

じつに奇蹟的な現象が起った。体格がずばぬけて大きく容貌のきわだって美しい男が、忽然として近くに現われ、坐つたまま葦笛を吹いている。これを聞こうと大勢の牧人ばかりでなく、兵士らも部署から離れて駆け寄った。兵士の中に喇叭吹きもいた。その一人から喇叭をとりあげると、その大男は川の方へ飛び出し、胸一杯息を吸い、喇叭を吹き始めた。そしてそのまま川の向う岸へ渡った。このときカエサルは言った。
「さあ進もう。神々の示現と卑劣な政敵が呼んでいる方へ。賽は投げられた」と。
(スエトニウス『ローマ皇帝伝』第1巻32節 国原吉之助訳 岩波文庫(上)41ページ)
*** *** *** *** ***
カエサルがルビコン川を渡るにあたつて、「大きく容貌のきわだって美しい男」が現れたさうです。これは兵士の一人ですか。また「神々の示現」ならどの神ですか。兵士たちを奮ひ起こすために必要な出来事だつたのですか。

No.3
- 回答日時:
>私は地元の三流大学法学部出身のトラック運転手で、文学部の言語学科や哲学科に出かけて遊んでゐた程度の知識にすぎません。
>オウィディウス『変身物語』第1巻700行あたりに、葦笛の由来が載つてゐました。
いやー。答えをご存知であるらしいことは察しておりましたが、畏敬の念を感じております。子供の頃、ギリシア神話を私はよく読みました。いくつか神の作った道具があって、今回はシュリンクスです。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」などのように、フルートで表現したりしますね。パンと言うと、いつもこの曲が頭の中に流れます。
No2の方がおっしゃるように、厳密に言えば、牧神の担当範囲は叙情詩であり、戦争の叙事詩ではないのですね。しかしそうした区分が成立した時期はずっと後のことのように思いましたので、あまり深く考えませんでした。確かにやや奇異な印象はあるので、戦争と叙情詩の関わりについてこの箇所を事例に考えを進める、なんてことをやったら、短い論文が一本書けるかもしれませんね。
出典もバシッと示してくださり、ありがたいのです。しかし古代ギリシア文学の専門家ではないにせよ、ご正体は何かの学術研究者か著述家ではないかと思っております。擬古文も丸谷才一のような雰囲気ですし。故に指導なんてとんでもないことです。私の方こそ、いろいろ教えていただくことが多いかと思います。
勘違ひをなさつてゐるやうですが、かういふ雑談があつたほうが有益なやりとりができるのではないかと存じます。
>答えをご存知であるらしいことは察しておりました
わからないから質問しました。おふたかたから、直接の答と重要な示唆をいただき、感謝してをります。先に記しましたとほり、注釈書をほとんど読みませんので、Q&Aでこのやうな程度の内容をしよつちゆう質問してゐます。多くの場合、たすてんさんが時間をかけて調査して回答してくださいます。
>ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」
さういへばフランスにお住まひとうかがひました。私は大衆受けするモーツァルトが好きですので「魔笛」のイメージです。
>厳密に言えば、牧神の担当範囲は叙情詩であり、戦争の叙事詩ではないのですね。
回答番号1のコメントに書きましたが、トロイア戦争の叙事詩の担当はムーサでした。とはいへ、ルビコン川での状況は逼迫したもので、iacta-alea-estさんの御指摘のとほりです。どこかでトロイア戦争は一人の美女のためだ、とお書きになつてゐましたが、男はさうあるべきです。
>正体は何かの学術研究者か著述家ではないか
ものかきではありますが、恥をかいてゐるだけです。今の職場はコンピュータがあるのに、手書き、手計算の山で、困つてゐます。アプリケーションのサンプルを作つて本社に提案を出すのですが、完全無視です。なほ、得意なのは、倉庫で荷物をかつぐことと、Q&Aサイトで人をかつぐことです。
>丸谷才一のような雰囲気ですし。
かなづかひは真似をしてゐます。文章自体はcyototuさんのほうが丸谷氏に近いと思ひます。
>私の方こそ、いろいろ教えていただくことが多いかと思います。
織物と編物の違ひをご存じですか。織物といふのは縦糸と横糸を絡ませたもので、編物といふのは小さなループを引つかけながら大きくしてゆくものです。私はこの程度のことも仕事をして初めて知りました。トラック業界では取扱ふ商品の知識が必要なので、いろいろ勉強しなければならないのですが、衣料品の関係がいちばんおもしろく感じます。
No.2
- 回答日時:
やり取りを拝見した中で
葦笛⇒牧神という流れに沿って考えると
ちょうど道教でタオに委ねるように
のどかに自然に任せるように運を天に任せよう
みたいな感覚になったことの象徴なのではないか。
門外漢なりにそんな風に考えました。
御回答ありがたうございます。
さいころを投げるのですから、御指摘のやうな「運を天に任せよう」といふ解釈には納得できます。牧神なので、「のどかな自然」とおつしやるのもわかります。プルタルコスも書いてゐます。
「この河を渡ることが、全人類にとってどれ程大きな不幸の発端となるか、また後世の人たちにどれ程多くの議論をよび起すかを測り考えねばならなかった。しかし結局......やがておこることに身をゆだねた人のように、見当のつかない運命の中とか冒険に飛びこむ者が誰でも、よく口にする諺になっていたあの「賽は、投げてしまおう」という文句を吐き出した」
(『プルタルコス英雄伝』「カエサル」32節 長谷川博隆訳 ちくま文庫(下)219ページ)
スエトニウスがどんな背景を思ひうかべてゐたのかは私のやうな不勉強な者には判りません。回答番号1で、アポロンの竪琴との対比を指摘していただいてゐます。オウィディウス『変身物語』第11巻150行あたりに、有名な「王様の耳は驢馬の耳」の話があつて、パンとアポロンの音楽コンクールがおこなはれてゐます。このあたりも関連があるのか気になります。
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さきほど仕事から帰りました。今日は疲れたのでもう寝ます。Tastenkastenさんとiacta-alea-estさんの文章は職場で拝見しました。
私は通訳の経験がなく、もちろんそんな能力もありません。知らない言葉、未経験の状況などにどのやうに対応してゐるのか、不思議に思へます。書物の翻訳なら調査することもできますが、通訳となれば瞬時に対応しなければなりません。よほど機転のきく人でなければ務まりません。回答番号10のコメントに書いた催しでは、碁のこと知らない人が韓国語の通訳をしてくださるのですが、それなりにわかるやうに話してくれます。もちろん囲碁用語は無理ですけれど。
今回はiacta-alea-estさんについての質問でしたので、回答番号1をベストアンサーにいたします。みなさまありがたうございました。