No.2ベストアンサー
- 回答日時:
図書館にいるときにこの質問を思い出したので、本を探してみました。
『三島由紀夫の世界』(村松剛 新潮社)にこの部分に触れたものがありました。
#1の方の回答と重なる部分(村松の論評には典拠が示してありませんが、おそらくは#1さんがあげられた三島の随筆によるものと思われます)が多いのですが、こちらも合わせてお読みください。
「『憂國』の主人公は「小説中央公論」に出た初稿では、近衛輜重兵大隊勤務となっていた。ことさらに輜重兵としたのは、三島自身の注釈によると、「武山中尉の劇的境遇を、多少憐れな、冷飯を喰らはされてゐる地位に置きたいため」だった」(同書p.310)
>「輜重・輸卒が兵隊ならばちょうちょ・とんぼも鳥のうち」と歌われたように輜重兵には劣等感があったはずだからです。
という質問者さんのご指摘は、まさに三島が設定した主人公の境遇そのままであったわけです。
私自身は、ここらへんの位階関係はいまひとつよくわからないのですが、村松はこう続けます。
「しかしろくに武器をもたない輜重兵が、もしも「決起」の先頭に立ったとしたらおかしなもので、盟友の討伐も直接にはできない。
また彼は初稿では遺書として、
「皇軍萬歳 陸軍中尉武山信二」
墨痕鮮やかに、半紙に書き残している。…(略)…正式な名乗りは陸軍中尉ではなく、陸軍輜重兵中尉である。
これらの点について三島はのちに末松太平(元陸軍歩兵大尉)から忠告を受け、昭和四十一年以降の版では「近衛輜重兵大隊勤務」を「近衛歩兵一聯隊勤務」に、遺書の「陸軍中尉」を「陸軍歩兵中尉」に、それぞれ訂正した。帰宅した夫を玄関に迎えに出た妻が、「軍刀と革帯を」うけとって袖に抱く場面も、単に「軍刀を抱いて」に変る。革帯まではずして妻にわたしたのでは、軍袴がずり落ちてしまう」(p.310-311)
以上のことから、質問者さんがご覧になった文庫版では訂正後の原稿を底本としていたことがわかります。
本書では、この部分は、深沢七郎の『風流夢譚』と『憂國』の関係、とくに、三島が深沢の作品に触発されて、この作品を執筆したのではないか、という論考の流れででてきます。
普段、執筆前に入念な調査を行う三島が、このような「ミス」を犯したのは、『憂國』に限り、二・二六事件当時の軍人の生活をあまり調査することなく「一気呵成に」執筆したためではないか、それは深沢七郎の『風流夢譚』に刺激されたことの証左ではないか、という推測がなされています。
興味がおありでしたら、こちらもぜひご一読を。
この回答への補足
昭和11年当時、陸軍の兵科には歩兵、騎兵、砲兵、工兵、輜重兵、航空兵、憲兵の7科があったそうです。
輜重兵は、軍需品の輸送補給(ロジスティクス)を担当する兵科ですが、陸軍の悪弊ともいうべき補給軽視の思想から輜重兵は蔑視され、輜重兵科の将校で大将になった人はいないとのことです。
No.1
- 回答日時:
>作者自身が改訂したものなのでしょうか
どうやらそのようです。
「二・二六事件と私」という題の、三島による随筆があります。
その中の最後部分に、「憂国」の中の改訂について、自身によるものだと書かれています。
この部分の要点を挙げると、
・"近衛輜重兵大隊"→"近衛歩兵第一連隊"に改めること。
・その他3箇所についても改めること。
・これらは、当時の陸軍歩兵大尉の方(お名前が書かれています)の助言によること。
そして、特に"輜重兵"を改めるにあたっては、未練もあり、逡巡した結果のようで、その経緯も書かれています。
短くまとめられた文章なので、そのままでなく引用するのは自分には難しいです、、、
あれこれ工夫して書いてみたんですが、どうしてもそのまんまになってしまうか、意味が違ってくる危険があるので、ここに書くのは断念しました、ご容赦ください(^^;
しかし確かに、
>輜重兵には劣等感があったはずだからです。
とおっしゃるとおりだと思います。三島はこの小文の中では別の言葉を使い表現していますが、
武山にはその「劣等感」がある、という設定を三島自身、最初は求めていたようです。
あとは、ぜひ、読んでみて下さい。
この「二・二六事件と私」は、「三島由紀夫全集第32巻 評論8」新潮社・昭和50年 に収録されています。
自分の手元にあるのはこの本だけですが、他にも収録しているものがあるかもしれません。
初出は 「英霊の声」・河出書房新社・昭和46年6月 と記されています。
新潮社から今現在出版されている全集は、上記のものより新しく、多少改編されている可能性があるので、もしかしたら収録巻が違うかもしれません。
未確認ですが、必ずどこかに入っているはず、と思います。
「英霊の声」「十日の菊」「憂国」の三作品への自身による解説でもあります。機会があれば探してみて下さい。
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