マンガでよめる痔のこと・薬のこと

ショパンのプロフィールを読んでいたら、
「未発表作は全部捨ててくれという遺言は無視され、
友人たちによって未発表作も世に発表された」
というような記述がありました。
この部分について詳しいことが知りたいです。

これを悪く解釈すれば、ショパンの意志を無視して、
死んだあとに勝手に金儲けなどに利用した、ともとれますが、
友人たち、と書いてありますから、何か、ちゃんとした理由が
あって遺言を無視したのでしょうか。

変な表現になりますが、天国のショパンはこのことを感謝している
のでしょうか、恨んでいるのでしょうか。

A 回答 (6件)

嫌ですよねえ。

もし自分だったらと思うと。
あと一番気の毒なのは「幻想即興曲」かなぁ。
捨ててくれといっていたのですよね。
出来栄えがなっとくいかなかったのか
月光3楽章に似てるから(ベト)とか言われてますが

でも悪意ではないでしょう
すばらしい作品たちだから、世に出さなくてはと思ったのでは。

偉大なることを成し遂げると、何が嫌かというと
日記とか手紙とか…そんなのまでのちに公開されますからね
自分ならヤですねぇ。

でも後世それを受け取る立場としたら、よくぞ出してくれたと思いますが。

ショパンも、本当に世に出したくないならさっさと捨てるとか
病床からでも指示して目の前で破棄させればよかったんですよ。

あと、ある話によればショパンの死後
偽ものの遺作が出回ったそうなので
公式版をきちんと出すことにしたとかいう話があります。

死後は怒ることもできないのが死ですからね
死んだ後のことは生きてる人にしかどうしようもない。

ただもし天国なんてところがあって、もう長年そこで過ごしていたら
怒りもなにもないのでは
もっと広い心で世のピアノ愛好家に感動を与えているのなら
それもよしと思っているのでは。

自分で生前にさっさと処分しないぐらいには
作品への愛着はあったのでしょうし…。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。てっきり、友人たちが、
「待てよ?アイツは処分してくれと言っていたけど、
この未発表作を使えばすごい金儲けが出来るぞ…クックックッ」
と、悪い心で発表したのかな、と思っていたのでスッキリしました。

お礼日時:2017/05/10 10:15

>「未発表作は全部捨ててくれという遺言は無視され、


>友人たちによって未発表作も世に発表された」

これはどこに書いてありましたか?
内容があまりにも簡単すぎて、誤解を招く情報と思います。
ネット上の情報なら、あてにならないものが多いです。
聞きかじりの知識だけで書いているような印象がありますが。

こういうエピソードは、通俗的な好奇心を惹きやすく、
俗説となってひとり歩きする面が大きいです。
ショパンが、未完の原稿を破棄してほしいという遺志を、
ヴォイチェフ・グジマワという友人に書き送っていたことは知られており、
また、結果的に発表されたことも事実ですが、
その二つの事実だけで大きな誤解が広まっているようです。
海外のQ&Aサイト(たとえばドイツ)を見ていても、
遺作を出版した友人、ユリアン・フォンタナのことを、
「金儲けのためにショパンの遺志を無視したクズ」と中傷した書き込みが見られます。

ショパンは生前に作曲家として名声を得た人であり、
死後間もなくショパン協会のような組織もできています。
残された原稿は貴重な資料でもあります。
また、作曲家自身の気に入っていなかったからといって、
必ずしも出来の悪い作品とは限りらないというのも、ショパンに限らずしばしばあることです。
それから、作品の原稿やメモというのはどんどんたまっていくもので、
ショパン自身が、それまでの原稿の内容を全部覚えていたかどうかもわからないわけです。
このようなことを考えると、そう簡単に破棄というわけにはいかなかったでしょう。
それに、そもそも「破棄してほしい」という遺志は、
グジマワという友人個人にあてて書き送ったものであり、
時々見受けられる「死の床でそう言った」という情報は怪しく、
その遺志が当時どれだけの人たちに伝わり、認識されていたのかも不明です。

遺作を出版したい、という話は、まずショパンの弟子で、
秘書のような役目もしていたジェーン・スターリングという女性と、
ショパンの姉ルトヴィカの間で相談されました。
ジェーン・スターリングはショパンに献身的で、
ショパンのコンサートや旅費、その他もろもろのことで、
惜しみなくかなりの費用を負担していただけでなく、
ショパン関係の資料や遺品を集めて、記念館としてショパンの母親に寄贈しているので、
金儲けの企みがあったとはとうてい考えられないでしょう。
(性格は平凡で退屈だったようですが。)

ジェーン・スターリング
http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E3%82%B8%E3% …

ショパンの遺作を最初に出版したユリアン・フォンタナは、
特に親しかった友人の一人ですが、自身作曲家でもあり、
また、ショパンの生前からその作品の楽譜を出していた出版者でもありました。
ただ、現在ショパンの遺作として出版されている曲はかなりたくさんありますが、
そのすべてがフォンタナによって出版されたのではありません。
フォンタナは、ショパンの遺稿の中から、特に良いものを選んで校閲し、
それを出版するのに10年近くの歳月をかけています。
そしてそれを、「愛ゆえの仕事」と言って、報酬は受け取っていないので、
金儲けのため、という非難は当たりません。

ショパンが亡くなったのが1849年で、
最初の遺作集をフォンタナが出版したのが1855年です。
その前の1853年には、ショパンの母親と二人の姉妹の連名で、
遺作の発表をまかせるのに最もふさわしいとして、
その出版の許可を与える書簡がフォンタナ宛に出されています。
つまり、ショパンの遺族の希望でもあったということです。

ショパンの遺族からのフォンタナ宛の手紙(英訳)
http://www.julianfontana.com/biography/images/au …

フォンタナが1855年に出版したのは、
フォンタナによってつけられた作品番号で66~73までです。
1859年には、『17のポーランドの歌』という歌曲集を出しています。
歌曲の方は、若いころから折に触れてバラバラに書かれたもので、
2曲はショパンの生前に出版されていますので、
これは、未完の原稿というより、未出版のものをまとめたものといえます。
1855年の遺作集では、フォンタナはショパンの遺稿をそのまま印刷出版したのではなく、
補筆完成したうえで発表しています。
昨今の音楽界は「原典主義」の傾向が強く、他人による加筆を否定的に見る人が多いため、
フォンタナの加筆に対しても「改悪」という批判があるようですが、
これは、オリジナルを盲目的に信仰する偏った見方で、そのような非難は行き過ぎであると思います。
たとえばワルツ全集の楽譜を見ると、フォンタナの補筆版と、
ショパンの自筆原稿版の両方が載っていますが、
ショパンのオリジナルは、まだ粗削りのメモの状態で、
作品としては不十分なものです。
フォンタナは、ショパンの作品を生前から出版していたこともありますが、
自身作曲家でもあったことから、ショパンの作曲様式を知り尽くしていたようです。
遺作の出版に年月がかかっているのも、ショパンの様式を充分研究していたからと考えられ、
ショパン自身が仕上げたと思えるほどまでに、考え抜いて推敲しているように見えます。
作品そのものの質としては、ショパンが残した原稿より優れているところが多くあります。

この遺作集に収められている有名な『幻想即興曲』についても、いろいろな俗説が広まっています。
ショパンは、特にこの曲を名指しして廃棄してほしいとは言っていないようなのですが、そういう情報が結構あるようです。
生前に出版されなかった理由についても通俗的な解釈がいろいろあるようですが、
最新の研究では、単に作品の仕上がりに満足していなかっただけという理由のほかに、
実は、ショパンはこの作品を改訂してデスト男爵夫人という女性に贈っており、
楽譜が個人の所有になったために出版ができなくなった、という事情も指摘されています。
この、デスト夫人所有の改訂版『幻想即興曲』は、
フォンタナが遺作集を出版したときは把握されていなかったと思われます。
この版は、1960年になって、デスト夫人所有のアルバムがパリでオークションにかけられ、
ピアニストのルビンシュタインによって発見されました。
フォンタナの版と比較すると、こちらの方が完成版であることは明らかですが、
これが広く知られるようになったのは、比較的近年になってからです。
このような事情と、作品自体優れたものであることを考えると、
ショパンがこの作品を残すことを望まなかったという説はあまり信憑性がありません。

フォンタナ以外によってのちに出版されている「遺作」というのも結構ありますが、
これらは、ショパンの元に残っていた原稿ではないケースがほとんどだと思います。
出版社のコレクションに残っていたとか、若いころの作品が出てきたとか、
原稿はすでに失われ、別人の手による筆者譜として誰かのところに残っていたなどのケースです。

ショパンが感謝しているか恨んでいるかという話題にはあまり興味がないのですが、
フォンタナによって出された遺作は、すぐれた作品としてレパートリーに残っていますし、
先ほど書いたように、ショパン本人の手で完成されたものかと思うほど献身的に仕上げられているので、
ショパンがそれを見れば、その誠意は十分理解できるはずです。

ユリアン・フォンタナ
http://www.julianfontana.com/biography/biography …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
少し感情論に流れ、私の質問から脱線している部分も
見受けられますが、非常に参考になりました。

お礼日時:2017/05/11 21:45

No.2です。

「お礼」に書かれた

>質問文にある、「友人たちは善意だったのか悪意だったのか」
>の部分を分かる方が居れば回答をお待ちしております。

について。

当然、友人本人ではないので「本心」は分かりませんが、「悪意」であったはずはないと思います。生前の「友人」であった人が、勝手にショパンの遺志を踏みにじることはしないでしょう。当然、遺志を尊重すべきか、芸術的良心に従って人類の宝というべき「遺作」を保存すべきか、迷った上での決断だと思います。


蛇足ながら、似たような話に、マーラーの遺作「交響曲第10番」の補筆完成の物語があります。下記にあるように(昔は、もっと詳しく書かれていたような気がする・・)、マーラー生誕100周年の1960年に、イギリスのデリック・クックが完成版を作成しましたが(クック自身は、「完成版」とは呼ばずに、控えめに演奏可能な「実用版」と称した)、マーラー未亡人アルマは自分の許可を得ていないことから激怒して演奏と補筆を一切禁止します。しかし、アルマ自身、実際に音になった遺作(の録音)を耳にして感動し、補筆完成と演奏を許可し、積極的に協力しました。
このようにして、未完のマーラー「交響曲第10番」を、我々は実際の音として聞くことができるのです。音楽は、実際に音にして聞かれることで、初めてその意義を発揮するものですから。
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%9E%E3%83%BC%E …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。てっきり、友人たちが、
「待てよ?アイツは処分してくれと言っていたけど、
この未発表作を使えばすごい金儲けが出来るぞ…クックックッ」
と、悪い心で発表したのかな、と思っていたのでスッキリしました。

お礼日時:2017/05/10 10:14

No.2です。

ひとこと補足。

人間には、「個人」(プライベート)としての側面と、「公人」としての側面を持ちます。(通常の凡人の「公人」としての側面は、ほとんどないに等しいですが)
偉大な人ほど、「公人」としての側面が大きく、それをどのように扱うのかは難しいところです。

政治家や企業のトップなどは、そういうものです。「プライバシーに関わるので公表しない」と言える範囲がどこまでか、難しいところです。「公人」としての顔を使って私腹を肥やすこともあり得ます。(何とか小学校の名誉校長みたいな)
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当然、天国のショパンは怒るでしょうね。



でも、それによって、人類は貴重な文化遺産を手に入れ、後世の人間も末永くそれを味わうことができるようになりました。

天国のショパン本人は怒っていますが、無数の人類が喜んでいます。
軽々と、善悪や是非は議論できませんね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ただできれば、質問文にある、「友人たちは善意だったのか悪意だったのか」
の部分を分かる方が居れば回答をお待ちしております。

お礼日時:2017/05/10 00:36
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ただできれば、質問文にある、「友人たちは善意だったのか悪意だったのか」
の部分を分かる方が居れば回答をお待ちしております。

お礼日時:2017/05/10 00:36

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Aベストアンサー

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバレエでは黒人にはつらい環境ですね
かなり役がらが限られる。少なくともクラシックの主役は難しい。
比較的出身地が多様なABTでも
数年前にに初の黒人主席バレリーナというニュースが出たぐらいですから。
(男性なら他にもいたりしますが)
どうしてもクラシックではなく、現代ものなどの役が多いです。
ロマンティックな中世のヨーロッパ的古城に黒人のお姫様とか
白鳥というわけにはいかないのでしょう。
あと、体型もですね。筋肉や骨格がバレエの目指しているソレではないので。
もちろんコンテンポラリーという現在のバレエや、それをメインにした団体には
数は増えますが。伝統的な演目にはまず見ないです。
見た目をそろえるために身長制限で落とされることもある世界ですから。

でも、日本だってそれはあるでしょう

では白人が銀座に寿司屋を構えたらいろ物じゃなくて、どこまで実力を認めるのかなと。
「所詮日本の繊細な味の機微や、情緒は理解しないだろう」と思っている人も多いと思います
あるレベルまでは、日本の文化や料理に惚れこんでくれた外国人大好きという感じでしょうけど
自分たちの領域に踏みこんだり、仕事を取って替わるとなったときに
抵抗がない人も結構いるでしょうね。

一番日本の嫌だなと思うのは、相撲力士は外国からバンバン連れて来るわけですが
やはり外国人ばかりが活躍するより、日本人に活躍させたいという雰囲気がある。
人に寄っては差別ではない、同朋や同郷を応援するのは当然というだろう。
それは確かに致し方ないかもしれない

でもそれなのに一方で、イチローや本田は向こうで人気者になってほしい
自国選手と同様に扱われたい、とどこかで思っているだろうという報道や取りあげ方。
活躍した、声援を受けた、そんな話をニュースでちょいちょいやってますが
実際はいろいろと厳しいと思いますし
自国で相撲ファンがやっていることを考えてみろと思います。
なぜそれで能天気に外国にいった日本人が優しく受け入れられていると思うのか。
愛ちゃんが人気になると大喜びするけど
日本に来る外国人にはちょっと厳しいナーと思います。


ほかの競技でもそうでしょう。外国人を連れてきた選手と、日本人選手
差がわずかなら、自国選手を選ぶのでは。

もちろん劇場で使う、というのはその音楽家に経験を積ませ育てることにもなりますから
活動拠点を自国に置く可能性が高い歌手の育成という意味でも
差が圧倒的でなければ、自国の歌手が有利かもしれませんね。
外国人は終わったらどっか行っちゃうかもしれないし

日本でオペラやるときに日本人歌手よりちょっとうまいぐらいの韓国人が受けにきたら
自国の歌手を選ぶのでは。
見た目では大差ないですけど…。

あと地元だと集客力やスポンサーなども考えると
興業という意味では「強い」わけですから。
たとえクラシックだろうが興業はある意味ばくちです。
少しでも収益が確実に見込めるほうが強いんですよ

夢がなくなるというか、そんなことわかったうえで進んでいるでしょう。

あと楽器でもなんでもそうですが
点数のつくようなコンクール的な「お上手」な演奏は得意でも
個性とか、表現とかで殻を突き抜けられない、というのも日本の特徴かなとは思います。

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバ...続きを読む

Q曲名教えてください。。。

多分ピアノだけの曲なんですが。。。

たららら~ん↑たらららら~ん↑たらららたらららたらららら~ん↑

(途中)
たったたったたらららら~↑たったたったたらららら~↓
たららら~ん↑たらららら~ん↑たらららたらららたらららら~ん↑
たったたったたったたったたったたーーんらーーららーん

Aベストアンサー

No.1です。モーツァルトの「トルコ行進曲」・・・。

これですね?
https://www.youtube.com/watch?v=bO3Cmpd2ZDM

冒頭の部分が最初に書かれた
「たららら~ん↑たらららら~ん↑たらららたらららたらららら~ん↑」
だということは分かりました。

でも「(途中)」と書かれた部分がどうしてもわかりません。上の動画の 0:18 あたりからの部分ですか?

>どう表記するのがベストでしたでしょうか。

テンポが速い/遅いとか、楽しい/悲しいとか、曲の長さとか、何かのコマーシャルやドラマで使われているとか、雰囲気・イメージとか、何でもヒントになりそうなものを書いていただければ、少しは候補を挙げやすいと思います。

Qクラッシックの新曲は

出てないのでしょうか?
出てないとしたら何故なんでしょうか?
出てるとしたら何故あまり売れないのでしょうか?
何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

Aベストアンサー

クラシック・・・ようするに電気を通さないで音が鳴る複数の楽器で構成される曲ということでいいですか?
それとも交響曲のように4部構成で。。。なんて注釈がつきますか?
私は映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは現代クラシックの巨匠だと思いますが。
もちろんもう齢80を超えてるのですが。同じように坂本龍一や久石譲、「映像の世紀」でお馴染みの加古隆などもクラシック音楽としていいと思います。


>何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

 たとえば「四季」のビバルディの生年没年はは1678年3月4日 - 1741年7 月28日です。
バッハもほぼその時期で1685年3月31日- 1750年7月28日
モーツアルト1756年1月27日 - 1791年12月5日
ベートーベン1770年12月16日 - 1827年3月26日
ビバルディが生まれてベートーベンが死ぬまでにおよそ150年です。
ベートーベンが死んでからおよそ200年経ちますが、ベートーベン死後もたくさん名作曲家はいますよね?
バレエ組曲「火の鳥」のストラビンスキーは20世紀の作曲家ですし、「ラプソディ・イン・ブルー 」でお馴染みのガーシュウィンも20世紀の人です。

 現時点でビバルディもベートーベンもガーシュウィンも250年間の音楽を「クラシック」という範疇で我々は同じような感覚で聞いていると思います。
ひょっとしたらビートルズのイエスタデイなどもクラシックに入れてもいいかもしれません。

 クラシックという音楽ジャンルをどのように捉えるかと思いますが、音楽でも絵画でも映画でもドラマでも、そのジャンルの先駆者たちはやはりすごく、その後に続く人たち。。。いわゆるフォロワーはどうしても先駆者たちを超えるのは難しいようです。

クラシック・・・ようするに電気を通さないで音が鳴る複数の楽器で構成される曲ということでいいですか?
それとも交響曲のように4部構成で。。。なんて注釈がつきますか?
私は映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは現代クラシックの巨匠だと思いますが。
もちろんもう齢80を超えてるのですが。同じように坂本龍一や久石譲、「映像の世紀」でお馴染みの加古隆などもクラシック音楽としていいと思います。


>何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

 たとえば「四季」のビバルディの生年...続きを読む

Qクラシック作曲家の作品の引用について

クラシック作曲家は他の作曲家、たとえばブルックナーが3番の交響曲でワーグナーを引用したり、またジョン・アダムズが『Absolute Jest』という作品でベートーヴェンの交響曲第7番を引用しています。
ショスタコーヴィチは15番の交響曲で、ロッシーニやワーグナーを引用する一方、自作品を引用したりもしているわけですが、

他作曲家を引用する場合と、自作品を引用する場合の違いについて教えて下さい。

Aベストアンサー

No.2です。「引用」と「パクリ(盗作・盗用)」は別物でしょう。
引用は、あくまで他の作品を意図的に使うわけで、いちいち許可を得ることはしないのが普通だと思います。

 ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」(1969)の第3部は、マーラーはじめドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスなどを引用した「コラージュ」という手法で作られています。いくつ分かるかな・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=9YU-V2C4ryU

 ショスタコーヴィチは引用の天才で、交響曲第15番に限らず他人の作品、自分の作品を自由に引用して使っていますね。
・ピアノ協奏曲第1番の冒頭は、ベートーヴェンのピアノソナタ「熱情」の引用。「リスペクト」ととるべきか「パロディ」と考えるか。
・有名な交響曲第5番の第1楽章第2主題は、提示部では短調なので気づきませんが、再現部で長調になるとビゼー「カルメン」のハバネラの合唱にカルメンが乗せて歌うオブリガートの引用であることが分かります。
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・交響曲第11番「1905年」に、たくさんの革命歌を引用。体制へのすり寄りか、革命の原点へのオマージュか。(ショスタコーヴィチ自身は父親も含めて革命に共感していた)
・弦楽四重奏曲第14番は、弦楽四重奏曲を初演してきたベートーヴェン弦楽四重奏団の創設以来のチェロ奏者「セルゲイ・シリンスキー」に献呈され、自作のオペラ「マクベス夫人」からのカテリーナが愛人セリョージャを歌うアリアがチェロに引用されます。「セルゲイ」の愛称が「セリョージャ」なので。
・最後の作品となったヴィオラソナタには、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」が引用されます。

 バルトークは、亡命先のアメリカで死の病の中で作った「管弦楽のための協奏曲」で、第3楽章「悲歌」に自作のオペラ「青髭公の城」から「涙の湖」の主題を引用するとともに、第4楽章「中断された間奏曲」に、直前にアメリカ初演されたショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」第1楽章の主題(侵攻の主題、これもレハール「メリー・ウィドウ」の引用)を嘲笑するように引用しています。体制を鼓舞するショスタコーヴィチを揶揄していると言われていますが、むしろこの曲のアメリカ初演権を争ったトスカニーニ、ストコフスキー、クーセヴィツキーやセンセーショナルに取り扱ったアメリカ音楽界を揶揄したのでしょう。

 思いつくだけで、いろいろな引用がありますな。

No.2です。「引用」と「パクリ(盗作・盗用)」は別物でしょう。
引用は、あくまで他の作品を意図的に使うわけで、いちいち許可を得ることはしないのが普通だと思います。

 ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」(1969)の第3部は、マーラーはじめドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスなどを引用した「コラージュ」という手法で作られています。いくつ分かるかな・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=9YU-V2C4ryU

 ショスタコーヴィチは引用の天才で、交響曲第15番に限らず他人の作品、自分の作品を...続きを読む

Qピアノの先生・・・単純な疑問

大人でクラシックピアノを習っています。 5歳から12歳まで(日本で)と、大人になって6年間。
現在、海外に住んでおり、数年後の帰国を考え 先生探しを始めました。 日本ではピアノ人口が減っている、と聞きましたので。
まず、昨年、日本に一時帰国した際、銀座のYAMAHA 本店に行きました。もちろん、「大人のピアノコース」があります。 相談したところ、「あなたのレベルを教えられる先生は現在、一人だけです。」と言われました。 えっ? と思いました。なぜ?

次に自分の家がある街の先生をサイトで探しました。 思いのほか、たくさんいらっしゃいます。 桐朋や藝大院卒 といった素晴らしい学歴の先生も。 この先生方は「すべての年齢・レベル。音楽高校・音大準備も教えます。」と書いています。
そのほかの先生は 「幼児~子供 の 初級~中級」と言う方がほとんどです。
どうしてでしょうか? 音大をでて 先生をしているのであれば ほとんどのレベルの人を教えられるのではありませんか? 「子供に限る」というのは、変なクセがついていないほうが教えやすい、というのは理解できますが。なぜ、初級のみ?
謙遜??自信がない??

ちなみに、わたしは Mozart , Beethoven の Piano Sonata を数曲。 Chopin のノクターンやワルツを数曲 弾く、普通のレヴェルです。
ただ、現在、総合大学の音楽科で教授について習っていますが。 決して、飛びぬけて上手なわけではありません。練習量と努力だけで必死でついていっているおばさんです。

日本のピアノの先生、どうして?

P.S....わたしの住んでいる国には「普通の人よりちょっとピアノがひける。教会で聖歌隊の伴奏をしている。」というだけでピアノの先生の看板を上げている人がゴマンといます。わたしも最初は知らずにそういう町の先生についていました。(約半年)すぐに「本物のピアノの先生じゃない。」とわかりました。先生もほどなくして「私ではなくて、大学にいったほうがいい。」と言いました。
そして、現在があります。

大人でクラシックピアノを習っています。 5歳から12歳まで(日本で)と、大人になって6年間。
現在、海外に住んでおり、数年後の帰国を考え 先生探しを始めました。 日本ではピアノ人口が減っている、と聞きましたので。
まず、昨年、日本に一時帰国した際、銀座のYAMAHA 本店に行きました。もちろん、「大人のピアノコース」があります。 相談したところ、「あなたのレベルを教えられる先生は現在、一人だけです。」と言われました。 えっ? と思いました。なぜ?

次に自分の家がある街の先生...続きを読む

Aベストアンサー

私は学習塾の算数、数学、理科の講師です。
中学受験(御三家など)、大学受験を中心に見ます。
が、実は学習塾は教員免許は必要ありません。
私は高校数学の教員免許を持っていますが。

しかし、いつも思います。
自分の教える教科においては、教える側よりも圧倒的な知識を持っておくべきであると。
これは塾の先生や予備校の先生なら必ず感じるはずです。

普通の小学生を教えるなら、高校数学レベルは完璧。
御三家など目指す小学生やそれらの学校に通う中学生を教えるなら大学数学レベルは完璧。
などなど。

ですから、例えば大人の方で、高校レベルの数学をやり直したいと依頼があれば、かなりの知識を維持している人間でなければ対応出来ないと思います。
大人は自由に勉強の幅を自分で広げられます。
また、高校数学と言えど、入試レベルになれば大学内容が多々入ってきますから。
「大人のピアノ」となると、引くだけでは無く、歴史や背景、どんなピアニストがどんな曲調であるかとか、はたまたオーケストラや他の楽器など、自由に生徒さんが学習します。
それらの知識が生徒さんよりも圧倒的であれば教えると言う立場に立つのだと思いますよ。

私は学習塾の算数、数学、理科の講師です。
中学受験(御三家など)、大学受験を中心に見ます。
が、実は学習塾は教員免許は必要ありません。
私は高校数学の教員免許を持っていますが。

しかし、いつも思います。
自分の教える教科においては、教える側よりも圧倒的な知識を持っておくべきであると。
これは塾の先生や予備校の先生なら必ず感じるはずです。

普通の小学生を教えるなら、高校数学レベルは完璧。
御三家など目指す小学生やそれらの学校に通う中学生を教えるなら大学数学レベルは完璧。
などなど。

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Q中学3年の者です。最近チェロの音色に一目惚れしてしまって、チェロを弾きたいなと思うようになりました。

中学3年の者です。最近チェロの音色に一目惚れしてしまって、チェロを弾きたいなと思うようになりました。遅いですかね?


ちょうど行きたい高校に弦楽部があるので、せっかくならそこに入って頑張りたいと思っているんですが、、、

周りでヴァイオリンをやっている人いわく「弦楽器は3歳くらいからやってる人じゃないと厳しい」みたいなことを言われてしまって、もう遅すぎるのかな と思っています( ; ; )それにお金もかかるし…

でもやっぱりチェロを弾いてみたいし、みんなで合奏とかしてみたいんです。

そこで質問なんですが、
1 今からチェロをしても間に合いますか?
2 弾けるようになるまでどれくらいかかりますか?

私的には中学の間は音楽教室に習いにいって、高校から弦楽部に入ろうと考えているのですが(その高校が受かると信じて)無謀ですかね?

楽器経験者の意見が聞きたいです。

Aベストアンサー

私は、今高校1年で、弦楽部に入ったものですが、先輩も今入った一年生もみんな初心者です!しかも先輩は元バスケ部の方なのですが、余裕に弾いてます笑笑なので高校からやっても部活としては全然大丈夫だと思います!弦楽楽しいですよ!!!

Q《ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配》なる記事がありました。実際はどうなんでしょう?

▲ (ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配) ~~~~~~
読売新聞 5/9(火) 7:42配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170509-00050002-yom-sci

【ワシントン=三井誠】 数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディ
バリウス」と、現代のバイオリンの演奏を聴衆に聞かせると、聴衆は現代のバ
イオリンの方を好むとする実験結果を、仏パリ大などの研究チームがまとめた。

論文が近く、米科学アカデミー紀要に掲載される。
 
このチームは5年前、ストラディバリウスと現代の楽器を弾いた演奏家でも、
音の評価に大きな差がなかったとする研究を同紀要で発表している。チームは
今回の研究で「バイオリンの作製技術が上がったのか、あるいは一般に信じら
れているほどの音色の違いがなかったのかもしれない」とコメントしている。

実験は、パリ郊外と米ニューヨークのコンサートホールで、音楽の批評家や作
曲家などを含む聴衆計137人の前で行った。ストラディバリウス3丁と現代
のバイオリン3丁を、演奏者にはどちらのバイオリンかわからないようにして
ソロで弾いてもらい、どちらの音色がよく響くかなどを、聴衆が評価した。
~~~~~~~~~~~~~
☆ この種の実験は ほかにもあったようです。

ストラディバリウスは 音色がちがっていて やわらかい感じを持って聞いた
経験があるのですが 実際には どうなんでしょう?

▲ (ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配) ~~~~~~
読売新聞 5/9(火) 7:42配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170509-00050002-yom-sci

【ワシントン=三井誠】 数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディ
バリウス」と、現代のバイオリンの演奏を聴衆に聞かせると、聴衆は現代のバ
イオリンの方を好むとする実験結果を、仏パリ大などの研究チームがまとめた。

論文が近く、米科学アカデミー紀要に掲載される。
 
このチームは5年前、ストラディバリウスと現代の...続きを読む

Aベストアンサー

所謂、ブラインド(カーテン)テストで、わりと昔から公開実験のようなかたちで楽器(ヴァイオリン)やオーディオ機器(スピーカー等)の聴き分けに用いられてきました。

工業製品であるオーディオ機器と違い、製作者やその中でも個体差による出来不出来も大きくかつ歴史的にも貴重なヴァイオリンはこのようなテストでは常に興味深く、万人の関心を集めてきた経緯があるようです。

さて、件のストラディヴァリウス(以下、ストラド)と現代の楽器との比較ですが・・・

ある有名な老舗弦楽器専門の楽器商(過去1万本以上の古今のヴァイオリンを扱ってきた)の言葉を借りれば「腕9割、楽器1割の世界」だそうです。
つまり、演奏者の腕=奏者固有の音色・個性を表現するにあたりそれを楽器から引き出すテクニックが重要なのであり、それを助けるのが残り1割ほどである楽器だというのです。
なるほど、名演奏家などは幼いころから日々切磋琢磨し厳しい練習に励み、プラス生まれ持った才能も手伝ってコンサートやCDで聴けるあの音を出せるのです。
これは天才は99%の努力と1%の閃きという有名な言葉どおり。そして、完璧で素晴らしい腕に相応しい表現力ができる楽器を必然的に求めるのですね。それが名器といわれる17~18世紀のストラドやガルネリ・デル・ジェス(デルジェス)を頂点にした著名楽器群と言われています。この両者はヴァイオリンという楽器の黄金時代を築き、その形・音いずれも歴史的に見て頂点を極めた名工の名器に違いありません。

では、それに対し現代(近代)の製作者が作る楽器はどうでしょう?
結論から言って、ストラドやデルジェスに十分対抗出来る楽器は存在すると思います。
具体的な製作者名はここでは省きますが、例えば、オイストラフ、メニューイン、アーヨ、アッカルドといった著名な名演奏家やわが国の某ヴァイオリニストなども近代、現代の楽器を愛用し、実際にコンサートや録音でも使用しています。
但し、彼らがストラドやデルジェスといったこれらの中でも屈指の名器を所有し、愛用していた(いる)のは勿論です。
やはり、素晴らしい楽器であることは事実であり、古今の大作曲家たちの素晴らしいヴァイオリン音楽を表現・演奏するのにこれ以上のものはないのでしょう。
これらの楽器の歴史的価値、それに伴う貴重さゆえに美術品・絵画並みにとてつもなく高額であり、しかし、国家や財団が芸術のために特に彼らに終生貸与した例も内外数あります。

古い楽器と新しい楽器、この両方を持ち合わせている演奏家は普通に沢山います。
前者と後者をそれぞれ、枯れて柔らかく優しい音、みずみずしく反応に優れ健康的な音、というふうに捉えて楽器を作曲家・曲目により使い分けているのも表現上ごく自然のことです。尚、ストラドとデルジェスの両方を持っていた(いる)幸せな演奏家もいますし。

何より、名器を所有するというのが一流演奏家の証、そして夢であり=「いつかはストラディヴァリウスを・・・」、ブランド力というか、所有することにより本人の絶大な精神的支えになり、下世話な話ですが集客の大切な要素にもなります。
プログラムやCDジャケットに「17○○製ストラディヴァリウス使用」と書けば演奏家と同時に楽器にも自然とに関心がいきますよね。
特に欧米では名器所有はわが国以上に昔から多大なステータス性を持っています。(わが国以上に完全に階級社会ですので)
ですから、プロフィールなどにもまず名器といわれる古い楽器を一番に挙げ、サブとして近代・現代の著名製作者の楽器も所有というのが一般的です。

本来の質問の趣旨に戻ります。
実はこのようなブラインドテストでは実は微妙な問題が含まれています。

具体的に、
・ストラディヴァリは生涯数百本のヴァイオリンを製作。現在、世界中に存在する彼の楽器の中でも名器といわれているのはその中でもごく僅か。それらは代々、名演奏家から名演奏家へ、名家から名家へ、コレクターからコレクターへと渡っていき、まずこのような一般的な場所に出ることはない。

・だからこのような所に出るのはストラドの中でもまあ普通~それほどでもない出来の楽器か・・・また彼には二人の息子がいてそれぞれいい楽器を残してはいるが父を超えることはなかった。彼ら、または弟子の手による楽器に父親のラベルを貼ったものや後世になって全く他人が作った古い楽器にラベルを貼った贋作など、疑えばきりはない。

・楽器そのものはよしとして、演奏者が名手・一流でなければテスターや聴衆の聴き慣れてる所謂「ストラドの音」に聴こえない可能性も。せっかくの名器も可哀想。また、演奏者と楽器の相性もかなり重要で新しい楽器は鳴らせても古い楽器からは持ち味は引き出すことが出来なかった。テスト当日、演奏者はこの現代の楽器が手に馴染みいい音が引き出せた。

・このテストでのそれぞれの楽器の出来と純粋な音の評価はそもそも現代のものの方に最初から軍配が上がっていた。
仮に優れた個体のストラドと演奏者の場合、当然そちらに勝ちがあったかと。

等々・・・

というわけで結論は出ませんが、こういった考え方もあります。
作られてから300年も経っている楽器です。いくら名工が名器を作ろうとも経年とその間に修復を繰り返す内に、この先やがては朽ちてくるのは目に見えています。
そうなればそれに続く第2第3のストラド、デルジェスと云われるその次の年代の楽器たちがそれに取って代わるでしょう。また、現代の名工が作った楽器もいいものは残りやがては価値が出てくるのでしょうし・・・

ただし、はっきりと言えることは、
名器というものは誰が弾いてもある程度、素晴らしくいい音が出るものなのですね。(注:誰=一応、一定の演奏レベルを持った人)
これは古い・新しいを問わずです。
しかしながら、「ストラディヴァリウス」というブランド=付加価値が付くと誰しもその神秘的な魔力にかかり、他を排斥しがちな風潮にこのようなテストは科学的・客観的な観点から極めて意義のあるものではあると思われます。

所謂、ブラインド(カーテン)テストで、わりと昔から公開実験のようなかたちで楽器(ヴァイオリン)やオーディオ機器(スピーカー等)の聴き分けに用いられてきました。

工業製品であるオーディオ機器と違い、製作者やその中でも個体差による出来不出来も大きくかつ歴史的にも貴重なヴァイオリンはこのようなテストでは常に興味深く、万人の関心を集めてきた経緯があるようです。

さて、件のストラディヴァリウス(以下、ストラド)と現代の楽器との比較ですが・・・

ある有名な老舗弦楽器専門の楽器商(過去...続きを読む


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