映画のエンドロール観る派?観ない派?

ウィキペディアの古参ユーザーは、どうして記事の充実性に目を向けず、削除方針に走るんですか?
なんか、何が何でも削除しなければ気が済まないという連中ばかりじゃないですか。

そんなに記事を削除したいのなら、いっそのことウィキペディアそのものを削除すれば良いと思いませんか?
ウィキペディア日本語版の黎明期は、一般人が入手できないような深い部分まで詳しく正確に書かれていて、そういった記事で多くの情報が充実していました。
しかし、いつのころからか削除行為に走る者が現れ始め、いまでは自分たちの捻じ曲がった正義感を無理やり押し通してでも削除しようとし、意見の対立する者を力づくでブロックにかけて排除しようとする。
ウィキペディアは 「 誰でも自由に書き込めることで発展し続けるフリー百科事典 」 というのがコンセプトじゃないんですか?
「 記事の発展性が見込めないからページとして残す価値は無い 」 と言って削除案に票を投じる者が居ます。
しかし、その 「 記事の発展性が見込めないからページとして残す価値は無い 」 というのは、あくまでもその削除案に投票した者の個人的な見解にすぎません。
本来ならあらゆるページが残されるべきであり、削除されるべきページなど1つも無いはずです。
しかし、彼らは直ちに削除したがる。

なぜ記事の発展性が見込めないと断言できるのか?
なぜ長い目で時間をかけて記事を発展させようという発想が持てないのか?
なぜそこまでして直ちに記事を削除したがるのか?

彼らは記事を削除することで何を得るのでしょう?

質問者からの補足コメント

  • プンプン

    証拠を出典として提示していても削除しますがね。
    出典に該当しないだのなんだのと。
    大手企業はページとして存続を認めるのに、中小企業ではページの存続を認めない。
    学校関係記事では、出身者の欄にオウム真理教信者の名を記すことは認めるのに、ヤクザを記すことは認めない。
    如何してそうやって 「 これは良いがこれはダメ 」 と区別をするのかということです。
    区別する必要が在るならその旨を説明するべきなのに、理由も示さずに削除することに疑問を呈さざるを得ない。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/04/19 10:27
  • 検証の余地がある物を検閲すれば、それまで見過ごされていた新たな情報が見つかるかもしれない。
    例えば、過去に発売された雑誌など。
    私が言っているのは、なぜそういった物に目を向けもせずに一方的に 「 記事の発展は無い 」 と結論付けてしまうのかということです。
    そもそも、感情的になっているのは執拗に削除したがる方でしょ。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/04/21 02:30

A 回答 (2件)

感情的に削除に食ってかかった履歴のある人は更に削除されやすくなります。

同じトピックに関心がある人たちの間で信頼関係が築けなかった場合は、削除された方により多くの倫理的な責任があるのではないでしょうか。

ウィキペディアは相互尊重と調和の前提で善意で運営されています、負の感情に支配された貴殿の方により問題があると、与えられた情報だけで判断する前提において、そうなります。

あと「本来ならあらゆるページが残されるべきであり、削除されるべきページなど1つも無いはずです。しかし、彼らは直ちに削除したがる。」と書かれていますが、ウキぺディアは公的な情報の無料シェアが存在理由です。公益性のない不確定な情報を削除すべきでないという意見は、おそらく誰の支持も得ることが出来ないでしょう。
この回答への補足あり
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ちゃんと論拠があり、参考文献が明示できる加筆は削除されることはありません。

削除に憤っている人に限って個人の主観を嬉々として書き込んでいるだけだったりします。削除されて当然の場合がほとんどです。
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