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僕の弟(高校一年生・3人兄弟の末っ子)が2年ほど前からADHDと闘っているのですが、改善策が見当たりません。家族もみんなボロボロになり大変辛い日々を送ってます。皆様の中で、ADHDを乗り越えた人の話やADHD患者にふさわしいカウンセリング法があれば紹介していただきたいと思い、質問させてもらいました。

まずは弟の証言と生い立ちを元に、説明していきます。

まず弟自身が体に異変を感じたのは、小3の冬で、丁度ソフトボールを始めた時期なんですが、耳が何かおかしいと感じ始めたようです。この証言は3週間ほど前からしょっちゅう「なんで小3から急に耳がおかしくなったんや!耳のせいでADHDに繋がったんや!」と言うようになりました。どういう風におかしいのか聞くと、難聴と痛みがあるとかではなく、耳鳴りのような症状が出るみたいで、これは弟が初めて家族に公表したのが2ヶ月前くらいなので、今まで誰も知りませんでした。

一方、ソフトボールは6年までやり遂げて中学でも軟式野球部に入りました。ソフトボール時代から厳しい練習を耐え抜き、高校野球でレギュラーを取ることを夢見ていた頃、第2の異変が出ました。それは中2の夏休み前で股関節を疲労骨折し、しばらく安静にするように医師に言われ、夏休みをほぼ自宅で過ごしました。この頃から生活習慣が徐々に乱れ始めました。極めて目立ったのが食事を抜いたり、食べる時間が毎日バラバラになり、そのせいで食べ残しも増えていきました。またこの頃に、野球部内の後輩で一緒のチームでソフトボールをしていた子と仲良くしていたんですが、その後輩は自己中心的なところがあり、弟は先輩なのにかなり振り回されたようで、時には仲間外れにされたりと、心身ともに疲れていました。

夏休みが終わり、医師からも野球部に行っても良いと指示がされましたが、夏休み前とは誰がみてもわかるほどモチベーションが下がっていました。自主練をしなくなったり、部活の途中で帰ってきたりと明らかに行動が変わってきました。理由は部活に行っても、嫌な思いするだけやから。と言うことでした。その中で決して凄惨ないじめを受けてたわけじゃないが、2・3人嫌な奴がおると言ってました。ここで両親が心のケアを兼ねて弟にアドバイスをしました。その内容を簡潔にまとめると、「嫌なことしてくる奴がおったら、はっきりイヤやからやめろ!!って言うたるべきや。あんたが何も言わんだらますますエスカレートするで。自分でよう言わんのやったら自分らからもそいつに言うたるわ。」それに続けて「でもな。どこに行っても全員が味方じゃないし、嫌な奴は必ずおるからうまく対処できるようにもなってかなあかんで」と言いました。両親のアドバイスが効いたのか、弟は後輩にガツンと言ってやり、その後嫌なことはされなくなりました。

この時点で人間関係のもつれは解消されましたが、夏休みをダラダラと過ごし、そのダラダラ習慣が身に染み込んでしまい、やはり部活は出たり出なかったりの繰り返し。翌年の正月を迎える頃には、遂に不登校になりました。ひたすら自宅でゲームやパソコンを触る日々が続き、更に乱れる生活習慣。そしてある日。弟は夜に久々に外出した時、急に怖くなって過呼吸を起こし、それ以来トラウマになり、夜は過呼吸になるのが怖いから外出しなくなりました。医師からハッキリと通告はされてないですが、おそらく中2の冬から鬱の症状が出始めました。
鬱の症状は日に日に重くなり、中3の夏頃からは情緒が著しく不安定になり、急に泣き始めたり、怒り出したりで家族がいる間だけは落ち着いてました。しかし家族が仕事やバイトで外出し弟が1人になると極端なネガティブ思考に陥り、家族の誰かが帰宅した時には目の焦点が合わない状態になってました。普段は父が無職だったので平日は常に一緒にいましたが、週末は母と次男が仕事へ行き、僕と父は弟が所属していたソフトボールクラブで父が監督、僕がコーチや審判員をして弟の卒団以降もチームに残って指導に励んでいたので、弟が1人で過ごす時間が結構ありました。とは言っても毎回鬱の症状が表れるわけではなく、普段はゲームをしていて元気にしてることが多かったです。たまに気が乗ると一緒に指導の手伝いに来たりしていました。でも鬱の症状が出た日の間隔が徐々に狭くなって来ました。だから精神科医を訪れて薬物療法を始めました。

そして鬱の症状が最も重くなったのが、高1の春でした。県内でも底辺の、俗に言うヤンキーや弟と同じように何らかの理由で中学時代を棒に振った子達が集まるような高校に入学しました。それでも最初はわくわくしていたようで、入学直後は電車通学で学校に行っていました。しかし、やはりどこにでも嫌な奴は数人いるわけで、ムカつくこと言われた。と言って徐々に不登校に戻っていきました。新天地に繰り出し快方へ向かってくれるかなと家族一同期待しておりましたが、そんな甘くはなかったです。この頃から更に弟に献身的にケアをするようになり高1の6月ごろには鬱の症状はかなり改善されました。学校にも行き始め友だちもできました。

しかし鬱を克服した弟は、以前の優しくて思いやりのある、あの時の弟ではありませんでした。欲しいものがあれば、親に買わせるまでだだをコネ、急かしたてて高価なものでも平気で買ってもらい、買ってくれないとわかると、その欲しいものにしか集中できなくなり機嫌を損ねて暴言を吐いたりで、挙句の果てに1度、親の財布からお金を盗みました。この後両親にど叱られ盗みはしなくなりました。また忘れ物や物を失くすことが増えて、また異常なくらいよく喋るようになりました。つまりADHDの症状が鬱の次に出始めたのです。この頃から弟自身も自覚を持ち始め、最近よく忘れ物する〜。とか言ってくるようになりました。

それから徐々に我慢できなかったことが我慢できるようになったり、ホントに微々たるものですが少しずつ改善していきました。が、、、9月頃に以前からずっと薬物療法でお世話になっていた精神科医から、あなたはADHDの可能性が極めて高いです。と言われ、弟は自分の病を知ってしまいました。

これは僕が一番恐れていたことでした。心の病だから確定はないが、ハッキリに近い形で病名を告げられること。
両親は病名がわかったほうが返って安心できるかもしれないし、治療法もわかるかもしれないと言っていたが、僕はむしろその真逆で、病名が出たことにより、悪い方向へ向かうのではないかと心配していた。

その予想は見事に的中し、何かにつけて自分は病気なんやから仕方ないと言って、更に甘え出し始めました。治す気はあると言うけども、それが行動に見られない。全ては自分の思い通りにいかないとすぐ不機嫌になり、度が過ぎた行動を叱られると逆上し、携帯を投げて破壊したり、そんなんやったらもう死ぬ!とか言ってみたり。更に病院が休みの日になんかには、ちょっと体調が悪いと病院に行かないと不安になり、連れてけ!連れてけ!俺のこと考えとんのか!!クソっ!!!と言う風に暴れたくります。父が言うことはよく聞き、僕の言うことも半分くらいは聞き、母・次男の言うことは全く聞こうとしませんでした。

そして叱られた翌日には、冷静になるんですが、ネガティブ思考が働き、自殺未遂をする。結局死に切れなくて、帰宅して来て両親に改めてなだめられて平常に戻る。これの繰り返しでした。

それからは僕も己のプライドを捨ててでも、弟の自己中な要求に対応するようにしました。さすがに理不尽極まりない度が過ぎた要求はアカン!ときっぱり断ってますが、少々は大目にみるようになりました。

家族の目が緩むと、暴れる回数は減っていきましたが、そんな生活を続けて来た家族一同は心身ともにボロボロです。まだ誰一人として弟を見捨ててはいませんが、かなりストレスは溜まってるかと思います。

そして昨日僕は遂に手を上げてしまったのです。昨日は朝から弟と一緒にソフトボール指導の手伝いをしに行きました。だが弟はグランドに着くなり、自分のやりたいことを練習時間中にやらせて!と言ってきたから、ここは小学生にソフトボールを教える場所であって、あんたの練習をする場所じゃない。休憩時間になったらいくらでも練習に付き合ったるからそれまで待ちなさい!と諭すように言い返しました。すると父がいなかったこともあって、すぐに不機嫌になりダラダラと子どもの相手をして、更には勝手に子どもと交代でピッチングをしたりしていて、かなり度が過ぎていたので、昼休憩時に車でコンビニへ昼ご飯を買いに行く道中で、車を止めて弟に注意しました。すると、俺は病気なんやから・・・とまたいつものように病気のせいにして反省する様子がなかったため、カチンときて頭を平手打ちしました。もう勝手に手が弟を叩いてました。それを気に弟も殴りかかってきて止めるのに必死でした。すぐに冷静さを取り戻した僕は、手を上げたことを謝り、なだめ続けました。それで何とかチームにも迷惑をかけず事なきを得たのですが、今まで溜め込んでいたものが抑えきれなくなったのでしょう。僕にとって初めての体罰でした。
後から手を上げて怒号を響かせたところで何にもプラスにならないのに。と後悔しました。しかし、それくらい僕も追い込まれてるんです。

もう何が良くて何がダメなのかもわかりません。何かADHDを克服するためのアドバイス等あれば、教えてください。宜しくお願いいたします。

A 回答 (4件)

まずADHDですが、これは「注意欠陥多動性障害」といいます。


ADとHDに分かれていますが、これを同類にしたものです。
そしてこれは厳密にいうと「病気」ではありませんで、学習障害(LD)のように先天性の要素が強いものです。

例えば「ADHDの要素が強いようですね」と医師が言う場合、それは「元々そういった要素もあり、現在の状況を悪くしているのです」という言い回しになるはずです。
情緒不安定の根底にADHDなどの要素が含まれていますよ、という意味合いです。

うつ病などは先天性というよりは後天的な要素が高いものであり、これは病気と言えます。
原因はハッキリとはわかっていませんが、脳内のホルモンバランスが狂ってしまうのが特徴です。
後天的なものなので、ADHDや、他の先天性の要素の「上」に上書きしてしまう可能性もあります。
また、他の精神疾患と混合してしまうこともあります。

なので、治療は確実に、長い時間をかけながら行われるべきです。
そして家族は、医師の診断のもとに「この症状はこういったところからきている」ということを、出来る限り理解しなければいけないと思います。
この場合避けるべきなのは「デマや、個人的見解を信じ込んでしまう」ことです。
ある種の新興宗教など、どう考えても悪影響しか与えないような「治療法」などは論外ですし、大凡実証もされていないような、個人研究の末に展開される論文、または冊子など、なんとなく信じてしまいやすいようなものを信じてはいけません。

今私が言えることとしては
・ADHDでも、うつ病でも、その他の精神疾患でも「完全に治せる治療法はない」ということ。
・ADHDの人は、時に一般常識から外れた行動をとるように見えるけど、あくまでも「人として、愛情をかけて」周囲の人が見てあげることが大事。
・人間は極めて複雑なプロセスを動かしながら「日常」というものを構築している。
それゆえに「外れた存在」というものが目立ちやすく、それが差別につながりやすいが、複雑な存在であるがゆえのことでもある、ということに着目していくこと。
「完璧な人間なんていないんだよ」ということです。

パーフェクトな生き方とか、完全な人間なんていません。
迷惑を誰かにかけない生き方、というのも、過剰になればそれは逆効果にもなる。
大抵の場合、誰かの迷惑を甘んじて受ける人間はいて、そのことで世の中は回ってるというのがあります。

周りが慌てて、過ちを正そうと懸命になっても、それが当人にとっての「幸福」には直結してはいきません。
自らが間違え、自らが考えるということを、周囲は奪ってはいけないのです。
当人の悩みは、当人が受け入れて、解決していく時点で、当人の「宝」になるのです。
それを周囲が横取りしてはいけない。
生き方を決めてしまってはいけないのです。

病名に振り回されないことです。
病気とどう付き合っていけるか?ということを、周囲は学ぶべきなのです。
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この回答へのお礼

助かりました

回答ありがとうございます。

皆様の心温まるコメントの中で、あなたのコメントが一番しっくりきたのでベストアンサーに選ばせてもらいました。

家族一同腐らずに頑張っていきます。

お礼日時:2016/01/21 12:01

失礼いたします。


当方、発達障害の一種であるアスペルガー症状群を医師より診断され、障害者手帳の3級を取得しているものです。現在は仕事も障害者枠で働いています。
私自身の症例が違うので、あまり参考にならないかも知れませんが、自身で当事者会なども開いておりますので、私の知る限りでお答えできればともいます。

まず、ADHDの克服というのは、当事者たる弟さんのことでしょうか?
なら、完全に直ると言うことは無いと思ったほうがよいと思います。発達障害は現在のところ治らないと言われています。薬なども治すよりも、症状の緩和や当事者が社会に適応する手助けをするためのものという側面が強いです。
欝などの精神疾患とは違い、ADHDの特性を持ちながらそれとうまく付き合う術を学ぶしかないのではないかと思います。
自身の特性や弱点を理解し受け入れて、それとお付き合いしながら社会生活を営む事が、発達障害を持つ者の目指すべき道だと、私個人としては思います。

また、弟さんの周囲の人の気持ちの整理と言うのであれば、まず吐き出せる場所を確保することが大切だと思います。
例えば発達障害の当事者の家族会というものがあります。
市町村に一つくらいは社協の運営する引き篭もり支援を行う施設があると思います。そういうところでも相談を受け付けてくれるかもしれません。
あるいは県の発達障害者支援センターに連絡を取るのもいいかもしれません。
ほかにも児童相談所や寄り添いホットライン、各種電話相談など、話を聞いてくれるところは色々あると思います。
家族が辛さや苦しみに押しつぶされてしまう前に、外部の力を借りることをお勧めします。

文面から察しますに、弟さんはまだADHDの疑い段階で、確定診断は出ていないのでしょうか?
それまでの精神科への通院は欝や適応障害的なものへの対応としてというふうに読み取れます。
弟さんはADHDだとして、それに沿った治療を現在受けておられるのか、治療方針や現在の状況、注意事項などを家族の方が医師に聞くことはできませんか?
当事者である私が言うのも変なのですが、周りで支える人の苦労も大きなものです。なるべく正しい知識や情報を家族で共有しておかないと、辛いのではないでしょうか。

周囲の対応としては、外聞にとらわれず外部に助けを求め、教えを受けることだろうと思います。
当事者を助けるために周囲の支援者が倒れていくのは、同じ当事者として辛いものがあります。
また、当事者である弟さんには、当事者の集まりや情報収集をしてもらえるように仕向けられないでしょうか?
治療もカウンセリングも、最後は自分の変わりたいという意思に支えらると思います。
周りがいくら手を差し伸べても、当人がそれを払いのけていたのでは、何も変わりませんから。

凹凸ちゃんねる
http://hattatu-matome.ldblog.jp/

このサイトでは、発達障害の当事者が多く意見交換しています。当人がどう思っているのかを推測する手助けや、当事者がどんな支援を望んでいるのかをしる手助けになるかと思います。
また、ミクシィでも発達障害のコミュニティがいくつもありますので、覘いてみるのもよいかと思います。

残念ながら、この教えてgooでは発達障害を曲解したり、偏見で見る人も多くいます。詳しい人や真摯な回答を下さる人も多いのですが、すぐ下の方のような人もいますので、ご注意ください。全部がうそではないので、参考になる部分だけ参考にされるのがよいと思います。
これは、私の回答も同じですが。

この回答が、少しでもお役に立てることを祈っております。
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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございます。

家族一同腐らずに頑張っていきます。

お礼日時:2016/01/21 11:59

>9月頃に以前からずっと薬物療法でお世話になっていた精神科医から、あなたはADHDの可能性が極めて高いです。

と言われ、弟は自分の病を知ってしまいました。

一つ、はっきり言いましょう。
実は、ADHDという病名はインチキなんです。

嘘じゃなく、その病名を作ったアメリカの医者が、
それは精神科医と製薬会社が薬を売るために作った嘘の病名です、と言って自分が病死する前に
懺悔として告白しています。

http://gigazine.net/news/20130529-adhd-is-made-b …

そして、もう20年も前からADHDは医学的な証拠も、医学的な検査方法も何もない
という理由で
アメリカでは常に論争の的になってきたのです。

ところが、これに日本の精神医療や製薬会社、巨額の裏金を狙う政治家、
厚生省や文部科学省の官僚達が目を付けた。

そうして、マスコミでもジャンジャン宣伝するので、
まるで本当の病気のように思うかもしれませんが、
実は嘘の病名なんです。

だから、あなたの弟さんは病気でもなんでもありません。
ただの「仮病」です。

ですが、最初は子供らしい、やりたくないことをサボるための仮病でしかなかったのが、
精神科で薬物治療を受けたために、その副作用が出るようになった。

暴力をふるう、自殺願望が高まる、記憶や行動がおかしくなる、
これすべて薬物治療の後遺症です。
そういうと、医者は、自分の処方に都合がいいように「それはADHDの症状だ」というかもしれません。
ですが、さっきも言ったように、ADHDの症状など本当は世界中の医者は誰も知らないんです。
なにせ、その症状の医学的確証すら得られていないからです。

そうして、医者や製薬会社の甘い言葉にひっかかり、
多くの親たちがだまされて子供に薬物治療をするようになり、
すでに10年前から精神科で出される薬物によって多くの子供たちが
後遺症に悩まされるようになってきています。↓

http://www.dailymotion.com/video/xua9fw_%E5%90%9 …

実際に、死んでしまった子もいます↓
http://blogs.yahoo.co.jp/kebichan55/53614833.html

アメリカではADHDの薬で心臓が肥大してたった15歳で死んでしまった子もいます。

ですから、あなたの弟さんの命を救うためにも
もう、薬物を勧める精神科へは二度と行かないことです。
精神科はもともと、治療をする、治療ができるところではありません。
昔から、どうにも扱いきれなくなった人を薬物でおとなしくさせて拘束し、
隔離するための施設だったにすぎません。

だから、弟さんを精神科に行かせれば行かせるほど、
どんどん病気は治らなくなります。

そして、一度、向精神薬を飲んでしまうと、もはやそれを断薬するのは
死にたくなるようなつらい禁断症状もたくさん出てくる場合があります。

ですが、弟さんがこのまま一生、薬漬けになり、本当に重い障がい者にならないためにも
ご両親にこのことを教えてあげてください。

下の動画も見せてあげてください。




あなたの弟さんの命を救うためにも、決して、決して精神科へ連れて行ってはいけません。
これはまじめな忠告です。
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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございます。

家族一同腐らずに頑張っていきます。
ADHDがインチキだという確証はあるのでしょうか?

お礼日時:2016/01/21 11:41

ADHDとか言う病気は小学校の1年生から大抵の子どもが持っている病気です。

99%の子どもはそれを何らかの方法で克服して高校生を迎えているのです。でもそうでなくて明らかに普通の子どもと違う子どもが一般的に学習障害児して詳しく診断を受けることになります。その症状によってLDとかADHDとかアスペルガーとか知的障害と詳しく診断されます。
 ですから小学校中学校時代は普通の子どもだったのに高校からADHDになるなんて事はあり得ないのです。それはきっと精神的な病だと考えられます。
 ADHDなんて普通の学級には2~3人はいると言われている普通の状態です。私も明らかにそんな子どもでしたが、多くの教師たちのおかげで私は教師になることが出来て、今退職して悠々と暮らしております。実は世界中に多くのADHDみたいな人たちが活躍しているのです。先日ビルゲイツもその一人であると聞いたことがあります。確かに子ども時代は相当に変わって良いたこだったようです。
 とにかくちゃんとした診断をして下さい。そして委員会とか教育機関と相談して下さい。
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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございます。

家族一同腐らずに頑張っていきます。

お礼日時:2016/01/21 11:39

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