「お昼の放送」の思い出

長文ですみません。

父はサラリーマン、母は専業主婦の中流家庭で私は育ちました。下宿で私大に通わせて貰え、両親にはずっと感謝していました。兄姉の2人と両親と祖母と私の6人家族でした。親戚とも仲が良く、近所だったので自宅を行き来していました。昔から月に1、二度は家族で外食に出かけ、よく祖母が年金で奢ってくれていました。なんの迷いもなく美味しい物を食べて家族皆ハッピーでした。いとこにも〇〇に食事に行って凄く美味しかったと話していました。いとこ宅は殆ど外食をした事が無く、いいな〜〇〇宅は豪勢な食事して、とよく言っていました。
去年、祖母は96歳で亡くなり、直後に叔父(父の妹の旦那)も病気で亡くなりました。叔母は母と夫の葬儀で大変だったと思い、49日が終わってから叔母を訪ね、色々な話を聞きました。
叔父の母は非常識な方で、昔祖母に酷い事をしたらしく、その罪滅ぼしに叔父は毎月5万円を退職するまでの35年間祖母に渡し続けていた、との事でした。
その時思ったのが、祖母の年金ではなく、叔父からのお金で我が家は外食していたのか!という事。子どもながらにいとこには酷い事を話していた、という馬鹿さが込みあげてきました。
叔母はおそらく私には悪気はなく、叔父の思い出のように話していました。叔父の母は私が生まれるずっと前に亡くなっており、叔父が罪滅ぼしをしなきゃいけないほどの悪行にも私には思えませんでした。
この話は祖母と叔父と叔母だけのやり取りで、両親は知り得なかった事なのかもと頭の中で正当化していました。しかし、今私は大人になり家計を管理する立場になって、中流家庭で月二度も料亭で家族6人食事なんて出来ないし、祖母の年金頼みの金額ではなかった事も両親は知っていたはず、と思うようになり、一気に両親への尊敬がが不信感に変わるようになってしまいました。
私が社会人になって初任給で両親にご馳走した時に、両親は『娘が一人前になって嬉しい、今度はもっと良いところでご馳走してね』なんて冗談に笑いながらの楽しい食事でした。先日帰省した時に『昔は家族でもっと美味い店行ってたのになぁ…』と昔を浸るように父が言い、『そうね〜』と母が相づちをしているのを聞いて、昔の冗談を思い出し、急に悲しくなってきました。私自身、両親への感謝や尊敬の念が大きかっただけに、この一面で失望や落胆に変わってしまいました。
今後、親に思いを話すことも、叔母に事実だとしても聞きたくなかったとも、言うつもりはありません。
従姉妹とは自分で賄える範囲のお店で楽しく食事をしようと思いますが、従姉妹がこの事実を知っていたらと思うとやりきれないです。
いいとしになって知る親の真実で、すでに高齢になった親を見る目が変わった事ありますか?

A 回答 (4件)

毎月5万円で35年間、、ということは、2100万ですね。



祖母から見たら、娘婿は、2100万近くのものを祖母から騙し取っていた

ということですね。

その返済を真面目に返済しておられたので良かったのでは、、。

返済しなかったら、とんでもない叔父になっていました。

貴女に話さなかったのは、叔父の名誉を守るため、、だったのでしょう。

貴女が、親に不信感を抱く必要はないと思いますよ。
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ちょっと整理させてくださいね。


あなたからみて
父親と叔母は兄弟ですよね。 それで祖母を長男である父親が面倒をみていた。 あってますか?

だとすれば 自分(叔母)の母親(祖母)の面倒をみてくれている兄(父親)に
感謝の気持ちを表しお金を渡すことや
自分(叔母)の母親(祖母)に おこずかいとしてお金を渡すことは
不自然なことではありませんよね。

私の母親が 兄と兄嫁に世話になっていたら 私なら兄嫁にお金を渡しますけど。
事実 私は主人(次男)の親と同居していて 主人の兄(長男)姉(長女)は 
お年玉や誕生日プレゼントの名目で 私(次男の嫁)にお金をくれました。

逆の立場で あなたが親の介護をしていて 兄や姉が親におこずかいを渡していると考えれば
違和感はないでしょう?

今回の件は ”謝罪” ”毎月5万円で35年” ”高級な食事” ”従姉妹の発言” など
余計な尾ひれがついてしまったため あなたがいらぬ誤解をするはめになったのです。
私から見れば 祖母は自分のことだけに使わず 家族みんなで食事にいく
お金に汚くない 優しい人だったのに という印象です。

私はむしろ 叔母は 叔父からお金を引き出すため 叔父の母親を悪者にしたんじゃないかと邪推し
叔母に対し 嫌な気持ちになりました。
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貴女が大人になったということじゃないですか?



社会人としての目線で物事を見れるようになったからだと思います。

僕は子供もいます。
育児の大変さは理解できます。
しかし、それと同時にバブル期を通過してきた自分の両親世代には軽く苛立ちも覚えます。
時代が厳しくなったのを表面的にしか理解してないからです。
僕は鬱、パニック障害も経験しました。

話が長くなるのでやめときます。


見る目が変わるのは普通ですよ。
モヤモヤが取れないなら両親に聞いてみてもいいかも…、自立した大人になったんだから。
僕ならそこは聞きますが…。
モヤモヤ嫌いなんで。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。社会人の目を持てるようになった自分に自信を持ちたいと思います。
『バブルを経験してきた自分の親世代に軽く苛立ち』←凄くわかります。時代は変化していますが、彼ら時代の普通を話してくるあたりがうちの両親にはありますので(^^;)

お礼日時:2016/12/23 20:29

こういった事は恐らく、多くの方々が感じていらっしゃるのではないでしょうか?



恐らく多くの方達は、成人となり、自分が働き出すようになると、「両親の事を、一人の人間として、客観的にみる事が出来るようになる」のだろうと思います。もちろん私もそうでしたし、私の亡き父や亡き母が生前にその両親について語っていたことを考えても、そうなのだろうと思います。

ですので、もちろん、私も、質問者さんのお話とはまったく異なりますが、働くようになってから、両親については、「両親は本当はこうするべきだったのではないか?」とか、「この点については、両親は間違っていたな・・・」などと、考える事が良くありました。そういう事は、社会人になるまでには、考えた(感じた)事が無かった、です。

ただ、今は質問者さんは、現段階では、まだ、「両親がそんなことをしていたのは許しがたい」と、お思いなのだろうと思います。しかし、しかしですね・・・もう少し年をとって、いろいろと経験を積むと、そういう感じ方では無くなるのですよ!そういった事を、「許容できるように」なるのです。そして、許容した上で、また両親に対する感謝や尊敬を新たにすることが出来るのです。

つまり、まだお若い(のでしょうか?その辺りが良く分からないのですが)うちには、どうしても、「正しい正しくない」「善い、善くない」と、そういった事が非常に気になるものなのですが、いろいろな経験を重ねていくと、「正しい正しくない」「善い善くない」という気持ちというものは、もちろん必要なのですが、その気持ち以上に、その対象となる人々を認める事が出来るようになる、のです。それは、我々が、社会の中で、
「正しくあるためにはこうしなければならないが、そこで正しさを追求する事は、さまざまな弊害を生み出しかねない、さてどうしたら良いのか?」という局面をいろいろと経験するようになるから、だろうと思います。

ですので、今はそのようなお気持ちなのでしょうが、次第に、そうでは無くなり、もっと円熟した尊敬の念をご両親に抱く日が必ずくる、と、そう考えています。

大切なのは、「そのような、今の気持ちを、ご両親には決して話してはならない」という事です。そういう事を子に言われることが、ご両親を如何に傷つける事か。

質問者さんは幸いなことに、そのような事を言うつもりはないようなので、安心致しましたが・・・私はそうではありませんでした。

正直なところ、質問者さんのケースよりも、はるかに重要な(つまり、人生に大きく影響を与えるような事柄)に関して、両親が間違っていただろう事を、私はまだ若い時分に、両親に思いっきり詰問した事があります。その時の両親の悲しみようと言ったら・・・両親の死期を早めてしまったかも、知れません。そして、いま思うと、確かに両親は間違っていたのですが、それは、責められるべき事柄ではない、と、そう確信しております。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
親もいち人間であり、その時のいち対処の仕方だったのかもしれない、とtheplaceofnopityさんの回答を読みながら思いました。
許容が出来た時に、私自身少しは成長できると思います。

お礼日時:2016/12/23 20:54

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