『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

天龍がSWSに移籍した後に全日本に残った鶴田と三沢が何度かシングル対決をしていますが。
合計何度シングル対決してますか?
また鶴田がバックドロップ三連発で三沢を下した試合があったはずですが、それは何時の何試合目ですか?

A 回答 (3件)

確か3回のはずです。



1回目 平成2年6月8日 丸めこみにより三沢の勝利
2回目 平成2年9月1日 当時三冠王者のハンセンへの挑戦決定戦 
           鶴田のバックドロップホールドで鶴田の勝利

3回目 平成3年4月18日 ここでバックドロップ3連発披露。えぐい・・・
           鶴田の勝利
4回目 日付・・・覚えてないです・・・ チャンピオンカーニバル 時間切れによりドロー

これが最後の対戦。

の計4回のはずです。
タイガーマスク時代も合わせればもっと増えますが、
ジャンボ鶴田 VS 三沢はこれだけのはず。
多分大丈夫だと思いますが間違っていたらすいません・・・
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この回答へのお礼

丁寧な回答ありがとうございました

お礼日時:2013/08/31 15:01

またまたすいません・・・


No1です。
補足
3回目の試合はチャンピオン ジャンボ鶴田、チャレンジャー 三沢の三冠戦ですね。
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すいません、No1です。



確か3回のはずです。

確か3回目のはずです。
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Qアントニオ猪木の戦歴について

 今から10数年前のプロレスブームのときに,かかさずプロレスをテレビ観戦していました。

 そのとき,アントニオ猪木が活躍していたのですが殆どの場合負けませんでした。

 負けそうなときは,テレビ中継がいいところで終わってしまったりしていました。

 私は,プロレスがガチンコかショーなのかは,どちらでもいいのですがアントニオ猪木が完全にフォールまたはギブアップされて負けた試合などあるのでしょうか?

 また,アントニオ猪木の現役引退までの戦績を知りたいのですが,ご存知の方がいらっしゃいましたら,よろしくお願いします。

 ※ 何かを否定してたりとかはしていません。アントニオ猪木について興味があり知りたいだけです。(^o^)

Aベストアンサー

詳しい戦績は分かりませんが、記憶で・・・

延髄リキラリアットからの片エビ固めで、
長州力から完全フォールを取られた試合がありました。
かなり感動でしたよ(^^)v

あとは、結構晩年の猪木ですが、
天龍源一郎にパワーボムからのエビ固めで
3カウント取られました。
東京ドームだったです。感動した!

参考になりましたでしょうか(^^)

Q猪木VS馬場 が実現しなかった理由

1979年のオールスター戦で二人は対戦の意思を確認しあったそうですね。
それなのにどうして実現しなかったのでしょう。

Aベストアンサー

 理由は3つあるでしょう。

<テレビ局の問題>
 仮に両者が試合をしたとすれば、テレビ朝日,日本テレビの両テレビ局が共同で中継し同時に放送することになったでしょう。そうでないと、新日本,全日本ともにそれぞれのテレビ局と契約しているのですから、不公平です。
 しかし、何もそこまでするほどのことか? とテレビ局は考えるでしょうね。そうまでしても視聴率は稼げない(猪木×アリ戦と違い、一般のファンは興味を持たない。プロレスファンしか見ない)でしょうし、同じ試合を同時に放送するメリットもありません。
 そうかといって、テレビ中継なしで試合してもプロレス興行団体としては儲けになりませんし、ビデオ化して売るといっても、現在ほどビデオは普及していませんでした。
 結局、テレビ局が首を縦に振らなければどうにもならなかったのです。

<両者の意識の差の問題>
 ミスター高橋氏が暴露してくれたように、プロレスとは格闘競技ではなく、あらかじめ勝敗も筋書きも決まった「演劇」なのです。
 馬場と猪木が闘うとすれば、筋書きは「互いの技を受け合い、最後は引き分け」しかありません。しかし、それにしても猪木にすれば「俺はアリと闘った世界の猪木だ」と思っていますから、馬場と優劣はなく対等に闘わせてもらえる、延髄斬りや腕ひしぎ逆十字も受けて欲しい、と思っていたでしょう。
 ところが馬場は、猪木など自分より格下だと思っています。馬場はかつて「猪木をライバルと思ったことはない」と語っています。同期とはいえ猪木は5歳も年下で、体格もずっと小さく、何よりもプロレスラー,またプロモーターとしての国際的な地位では馬場の方がはるかに上です。馬場は、もし試合をするならば自分の方が優位に進める内容でなければ嫌だ、十六キックも受けて欲しいし、ココナッツ・クラッシュも受けて欲しい、延髄斬りでダウンなんか嫌だとと考えていたでしょう。
 このように、両者の意識の差が実現の妨げになったのです。

<猪木の信用の問題>
 猪木は、天才にありがちな少しゆがんだ性格です。馬場は、「猪木は信用できない」と語っていたと伝えられます。引き分けの約束でリングに立っても、突然猪木が本気で殴ってきたり関節を折りにきたらどうなるか。馬場はそれを怖れたのでしょう。

 理由は3つあるでしょう。

<テレビ局の問題>
 仮に両者が試合をしたとすれば、テレビ朝日,日本テレビの両テレビ局が共同で中継し同時に放送することになったでしょう。そうでないと、新日本,全日本ともにそれぞれのテレビ局と契約しているのですから、不公平です。
 しかし、何もそこまでするほどのことか? とテレビ局は考えるでしょうね。そうまでしても視聴率は稼げない(猪木×アリ戦と違い、一般のファンは興味を持たない。プロレスファンしか見ない)でしょうし、同じ試合を同時に放送するメリッ...続きを読む

Q日本人ボクサー過去最強は誰だと思いますか?

日本人ボクサー過去最強は誰だと思いますか?

ウエイトの考慮はなしで総合的に見て誰だったのかお願いします。

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Aベストアンサー

海外だとパウンドフォーパウンド(Pound for pound)の名称で階級を無視したベストワンボクサーの選出なんかをよくやってていますが、日本だと個人的には大場政夫選手かファイティング原田選手だと思っています。

大場政夫は5回防衛の直後自動車事故で亡くなりましたが、倒した5人のうち3人が大場の死後、世界チャンピオンになっています。これを見てもかなり実力が上だったように思います。

ファイティング原田は世界ボクシング殿堂(World Boxing Hall of Fame)と国際ボクシング名誉の殿堂博物館(International Boxing Hall of Fame)の両方に日本人の選手としてはただひとり殿堂入りを果たしています。
黄金のバンタムと呼ばれた伝説的な選手エデル・ジョフレを倒してのタイトル奪取に、2階級制覇の偉業はスゴイと思います。3階級制覇のタイトル戦ではレフリーの失態で幻となってしまったのは語りぐさです。

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両人ともWBAとWBCしかなかった時代で各階級の選手層も厚かったと思います。ボクシングの人口も世界的に見てもいまもりもずっと多かったでしょうし。
こんな理由で、ふたりを推したいところです。

海外だとパウンドフォーパウンド(Pound for pound)の名称で階級を無視したベストワンボクサーの選出なんかをよくやってていますが、日本だと個人的には大場政夫選手かファイティング原田選手だと思っています。

大場政夫は5回防衛の直後自動車事故で亡くなりましたが、倒した5人のうち3人が大場の死後、世界チャンピオンになっています。これを見てもかなり実力が上だったように思います。

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