『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

昨日の大奥のスペシャル、途中で観られなくなってしまいました(;_:)
どなたか、あらすじを教えて頂けないでしょうか?

公式サイトで紹介されているあたりまでは観たんです。
家定を暗殺しようと胃薬と毒をすりかえたが、「お前も飲めば目眩がなくなるぞ」とか何とか言ってる場面をちょっと見ました。あと、雪江(星野真理)が打ち首になろうとしている場面もチラッと観ました。(下り薬は滝山の仕業だったのになぜですか!?)

どうぞよろしくお願いします!!

A 回答 (2件)

ちょー長いッスが良いでしょうか?


雪江は「慶福暗殺計画には加担していない、毒は自分が大奥で不始末をしでかしたときに自害するつもりで懐剣代わりに持っていたものだ」と言い、簪をのどに刺して自害しようとしますが一命は取り留めます。この件に関して篤子も一枚噛んでいると見る瀧山の指示で篤子は謹慎することになり、その間雪江の看病?をします。そして薩摩での思い出を語り合ったり雪江の夫や子供の話を聞き、雪江は将軍に恨みを持っているということも聞きます。(が、雪江はとりあえず実際は将軍に直接危害を加えようとはしていないです)
そうこうしているうちに慶福の事件が実は、一橋派を罠にかけようとした瀧山が下剤を混入したとわかり、家定は篤子の謹慎を解きます。
それと同時にハリスが家定に謁見することが決まり攘夷派の薩摩の人々は二人が会う前に家定の命を絶つことが良策と考え東郷を使い、篤子に家定を毒殺させようとします。
謹慎が解かれた篤子は、6代将軍の命日に増上寺に参詣し、その時に薩摩藩の間者でもあった近江の計らいもあり東郷と再会、毒を渡されます。それは、「胃の病の持病のある家定が毎日飲む胃薬とすりかえろ」ということでした。
その参詣から帰って、雪江の部屋をのぞいたら雪江が寝ているはずの布団が畳まれており雪江がいない。女中?に聞いてみると「死罪が決まった(ため連れて行かれた)」と…
それを聞いて篤子は倒れてしまい、その間に雪江は斬首されてしまいます。
そのあとに篤子は目覚め、pon-poko-pon さんがご覧になったシーンになったのだと思います。
家定が「お前も飲めば目眩がなくなるぞ」といっていたのは篤子が「めまいがして倒れた」と言ったからであり、純粋に篤子を心配して薬を与えようとしたようです。(昔なので胃薬もめまいの薬もたいした違いはないと考えたのではないでしょうか。ちなみに「なくなるぞ」ではなく、「めまいにも効くかも知れんぞ」程度の言い方だったと思います)
で、その機会を逃さずそばにいた近江が薬をすりかえたと…。
ちなみに雪江が持っていた毒は見つかったひとつだけではなく、荷物から十数個もの毒の包みが見つかったと言うことで有罪になったようです。
その後ですが、一度家定が篤子と近江の前でその薬(包みがいくつもある中のひとつなので胃薬なのか毒なのかは不明)を飲もうとします。が、篤子がその紙包みを手で払い落して家定を救ってしまいます。さらに、薬を入れていた財布みたいなのに入っていた他の薬も全部粉を捨ててしまいます。(つまり篤子が毒殺を少なくとも知っていたことは家定に知られてしまったのかな…)
そうしてハリスとの謁見が近づいてきたある日、雪江の遺品を大奥の女中たちで処理しており(整理して燃やすとのこと)そこを通りかかった近江はその中のひとつデンデン太鼓の中に毒の包みが残されていたことを発見し、その包みを「今朝、家定様が寝所に忘れて行った、いつも飲んでいる胃薬です」と偽って家臣に渡してしまいます。それは回りまわって家定の元へ…
また、その後もやしている場所を通りかかった篤子が切り裂かれたデンデン太鼓を見て事態を察知、表でハリスと謁見しようとしていた家定に伝えたいと大奥を走るが、御台所が大奥を出してもらえるはずもなく切羽詰っていたところを瀧山が通りかかり、事態を聞いた瀧山が家定に伝えようとするがすでにハリスとの謁見が始まっており会わせてもらえない…。
そして謁見の終わった家定、胃薬(=毒)を飲もうとするが、後ひと息…と言うところで胃痛が起こりそれ落としてしまう。
「将軍が倒れたむと表の騒ぎを聞いた近江は自分の役目(=家定暗殺)は完了したと思い込み、自害。
篤子は家定にこれまでのこと(暗殺の事を知っていたのに黙っていた&殺そうとした事)を詫び許しを請う。
二人は分かり合ったが咳をした家定の捨てた懐紙には喀血の後が…(篤子は気づかない)
「その9ヵ月後に家定は他界した。」とナレーションが入り終了です。
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この回答へのお礼

大変詳しく教えていただきありがとうございます。
篤子が牢屋で看病してるとこも観たんですが、滝山の指示だったんですね。
家定の付き人だった松之介が自害したのもかなりショックだったんですが、雪江が打ち首になったのもとても悲しかったです。その上近江まで自害したとは・・・。
最後の、咳をして吐血したのは毒を飲んでいたから?なのでしょうかね。本編では、確か病気で亡くなりましたよね。
それにしても、細かい所まで良く記憶されてましたね。
所々観れなかったのであやふやな部分もあったのですが、わかってスッキリしました。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/03/27 16:24

 まず、雪江についてですが・・・・


 確かに、事件の首謀者は滝山側でした。ですが、雪江自身も大量の毒薬を持ち込んでいました。(全部で10包みほどだったかと・・・・・)そこで、処罰されました。(今でいう、危険物所持ということだと思います。)

 それから、あらすじについてですが・・・・

 薬のすり替えを依頼された篤子ですが、ご覧になられた場面ですり替えます。しかし、結局薬を飲もうとしたところを篤子自身が止めます。そして、それをおつきの女性近江が目撃します。
 雪江の荷物は処分されたのですが、デンデン太鼓を持ち出すことに近江は成功し、その中に残されていた毒薬を入手します。
 近江は毒薬を忘れ物として、将軍に献上することに成功します。大奥で破壊されたデンデン太鼓を見つけた篤子は、そのことに気づき家定に告げようとして、大奥から外に出すように騒いでいるところに、滝山が登場。滝山自身が伝えに行きます。
 その薬を飲もうとしたところで家定は気分を悪くして、結局、家定が飲むことはありませんでした。

 その後、散歩をしながら二人は心を通わせますが、9ヶ月後に家定が死亡。

 こんな感じでしたが、参考になりましたでしょうか?これで失礼します。
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この回答へのお礼

なるほど、雪江が打ち首になった理由はそういうことだったんですね。雪江が毒物を持っていたのは家定を殺すためだったのでしょうか。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/03/27 16:00

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今後の展開では明らかに差が出てきます。
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「大奥(菅野美穂)」の和宮:安達祐実vs実成院(家茂生母):野際陽子は脚色されています。

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朝廷は、と、言うと、やはり「左京太夫」などの「官職」を切り売りしての存続でした。
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従って、姫君が将軍家や大名家に嫁ついでも、立派な「男子」を産むことができなかったのでしょう。

>>歴代の徳川将軍の正妻は子なし、というのは、単純に、将軍のお渡りが無かった、少なかったからではないでしょうか

それは言えますね。特に、元禄時代(1688~)あたりから、早くも、将軍家にしても大名家にしても、公家の姫君は「権威付け」であって、「徳川実記」などにも書かれていますが、丸顔で腰の座った「健康美人」を求めるようになり、そうした「側室」に子どもを産ませる傾向が強くなったとありますね。

余談ですが、あなたの「歴史感」は「素晴らしい!!」。
「一般的な」「常識的な」回答ではなく、その「奥」まで知りたい、と、いう姿勢には、こちらも、「覚悟して」答えなければならない、と、思っています。

こんばんわ。
NO3.です。

>>それならば、平安、鎌倉、室町時代の天皇家や公家に嫁いだ公家や皇家の女性たちも同様に体が弱かった(更にこの時代のほうが食料事情がもっと悪かったのでは)ということになりますが、、、平安・鎌倉・室町時代には弱そうな姫君からも子どもがちゃんと生まれて、家系を維持できているのは、なんででしょうか。道長の娘たちも男子をちゃんと産んでいますし。。

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Q「大奥」特別編の怪談

仕事の都合で8時半には家を出なければいけないので途中までしか見られませんでした。

無くなっていたのが針ではなくはさみだったと判明、その後お針子のりくが行方不明になり、花火が始まった中みんなで探していると天守閣の窓にりくが立っているのが見つかって、まるが天守閣に駆けつける……というところまで見ました。
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今家庭の事情で週に一度しかネットにつなげないのでお礼が遅くなってしまうと思いますが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

↓が参考になると思います。

参考URL:http://www.fujitv.co.jp/oh-oku/index2.html

Q「ストーカー」で最後に並べられた写真の意味。ネタバレ?

ロビン・ウィリアムズの「ストーカー」を観て来ました。
普通に暮らしている普通の人間が、いつ遭遇するかもしれない恐怖を描いたサスペンス、
「ルーム・メイト」とか「パシフィック・ハイツ」とか「ゆりかごを揺らす手」とか、
理解し易くて大好きです。
全編に渡ってよく理解できて楽しめたのですが、唯一最後に取調室に並べられた写真の意味が判りませんでした。
あれは不倫中のふたりを脅した時に撮った物なんですか?
それにしては、意味不明なものばかりが写ってましたけど・・・。
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そして、それらの写真を撮った意味は何なんでしょう?
最近めっきり「謎解き」ができなくなった私の錆付いた脳をサポートして下さい。

Aベストアンサー

ガソリンスタンドの店員とか、絆創膏とかのつまらないものは、写真に華をそえるのに、だれもとらない、って事をサイが言ってました。
何度もカメラを使っていくと洗練されたものしかとれなくなる??
だから撮りたかったのかな。

そして、自分でほとんど写真を撮ったことのないこどもはあげたカメラでそういうもの(ボールとか、長靴とか)をたくさん撮ってきた。
サイは現像のプロで、自分で写真を撮る事はまったくなかった。そういう意味でこどもと同じように初めてカメラを使ったので、洗練されていない、関係のないものがたくさんはいった写真になったのかな。


違う考えとして、「写真は人生で楽しい場面を切り取る」とかいう発言が冒頭にありました。楽しくない場面を撮るのは、写真を愛しているサイにはできなかったのかな。


ところで、最後の家族写真は、サイの夢?現実?
罪を償った後の、現実となってたらいいなあ。

QTVドラマ『大奥』シリーズについて

先頃『大奥~第3章』の放送が発表されましたが、
松下由樹が春日局を演じたドラマは【第1章】ですが
【第2章】ってのがワカリマセン。

春日局没後、病床の将軍の枕元に懺悔をしに来た孝子と
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なのでしょうか?

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【第2章】でなかったら【第2章】を見逃した事になって
しまうのでガッカリです。【第3章】を観るにあたって
ハッキリさせておきたいと思い質問します。

何かお解りになる方がいらっしゃいましたら、ご見解を
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

今日のめざましで見ました。
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(1)菅野美穂出演が第一弾「大奥」
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人それぞれだと思いますので、みなさんの感覚を色々聞きたいなと思って質問しました。

今の状況は以下の通りです。こちらにもご意見頂けたら嬉しいです。
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どのくらい連絡が無ければ「別れた」として次に進めばいいのかな、と
ふと疑問に思いました。

Aベストアンサー

NO.7です。

私が今の彼と付き合っていてつくづく思うのは、人って自分の思うようにはならないということです。
私には私の理想の付き合い方があるように、彼には彼の理想の付き合い方があります。

例えば、私は毎日でも連絡したいし、少なくとも週1は会いたいし、二人の休みが合ったときは一緒に過ごしたいし…などなど理想は尽きませんが、
私の彼は、連絡は会う約束をするときぐらいでよくて、会うのも2週に1度程度でよくて、二人の休みが合ったからと言って別に一緒に過ごさなくてよい…というのが理想と思っているように感じます(実際に聞いたことはありませんが…)

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だからがんばっています。

例えば、
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・連絡してくれたときに、連絡してきて当然という態度ではなく、感謝の気持ちをもつ

…などなど、本当は文句を言いたかったり思いきりふてくされたりしたいところを我慢して、前向きな表現に変えるようにしています。

〉電話で別れを告げたところ、がちゃ切りされました

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逆の立場で考えてください。
私も相手から電話で別れを告げられたら同じことしますよ。

〉でもその次の日、何事も無かったかのようにいつもよりやさしいメールが来て、仲直りしました。

ここから質問者様への思いを感じます。
相手の方も、自分の気持ちを分かってもらいたいのに分かってもらえず、それでも質問者様とは別れたくないと思っているのでしょう。
相手だっていっぱいいっぱいの感じがします。

それなのに…
〉あそこまで言わなければ、わかってもらえないのかと悲しくなりました。

私から言わせてもらえば、別れを告げた質問者様の方に問題があると思うのに、メールをしてくれるなんてとても優しい方と思います。
ここで本当に別れていたとしたら、それこそ今頃質問者様は激しく後悔していたと思いますよ。
そうさせなかったのは相手の優しさ・質問者様への思いです。

自分の気持ちだけでなく、相手の気持ちを考えるということをがんばってほしいです。
疑う気持ちは痛いほど分かります。
でも、寂しいとか辛いとかそういうことばかり言っていたら、相手だって「自分とは一緒にいない方がいいのではないか」と思ってしまいますよ。

相手は十分質問者様のことが好きだと感じました。
だから、相手の気持ちをもう少し信じてあげてください。

NO.7です。

私が今の彼と付き合っていてつくづく思うのは、人って自分の思うようにはならないということです。
私には私の理想の付き合い方があるように、彼には彼の理想の付き合い方があります。

例えば、私は毎日でも連絡したいし、少なくとも週1は会いたいし、二人の休みが合ったときは一緒に過ごしたいし…などなど理想は尽きませんが、
私の彼は、連絡は会う約束をするときぐらいでよくて、会うのも2週に1度程度でよくて、二人の休みが合ったからと言って別に一緒に過ごさなくてよい…というの...続きを読む

Q大奥第一章のあらすじ(松下由樹さん主演)

フジテレビで
大奥第一章のあらすじを

第1回から順に読んでいったのがちょっと
分からない点がありました。

第2回のあらすじなのですが

竹千代が歩み始めおふく(松下由樹)は喜んだ。
そこにお江与(高島礼子)が現れたので、おふくはそのことを報告した
だがお江与は「世継ぎは竹千代とか限らぬ」と言い放つ。
そしてお江与は笑みを浮かべ「わらわは身ごもったのじゃ」と
勝ち誇ったように続けた。

とありますが。

よく分からず
まず竹千代が誰なのかということで
調べてみたところ
幼名が竹千代というのが何人もいてよく分からなかったのですが

ここでは後の徳川家光ということでいいのでしょうか?
(一応、調べたところ家光の母はお江与でした)

後、「世継ぎは竹千代とは限らぬ」というのは
まぁ他のものが世継ぎとなる可能性もあるということで
意味は分かるのですが

その後に「わらわは身ごもったのじゃ」と笑みを浮かべて
勝ち誇ったように言うとあるのですが

ここが一番意味が分かりません。
世継ぎは竹千代とは限らぬとわらわは身ごもったのじゃは
つじつまが合ってませんよね???

竹千代の次にまた男児を身ごもったので
2人も身ごもったから世継ぎになる可能性が高くなった
とかそういう意味なのでしょうか????????

フジテレビで
大奥第一章のあらすじを

第1回から順に読んでいったのがちょっと
分からない点がありました。

第2回のあらすじなのですが

竹千代が歩み始めおふく(松下由樹)は喜んだ。
そこにお江与(高島礼子)が現れたので、おふくはそのことを報告した
だがお江与は「世継ぎは竹千代とか限らぬ」と言い放つ。
そしてお江与は笑みを浮かべ「わらわは身ごもったのじゃ」と
勝ち誇ったように続けた。

とありますが。

よく分からず
まず竹千代が誰なのかということで
調べてみたところ
幼...続きを読む

Aベストアンサー

このドラマでの竹千代はおっしゃる通りのちの家光です。

再放送もあまり見なかったので当時の記憶になってしまのですが、お江与はせっかく産んだ竹千代を抱くことも出来ずにお福に預けられてしまい、彼女になつく竹千代共々憎らしくなっていきました。
竹千代を自分の子として愛せなくなっていたので、次に出来た子供の国松こそ自分の子、次の将軍だとこの後お福と争う。

こういった流れが最初の頃の話だったと思います。


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