童話とは「子供の教育を目的とした教訓」だと教わりました。
これの正否はさておき
童話の原型は結構、残酷だったり淫靡だったりします。
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=62295
―童話のなかに潜む残虐さと暴力、死と性のイメージを浮き彫りにし、人間にとっての恐怖の意味を探る、
という記述もありましたが
子供の恐怖心を煽る「怖い童話」の意図や役割を教えて下さい。

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A 回答 (7件)

 「本当は怖い○○童話」の類の本を書いている人や、そういうのを好んで読む人はたいてい勘違いしているようです(あるいはわざとかとも思いますが)。



 怖いのは「民話」です(笑)
 童話は子供に読ませるために書かれた物なので、怖いと言っても、「赤信号は守らないと車にひかれるよ」とか、そういった教訓めいた恐怖を書いた話が多いのですが、「民話」は違います。

 あれらは昔の人の欲望や恐怖を象徴化した、いわゆる「都市伝説」を体系化した物が多いのです。

 日本人はたいがい「グリム童話」という言葉を使いますが、グリム兄弟は童話作家ではなく、「民話研究家」です。
 グリム全集はあれ、本人が1から10まで考えた話はほとんどなく、たいがいは地方に伝わる話を子供向けに改訂した物なんです。
 それが証拠に、彼の話の中でも有名なものの1つである「靴はき猫」(日本では「長靴をはいた猫」)は、さらに古い出典が実在していますし、他の話もしかりです。

この回答への補足

>怖いのは「民話」です
ああ、そうですね。その通りかも知れません。では
>昔の人の欲望や恐怖を象徴化した、いわゆる「都市伝説」
の意義や役割とは何なのでしょう?という質問は
アリでしょうか?

補足日時:2001/07/12 17:07
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西洋人は子育てが東洋と違って添い寝をしません。

そこで乳幼児のころの記憶を孤独で怖いものとして持っていて、怖い話を懐かしみます。ホラー映画などがその流れの上にあると思います。添い寝をしてもらって育った日本人の多くがホラーを嫌がるのはそれなりのトラウマでしょう。
西洋人は自律を教育目標に掲げていて(教育基本法がこれです)、日本人は協調を重視するようです。農耕の定住社会では、特に人口密度の高い日本では共同作業無くして生活することは不可能に近く、共同で効率良い農業を行って文化的な生活をしたので子育てに怖い話をすることは少ないようです。怪談でも悪いことをすると悪い報いがあると教えるのがねらいのものが多いですね。ただの怪奇はそこに至るまでの未熟な段階、あるいは西洋の真似ではないでしょうか。
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この回答へのお礼

私がホラーを好むのは
親が私を放っぽらかしに育てたからでしょうか。
それはともかく
懐かしむというのは分かる気がします。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2001/07/16 10:51

> という質問はアリでしょうか?


ありです(笑)

 一昔前の話でいう「口裂け女伝説」に類する「子供の噂」には、人を怖がらせる以外、何の意味もありません。
 ここで「意図」や「役割」という言葉を使ってしまうと、「最初に考えた奴は、人を怖がらせることが好きだった」とか、「ある母親が、経済的理由から子供を塾通いさせたくなかったため」といったような、いかにもな結論を出さざるをえないわけです。
 こないだ某局の某番組が、この後者の説を真実として説いているのにはさすがに笑いましたが(笑)

 しかしこの根底にあるのは、まあ、これもよく言われるように、「人間の持つ恐怖を拒絶する一方で、同時に楽しもうとする心理」があげられるかと思います。

 人間は死やその他自分を害する恐れのある物に対する恐怖を持つ一方で、「怖い物見たさ」という真理も持っているわけです。
 俺なんかに言わせれば、ジェットコースターに乗るなんざ、まさに「シャレになってない」わけですが、たいていの人にとっては「可能性としての危険」という、楽しいものであるように、やっぱりこの手の「怖い童話」も、「安全だと分かっていてもやっぱり怖い」的な、恐怖を楽しむ雰囲気があるところがあります。もちろん、聞いた本人は決して楽しんでいるつもりはないんですけどね。

 そういった意味でこの手の話にあえて「役割」を与えるならば、それは「その話のエンターテイメント性による」ということになるわけです。

 もっとも、こう言うとおそらく次に出てくるであろう、「なぜ人は怖い物を見たがるのか」という質問に対しては、面白くもない持論といったようなもの(死の恐怖に対する準備心理など)を展開せざるを得ないので、遠慮させていただきます(笑)
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
私も子供の頃は、恐怖を楽しんでいたと思います。
スリルライドは今でも大好きですし。
大人になって、死の恐怖に対する準備心理なのかどうかは分かりませんが
例えば「回路」「A.I.」などの映画の恐さの中に漂う終末感のようなものが
一種の癒しに感じられたりします。

お礼日時:2001/07/13 12:03

子供の時の恐怖は、ひたすら目に見えないものや想像に起因していたように思います。


だから寄り道をして、フレンドリーに声をかけてきた「オオカミ」は怖くなかったけれど、
お母さんに成りすましてドアの外にいる「なにか」(オオカミ)は、とても怖かった。
どちらも「子供の教育を目的とした教訓」だけれど、
より「怖い」ものの方が、「心」と「行動」に訴えかけると思います。
実際子供の頃、私は誰が来ても玄関は開けなかったそうです。
しかし、童話以外にも子供はあらゆる事から「恐怖」を感じるから、
より強い恐怖を与えるのならば、それを跳ね除けられる「安心」を
大人は子供が求める限り、与えなければならないと思います。
・・・現在は童話でも何でもその「現実性」が怖いですが。
質問に外れていたらごめんなさい。以上です。

この回答への補足

「怖いもの」の目的は教訓なのでしょうか?
もっとファンタズマみたいなことを
個人的には感じるのですが、間違ってますか?

補足日時:2001/07/12 17:11
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むかし、むかし、そのむかし、ぶるーのxxxxx という人がいて、子供の心をべんきょうしたえらいお医者さんでした。

そのひとが童話のべんきょうをして、「童話は家族のなかでおこる性、愛、憎しみ、嫉妬などを表現したものだ」といいました。それを聞いてみんなが、ふーんとかんしんしました。ところが、あとになって、ぶるーのxxxxさんはほかのひとがかいた本をこぴーして、じぶんがかいたふりをしたらしいということになりました。グリムのどうわはこわいけど、このはなしのほうがもっとこわい。おわり。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
でも回答の意図が
私の頭ではよく分かりませんでした。
すいません。

お礼日時:2001/07/17 14:58

大学の講義で「ドイツ児童文学」というのをとり、そこで知ったことを御紹介しておきます。



グリム童話は桐生操さんがおっしゃるほど残酷ではない、ということです。
たとえば、身体が切れても血も出なければ「痛み」というのがない。
つまり、無痛覚な世界なのです。

初版のグリム童話はお読みになられましたか?
確かに怖いものもある。しかし、それは一部ではないでしょうか。

1番さんがおっしゃっていることも確かですね。
グリムの場合、民話を収集したわけです。それがそのままほとんど改訂されずに出されたのが初版、それから改訂を重ねて第7版まで至ったのです。

そのあたりのところを少し深く調べてみてはどうでしょう。

桐生さんはドイツ語ができるのか、ということを講義した先生は疑問に思っていましたし。桐生さんの解釈は無痛覚的なものではないというのも多少問題です。

この回答への補足

早速のレスポンス、ありがとうございます。
私は桐生操のヤツは、あまり相手にしたくないのが本音です。
ハーレクイーンロマンスみたいだもんね。
私の興味は白水社の「初版グリム童話集」にあります。
倫理観が形成される以前の残酷への憧れみたいなモノに
ロマンを感じてしまう自分がいて
思い起こせば、それは子供の頃に聞いたグリムを含む残酷な物語たちで
それが教訓とての童話よりも自分のその後の糧になっていると思ったのが
この質問のモチベーションになっています。

補足日時:2001/07/12 16:56
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「童話の原型」って童話じゃないんじゃないですか?


童話として子供向けにする際に
残酷な部分を取り除いたんじゃないかと思いますが。

この回答への補足

早速のお答え、ありがとうございます。
私は親から残酷な方のバージョンを聞かされて育ちました。
最初は残酷まま童話化しているのではないでしょうか?

補足日時:2001/07/12 16:45
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

昔話には異類婚姻譚に分類される話がいくつかあります。
異類婚姻譚には大きく分けて、二種類のものがある。女性が人間ではない「異類」(神であったり、蛇であったり、蛙であったり)を婿にむかえるというもの。
もう一種類は男のもとへ「異類」が嫁としてくるというもの。

ここでは後者にしぼって考えます。
この話は、たいていが鶴であったり、狐であったり、魚であったりする「異類」が人間に助けられ、嫁としてやってきて、男に富をもたらすが、男がやがてその正体を見破ったために元の世界に帰っていく、というパターンをとります。

なぜ正体を見破られた「女」は、そこを去らなければならなかったか、というのは、さまざまな民俗学的な考察がなされていますが、たとえば折口信夫は「信太妻の話」のなかで、この「狐」は、「異族」から来た妻という含意があるのではないか、という考察を行っています。
-----
「妻が其「本の国」の神に事へる物忌みの期間は、夫にも窺はせない。若し此誓ひを夫が破ると、めをと仲は、即座にこはれてしまふ。見るなと言はれた約束に反いた夫の垣間見が、とんだ破局を導いた話は、子どもが家庭生活をこはした物語同様、数へきれない程にある。」
http://aozora.gr.jp/cards/000933/files/18402_14348.html
------

さて、話を拡げるときりがないのでご質問の「教訓」ということに話をしぼってみましょう。
もちろん昔話にはさまざまな教訓が含まれている、とされています。
けれども、たとえば動物をいじめてはいけない、ということを子供たちに伝えるためだけであれば、「物語」という形式を取る必要はなかったはずです。
具体的な場面で「そうしてはいけない」と禁じればいい。そのほうが、より具体的で直接的でしょう。

むしろ、昔話は「物語」として語られることに意味があったのではないか。
この点からの考察は野家啓一の『物語の哲学』になされているので、興味があればご一読ください。

わたしたちの多くはこうした昔話を、人から聞くのではなく、絵本で読むことで知っていきます(それも「読んでもらう」という形で、耳から入ってくるのですが。あるいは、いまではビデオやDVDの映像として、そうしたものにふれていくのでしょうか)。
こうした「昔話」と、「口承の文芸」として存在した昔話の決定的な差というのは、あきらかです。本やあるいは映像が固定されていて決して揺るがないことに対して、「ひとの語り」による物語は、人によって、あるいは同じ人でもその日の気分によって、微妙に姿を変える。
たとえば、「動物をいじめてはいけない」ということを伝えながら「ああ、ほんとうにこんなことが起こらないかな」という、語り手の願望がこめられていても不思議はない。

だからこそ「昔話」は残ってきたともいえるのではないか。
既存のゆるやかな物語に、語る人のさまざまな解釈を盛り込みながら、つまり、その人自身の「物語」を織り込みつつ語っていく。

そうして、今日残っているのは、その最大公約数的なものでしょう。

近代的思考の洗礼を受けているわたしたちは、この話の要点は、とか、この話の教訓は、とか、あるいはまた、作者は何が言いたかったのか、という観点から「物語」をまとめようとしますが、こういう観点から読む「昔話」に、どこまで意味があるのでしょうか。
昔話の意味は、語られることにある、ゆるやかな物語に、語り手の小さな物語を織り込みつつ、語られてこそ、意味があるのではないか。わたし自身、そのように思います。

さて、質問者氏はいくつかの点で昔話である「鶴の恩返し」あるいは「鶴女房」と木下順二の戯曲『夕鶴』を混同なさっておられるように思います。
この両者、というか、戯曲『夕鶴』は、昔話をベースにしつつも、一種の近代文学としてあるものです。混同なさっておられる点は、重要な「ちがい」としてある部分です。

まず、質問者さんは「つう」として、この鶴女房を名前で呼んでおられますが、名前が与えられているのは戯曲のみです。そうしてこれは極めて重大なちがいである、と竹内敏晴は『動くことば 動かすことば ―ドラマによる対話のレッスン―」(ちくま学芸文庫)のなかで指摘しています。

『夕鶴』では、このようなせりふがあります。

「あんたはあたしの命を助けてくれた。何のむくいも望まないで、ただあたしをかわいそうに思って矢を抜いてくれた。それがほんとに嬉しかったから、あたしはあんたのところに来たのよ。」

一般に「恩返し」としてやってくる「異類」が、なぜやってきたのか、その心情が語られることはない。

-----(p.29からの引用)----
「恩返し」から「愛」へ。ここに、『夕鶴』が昔話「鶴女房」から近代文学へ脱皮したモメントがある。そしてそれは、つうが、鶴から名前を持った人間の女になるプロセスでもあるのでしょう。
------

ほかにも竹内はこの『夕鶴』のなかに描かれている、昔話を超えたさまざまな観点を指摘するのですが、やはり、『夕鶴』と昔話は分けて考える必要があるように思います。

あれやこれやと書きましたが、ご質問の回答としては、昔話『鶴の恩返し』に教訓を求める必要があるのでしょうか? ということになるかと思います。

昔話には異類婚姻譚に分類される話がいくつかあります。
異類婚姻譚には大きく分けて、二種類のものがある。女性が人間ではない「異類」(神であったり、蛇であったり、蛙であったり)を婿にむかえるというもの。
もう一種類は男のもとへ「異類」が嫁としてくるというもの。

ここでは後者にしぼって考えます。
この話は、たいていが鶴であったり、狐であったり、魚であったりする「異類」が人間に助けられ、嫁としてやってきて、男に富をもたらすが、男がやがてその正体を見破ったために元の世界に帰ってい...続きを読む

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