出身は化学屋の考古学に興味を持つ者です。
最近、発掘調査でよく、「漆」製品が発掘されて話題になっていますが、「漆」である、という認定はどのように行われるのでしょうか?
通常、有機物は経年と共に物質が変化してしまい、「なになにである」という判定はとても難しいものとなるはずだと思います。そこを「漆」と断定できるのは、「もの」自体からすぐにわかるポイントがあるのか、それとも使用状況など他の要因も含めて「漆だと推定される」という程度なのでしょうか。
また、「漆」と認定されているものは、「漆」なのか「漆やハゼなどの漆類」とされているのでしょうか、どちらでしょうか?
化学的には、漆とハゼ類の違いを明確にするのはかなり労力が必要だと思います。しかし、そんなに時間もかけているように見えないので、何か、「漆」であると認定できる、経験則みたいなものがあるのでしょうか?
炭素14年代法で年代の確定をしているようですが、これは、炭素を含む場合には漆に限らず使用が可能でしょうから、これを使っていることイコール漆であることの確証ではないですよね。
とても不思議です。どなたか教えていただけませんか?

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A 回答 (6件)

漆については、非常に奥深いです。


まず、「塩」とは、化学で言う塩(エン)のことです。
特に、無機塩、水溶性のものは漆の硬化に有害です。
重ねて言いますが、有害だと言うのは、漆酸が酸化重合して硬化する、固まるのを阻害するのです。漆が完全に硬化すれば、当然塩類にも侵されません。
(ちなみに、厳島神社の柱の朱は、HgSと膠、胡粉を混ぜた、一種の岩彩だと思います)
漆の塗師の職場に行けば実感するのですが、下手な研究所のクリーンルームよりも、埃が少なく、空調がしっかりしています。(私の主観ですけど)
特に「塩」の排除については、かなり神経質です。ですから、なかなか来客を向かい入れてくれません。
では、どれくらいの塩が有れば、漆の硬化が阻害されるかは、精密な測定をしていないので解らないのですが、「潮風がふきつける地域の海岸線の屋内で、お茶箱のような箱に密閉保存」していてもおきる場合があります。
ですが、漆の樹木の組織の中には無機質の塩が存在するのに、採取された漆はきちんと硬化するのですから不思議です。

また、漆は、国内の産地によって、「これが同じ植物のものか」と思うくらい、観てくれや、粘度が違います。観てくれとか、粘度は有る意味、個人の主観によるものです。
その漆の樹液の無機成分は、生育する土壌や水質に左右されるので、それでスプリング・エイトで産地による無機成分の編成パターンがわかるんじゃないかな。私の予想の範囲です。きっと金にならないから馬鹿臭くて誰もやってないでしょけど。

どんな学問でも、一つの学問を極める為には、何倍も他の分野の知識が必要ですね。

また出版物ですが、漆芸と考古学、化学的メカニズムを総合的に載せたものは、私は解らないですね。充実したホームページも見た事がないです。
ですから私は、考古学以外の分野の学習、漆芸(芸術)、化学、植物学の各知識の全てを自分自身で一つ一つ集めて、実験、解決していったのです。そのあらましが、私のこれらの解答です。

世の中はわからないことばかりです。
がんばって化学の道を極めて下さい。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
いろいろと奥が深いんですね、漆って。
漆の硬化は酵素反応だということは知っていたのですが、それを無機塩が邪魔するんですか。酵素の形にもよるのでしょうが、金属錯体を含むのなら、あり得る話ですよね。
でも出版物は、あまりないんですね。残念!
でも、考古学上で、発掘されたものの分析とかはしているんですよね。それを探してみようかな・・・
あ、あと、近くに漆の工房があることがわかりました。
機会があったら、見学させてもらえれば、と狙っています(^^)
入れてくれるか、わかりませんけれど。
いろいろと奥の深いお話をありがとうございました。本当に感謝です。

お礼日時:2001/09/20 10:20

No.4の補足。


日本の漆科の植物には、山漆、ハゼノ木、つた漆、ヌルデがあります。
単に、漆、漆の木というのは、山漆のことです。
当然、縄文時代の漆器が、山漆のものであることは化学成分で特定されています。
また、日本書紀などにも、大和朝廷時代から漆部と言われる部署で、漆の採集、製品管理がなされ、更に上代では、金(ゴールド)と等価性があったとの説もあります。(現在の国産漆も、それに近いです)

現在世界中で使用されている様々な樹脂塗料の多くは、発明された時代、発祥地がはっきりしています。
日本でその当時、漆以外で使用されている樹脂は、あったとしても、アスファルト、漆蝋、蜜蝋ぐらいです。しかし、性質が出土品とは全く違う。ですから、事実上、当時、日本に存在し得た漆系の塗料は、山漆であると言ってかまわないと思います。
私自身、実験で、国産の植物の樹液で漆芸が出来たのは、山漆(イコール漆)だけでした。

また何故に、日本の縄文時代の漆器が、日本の山漆の物かと言えるかという根拠は、漆の未硬化の樹脂は、微量の「塩」の介在で、硬化、酸素による酸化重合が阻害されるのです。当時の人々が、海上を運搬して、日本に持ち込んで使用することは限りなく不可能です。
私自身、海風が当たる処に住んでいた頃は、漆芸の実験の際、潮風の中の塩分のため、何度も硬化不良を起こしました。

また、日本各地に生息する漆も基本的な成分は同じですが、含有成分の微妙な差異が存在しんます。蛍光エックス線は、その産地の特定に有効でしょう。
しかし、成分割合などは、他のアジアの漆科の樹脂とは全く異なります。
更に穿てば、漆酸にも、実は沢山の類似物質が存在します。
その中でも、高濃度なウルシオールは、日本の山漆に特徴的な成分です。
他のアジアの漆科の植物の樹液の漆酸は、また別のものです。
やはり、実際に考古学に接し、漆に接し、ご自分で当時のものを、作業工程から再現することが、この問題の解決に必要だと思います。このページに書き尽くせ無い沢山の事実が存在します。

私は、日本の考古学と言うものには、暗黙の了解は無いと信じています。常識はありますが、暗黙の了解とは全く違う次元の話です。暗黙の了解はあるべきで無く、万事クリアーであるべきです。

私は、若くして、一身上の理由で考古学の道から身を引きました。
是非、解らないことは、自分で実験してみる、実証してみせるべきだと思います。
疎文、お許し下さい。
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この回答へのお礼

うわ、丁寧な御回答、ありがとうございます。
なんだかタダでこんな高度な知識を教えて頂いて、ど素人にはもったいないくらいです。
なるほど、日本で出土の漆に関しては、たくさんの先行研究があるんですね。ここまでの状況証拠の積み重ねならば、塗膜のついた遺物を、すぐに漆と判定するのは納得です。
今、化学屋の自分が関わっている研究と漆とは縁が遠そうなのですが、もし今後機会があればalbracさんのおっしゃる通り、いろいろと漆に関して試行錯誤して直接触れてみたいと思います。
ただちょっと疑問が二つ。
「塩」(化学で言う塩類なのかNaClなのかわかりませんが)が入ると漆が硬化しないのなら、厳島神社なんて海の真上なのにどうしているんでしょう?
あれって漆塗りだと思ってきましたが。実は違ったのかな?
それと、蛍光X線って、金属の分析をするものだと思っていました。漆の成分は有機物だと思うのでどうやって利用するのかしら?それとも微量な元素とか含まれているのかな。。こういう分析って考古学の世界では発表されているんですよね、きっと。文献探したらありますか?ちょっと読んでみたいです。
あ、いえ、これらの疑問はもう本来の質問の筋から外れていますから、感想の域ですけど。
本当に本当に丁寧な御回答、ありがとうございました!感謝です。

お礼日時:2001/09/18 23:05

漆の樹液の主成分が、漆酸(ウルシオール)、ゴム質、水分等から出来ていることは、ご存知ですよね。


ですが、実用的な塗料として使用できるのは、最も漆酸が豊富な、山漆から採取される樹液だけだと確信しています。
やはり、同じ仲間のハゼ、ヌルデでは漆酸の濃度が極端に低く、また硬化性、保存性が殆ど無く、実用性がありませので、到底1000年単位は持ちません。
私も、某遺跡から発掘した、漆に辰砂を塗布した(朱漆)、縄文中期前半の土器片を保存していますが、当時から、現代の質芸の技術の基礎となる、非常に高度な漆芸技術が有ったことは確かです。
ですから、当時の人々が、山漆じゃなきゃ駄目だ、と言うことを知っていたことはたしかです。
漆酸が一度硬化すれば、酸、アルカリの殆どに耐えます。
ガラスや、セラミックを解かす弗化水素を塗布しても、全く変質しません。
ちなみに、アジアには数十種の漆の仲間が有りますが、保存性が良い物は、日本の山漆、中国の極限られた種類だと言われます。
スプリング・エイトの蛍光エックス線を使えば、意外な新事実(産地や樹種)が解るかも・・・?
長くなって済みませんでした。
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この回答へのお礼

なるほど!
山漆は保存性がいいんですね!なっとく!
あ、でも、その発掘された山漆っていうのは、どうして山漆ってわかったんですか?アジアに他の種類の漆があることは私も知っていますが、それらではない、っていうのはどうやってわかるんでしょうか?
例えば、江戸時代のものとかだったら材料の記録とか残っていれば、それと合わせて考えて、状況から言っても、山漆だ!ということになるのはわかります。
けど、何千年も前のものが山漆だ、というのは何で見分けるのでしょうか?
保存性の確認、と言っても、文献が残っている範囲のものなら検証できるような気がしますが、文字のほうからの記録がない場合、どうやってわかるんですか?つまり、いま残っているものが山漆のように見える、ということと、そのとき山漆を塗った、というところに、実は100%の相関性はない気がするのです。
漆の劣化は、酸やアルカリによるものより紫外線や酸化による崩壊の方が多いですよね。例えば、あくまで例えばですが昔、ある種の樹液を出す樹木があった。それは漆ではない。でも、塗ってある程度変化が進むと、漆のように見える。という可能性もある得るわけですよね。
ごめんなさい、質問の方が長くなってしまいました。
とっても興味の湧く御回答をして頂いたので、ついついいろいろ書いてしまいました。上記の検証方法、あるいは考古学会内での暗黙の了解みたいなのがあるのでしたらお教え頂ければうれしいのですが。

お礼日時:2001/09/18 10:10

こんにちは。

またまた来ました。

>本当のところは漆ではないかもしれないが、~

私もそのような理解です。ただ、最近、実証考古学というのかな?実際に物を分析してみるとか、実際に使ってみるとか、そういう方向からのアプローチもなされているようです。ですから、漆もいい分析方法ができればそういう方向からの検討もするようになるでしょう。

そういう方法で意外な事が判った例は、石器や金属の成分、同位体構成比などを分析したら、どこで採れたものか判った事により、流通ルートなどが結構確立していたような事が判ったという例がありますよね。漆だって成分で何種のどこ産なんて解明もやがてはなされるかもしれません。今は無理だけど。
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この回答へのお礼

そうですね~。
残っているものからいろいろな情報を得られれば、楽しそうですね。
でも、いまの化学分析だと、多くの場合、分析したものはなくなってしまうので(微量なものが多いですけど)、そうでない形の分析手法が待たれるところですね。
いろいろとありがとうございました。<m_m>

お礼日時:2001/08/17 11:27

こんにちは。

私の判る範囲でお答え・・・と思ったのですが、ご質問の意味がよく判らないところがあります。

>前例がないのに、漆である、という判断~

その時代より前の物がないとそう判断できない、という意味でしょうか?
そうだとすると、現在ある物と比べて「~であろう」と想像することは全てできなくなりますよね。
ちなみに縄文時代の漆器はすでにいくつも出ているようで↓はその一例です。

http://sun1.pref.toyama.jp/sections/3007/mb/mb00 …

>構造~

私が言ったのは、物理的な構造です。漆器なら、表面に樹脂層がありその下に生地となる木質があります。

>琥珀~

確かに琥珀は樹脂が化石化したものであって漆と同一ではありません。
しかし、樹脂は液体のまま化石になるわけではありません。少なくとも虫なりが中に入るまでは液体ですが、その後固化してから埋もれたものです。でなければ、中の虫の立体構造が保存されませんからね。ですからその後の地中での圧力や熱などに対しても中の物の保存性は高いと思われます。漆器では漆などの樹液を薄く塗り早く乾燥させる所が違いますが、樹脂が固まった物としては同じような効果が期待できるのでは?と思った次第です。

ちょっと意味の取れないところがあったので、勘違い回答かも知れませんが。m(__)m
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
遺物に樹液のようなものが塗ってあれば、一応「漆」ということにする、という暗黙の了解があるわけですね。
つまり、本当のところは漆ではないかもしれないが、漆のような使い方をしているから、と。(こういう理解でよろしいでしょうか?)
天然物化学をやっている知人から、漆の分析というのは今のものでも結構難しいと聞いていたこともあったので、古いものなど余計わかりにくいだろうに、どうやって識別しているんだろう?と疑問だったので、そういうことなら納得いきました。

お礼日時:2001/08/16 10:02

こんにちは。

私はその道の人でもなく専門家でもないですけど。

漆器は日本ではとても長い歴史をもっておりその構造は大変ポピュラーなものです。

だから、日本の学者がそれらしき物を見たらまず漆を想像するのはそれほど難しい話じゃないと思います。これがヨーロッパだったらどうか判りませんが。

また、漆の判定ですが、種としての「漆」ではないようです。下手すると「漆科」(なんてあるのかな?)にすら入っていないかもしれません。

化学分析が行われたという話は聞かないので多分、構造からの類推だと思います。

>有機物は経年と共に物質が変化してしまい~

ですが、長い間形状をとどめている有機物に琥珀がありますよね。
琥珀の中に虫がいる例なんか有名ですから、樹脂に包まれた構造は比較的安定と思われます。

この回答への補足

さっそくの御回答、ありがとうございます。
私が疑問に思ったのは、最近発掘された漆遺物が炭素14年代法によって、世界最古と言われていた中国の漆遺物よりも古いことがわかった、という記事です。つまり、最古、ということは前例がないものですよね。前例がないのに、漆である、という判断をどのように下しているのでしょうか。
恐ろしく保存状態がよければ、現在の漆とよく似た何らかの分析スペクトルなり分析チャートなりがとれるのでしょうが、そうでなければ、どのように判定しているのでしょうか?
構造からの類推という意味がちょっとわからないのですが、化学構造ですか?それとも、その遺物の構造からですか?遺物の構造から、「漆」と判定する、という場合は、なにかセオリーでもあるのでしょうか?
また、あまり詳しくはないですが、琥珀は、松やになどの樹脂が経年と加圧を受けて変化した後のものではないでしょうか?漆とは違うように思えて仕方ないのですが・・・
なんだか、質問だらけになってしまいましたが、もしご存知でしたら教えて下さい。

補足日時:2001/08/15 15:46
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  端的に言いますと、考古学は、広い意味の「歴史学」の補助学、または広い意味の歴史学の代表的一分野・領域だということになります。
 
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  考古学者は、「発掘屋」になった訳で、研究室で、資料を基に、立体的に歴史を分析し総合する作業をするのが歴史学者で、考古学者は、遺跡を掘ったり、遺物を捜し、番号を振って、どの遺跡はどうなてちて、何時頃の時代には、こんな石器が出てくるなどの分類作業を行うのだとなります。極端には、考古学者は、掘り出して来ればよいので、分類作業は、歴史学者が行うということにもなります。
 
  また飛ばしますが、しかし、「考古学」の方法や技術は、どんどん進展した訳で、遺跡の発掘や、遺物の収集、発掘にも、歴史学者と同様のシステム的な情報処理と「想像力」がないと、よい発掘や遺物の発見や定置分類もできないのは明白で、そのことが段々と認識されてきます。
 
  更に、文字記録が残っている時代でも、考古学の方法は有効で、文字記録では分からない色々なことが、文字社会においても、考古学の方法や技術を使うと、新しい資料が得られるということが分かってきます。現代の科学的考古学になると、花粉分析とか、土壌のなかの成分原子の量から、そこにはいまは形が崩れているが、何があったかが分かるなど、「文字記録」以上に多様な情報が、無文字時代も、文字時代も含めて得られるようになっています。
 
  こうして、考古学の扱う範囲は文字時代の歴史学と同じで、基本資料として、広義の遺物を使用するのが考古学で、それでは、歴史学はどうなったかというと、考古学の資料を基に、より精緻に歴史を研究し、その範囲は、無文字時代までも広がっているということになると、考古学が扱っていた範囲を歴史学も扱うことになり、考古学も、文字資料も参照して歴史の再現ということになると、文字記録が、遺物記録か、どちらに主発点でウェイトに違いがあったかで、考古学も歴史学と同じであることになります。
 
  しかし、そういうことを言うと、「考古学」とは何か分からなくなるので、とりあえずは、文字記録以外の資料(主に発掘などで得られる)を収集し、分析し、分類し、解釈し、これらの資料を主に、他の文字記録や、歴史学の成果を取り入れつつ、過去の社会を解釈・想像で描こうとする学問だということになります。「想像」は重要で、文字記録でも、書かれていることの行間を読むとか、他の文字資料との関係を考え、そこから、立体的なイメージを築く能力が必要になるのです。例えば、昔の人は、どうやって石器を造っていたのかは、実験で造って見るのですが、どんな技術を使っていたのか分からないものが多く、石を割ったりこすったりしていると、目的の石器がが再現できることもありますが、あれこれ想像して、こういう方法ではないかと、補助道具とか、力の入れ方とか想像して試すと、そういう石器ができることがあり、石器作製技術を、再現したというか、「再発明」したことになります。
 
  どうやって造ったのか分からない遺物は色々あり、有名なのは、殷の青銅器で、普通は、技術などは、後の時代の方が進んでいるのですが、殷の後の周の青銅器は、かなりお粗末なもので、確か、現代の科学分析で、殷の青銅器を調べても、どうやってああいうものを造ったのか、分からないというのがあります。今の技術で、青銅器を造っても、殷の青銅器のような高度に精緻なものは造れないのです。
 
  あるいは、昔の人はどういう衣服を着ていたのかは、衣服をまとった石像が残っている場合など、その石像に掘られている襞の流れなどを研究し、どういう布を、どういう風に身体に巻き付けると、石像にあるような襞の流れや、衣装の形になるのか、ということを試験して着方などを見いだすのですが、これも想像力が必要になってきます。
 
  長い説明になっていますが、「定義」は、上で述べられていると思います。簡単には、「無文字時代の社会や生活などの歴史を、遺跡や遺物の資料を基に研究する学問」かも知れませんが、最初の「無文字時代」は外してもよいでしょう。また学問の「目的」は上の述べた通りで、歴史学と同じです。狭義の歴史学の補助学問ともなりますし、それ自身で独立して「考古学的方法での歴史学」ともなります。人類の時間を通じてのありようを知り、未来や現在の生活や文化、価値観などに役立てるため、過去の再現を試みるのが歴史学で、その補助学問として考古学があるとも、考古学という特別の方法を持った歴史学があるとも云えます。
 
  >定義・目的をもちいて、今現在を見つめなおす上でどのような効果が考えられるでしょう
 
  人間の「普遍的側面」が明らかになるということでしょう。人間がいかに愚かであったか、歴史の教訓が教えてくれますし、教訓が役に立たないという教訓もあります。また、文字や現代の科学技術に依拠した生活をしている人々に、無文字時代の人々でも、高い文化や、倫理基準を持っていたことを教えることで、現代が、「もっとも進んでいる」という傲慢や独善をたしなめる効果があるでしょう(現代人に、人力で、ピラミッドを造ることなどできないのです。クレーンとかを使えば、造れるかも知れませんが、しかし、石を切り出す技術が、いかに精巧で、また辛抱強さが必要な技術か分かるでしょう。……分かる人にはですが。分からない人は、別に考古学でなくとも、何であっても、自己の認識を高め反省する材料にはならないでしょう)。また、知識や技術の蓄積が、いかに現代人を、物質的精神的にも豊かにしているかが分かるでしょう。
 
  考古学の魅力は、やはり「未知への扉」をいつでも開いてくれる可能性があるということでしょう。常識を覆すことが出てくるので、魅力があると云えるでしょう。トゥタンカーメンの墓の発見にしても、彼の墓は、副葬品などが、当時の歴代ファラオの墓に較べると格段に少なく(誰かが、副葬品を半分以上、横領したという説があります)、墓の規模も、もっとも小さいのですが、それでも、あそこまで豪華であったとは、発見するまで誰も想像していなかったのです。
 
  殷の地下墳墓の発見は、千人規模の完全武装し、馬に乗った司令官や、戦車や、軍装をした兵士など、一部隊がまるまる埋められていたことが分かって、どういう目的で、こんなことをしたのか、それまで先例のないことで、今でも、よく分からないはずです。チンギス・ハーンの墓もどこか分かりませんし、殷の墓は、地下に造り、地上には何の目印もおかず、しかも、殷は、何度も都を移動しているので、多数の殷の墓が未発見で土の下に埋もれているのですが、これはどうなるのか、という好奇心があります。
 
  その他、何が過去にあったか、発見されないと分からない多数のことがあるはずで、何が出てくるか分からないということで、興味が尽きないでしょう(日本人の起源なども、最新の考古学の示すところでは、従来想像していなかったようなことがあります。大規模ビルなどを建築する際、整地段階で発掘を行うと、発掘と研究技術が進んだので、従来は見逃されていた事実が色々明らかになり、この発見は今後も続くでしょう)。
  

 
  これは、あくまでわたしの考えで、専門家が見れば、違っているということになるのかも知れませんが、その場合は、訂正を願いたく思います。ただ、考古学の定義などは、専門家でも意見が分かれているのではないかと思います。考古学自身の扱う範囲が広くなって、細分化も起こっているからです。
 
  端的に言いますと、考古学は、広い意味の「歴史学」の補助学、または広い意味の歴史学の代表的一分野・領域だということになります。
 
  それでは、歴史学とは何かです。歴史学とは、端的に、過...続きを読む


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