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明治期に嵯峨薬師寺に合併された京都の福生寺について調べているのですが、生六道地蔵菩薩に関する伝説の出典が分かりません。今昔物語集などの古典に次の物語に似たようなものがあるのをご存じでしたら、教えてください。『出典』巻?第?話というように詳細に書いていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。(例:『今昔物語集』巻二十第四十五話小野篁依情助西三条大臣語)

冥府にいた小野篁が、満米上人とともに地獄に出かけると火焔の中に一人の僧侶がいた。「坊さんの癖にどんな悪事を働いたのか」と聞くと「火焔で苦しむ亡者を救うために、代わりに苦患を受けている」という返答があった。見直すとそれは「生六道地蔵菩薩」であることが分かった。この世から帰った篁は地蔵尊を彫刻し福生寺を建てて安置した。

gooドクター

A 回答 (2件)

> 生六道地蔵菩薩に関する伝説の出典が分かりません。



たぶん、それは分からないのではないでしょうか。
というか、出典が文献として存在するようなことではなく、江戸時代初期ころに作り出された創作ものなのだと思います。

この下のサイトには、次のように書かれています。
https://plaza.rakuten.co.jp/asobikokoro2/diary/2 …
江戸時代に出版された『都名所図会』の「六地蔵」の項に記されています。
「本尊地蔵菩薩は仁寿二年小野篁冥土赴き、生身の地蔵尊を拝し、蘇りて後、一木を以て六体の地蔵尊をきざみ、当寺に安置す。保元年中に平清盛西光法師に命じて都の入口毎に六角の堂をいとなみ、この尊像を配して安置す。今の地蔵巡りこれよりはじまる」


小野篁は9世紀半ばに死んでいて、当時、地蔵というのは、今我々がなんとなく想像するような地蔵菩薩とは異なる存在を想定していたようです。 だから、『今昔物語集』巻二十第四十五話小野篁依情助西三条大臣語 にも「地蔵菩薩」などの記載はないのでしょう。
https://yatanavi.org/text/k_konjaku/k_konjaku20-45

上のサイト(下に再掲)には、13世紀半ばに成立した『源平盛衰記』にあると言います。
https://plaza.rakuten.co.jp/asobikokoro2/diary/2 …
ここに書かれている「13世紀半ばに成立した『源平盛衰記』」というのは、
源平盛衰記巻5の現代語訳「六地蔵(指月の東八町ばかりにあり。このところのひがしは醍醐街道、西は伏見淀道、中に京街道あり。南は黄檗・宇治に至る)。地蔵堂(大善寺と号す。浄土宗なり。京道の角にあり)。本尊地蔵菩薩は、仁寿二年、小野篁、冥土に趣き生身の地蔵尊を拝し、蘇りて後、一木をもって六体の地蔵尊をきざみ当寺に安置す。保元年中に平清盛、西光法師に命じて、都の入り口ごとに六角の堂をいとなみ、この尊像を配して安置す。いまの地蔵巡り、これよりはじまる。」という部分だと思います。
ですが、「大善寺」という寺号は16世紀にできた浄土宗のものですから、13世紀当時と、記述がゴチャゴチャな記載だと思います。
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今昔物語には地蔵に関する話がたくさんありますが、該当の話はないようですね。

(私の見落としかもしれません)

名古屋大学大学院文学研究科の年報によると、「福生寺の伝承は近世以降に珍皇寺の伝承を元に作られたもの」とされていますね。

京都の都市民俗と伝承世界(名古屋大学 教育研究推進室年報Vol.2)
https://www.lit.nagoya-u.ac.jp/overview/commonne …

なお、もうすこし詳しく調べていくと
東寺観智院蔵『地蔵菩薩霊験絵詞』巻中、所収「一満米上人依地蔵信敬力閻王授菩薩戒事」の中におなじ話があります。これは延徳3年(1491年)の成立のようですから、これが元になっているのでしょうね。訓読した内容が下記の182ページにあります。

京都における地蔵菩薩信仰をめぐって(現代密教 第21号)
https://chisan.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/ …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。井坂康二「嵯峨野の生の六道と千本閻魔堂のショウライ迎え」1994年という文献には「矢田地蔵縁起」にこのはなしがとても似ていると書かれていました。矢田寺のこの話はしっかりと古典として現在にも残っていることは、satoumasaru様が教えてくださったとおりでインターネットでも調べてみたら閲覧することができましたが、それに対し、福生寺の縁起に関してはどこにも古い文献がないため困っていました。同論文でも嵯峨薬師寺住職が書いた「生の六道と小野篁」(知恩1978年8月刊)に書かれていることとしてしか書かれていないですし。民間伝承として口伝えに現代までこの噺があるとは考えられないので、やはりどこかに文献があるのだとは思いますが……。
教えてくださりありがとうございました。とても参考になりました。またひとつ気合を入れようと思います(該当文献探しも( ´∀` ))。

お礼日時:2021/04/11 00:24

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