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「そろそろ、”あ迎え”が来たみたい」
お年寄りは、”お迎え”という言葉を言います。
逝く間際になると、あの世からお迎えが来て連れて行ってくれる、ということですね。
そして、安心し、穏やかそうな表情です。
あるいは、逝った人が、お迎えに導かれている、ような様子もあります。
日本には古くから、このような言い伝えや民間信仰があります。
ところで、お迎えや類似したことは、キリスト教文化圏にありますか?

A 回答 (7件)

カルトの孫として生まれ、幼少期をプロテスタント各教派で育ち、思春期をアンチキリスト、成人をカトリックで迎えた怒涛のプロフィールを引っ提げて、お答えしたいと思います。



先ず、日本でのキリスト教文化(二世、クリスチャンホーム)などでは、あります。一般的に、「主が呼ばれている」とか自死なさったり非業の死を遂げた人には、「主に召し上げられた」(召命=神より不動の命令が下ること。司祭になる最大にして唯一の条件と言われている)という言い方をします。
んで、キリスト教文化圏になりますと、これはまたアメリカ、ヨーロッパ、アジアで異なります。
と言いますのは、アメリカはプロテスタント、特に南米は過激派が多くを占めています。ヨーロッパはドイツは半々ですが、多くの場合法律制定の土台としてカトリック(またはアナスタシア派)の教えが踏襲されているので、その影響が強く残ります。ノルウェーで、強姦された少女の堕胎を有罪とした判決が出たのはこのためで、この場合、ノルウェーでは先にカトリックの古い戒律が文化として既に定着していた、という解釈ができます。
また、ギリシャなどの正教会(オーソドックス)にもカルケドン派と非カルケドン派、イギリスの聖公会もハイチャーチ(カトリック寄り)とローチャーチ(プロテスタント寄り)があるなど、キリスト教と一口で言うには、あまりにも多用しすぎています。ついでに言うと、中国はカトリックがいることにはいるのですが、バチカンと中国が国交断絶しているため、中国人のカトリック信者は厳密には存在しません。カトリック信者は、バチカンの任命を受けた司教(中ボス)が認可した司祭(雑魚ボス)、または信者が洗礼を授けなければならないのですが、国交断絶のため、バチカンから認可された司教がいません。更に更にこれが韓国になりますと、四人に一人がクリスチャンと言われていますが、その文化はキリスト教圏とは大きく異なります。
また、フィリピンになると、土着信仰を吸収しているので、これはもう大変なお祭り騒ぎです。フィリピンの信者が一人、日本でなくなると、同じフィリピン人というだけで、莫大な葬儀費用が集まるほどです。

こういうわけで、一口にキリスト教と言いましても、具体的にどの国か、ということが分からないと、明確な答えは難しいと思いますが、知っている範囲でお答えします。

先ずバプテスト(アメリカ)では、「お迎え」というより「召された」という言い方をします。やはり神主体の考え方ですね。しかしバプテストの怖いところ(面白いともいう)は、牧師の数だけ教派がある(一教派一牧師)という点です。つまり、過激なところとソフトなところの差が大変大きいのです。
福音系(ルーテル、メソジスト、ホーリネス、ペンテコステ)では、神のもとに「行くことができた」というプラス思考が多いようです。
長老系(カルヴァン、一部バプテスト)では、家族(=信徒)の死を悼む傾向が強く、神に抗議するように嘆くパターンが多く見受けられました。(ただし一度だけ、ペンテコステの教会でこのスタイルを見たことがあります)
カトリック系(ローマン・カトリック、ハイチャーチ)では「神様のみもとに行ける」という死に瀕した信者からの前向きな意見が多いようです。シスターたちも、死を恐れているより楽しみにしているような気すらします。ちなみに私は死は嫌です。私はまだまだやりたいことがあるので(笑) しかし誰にも理解されない時などは、自害し、「神様に直接慰めてもらいたい」という志向が働きます。カトリック系はこのように、信者から神を求める傾向が強いようです。
同じカトリック系でも、正教会(カルケドン、非カルケドン含む)は、少し毛並みが違うようですが、あいにく葬式に行ったことがない為、信者たちがどのように考えているのかは少しわからないです。

以上が、教派だけの問題です。ここに更に、伝統的な民俗信仰、習慣などが加わります。
例えば日本の場合、幼稚園の七五三では、神父は白い司祭服に赤いストラ(マフラーみたいなアレ)を着けます。しかしこれは、カトリックの教義では非常に不吉です。なぜならカトリックにおいて赤とは、血、即ち殉教者を意味するものだからです。本来であれば、喜びの色である白いストラを付けるべきです。
ではなぜ、司祭は赤いストラを付けるのかと申しますと、ズバリ、「紅白」だからです。
少なくともカトリックは60年前の第二バチカン公会議というドでかい会議において、「その国の文化を尊重し、その国の人々の生活を妨げず、その国の人々に不快な思いをさせてはならない」という厳格な(でも信者はあんまり意識していない)命令がなされました。この場合、赤と白がめでたいという日本の風習にのっとり、カトリックの司祭が、上記の精神でもって、赤いストラを着用しました。
同じように、日本におけるキリスト教文化で育った信者たちは、お迎え、というよりも、「天の国が近い」と言った表現をしますね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
お迎えからみで、キリスト教の各宗派や地域(土着性)によって、一括りにはできないのですね。しかし、キリスト教のお迎えからみでは、全般的に神と信者との関係なのですね。(これは多様ですが)。一方、日本のお迎えは、神や仏を外し、近親者・友達が迎えに来て、かれらのもとへ行く、という構図が多いようです。神との結びついているところと、仲間同士が集まっているところの、対比に興味があります。

お礼日時:2016/02/13 22:28

あくまで聖書ベースでの話ですが、実は聖書自体には「死んだら天に召される」ような表現はどこにもありません。

死について聖書には「死ねば無となる。深く眠っていて夢を見ていない状態と同じ」というように書かれています。魂と体が別物であるという概念は実は聖書にはありません。霊者(所謂、天使のような存在)に関しては記述がありますが、死んだら天使になるとか、死んだら天使が迎えに来るとかそういうことは一切書かれていません。
「神の目に良いとされた人間は、死したとしても神は愛して覚えておられる。そして然る復活の際にもう一度その人間を復活させる」というように書かれています。

もう一度言いますがあくまで聖書ベースの話。キリスト教圏内の文化という話であればまた違った風土的な事情があると思います。少々質問の趣旨からは逸れてしまったかもしれませんね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
<聖書ベースで>
はお迎えのようなことないのですね。本来の仏教でも、ないようです。しかし、長い間の民衆の知恵・願望などにより
<風土的に>
お迎えが付け加えられてきたようですね。

お礼日時:2016/02/08 19:37

補足。


人間でも他の動物でも、死んだら終わり。ただの無機物に成るだけ。
それでいいじゃない。地に返るんだから。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
質問は、いいか、どうかを聞いているわけでは、ありません。

お礼日時:2016/02/07 14:58

キリスト教なんかにそんなモノ無い。

って言うか宗教自体にそんなモノ無い。
あんなモノ凡人が勝手に作ったモノで根拠なんか何も無い。
嘘とごまかしだけ。宗教は有ってはいけないモノ。
ボクは宗教は人類の作り出した最大の悪と思ってる。
根拠は有るので反論結構。
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神に召されて天国へ行くのでしょうね。


どういったらわからないし路に迷うかもわかりませんが、
ひかりにみちびかれていくはずです。
足などが悪ければ、また目などがみえなければ天使さんが
誘導してくれそうなイメージはありますけどね。
飛んでいけば目も見えだし、なんとかなるはずです。
お釈迦様はあまり迎えに来てくれるイメージがないですね。
おおきくて重いってイメージなので、家が壊れてしまいそうだし。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
キリスト教では、ひかりや天使が誘導する、ということですね。

お礼日時:2016/02/04 09:26

迎えに来るのは神様ではなくて仏様だからじゃないでしょうか。



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最近は介護施設のデイサービスの車が来るのも「お迎えに来た」と言います。
すっかり「お迎え」が身近になりました(笑)。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
優しい仏教系だから、ということはありそうですね。厳しいキリスト教系では、簡単に迎えに来てくれそうもない、かも知れませね。
日本では、迎えに来るのは、すでに死んでいる親・兄弟・子などが多いようですね。
<デイサービスの車が来る>
場合にも使われているのですね。ディサービスの優しさが、優しい従来のお迎えを想起させている、のかもしれませんね。

お礼日時:2016/02/03 22:33

アニメ「フランダースの犬」のラストシーン。


ルーベンスの絵に看取られるように逝ってしまったネロを、大勢の天使が迎えに来ていましたね。
もっともあのアニメは日本製ですが(笑)
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<大勢の天使が迎えに>
なのですね。日本では、すでになくなっている親・兄弟・子が多いようですね。

お礼日時:2016/02/03 22:24

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