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特に病んでるわけでもなく、ふとした瞬間に、わたしはもうすぐ死んでしまうかもしれない、と思ってしまいます。きっかけといえば、自分の心臓の鼓動を感じたり、寝る時に横になっている時くらいでしょうか。他にも何でか分かりませんが、ふとした時にそう思ってしまいます。そう思うと、遺書というか、家族や友人に向けての最後のメッセージを書かずにはいられなくなります。とはいっても携帯のメモに書き残す程度ですが、今まで10回は書いたり死ななかったので削除したりしています。
こういう考えは、誰もが経験することですか?家族に話すと、「そんなアホなww」と言われます。。

A 回答 (4件)

こんにちは。



誰にでもそんな瞬間はあると思うんですよね。
死というものは誰にでも起こることで、
小さい頃はわたしもよく死ぬんじゃないか等不安に思うことありました。

たとえば信じる信じないは別として
前世で今くらいの年齢で死んだことがあったとすると
そのような得たいの知れないような不安を感じたり
することもあります。

人間若くてもいつ死ぬかはわからないです。
寿命がくれば誰でも死にます。
でもそれまでは生きています。
遺書は別に書いてもかまわないと思いますよ。^^
あとできっといい思い出になるでしょう。

死に関しての苦悩のようなものは若い時にはよく体験することだと思います。
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事故や病気などではなしに、突然、


心臓が停止して死を迎えるという予感があるのでしょうか。
でも、これまで、そうした人生がつづいてきたのであれば、
これからも、つづくのではないでしょうか。
大切なのは、遺書よりも、たとえば、
人はいつ、どこで自分の生活を断ち切られても、
その断面は美しいものでありたい。  (三浦綾子 『ひつじが丘』)
のように、いつ死んでも
美しい生涯を遺して、
逝けることではないでしょうか。

質問者さまの家系に、
心臓麻痺や心筋梗塞で亡くなった人が
いましたか。質問者さまは、現実の暮らしが、
理想とする生活と乖離し過ぎていて、
死で覆ってしまいたいといったような
想いはないでしょうか。
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いやいや、皆いつ死ぬかわからんのですよ。


夜寝るときに明日朝目が覚める保証はどこにもないんです。

そしてその日は遅かれ早かれいずれはやってきます。
皆同じです。
そんな毎日を送っているんです。
ただ、日本は平和すぎて死というのが身近に無いだけです。

いつ死ぬかわからない…だからこそこの瞬間が大事なのだと思います。
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テレビのニュースやネットでの情報等、身近に限らず世界中で起こっている“殺人”“事故”“災害”等を知るとその瞬間は『あ~…それは大変だな…』と【他人事】のように感じるが、《一息ついて安心した時》にふと頭に浮かんでしまうのでは?



事件、事故の情報を聞いた時に『もしかしたら自分にも同じ事が…』と思いつつ、『いやいや、そんな事思っちゃいけない』とすぐ考えを変えたが、やはり胸の奥に『やっぱり私にも起こるかも…』と思ってしまった《忘れようとした記憶》みたいなモノがリラックスした時とかに出てきてしまっているのではないでしょうか。

他者から見れば[要らぬ心配]という事になるのでしょうが、質問者さんにとっては[用心]という言葉に置き換えれる【心的作用】だと思います。

悪い事ではないと思います。しかし、余り過剰に思い詰めず[気楽に用心]という感覚で覚えておいていいモノだと思います。
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