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はじめまして。

ずっと気になっていたので、他の人がどう思っているかを知りたくて質問しました。

ーーお金を稼ぐ意味って何ですか?

もちろん私もお金はある程度はほしいです。美味しいものが食べられますし、旅行とかにも行けますし。

でも、例えばその「美味しいもの」だって、食べものにせよお酒にせよ女性にせよ限界がある気がするんです。

この前、お付き合いで1日4食になってしまった日があったのですが、次の日まで胃がむかむかして気持ち悪かったです。

結局人間は1日3食、しかも朝ごはんと昼ごはんはなるべくあっさりしたものでないと、夜ごはんが美味しくありません。当然のことながらお酒も美味しくありません。お酒も腹のときが一番美味しいと思うので。

またそんなダラダラした食生活を続けて、メタボになって糖尿病になってEDになってしまった私を愛してくれる女性がいる気がしません。

お金で何人もの女性をかこったとして、やっぱりそれは愛のない、例えは悪いかもしれませんが風俗ののようなものだと思います。

あるいは趣味だって、どこかで制限をもうけてるから面白いのであって、お金をつぎこんでしまっては、かえってつまらなくなることも多いのではないでしょうか。

私はここしばらく釣りにはまっています。ボウズのときもありますが、いくら釣れないからと言って漁船を買ったり、魚群を網ですくってしまったら、それはもう漁師だと思うのです。

まわりくどい話をすみません。

お金とそれによって得られる快楽がある程度比例することはわかるんです。でもその人間が、その右肩上がりの比例線ついていけない気がするんです。

そしてよほどの運や才能に恵まれない限り、そのお金を稼ぐことに、人生のもっともジューシーな時間を費やしてしまう気がするのです。

朝の満員電車に乗っていると、新入社員なのでしょうか、まだ二十歳そこらの青年がオジサンたちと一緒に吊り革につかまっています。

この青年が、ある程度まとまったお金を手にするころには、いまこの青年にある若さはすべて失われていて、楽しもうにももはや肉体的にも精神的にも楽しめないオジサンになってしまっている、そんな未来が見えるのです。

こう書いていると、なんだか私がおかしな人間のように思われるかもしれません。

でも三十歳を過ぎたころから、こんな疑問が頭の中をぐるぐるまわって、何だか一日中いたたまれないのです。

よろしければ、どんな内容でもかまいませんので、ものの見かたや考えかたについてのアドバイスをもらえたらと思います。

駄文を失礼しました。

A 回答 (30件中11~20件)

お金を稼がなければ、明日を生きていく事が出来ない。



愛があれば何かが救えるとか言うけど、確か救えるものはある。でも、人を救うには必ずお金がいる。
世の中はお金で出来ている。
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この回答へのお礼

夜中はお金で出来ていますが、私の人生はお金で出来ていないような気がするのです。
狂った世界にただ一人、狂っていない私がいるような、そんな変な気持ちなのです。

お礼日時:2017/10/12 17:32

体力も意欲もある若者の多くはお金がないから、色々な経験をしたくても出来ず、お金が貯まる頃には歳を取ってしまって十分に動けない。


これ、よく分かります。
例えば車が好きな人がいたとして、若い頃はお金がないから軽自動車でもやっと。
お金が貯まってスポーツカーを買える頃には、体のアチコチにガタが来ていて十分に楽しめない。
こういう問題を解決するために、出世払い的なシステムが出来ればいいですね。

ただ、お金があるから堕落するというのは違うと思います。
頭のいい人はお金があっても無駄に使いません。
健康のために敢えて粗食にしたり、車を使わず歩いたりします。
自制がきくかきかないかが重要で、お金があるからと暴食するような人はあってもなくてもダメです。
頭が悪い人は、お金が入るとアレも欲しいコレも欲しいで、結局がんじがらめになって身動きがとれなくなったりします。
一つの趣味にかかる費用と時間と手間を考えて、自分を追い込まない程度で済ませる人は幸せになれると思います。
よく「忙しい」「忙しい」って言ってる人がいますけど、そんな生活をして幸せなのかと思ってしまいますよ。

個人で稼げるお金って、そんなに莫大な金額ではないことがほとんどですよね。
自分の稼ぎが程々だとして、食事や趣味をセーブしながら、住まいやファッションなどの環境面、貯蓄や保険などの将来への備えに使うことで、生活全体が良くなります。
そうやってバランスよくお金を使いながら生活していれば幸せだし、漁船を買える程は残らないと思います(笑)。
一点豪華主義って、頭の悪い人がやりそうですよね、大人買いとかも。

お金を少ししか稼がなくても、その人が十分だと思っているなら幸せだと思います。
物価の安い地方で質素な暮らしをしていても、その人が幸福だと感じているならそれでいいのです。
日本は資本主義の国だから、企業が消費を促す広告などが世の中にあふれています。
国民の購買欲を必死に高めようとしています。
それを冷静に観察し、本当に必要なもの、本当に欲しいものにだけお金を使うようにしていけばいいと思います。
個々人で違うでしょうけど、自分がどれくらいの金額を必要としているのか理解し、その分だけ働けばいいというのが私の考えです。

>お金で何人もの女性をかこったとして

本当に好きな人と一緒に暮らしていれば、「何人も」なんて思いません。
自分を磨かず、お金の力で女性を集めるなんて、頭の悪いやり方としか思えませんね。
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この回答へのお礼

あえて「頭の悪い」生き方をすることが美徳にさえなっているような気がするのです。

「とにかく若いうちは働いて、定年後はそば打ちでもして、それが人生ってもんだよ!」

…世間ではこんな無責任な言葉ばかりがあふれかえっていて、ちっとも私の心に響いてきません。
「忙しい」「忙しい」って言っている人たちだって、多忙であることによって、目を背けたくなる何かから必死に逃れようとしているようにも思うのです。

お礼日時:2017/10/12 18:10

きっと働きたくないから働いてるんでしょうね、我々は。

金が無いと稼がなければならないので、金がある状態を維持しないと。

うわ、皮肉すぎる(笑)
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この回答へのお礼

もっと質素でよいので、心が豊かな生活ができたらと思うのですが。

お礼日時:2017/10/12 19:00

いやお金は生活に、ならないですよ。

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お礼ありがとう。

改めまして、飽きない分野がなかなか見つからない、のは当たり前です。それは個人個人で違うので、結局ひとつひとつとことんやってみないと分かりません。極論すれば、そのために人生があるのです。何も困ることはないじゃないですか。それぞれの扉を開けるのにお金はないよりもある方が助かるというだけの話です。もちろんその真髄を手に入れようとする段階ではお金は無力でしょうね。そこはあなたのそれまで築き上げてきた人間力で立ち向かうしかありません。どうか人生を楽しんで下さい。
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この回答へのお礼

親身になってくださり、本当にありがとうございます。
こうした悩みが若さゆえの、性急さや未熟さからくるものであることを、私自身切に願っています。
ひとつひとつとことんやってみて、もしそれらがすべて空っぽの箱だったとしても、せめて死ぬ間際にはそのむなしさから離れ、「これでよかったんだ」と思いたいです。
お互いよい人生を送りたいですね。

お礼日時:2017/10/12 08:53

現世において、お金は価値の象徴だからです。

そして確かに人間の欲望は「飽きる」分野が殆どですが、たまにいくらやっても飽きない分野も存在します。そしてそれは人によって、さらに言えば同じ人でもその年代や環境によって千差万別です。もっと根本的には、人それぞれ自分の寿命が分かっていないからです。例えばあと1年の命とはっきりしていれば、おっしゃる通り、そんなにお金は要りませんよね。1年間賄えるだけの原資があれば良い訳ですから。しかし今生きてるひとは漠然とあと何十年も生きなければならない、その間は、自分個人のことだけでなく、将来どれだけ増えるか分からない一族郎党も養わなければならない、と考えています。そう考えるとお金はいくらあっても足りませんよね。さらに言えば、生きてる以上自分が将来どんな欲望に捕らわれるかわかりません。その際、お金の関係でその追及を断念しなければならないとしたら、その無念はいかばかりか。。というわけでお金はいくらあっても足りませんので、傍からみたら一生使いきれなさそうな
資産も、これで満足ということはありません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
たしかに生きている以上、これからどんな欲を起こすかわかりませんよね。できることなら私は、「飽きない」分野の何かにとらわれながら、その感情のまま死んでゆきたいです。
でも、なかなか見つかりそうになくて困っています。ましてやそれが見つかったとして、それがお金によって買えるものである気がしないのです。こんはおかしな、しかしおそらくたしかであろう予感がずっと私の頭から離れません。

お礼日時:2017/10/12 07:00

ないと思いますよ。

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この回答へのお礼

みんなそうやって意味もわからず、ただお金を稼いでいる、ただ生活している、ということに安心感を求めて、いたずらに人生の時間を消費しているのではないでしょうか?何だか怖いのです。

お礼日時:2017/10/12 06:41

お金はご褒美ですからその人の許容量の範囲内で良いのですよ。


ああもうお腹いっぱい。もう要らない。
その辺りでとめておきますよね。
他の人と比較したりほら。そんな事が要らん欲求を招くのです。
拾ってもお金、落としてもお金。お金お金。
カネゴンか!
少しのお金で誰か知らない人を助けてあげて。
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この回答へのお礼

何だかすぐにお腹いっぱいになれて、安上がりですむので、余計にわからなくなっています。カネゴンかわいいですよね。

お礼日時:2017/10/12 06:37

金を稼ぐのは 幸福になるための条件の一つです


原始人でもおなじです  

仕事が嫌いで 苦痛の人 確かに多いですが
金があって 仕事なんかしなくてよい人
時間があるからとて 幸福とは言えません
3日 仕事しないと精神的に耐えられない人もいます

お金 仕事 時間 自由  
これらは 幸福の条件の小さな一つに過ぎません

幸せの条件があるんですよ
お金とか 自由な時間 なんて ずーと下の方です

第1に「充実」、
第2に「深き哲学をもつ」こと、
第3に「信念をもつ」こと、
第4に「朗らか」に生き生きと生きること、
第5に「勇気」、
第6に「包容力」です

これらは 仕事で得られる場合も多いです


ま 興味があったら 以下参考に

 日本の著名な作家の言葉に
「花のいのちは みじかくて 苦しきことのみ 多かりき」(林芙美子)
とあった。花は、ぱっと咲いて、ぱっと散る。長く残るのは苦しきことのみである──と。
人生も事実、そのとおりかもしれない。

 ある哲学者は、一生の終わりに計算してみて
、楽しいことのほうが多かったか、それとも苦しみのほうが多かったか、
その結果によって幸・不幸を決めるしかないかもしれない、と語っている。
 どんなに地位があり、財産があっても、幸福をつかめない人は多い。
どんなにすばらしい結婚をしても、いつかは愛する人と別れなければならない。
愛別離苦は避けられない。
 どんなに有名人になっても、病気で苦しみきって死んでいく人は、たくさんいる。
美しく生まれたために、かえって、人生を不幸にする人も少なくない。

 いったい、幸福は、どこにあるのか。どうすれば幸福になれるのか。
これが人生の根本問題であり、永遠に追求すべき課題である。

 結論的にいえば、「幸福は自分自身をどう確立するか」という問題である
立派な邸宅とか、名声といった外面的な幸せは「相対的幸福」である。
揺るぎない「絶対的幸福」ではない。

どんなに幸福そうな環境にあっても、自分自身がむなしさを感じ、
苦しみを感じていれば、不幸である。
 最高に立派な家の中で、けんかばかりしている人もいる。
皆がうらやむ有名な会社に勤めていても、いつも上司から叱られ、
仕事に疲れ、味けない思いをかみしめている人もいる。

 幸福は“見かけ”のなかにはない。“見栄”のなかにはない。
自分自身が実際に何を感じているか、その生命の実感の問題である。
それを前提に申し上げれば、
幸福の第1条件は、「充実」であろう。
「本当に張りがある」「やりがいがある」「充実がある」──毎日が、
そのように感じられる人は、幸福である。
多忙であっても充実感がある人のほうが、暇でむなしさを感じている人より、幸福である。

幸せそうに見えても、朝から憂うつな気分で1日をスタートする人もいる。
朝、奥さんに叱られ「何で、こんな結婚をしちゃったんだろう」と、
ふさぎこんで1日を出発する──これでは不幸である。充実はない。

だれよりも立派に仕事し、生活を勝利しきって、
あまった時間を「人のため」「社会のため」に使っているのは幸福である

“根性曲がり”の人間が多い現在にあって、苦労しながら、
ただ相手の幸福のために、足を運び、語り、心をくだき、面倒をみる
まさに菩薩であり、これほど偉大な「哲学ある人生」はない。
最高の哲学を実践している事になる
それだけの価値ある哲学をもったということ──
それ自体が幸福である。幸福の第2の条件は、「深き哲学をもつ」ことである。

第3に、「信念をもつ」ことである。何が悪か、何が善か、わからない時代になってきた。
これは世界的傾向である。このままでは、人類は混乱と退廃に向かう以外にない。

“日本国の支配者の地位をゆずろう”というような誘惑、
“父母の頸をはねるぞ”というような脅迫にも紛動されない
何があろうと、厳然と「信念」を貫く そういう「信念」のある人が、必ず幸福になる。

 第4に、「朗らか」に、生き生きと生きることである。
「いつも文句」「いつもグチ」──それでは自分も周囲も不幸である。
いつも前向きに、はつらつと生きている。
人にも「あの人と会うと元気が出る」「気持ちが明るくなる」
と言われる朗らかさがある。その人は幸福である。皆にも希望をあたえる。

いつ会っても、つまらなそうな顔をして、喜びも感激もない。それでは、人生は暗い。
反対に、奥さんに叱られても、「何か浪花節が聞こえるな」。
子どもの成績が悪くても「将来、だんだんよくなる前兆だ」
たとえば、そういうふうに、全部、よい方向に、よい方向に、とらえていく。
その強さ、賢さ、明るさが幸福を生む。
 
すべてを善意で受けとめるといっても、愚かな、お人よしになるという意味ではない。
現実をしっかり見つめつつ、よい方向に受けとめることによって、
実際にその方向にもっていくという「賢明さ」のことである。
そういう「人格」を築き上げれば、いかなる財産よりもすばらしい人生の宝になる。
 
第5の条件は、「勇気」である。
勇気のある人は、何でも乗りきっていける。
勇気のない臆病な人は、人生を楽しめない。それでは不幸である。
 
第6の条件は、「包容力」である。包容力のある人は、皆に安心感をあたえる。
 小さなことで人を責めたり、いちいち騒ぎ立てたり、
そういう心の狭い人は、皆を疲れさせるし、怖がらせる。

 特にリーダーは、怖がらせてはいけない。疲れさせてはならない。
あたたかく、皆が安心して親しめる包容力がなければならない。
大海のごとく広々とした心をもつ人は、自分も幸福である。周囲も幸福である。
 
さて  最後まで読んでくれたかな

次に使命とは何か 価値とは何か
死の意味 真の歓喜とは
自分は何処から来て 何処へ行くのか
「絶対的幸福」とは


超長くなるので カット
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この回答へのお礼

最後まで読み、何度も読み返しました。
本当に、この10年で何もかも変わりました。今まで、これだけは確かだと思われていたことが、どんどん瓦解してゆく。不倫、子殺し、親殺し…
何だか今は、何も信じられない気持ちでいるのです。
あなたの回答と、他の回答のいくつかを、これから先、何回か見直したいと思います。
まだ私はそんな境地に辿りつけず、苦しんでいます。

お礼日時:2017/10/11 19:31

>ものの見かたや考えかた



うーん、私はむしろ、あなたとは真逆なんですよ。
年齢を重ねるごとに、例えば体力は落ちてしまうし、欲も少なくはなってきました。
食べ物とかも、ある意味どうでもいいというか…簡素なものほど欲しがる傾向に変わってきていますね。

ただそれと反比例するように「ものの見方」は鋭くなっているのが自分でわかります。
表面的なものじゃなく、真理というか、深いものにたどり着くことが、若い時よりもはるかに深くまで、そして早くたどり着けます。
その理由は「肉体としての自分」というのを、客観視できるようになった、というのはあるでしょう。
自分がただの「肉塊」であり、生命というものは持ち合わせてはいるけど、それはあくまでも「期間限定の」単なる一時の「借り物」に過ぎないと。
命は誰かから与えられたものでしかなく、だからこそ、自分が生まれたことに関しての特別の意義もない。
意義があるのは自分にとってじゃなくて、だれか周りの人たちにとって。
そう考えつくと、自分が生きていることの「責任」というのが、ただの「思い違い」だということに気が付きます。

草一本、それと何ら変わることがない「生」であると。
生きるという営みには、大した意味など無いんです。
どのように生き、どのように死んでもいい。
迷惑をかけてもいいけど、良心として他人様に迷惑をかけたくないならばそれでいいと。
振りかぶるようにして手を上げるのではなくて、手は下げたままに歩けばいい。

生きることに対しての責任なんて無いんです。
生きていくのに「お金」は要るけれど、必要量以外は要らない。
無くなって、生きていけなくなってしまったとしたら、土に還ればいい。
それが「自由」というものだと思います。

呆気ないですよ?人の命なんて?。
生きていたいと願ってても、誰か…犯罪や、災害や、事故や、病気…頼みもしないのに命を取りに来ます。
寿命という絶対者が来る前にね。
戦争だってね。

そんなもんです。
振りかぶって生きるのは、その人の勝手だから、それで構わない。
だけど、上げた手が下げられないっていうのでは、困っちゃいますよね。
肩の力を抜くことです。
生というものに過大にこだわってはいけません。
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この回答へのお礼

私もそんな境地に辿りつきたいのに、まだ自分の若さ、未熟さがそれを邪魔しているのです。
「ものの見方」を鋭くしたい。すべてを相対化し、ただ深く時に落ちていたい…。
あなたはきっと、ずっと年上なのですね。私もいつかそんな「安らぎ」のような思想が得られるでしょうか。
それとも死ぬまでこんな愚問を続けるのでしょうか。

お礼日時:2017/10/11 19:15

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