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こんばんは。

最初はエヴァンゲリオン(昔の劇場版)で感じたのですが、
で先日のサイボーグ009でも。

今や主人公の戦う相手はショッカーではない、もちろん宇宙人でもなく地底人でもなく、
怪獣であるはずもなく狂人科学者でもあり得ない。
もっともっと全然大きい存在。

敵と言うか、敵と言う訳でもなくて、もちろん正体なんかワカランチンで。
何か大きな意思とでも言うか、簡単に言うと神とか道(タオ)とでも言うか。
戦ってもしょうがないとも言えて。

勝った負けたではなくて、やったやられたは少しあって、Hシーンも少しあって、
その存在は断片的にちょっと語られるだけで、正体が解らないのだからやられないし、
と言うか壮大過ぎるからやられたら設定がおかしくなるし。

こんなんで話が収束する訳が無いし、エンディングで余計解らなくしてそうだし、
2作目、3作目があるよ、と言うのもいやらしく感じるし。

あまりにも壮大過ぎるよくわからない敵。
●なんかズルくないですか?

宜しくお願い致します。

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A 回答 (9件)

人は映画やアニメなどを鑑賞して、満足を得る為には、感動、驚愕、爆笑、至福などの感情にうったえられ、十分に共感しなければ満足感を得られません。



単純に悪い奴→倒されるという図式のストーリーでは十分に満足できない面があり、尚且つ、悪が勝つのも気分が良くないということも有ります。

そして、壮大な敵、圧倒的な存在などの極大なパワーなどに畏怖や“驚愕”を感じるものです。
この驚愕がポイントで、コレを強く感じた場合に、先に述べたように、その作品に満足を感じたりする場合が多いのです。

ちょうど、ゲームのRPGなどで、町の周辺の魔物を相手にしてレベルアップをし、そのうちに王様に依頼されて国を揺るがす魔王を相手にし、気付けば世界を揺るがす魔神を相手にしているという具合にスケールアップするのにも似ていますね。
ゲームでは倒さないとエンディングになりませんから明確な敵としてスケールアップしていく過程で、圧倒的なパワーや壮大なスケールを堪能するわけです。

しかし、アニメや映画では、必ずしも倒すべき存在である必要はなく、むしろ倒せないような存在として主人公たちにジレンマや葛藤を生ませることで、視聴者を共感させたり、考えさせたりするという手法もあるということなのです。

哲学的な問題は、考えても答えは有りませんが、考える過程や考えさせることがポイントなのではないかと。

あとは質問者様の受け取り方です。
なんだか風呂敷が広げすぎて纏まってないなぁと感じれば、あまり上手い演出だったのではないのでしょう。
そうだったのか~!!と驚きを感じれば、それなりに満足できたのではないかと。

娯楽作品だと考えれば、受け手の気分次第です。
面白かった=満足できたかどうかが肝心なのではないかと。
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この回答へのお礼

アニメあまり見ません、家内の付き合いで。
面白かったとは思いますけど、なんか戦う意味の無い相手じゃないかと。

確かに倒すべく存在ではないのかもしれませんね。
倒したら世界がなくなってしまうような相手ですからね。

でも色々回答読んでみてこれはこれでいいのかなって気がしてきましたよ。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 21:12

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%AC% …
メガゾーン23

まさにこれか…敵が結局最後まで理解不能…
当然の如く、女の子は裸だわ…戦闘シーンは、グロいわ…メカは必要以上に
緻密再現だわ…1話2話は、極力 CG を使わず、手書きセル画を多党…

そのままノリで、MEGAZONE III 等と前後編で、後日談的なモノまで作り
裸、グロ、緻密描写は、そのままに今度は、CG 多党…敵は、人間として…
余計に理解不能を継続する。
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この回答へのお礼

だんだんそう言うのも有りと言う気がしてきました。
解らない方が面白い場合もあるかも。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 21:16

なぜ、そのような「巨大すぎる敵」を設定したのか?


そこを考えるべきなんじゃないかな?
少なくとも、製作者は何らかの意図を持ってそのような設定をしたはずだよね

古くは「科学忍者隊ガッチャマン」がそうだった
「ギャラクター」や「ベルク・カッツェ」はともかくとして、影で操る総裁Xの存在は「謎」のまま
あるいは「サイボーグ009」の「黒い幽霊団(ブラックゴースト)」、人間社会に戦争を行う要因がある限り、何度でも復活してくる死の商人、人間の負の部分そのものの具現化だった
「ザンボット3」の敵役「ガイゾック」は悪しき考えを持つ生命体を排除するために作られた「コンピュータードール8号」がその本質だった
これをさらに突き詰めたのが「伝説巨神イデオン」や「戦国魔神ゴーショーグン」だ

アニメと言えど表現作品である以上、そこには製作者のメッセージがある
製作者は、作品を通じて何かを伝えたい
つまり一見首をかしげるような設定であっても、そこには理由がある
むしろ、そのような作品にこそテーマやメッセージが込められていると見るべきだろう

それを受け止めることができるか?
チンプンカンプンのまま終わるか?
表面的に「○○カッケー」「○○萌えー」だけで流すか?
「わかんない」「つまんない」といって見ないか?
それは視聴者次第

エンターティメントを貫き、変なテーマ性みたいなものを排除したような作品もある
それはそれで気楽に楽しめばいいだけだ

確かに中には本当はテーマもメッセージもないのに、時流に乗せて「なんとなくそれっぽい」というだけの作品も、残念ながら存在する
エンターティメントにもなりきれず、かと言ってテーマ性やメッセージを打ち出す事もできない亜流作品だ
そういうモノは大抵つまらないので、切り捨ててしまっても構わない
まあ、B・C級映画と同じで、ソレなりの楽しみ方はあるのだけれどね
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この回答へのお礼

謎解きされた結末がなくてもいいです。
でも一つの2時間かそこらの中での収束感と言いますか、
そう言うのはあってもいいんじゃないかと。

SF小説でいきなり主人公が強くなるのもありますがそれもイヤですけどね。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 21:06

幻魔大戦とか・・・



宇宙人だとしてもあまりに無敵すぎるとか

学園戦記ムリョウ(主人公の正体が不明)

ここまでが壮大で戦う相手も生命体なのかなんなのか?

死なないだろう無敵だろうって感じのもの

でも敵がしっかりいても勝敗がついてもつずくものもあります。

長々と同じような話のアニメ

ドラゴンボールとかナルトとかワンピースとかジャンプ系アニメ

敵の正体は分かっても次々と同じような感じで現れては倒すの繰り返し・・・

これもずるい気がします。

ファイブスター物語もガラスの仮面も・・・

売れれば続編のラノベも

その売れたような内容のラノベも

アウラと中2病とか

まぁ 言い出したらずるいなって思うのもばかり

作者が死んでも続く

サザエさん、ドラえもん、クレヨンしんちゃんも・・・

いろいろありますね
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この回答へのお礼

すいません、あまりアニメ見ないもんですから。
先日も家内の付き合いで。

幻魔はその使いが大したことなくてでも幻魔自体は強すぎだったかな?

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 21:01

典型的な作品


http://ja.wikipedia.org/wiki/BIRTH_(OVA)
『BIRTH』(バース)

モロにノリで作ったとしか?思えない…手書きアニメとしては、
今でも最高傑作だが…物語が壮大すぎ…最後の敵 (ラスボス) も
衛星 (星座クラス) サイズの機械生命体?とか言う…何が何やら…
分けがわからず…途中で終了しています。
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この回答へのお礼

投げっぱなしでも受け入れられる世の中なのかもしれません。
風潮と言うか。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 20:57

>あまりにも壮大過ぎるよくわからない敵。


>●なんかズルくないですか?

ズルイとも想います。(一部 そう云うものだ と考える)

ジャンプなどにある「敵のインフレーション」。車田さんのセイントXXとかリングにXXとか。前の敵より強い敵。前より強いフィニッシュ・ブロー(音速<光速<次元を超えるとか)。ブリーチの敵とか。
009の最初の敵(ブラックゴースト)は「人間のイド(欲望)」と考えると 次の敵は現代にいない。未来や別次元から連れて来る(侵略しにくる)。
で最後の敵は「神」。正直作家が風呂敷 広げ過ぎて 一度仕切り直ししたくらいです。(本人は逝ってしまい息子がまとめている)。

ただ自分(=作者)が産み出した「ヒーロー」をより強い敵と争わせてみたい! も分かる気がする。

ワケの分からない敵で感動したのは、「ウルトラセブン・エボルーション」など「平成(カザモリ)セブン3部作」ですね。
レンタルビデオ(DVD)が有ると想います。セブンが懐かしい方にお薦めです。
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この回答へのお礼

そうなんですよ、大風呂敷なんですよ。
で結末なんていらないんですよ、きっと。
あっ別に結末が必ずなくてもいいんですけど何か収束感は必要だと思います。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 20:54

回答後に気付いたので、連続投稿になります(すみません)



>今や主人公の戦う相手はショッカーではない、もちろん宇宙人でもなく地底人でもなく、
>怪獣であるはずもなく狂人科学者でもあり得ない。

これなんですが、

>もっともっと全然大きい存在。

おそらくこれとそもそも敵の定義が違いますよね?

前者は個人で、後者は団体や何かの集合体

悪の組織Aに属しているBとしたとき、
前者はBを指し、後者はAを指してないでしょうか?
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この回答へのお礼

いやー、どうでしょう?なんかAもBもない感じでしたよ。
マインドコントロールみたいな。でもこれ流行ってますけど。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 20:51

敵の規模を語ってしまうと、その時点で敵の種類や強さを固定化してしまうからではないでしょうか?



自分より強い敵を破るってタイプのアニメなら、
基本的に種類は2つ

力には力で対抗するアニメ

力の差を頭で埋めてしまうアニメ

です。
後者の場合は、必ずしも力の差ですべてが決まらないです
つまり弱い者でも勝てるから、上限を作らっても大した問題はない
※それでも邪魔な設定はあるだけストーリーを狭めるので、そういう意味では問題ですが……

ですが前者の場合、
例えば主人公が、「尋常じゃない」「ものすごく強い」と言われた敵を撃破したそのあと、
近所にいるか弱い奴に(武器を持ってるとかでなく)倒されたら「え?」って思いますよね
力は力で対抗するとき、力不足は
急な覚醒やら、友情とかで補うわけで、そしたら次の敵はもっと強くしなければならない
結果敵の強さにインフレが起きるわけです
そのインフレの時に上限を作ってしまうと、設定と矛盾が起きやすくなり、
もしそれを『例外』と処理したとしても、その後はさらなるインフレで例外が乱立してしまいます

ということではないでしょうか?
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この回答へのお礼

すいません、私には理解できないのですが。

水戸黄門スタイルと言いますか、そう言うのに慣れてしまってまして。
ようするに解っている敵。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 20:48

 アニメでも、ドラマでも、映画でも、小説でも、マンガでも、作った人間からすれば、【イヤなら見るな】じゃないですかねぇ?



 制作側にも多種多様な意見を持った人間がいるでしょうけど、【私の作ったもの(世界観、表現、等)が理解出来ない人は見なくて結構】って人もいると思いますよ?
 作り手の意図を邪推せず、純粋に作品を楽しんでくれる人に見て欲しいって。

 見る側がどんな感想を持っても自由だと思いますが、作品を楽しめないなら批難してないで、【もう見ない】で良いじゃないですか。
 理解し楽しめる人がいないような作品は、勝手に廃れていきます。
 作る以上は、そこに金の流れがあるのは当然です。
 舞台裏の金事情が気になったり、作品に否定的なツッコミを入れるようになったら、それは自分には合わない作品ってことで処理してしまった方が、時間や金を無駄にしなくて済むと思いますよ?

 ちなみに私は、壮大な敵に関しては内容は別にして、そういう作品なんだなと理解はします。
 次に繋げようとするのは、それが本当に必要ならばそういう作品だと納得するけれど、明らかに引き延ばしならば、【あざといなぁ】【監督のセンスねぇな(引き延ばしとわからないように作れよ)】とは思いますけどね。
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この回答へのお礼

そう言う敵の設定が一種の風潮なのかなって。
実は私あまりアニメ見ない方です、家内が好きで。

なんか創作する側が収拾付かなくなってはしないか、と思いまして。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/11/30 20:44

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