AKB48の推しメンをセンターにできちゃうかもしれない!? >>

これ↓です。
  http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14 …

少々、長いので、あらすじ↓
 http://novelu.com/imogayu/

 
 ちなみに、芋粥とは、
>芋粥とは山の芋を中に切込んで、それを甘葛の汁で煮た、粥の事を云ふのである。当時はこれが、無上の佳味として、上は万乗の君の食膳にさへ、上せられた。従つて、吾五位の如き人間の口へは、年に一度、臨時の客の折にしか、はいらない。その時でさへ、飲めるのは僅に喉を沾すに足る程の少量である。そこで芋粥を飽きる程飲んで見たいと云ふ事が、久しい前から、彼の唯一の欲望になつてゐた。

質問者からの補足コメント

  • うれしい

    >美の前に愛がほしかった、と惜しまれます。

     ここに、真因?が潜んでいるような気がしますので、ベストアンサーです。

    他の。お二方も、ありがとうございました。


     ※読書の秋、到来です!(^^)

      補足日時:2016/09/04 12:52
  • うーん・・・

    とはいうものの、ここは「アンケート」

    サイコロで決めます。<(_ _)>

      補足日時:2016/09/04 12:59

A 回答 (3件)

ささやかな夢だったことが、実現したのはよいのですが、


それがこれでもかという規模でくると、夢の実現を生きがいに
してきた身にとって、逆に失望へと繋がる人生の感じ方だと
思っていました。
芥川龍之介の短編は示唆に富んでいて難しいです。
トロッコ等にもそういうものを感じます。
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この回答へのお礼

私は、これは、学校(小6)の時に、教わっていて、「一度に、大量に食べると、二度と食べたくなる。(あまりにも大量に出されると、嫌気が差す)」といった感じでした。(--;)

>芥川龍之介の短編は示唆に富んでいて難しいです。

 本当に、その通りかと思います。

>トロッコ等にもそういうものを感じます。

  これ↓ですね!
   http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43016 …

 これは、示唆、というよりも「感覚?」の世界のような・・・・?


 『羅生門』↓
  http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_1 …
 この作品なんか、有名なんですが、、、、難しいです・・・・。


     回答、ありがとうございました。

お礼日時:2016/09/04 11:48

人の深層心理を、まるで遠心分離機にかけるかのように、冷ややかに皮肉に解説しているのは、全くもって噴飯物です。



場面を今昔物語あたりに設定するのも、教養人・趣味人を鼻にかけている印象がぬぐえません。

分析は鋭く、修辞も見事ですが、それ以外に何もないので、彼が早晩創作に行き詰まり、早世したしたのも肯けます。

美の前に愛がほしかった、と惜しまれます。


中島敦の虎も似た感じですが、彼には熱い涙が感じられ、まだ、好感が持てます。
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この回答へのお礼

>人の深層心理を、まるで遠心分離機にかけるかのように、冷ややかに皮肉に解説しているのは、全くもって噴飯物です

 この作品は、「解説」なんですか?(難しい・・・・

ひょっとして、この部分↓のことでしょうか・・・?
>しかし、五位が夢想してゐた、「芋粥に飽かむ」事は、存外容易に事実となつて現れた。その始終を書かうと云ふのが、芋粥の話の目的なのである。


>場面を今昔物語あたりに設定するのも、教養人・趣味人を鼻にかけている印象がぬぐえません。

 ウィキペディアには、
>その作品の多くは短編である。また、「芋粥」「藪の中」「地獄変」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多い

 とありますが、この辺りのことでしょうか・・?


>分析は鋭く、修辞も見事ですが、それ以外に何もないので、彼が早晩創作に行き詰まり、早世したしたのも肯けます

  難し過ぎます・・・・(涙


>美の前に愛がほしかった、と惜しまれます。

 この辺りでしょうか・・・・。
裕福な家庭に生まれているようですが、母が精神異常となり、母の実家の芥川家という旧家で育てられているようです。

 お金には困ることはないが、愛情が注がれていない?

そうしますと、No.2様の提示していただいた『トロッコ』もわかる気がします・・・・。



>中島敦の虎も似た感じですが、彼には熱い涙が感じられ、まだ、好感が持てます。
 『山月記』ですね!
   http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_1 …


 どこか、『ブラックジャック』手塚治虫 と似ているような・・?(俗ですみません・・・・)


  どこか、歪んでいる感じ、でしょうか・・・・?(難しい・・・


     回答、ありがとうございました。

お礼日時:2016/09/04 12:48

「大量の芋粥を食べたい」ではなく


「芋粥をいつも食べられるようになりたい」と望むべきだった
という事でしょう
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    • 0
この回答へのお礼

芥川龍之介氏は、裕福な家庭を通り越して「旧家」のようです。↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A5%E5%B7%9D …

 ですから、
「大量の芋粥を食べたい」も「芋粥をいつも食べられるようになりたい」も、「同じ(大同小異)」ではないでしょうか。

   ありがとうございました。

お礼日時:2016/09/04 11:34

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Q芥川龍之介「地獄変」の娘と密会した人物

芥川龍之介「地獄変」の十三章で大殿様に仕える絵師の娘は、ある夜屋敷で何者かと密会します。
襲われたのか、言い寄られたのか、男か女かも不明で、話者が問いかけても娘は返事をしません。
この人物は大殿様だったのでしょうか?
それとも絵師良秀でしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

『地獄変』には、多義的な解釈を誘うべく、いくつかの仕掛けがほどこされています。というのも、語り手である「堀川の大殿様…に二十年来御奉公」してきた「私」(老侍)は、いわゆる〈信頼できない語り手〉で、好んであいまいな、多義的解釈を可能にする言説を採用しているからです。

良秀の娘が「袿の袖を噛んで、しく/\泣いて居りました」というのも、直前では
「娘の方は父親の身が案じられるせゐでゞもございますか」
といいながら、そのすぐあとに
「大殿様が良秀の娘に懸想けさうなすつたなどと申す噂が、愈々拡がるやうになつた」
と語り、その上で
「元よりさやうな事がある筈はございません」
と打ち消してみせる。さらに
「色を御好みになつたと申しますのは、恐らく牽強附会の説」
「跡方もない嘘」
と重ねることによって、逆に読者の脳裏に疑いを生じさせる。このような語りを持つことによって、『地獄変』という短い作品が、謎と奥行きを備えていきます。

十二から十三にかけては、良秀の娘のエピソードが語られていきます。この「慌しく遠のいて行くもう一人の足音」は誰なのか。

これに関しては、質問者さんもご指摘のように三通りの推測が可能でしょう。
(1)大殿である
(2)良秀である
(3)それ以外の男性である

この十二の最初、事件が起こる前に、まず語り手は
「又一方ではあの娘が、何故かだん/\気鬱になつて、私どもにさへ涙を堪へてゐる容子が、眼に立つて参りました。」
とわたしたちの推理をある方向に誘っていきます。それに続くのがこの文章です。

「初はやれ父思ひのせゐだの、やれ恋煩ひをしてゐるからだの、いろ/\臆測を致したものがございますが、中頃から、なにあれは大殿様が御意に従はせようとしていらつしやるのだと云ふ評判が立ち始めて」

ここまでなら、それに続く事件の中心人物は「大殿」である、と考えてまちがいない、と言えるでしょう。ところが語り手は、その評判をも

「夫れからは誰も忘れた様に、ぱつたりあの娘の噂をしなくなつて了ひました。」

と打ち消してしまうのです。噂をしなくなったのは、それが根も葉もないことだったから、という可能性も生まれてしまいます。反面、それが事実となって、うかつに噂もできなくなってしまった、と考えられなくもない。蓋然性としては(1)が高いかと思いますが、決定的ではありません。

つぎに「良秀」説、これは近親相姦を意味するのですが、この読解では八で良秀が夢を見ながらうなされる場面が「伏線」となっていきます。

「なに、己に来いと云ふのだな。――どこへ――どこへ来いと? 奈落へ来い。炎熱地獄へ来い。――誰だ。さう云ふ貴様は。――貴様は誰だ――誰だと思つたら…(略)…誰だと思つたら――うん、貴様だな。己も貴様だらうと思つてゐた。なに、迎へに来たと? だから来い。奈落へ来い。奈落には――奈落には己の娘が待つてゐる。」

来い、来いと招いている「貴様」は、奈落にはおまえの娘が待っているから来い、と言っているようです。この「貴様」も地獄の「異類異形」なのか、それともこの世にいる人物(たとえば「大殿」)であるのか、いくつかの可能性があるかと思いますが、いずれにせよ、良秀の娘は「炎熱地獄」にいる。娘は炎熱地獄に落とされる罪を負っている、と良秀は考えているのです。「炎熱地獄」というのは五戒を破った者が落とされる地獄ですが、「五戒」の中には「不邪淫」も含まれる。

こう考えていくと、「足音」の主は「良秀」であるという解釈も成り立つのです。

さらに、娘には密かな恋人がいた、という可能性もあります。彼を逃がすために「唇をかみながら」という演技をした、という。そうして恋人の存在が「大殿」の知るところとなったために、やがて車の中に入れられることになった、という見方もできるのです。

たとえば十七に
「私と向ひあつてゐた侍は慌しく身を起して、柄頭を片手に抑へながら、屹と良秀の方を睨みました。」
という箇所があります。 
この侍は、良秀があばれるのを取り押さえるために柄頭に手を掛けたのか。それにしては立ち上がった良秀を押さえようとはしていません。彼自身、まったく知らず、父親である良秀が事態を了承したものとして、驚き、柄頭に手をかけたのではないのか。
語り手はいったい何のためにこの一言を言ったのでしょうか。

このように、「足音の主」についてはさまざまな可能性があり、逆に決定することもできません。というのも、作品の中にいくつかの空白を作者である芥川が設けており、決定的な読解を妨げているからです。
どうして芥川はそんなことをしたのでしょうか。

芥川の『侏儒の言葉』の「鑑賞」という項目では、このようなことが書かれています。

「 芸術の鑑賞は芸術家自身と鑑賞家との協力である。云わば鑑賞家は一つの作品を課題に彼自身の創作を試みるのに過ぎない。この故に如何なる時代にも名声を失わない作品は必ず種々の鑑賞を可能にする特色を具えている。しかし種々の鑑賞を可能にすると云う意味はアナトオル・フランスの云うように、何処か曖昧に出来ている為、どう云う解釈を加えるのもたやすいと云う意味ではあるまい。寧ろ廬山の峯々のように、種々の立ち場から鑑賞され得る多面性を具えているのであろう。」

「種々の立ち場から鑑賞され得る多面性」というと、映画にもなり、ひとつの言い回しともなった『藪の中』が有名ですが、この『地獄変』においても同様の仕掛けがほどこされています。ですから読者は、自分が思う「真相」を見つけるべく、芥川に「協力」して作品を丁寧に読み直し、伏線を見つけていくことが求められているのではないでしょうか。

『地獄変』には、多義的な解釈を誘うべく、いくつかの仕掛けがほどこされています。というのも、語り手である「堀川の大殿様…に二十年来御奉公」してきた「私」(老侍)は、いわゆる〈信頼できない語り手〉で、好んであいまいな、多義的解釈を可能にする言説を採用しているからです。

良秀の娘が「袿の袖を噛んで、しく/\泣いて居りました」というのも、直前では
「娘の方は父親の身が案じられるせゐでゞもございますか」
といいながら、そのすぐあとに
「大殿様が良秀の娘に懸想けさうなすつたなどと申す噂が...続きを読む

Q芥川龍之介の「芋粥」について教えて下さい。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html
芥川龍之介の「芋粥」を勉強している外国人です。
わからないところがあるので、質問します。

①年かさの同僚が、彼れの振はない風采を材料にして、古い洒落を聞かせようとする如く
ここの「古い」は、oldという意味ですか。新鮮ではない、という意味ですか。

②彼等にいぢめられるのは、一人、この赤鼻の五位だけではない、彼等の知らない誰かが――多数の誰かが、彼の顔と声とを借りて、彼等の無情を責めてゐる。
「彼等の知らない誰かが――多数の誰か」は、誰でしょうか。

③痩公卿の車を牽ひいてゐる、痩牛の歩み
「痩公卿」と「痩牛」は、文字通り、痩せる公卿と痩せる牛のことですか。

④唯でさへ猫背なのを、一層寒空の下に背ぐくまつて、もの欲しさうに、左右を眺め眺め、きざみ足に歩く
辞書で「ものほしい」を調べると、「何か欲しい」という意味らしいですが、五位は何を欲しいですか。(「芋粥に飽かむ」ことが五位の唯一の欲望だということはわかりますが、どうして芥川龍之介さんがここで「もの欲しさうに」と書いたのかはわかりません。)

⑤東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨のやうな肩を、丸々と出してゐるのは、大方、比叡の山であらう。
「山の肩が霜で凍る織物のように、小さな丸い凹凸があって、その高くなっている部分が比叡の山かもしれない」ということですか。

⑥山の陰に消残つて、雪の色も仄に青く煙つてゐる。
「溶けていない雪が山のshadowに残って、青い煙が出っている」ということですか。

⑦狐が、走れなくなるまで、追ひつめた所で、それを馬の下に敷いて、手取りにしたものであらう。
「狐が疲れて止まるまで追い詰めた所で、馬の脚で狐を踏んで、それをつかめる」ということですか。

⑧急に、すべてが陽気になつた。
楽しくなった、ということですか。

⑨前にあるのは、銀の提の一斗ばかりはいるのに、なみなみと海の如くたたへた、恐るべき芋粥である。
ここの「のに」は逆接ですか。あくまで自分の推測ですが、一斗だけ(とはいえ、一斗=18.039リットルの量も恐ろしいと思いますが)の芋粥が海のように見えるのは、五位がもう芋粥を飲みたくないから、と思いますが、間違えば教えて下さい。

よろしくお願いします。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html
芥川龍之介の「芋粥」を勉強している外国人です。
わからないところがあるので、質問します。

①年かさの同僚が、彼れの振はない風采を材料にして、古い洒落を聞かせようとする如く
ここの「古い」は、oldという意味ですか。新鮮ではない、という意味ですか。

②彼等にいぢめられるのは、一人、この赤鼻の五位だけではない、彼等の知らない誰かが――多数の誰かが、彼の顔と声とを借りて、彼等の無情を責めてゐる。
「彼等の知らない誰かが――多数...続きを読む

Aベストアンサー

1、ここでの「古い」は「言い古された」の意味かと。
2、その場にいない、姿のない第3者。⇒この話での一番の肝です。
3、文字通り「やせた公家」=「貧相でみすぼらしい」者が乗る車を「やせた牛」=「公家の車を引くのは、本来ならば、堂々とした体格の牛なので、更にみすぼらしい」と言うことです。
4、「もの欲しさうに」は「左右を眺め眺め」にかかっているので、「物欲しそうな目つきで左右を眺めながら」という意味です。
5、「東山」と「比叡山」の位置関係で、京の町中から手前に見えるのが「東山」の「暗い緑」で、その向こうに「霜に焦げた天鵞絨のやうな肩を、丸々と出してゐる」=「きらきらと艶やかな濃い緑の峰をこんもり丸く見せている」のが「比叡山」であるのです。
6、「溶けていない雪が山のshadowに残って、ほのかに青く煙っている」
7、「狐が(疲れて)走れなくなるまで追い詰めた所で、馬の脚で狐を踏んで、狐を手で取り押さえたのだろう」
8、「楽しくなった」でもいいとは思います。「明るくなった」も可能かと。
9、「銀(しろがね)の提(ひさげ)」に「一斗」ぐらい入る「器に」なみなみと海のようにたたえた、恐るべき芋粥。であって「の」は、「器」が省略されているだけかと… ただし、「五位がもう芋粥を飲みたくないから」そう見えた可能性はあります。

元々の原点である「今昔物語集」では「利仁」の「豪勢な生活や力」に恐れおののく五位を描いているのですが、芥川はこれを「五位」の「立場から描写」に変え、五位が「芋粥に飽きたいと云ふ慾望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な」自分を自覚することで「相反する思いを、人は抱くものだ」と描いているのだと思います。

http://novelu.com/imogayu/#3a

1、ここでの「古い」は「言い古された」の意味かと。
2、その場にいない、姿のない第3者。⇒この話での一番の肝です。
3、文字通り「やせた公家」=「貧相でみすぼらしい」者が乗る車を「やせた牛」=「公家の車を引くのは、本来ならば、堂々とした体格の牛なので、更にみすぼらしい」と言うことです。
4、「もの欲しさうに」は「左右を眺め眺め」にかかっているので、「物欲しそうな目つきで左右を眺めながら」という意味です。
5、「東山」と「比叡山」の位置関係で、京の町中から手前に見えるのが「東山」...続きを読む


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