしまうこともあります
そういう時もあるでしょう。そうなってしまったら、落ち着いたらきちんと謝ること。それだけ。
あまりに頻繁なら、少し自分を冷静にさせる発想が必要になるとは思いますが。

無償の愛は、質問者さんの中にもあります。
お子さんが、ある時振り返った時に「お母さんはいつも自分の事を一番に考えてくれた」と思えるように
負の言葉より、明るい言葉の方が量的に上回ってるようにしていれば、それは結果的に「無償の愛を与えてきた」という事になるんじゃないでしょうか。
うまく言えず、分かりにくくてすみません。
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この回答へのお礼

いえ…とても分かりやすかったです。

自然にわき出るもの…
計算…

そのバランスを取りながら反省して私自身も成長していくものなんですね。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/08/02 12:39

無償の愛


与えるだけの行為です。

子供の立場から、
親からは、何でもして貰えるのが常識となります。
極端に言いますと、働かなくても食べていけます、ニートのできあがりです。
勉強ができても、つまらない役に立たない人になります。

貴方が年老いたり病気になったりして、子供に何もしてあげられなくなると、不平不満が噴き出し、虐待になるおそれがあります。

困っていて、じぶんで努力しても、どうにもならない人に、少しばかりの無償の愛はすばらしいことだと思います。
自分で努力すればできる人に、無償の愛は、だめ人間をつくる行為になります。

子供に何かしてあげたら、見返りを求めることも大事です。
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この回答へのお礼

なるほど…。

私も無償の愛とは与えるだけのイメージを持っていました。

子育てに甘やかすだけ…与えるだけでいいとは思えず
しかし気持ちは何よりも大切…

なんとなく矛盾してる気がしてました。

時には見返りを求めることも必要なのかもしれませんね。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/07/31 22:47

理想なだけというか・・・そう簡単に実践できないからこそ「理想」なんじゃないでしょうか。


でもだからといって「そんなのきれいごとよ。人間は結局みんな自分が一番大切なのよ。それで当然じゃない」と開き直ってしまえば、それこそ成せばなるかもしれないものも成せなくなります。
大切なのは理想をめざして日々努力すること。
すぐに実践できないからって、ちょっと矛盾を感じたくらいで、簡単に結論を出さないで、それは無償の愛を知るため、人格を磨くための磨き砂だと思って前向きにとられていけばいいのではないでしょうか。

あと私は「自分の子さえよければいいという考えは、結局自分さえよければいいと言ってるのと同じだ」という言葉を聞いたことがあって、子供を持つことでめざすべき最終的な理想は「自分さえよければいい→自分の子さえよければいい」という愛から、「この子も友達もその家族もひいては全世界が平和で幸せであればいい」というところまで広げていくことなんじゃないかと思います。
で、次はその「人類愛」を、生きとし生けるものすべてへの愛、森羅万象や宇宙への愛に広げていく。
その中には当然自分への愛、「自己愛」も含まれるわけです。
そうすると、自己愛と無償の愛は対極にあるものではなくて、無償の愛は自己愛の延長線上にあるんじゃないかな、と思います。
宇宙と一体になりすべてを自分自身だと思えたとき、無償の愛と自己愛の差は存在しない・・・。
でもその境地に達するには、人間はみんな未熟だから。
だから子供への無償の愛のなかにもエゴと思えるものが見え隠れして・・・それはそれでいいんじゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

素晴らしいですね。

とても奥が深く勉強になります。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/07/31 22:41

ご質問者様こんばんは。



お子様が3人もいらっしゃるということで、毎日が楽しく、忙しく、憎たらしい(^^;; 日々をお過ごしのことと思います。子供の相手は理屈抜きに大変ですね。

さあ、無償の愛についてですが、この場合の無償とは見返りを求めない、下心が無い、勝手な期待を持たない様な意味合いと考えます。愛とは、ひたすら与えることです。与えることを喜ぶことです。

もっと簡単に言うと、愛とは「する」ことです。愛さないとは「何もしない」ことだと思います。

そしてご質問者様がお持ちの疑問の本質は、「差別」にあると思います。毎日の生活の中で、感情の折り合いがつかずにかんしゃくを起こすことは誰にでもあることです。この感情が良い感情なのか、悪い感情なのかを心の中で分ける時に差別を生むのだと思います。差別は敵を生み出す根源です。差別を持つとあらゆるものが敵になってしまいます。敵を持つことで心が疲れ果て、疲労は自信を失わせるのです。

問題になるのは、自信を失ったことから生まれる「迷い」なのではないでしょうか?

本質的に愛は差別をしないのです。どんな感情であれ、それは愛がすることなのです。自身が与えた感情がお子さんにどんな影響を与えるかと言ったことを考えるのは下心がそうさせてしまうのです。良い面だけを与え合う人間関係などあり得ません。失敗やズルさや嘘と言ったものの中にも豊かな感情はしっかりあって、そういうものの中に人間関係の本質があるのだと思います。

愛はすることです。掃除をする、料理をする、子育てをする、スポーツや趣味をする。トイレの後に手を洗うのですら、手への愛なのです。そういった日常の生活の中にたくさんの愛があふれています。愛を意識しないことはもったいないですね。

迷いながら、これが絶対に正しいといった傲慢さを持たない様に。その場にとどまらず、謙虚に至らない自分を認めながら、それでも今のありのままの自分で勝負しなければならないという勇気を持たなくてはなりませんね。
子供だけが成長するものではありません。親も成長して行くのです。人間は、一生をかけてより良い自分に成長する可能性があるのだと思います。

毎日暑いですが、お身体にお気をつけて。
ご参考までに。
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この回答へのお礼

とてもとても納得しました。

心当たりがありすぎて…

ただただ…勉強になります。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/07/31 22:37

 要はエゴを感じることに。


 母性愛の程度に。
 成長につれバランスも。
 
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この回答へのお礼

愛があるからこそ…ということですね。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/07/31 22:31

毎日の愛情たっぷりの食事も無償の愛です。


お母さんの存在自体が無償の愛です。
子供の幸せを願うのが無償の愛です。

子供も無償の愛をしてくれてます。
子育てをできる無償の愛をくれてます。
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この回答へのお礼

無償の愛とはお互いがお互いの幸せを願っているのですね。

親子間ではお互いの存在だけで無償の愛とも言えるのですね…。

ありがとうございました!

お礼日時:2012/07/31 22:29

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