封建社会とは何ですか?定義を教えてください。

A 回答 (5件)

封建社会とは君主が臣下に土地や特権を与え、臣下はそれに見合う忠誠を尽くす事を契約する社会です。


君主は臣下に対し恩恵を保証し身分などを与えます。
臣下は軍役や税金などを納めるのです。
また君主の命令に従い君主の領土を守り、命を投げ出すこともあります。

これの反対が自由社会です。
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厳密に言うと中国の「封建」とヨーロッパの「フューダリズム」にはかなり違いがあるようです。


日本で通常使われる封建制(フューダリズムの訳語)は、中世ヨーロッパと日本の武家社会だけにみられ、他の地域には存在しなかったと言われています。

中国
http://www.tabiken.com/history/doc/Q/Q320C100.HTM
ヨーロッパ
http://www.tabiken.com/history/doc/Q/Q316C100.HTM
日本
http://www.tabiken.com/history/doc/Q/Q322R100.HTM
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 封建制とは、中世に行なわれた土地を媒介とした支配体制のことです。

同じ封建制という名でも日本、支那、ヨーロッパと行なわれた場所によってその実態は異なります。
 ヨーロッパでの封建制が、民族の移動などと強く結び付いて形成されたのに比し、日本の封建制はむしろ国内的要因が主となって形成されました。
 日本の封建制の成立をめぐっては、いくつかの説がありますが、比較的有力なのは、鎌倉幕府の成立によって日本の封建制が成立したとする説です。戦前以来、殆どの概説書で採用されており、通説となっています。
 これによりますと、古代律令社会の解体から各地に形成された在地領主の発展を原動力として、領主層の独自の国家権力として鎌倉幕府が形成されたとみなします。従って平将門の乱(承平5年、935年)がその初期の現われとみなされています。
 ただし日本の領主の封建制は「税の徴収権」に過ぎず、本当の意味の封建制は無かったとする説もあります。

《封建制(日本)》
http://www.tabiken.com/history/doc/Q/Q322R100.HTM

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%81%E5%BB%BA% …
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詳しく説明すると長くなりますので簡単に。



土地(領地)を与え、主従の関係を維持する制度です。

与えられた土地を命を懸けて守る事を「一所懸命」というのは知っていますよね? これが一生懸命の語源。
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それぞれの君主と主従によって構成された社会でしょうか?



参考URL:http://www.actv.ne.jp/~yappi/tanosii-sekaisi/05_ …
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QNHK受信料って滞納しても請求は5年までですよね。

NHK受信料って滞納しても5年以前は時効で、最大5年前まででしたでしょうか。

Aベストアンサー

5年以前は時効で、最大5年前までなので、その通りです。

そういう(5年で時効)ことを、東京高裁が認めたと。
局側の、10年じゃね?に対して
2ヶ月ごとに支払う受信料は、短期間ごとの支払いだから、
10年のそれとは、違う。
の流れなのですが、問題はここまで逃げ切れるのか?
にあると思います。

この判決が出た以上、局側も黙っていないでしょうから
5年以内に何とかしょうとしてきます。
そんな局を相手に、5年をどう過ごすか・・・。

Q西欧の封建社会は

西欧の封建社会は
(1)何処で発展しましたか?(14C頃か?)
(2)いつ頃終わりを告げましたか、あるいはずっと続いたのでしょうか?
 (アンシャンレジームまで続いたからフランス革命は起きた?)
また、
(3)都市はドイツやイタリアで発展したと聞いておりますが、一体いつまで
 続き、現代にはどのような形でつながっておりますか?

Aベストアンサー

 封建制って土地を媒介とした緩やかな主従関係で、絶対君主制が確立する前の過渡期の出来事と言えるのでは?
 (土地をやるから俺[君主]に従えと言う契約体制。つまりより良い契約が結べるなら既存の主従関係など簡単に破断されかねない脆い体制。)

>いつ頃終わりを告げましたか、あるいはずっと続いたのでしょうか?
 16世紀から17世紀にかけてイングランドのテューダー朝、フランスのブルボン朝等が国家の運営を中央官僚が担い、国土防衛を常備軍(近衛兵)が果せるようになる事で、封建制が終了したと言えます。
 (わざわざ地方の権力者に土地を与え、協力を仰ぐ必要が無くなる程に君主の力が強力に成った。)

 フランスのルイ14世が「朕は国家なり」と豪語できる様になった事が、絶対王政の君主の力の強さを良く表しているとおもいます。

>都市はドイツやイタリアで発展したと聞いておりますが、一体いつまで続き、現代にはどのような形でつながっておりますか?

 ドイツは、1871年ホーエンツォレルン朝のプロイセン王国によって統一され、ドイツ帝国の建国をもって終了。

 イタリアは、1861年にサルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリア王国の成立を宣言しています。
 (ただし、ローマ教皇領やヴェネツィア一帯の諸県[オーストリア領]は含まれていない。これらの地域が最終的にイタリアに併合されるのは、第一次大戦後にオーストリア帝国からの領土獲得を待つ事になる)

 両国共にほんの最近まで別の国として成立していましたから、地域や都市毎に多様な文化を誇っています。

 なお、イタリアは北部と南部で経済格差が大きすぎて、北部が独立しようという動きすらありました。1970年代後半から1980年代には一般市民を標的としたテロも多発しましたし…。
 (イタリアの政党である北部同盟には公約に独立を匂わせるような文言が1990年代まであった)

 あと、ドイツ・イタリアって要するに周辺の大国の干渉が有って、特定の権力者が両国の国家の権力の中央集権化が果せるほどに発展するのが遅れただけの様な…。

 封建制って土地を媒介とした緩やかな主従関係で、絶対君主制が確立する前の過渡期の出来事と言えるのでは?
 (土地をやるから俺[君主]に従えと言う契約体制。つまりより良い契約が結べるなら既存の主従関係など簡単に破断されかねない脆い体制。)

>いつ頃終わりを告げましたか、あるいはずっと続いたのでしょうか?
 16世紀から17世紀にかけてイングランドのテューダー朝、フランスのブルボン朝等が国家の運営を中央官僚が担い、国土防衛を常備軍(近衛兵)が果せるようになる事で、封建制が終了したと言えま...続きを読む

QNHKの受信料は5年で10万円が上限の意味?

以下の記事がありました。

ちょっと今の受信料は、
地上契約 2ヶ月 2,690 円 (→1ヶ月1345円 1年 16140円)
衛星契約〈地上契約含む〉 2ヶ月 4,580 円(→ 1ヶ月 2290円 1年27480円)
なのに、5年で約10万円ということは、地上契約の延滞金利込みで、約10万円ということですか?
ということは、衛星契約でも、約15万円くらいが上限ということですか?

見せしめとはいえ、弁護士料とか考えると、NHKは大赤字覚悟で裁判しているのですか?

これではどんどん受信料を払わない人が増える気がします。

国からの請負作業にして全額国費で支払うようにした方がマシに思えるのですが。


********************************************

NHK受信料、5年で時効… 千葉地裁が控訴棄却
 NHKの受信料債権の消滅時効を5年とした松戸簡裁判決の是非が争われた控訴審で、千葉地裁(白石史子裁判長)は3日、簡裁の判断を支持してNHKの控訴を棄却した。NHKは東京高裁に上告した。

 千葉地裁は、争点となった受信料債権の法的性格について「1年以下の期間ごとに支払われる定期給付債権と解するのが相当」と指摘。「一般債権に当たるため消滅時効は10年」とするNHKの主張を退け、5年で消滅時効が完成するとした。

 NHKは千葉県柏市の男性に2005年2月以降の受信料など約10万円の支払いを求めて昨年4月までに提訴。松戸簡裁は昨年9月、5年以上が過ぎた約1万1千円を除いて支払うよう男性に命じたが、NHKは、簡裁が認めなかった分も支払うよう求めて控訴していた。

 NHKは「受信料の消滅時効については司法の判断が分かれている。上級審で判断を求める必要がある」としている。

 同様の訴訟では、旭川地裁も消滅時効を5年とする判断を示している。

以下の記事がありました。

ちょっと今の受信料は、
地上契約 2ヶ月 2,690 円 (→1ヶ月1345円 1年 16140円)
衛星契約〈地上契約含む〉 2ヶ月 4,580 円(→ 1ヶ月 2290円 1年27480円)
なのに、5年で約10万円ということは、地上契約の延滞金利込みで、約10万円ということですか?
ということは、衛星契約でも、約15万円くらいが上限ということですか?

見せしめとはいえ、弁護士料とか考えると、NHKは大赤字覚悟で裁判しているのですか?

これではどんどん受信料を払わない人が...続きを読む

Aベストアンサー

受信料を5年以上滞納した人勝ち。これではどんどん払わなくなる。

Q孔子の教えである儒教は、封建主義を標榜しているとして、

孔子の教えである儒教は、封建主義を標榜しているとして、
文化大革命時代の中国共産党に排斥されたようですが、
封建主義と共産主義は相容れないものなのでしょうか?

Aベストアンサー

封建制度とは中央集権制度と相い対峙する概念ですから、中央だけに意思決定権を集中することを大前提とする、中国やソ連の中央集権主義に基づいた共産主義(正確には社会主義)とは油と水の関係になります。

また、中国では歴史の中の殆どで圧倒的な時期に中央集権制度を採用した国であり、孔子云々、儒教云々は封建主義とは全く関係がありません。

人類史の中で明確に封建制度を採用したのは、中世の西ヨーロッパと頼朝から江戸末期までの日本だけの例外的な地域だけだったようです。したがって中国は封建主義とは全然関係ありません。そして、その例外的な西欧と日本だけが、近代の産業技術革命と資本主義を早い段階で高度に発展させることが出来たのに、その大勢の中央集権主義国家では、その移行に大変な苦しみを経験しているようです。それ故、私有財産や資本主義を根幹とした現代文明を理解するためには、封建主義あるいは封建制度の生産性に関する分析は不可欠なようです。それに関しても、孔子や儒教は全く関係がないようです。

質問さんは、日本が何故あらゆる非西洋国に先立って、既に明治の時に産業革命が出来たかご自分で調べてみることをお勧めします。他の全ての非西洋国でも、西洋型の経済体制を学んでそれをコピーしよとしたのですよ。ところが、日本だけが成功したのです。そのキーワードは、日本だけが非西洋国で封建主義を採用していたからです。他の全ての国は中央集権主義を採用していました。日本は西洋のことをコピーしたわけではなく、元から有った日本の制度を西洋語に翻訳しただけだったのです。

封建主義とは中央集権主義と比べてそれほど経済発展に対して生産的な主義だったのです。

封建制度とは中央集権制度と相い対峙する概念ですから、中央だけに意思決定権を集中することを大前提とする、中国やソ連の中央集権主義に基づいた共産主義(正確には社会主義)とは油と水の関係になります。

また、中国では歴史の中の殆どで圧倒的な時期に中央集権制度を採用した国であり、孔子云々、儒教云々は封建主義とは全く関係がありません。

人類史の中で明確に封建制度を採用したのは、中世の西ヨーロッパと頼朝から江戸末期までの日本だけの例外的な地域だけだったようです。したがって中国は封建主義...続きを読む

QNHK受信料が5年分滞納しています。今後支払っていくにしても今までの分

NHK受信料が5年分滞納しています。今後支払っていくにしても今までの分はなんとかならないのでしょうか?教えて下さい。
ちなみに5年前のNHKの不祥事が次々でるまではしはらっていました。裁判等の話がだいぶ前からではじめて、支払おうかと思ったものの額がかなりになっていて、先延ばしにしてしまい今に至っています。

Aベストアンサー

分割払いの提案をしましょう。

NHKも無駄に裁判費用はかけたくないですから、
1ヶ月に2倍払っていく5年払いの返済でも普通に受け入れると思います。

Q中世ヨーロッパの封建社会

こんにちは。

中世ヨーロッパの封建社会について調べています。
ツンフト、ギルド、二院制、三院制、古典荘園、純粋荘園など、たくさんのキーワードはあると思いますが、高校の世界史は比較的しっかりやっていたのでキーワード自体についてはわかるんです。

でも、流れがよくわかりません。
どうして古典荘園から純粋荘園に移ったのか、などの時代の流れの理由もよくわかりません。

中世ヨーロッパの封建社会の流れを中心に、時代の流れ、都市の流れ、商業の流れ、宗教の流れ、農村の流れ、など、いろいろあると思いますが、何かわかる方、教えてください。

またそのようなHPを教えてくださると尚嬉しいです。
宜しくお願いします!!

Aベストアンサー

中世ヨーロッパにおいて、時代の転機となったのは、やはり十字軍遠征でしょう。
十字軍遠征がヨーロッパ社会に何をもたらしたかといえば、
(1)教皇権の衰微(アナーニ事件・教皇のアヴィニョン捕囚などをまねく)、
(2)諸侯・騎士階級の衰微(自らの地位を守るために王権に頼るようになった)、
(3)商業活動の活発化(地中海等を利用した遠隔地貿易・自治都市の発達)、
(4)王権強化(王権も打撃を受けますが、やがて諸侯や騎士が王権に依存すると共に、都市市民も経済活動の保護を求めて王権に接近していく)
です。
ただし(4)についてですが、イタリア・ドイツは逆に地方分権がすすみます。

「どうして古典荘園から純粋荘園に移ったのか」ですか? この辺の全体の流れを主として回答しましょう。
商業活動が活発になると言うことは、ヨーロッパ社会が現物経済から貨幣経済に変化したことを意味するのはわかりますね。つまり荘園領主である諸侯は、租税を銀で納めさせるようになったわけです。
しかし、農奴にとっても、それはありがたいことだったのです。なぜなら、農奴は農作物を銀に換えることにより、蓄財が可能になったからです。コツコツと蓄財し、地位向上をねらいます。
一方の諸侯は、十字軍遠征に従軍することにより、荘園を長期間留守にしたり、戦死したり、捕虜になってしまったり…と没落していきます。
つまり、このような変化の中で、領主と農奴の力の差が縮んだわけです。この時農奴は、領主直営地での労働を拒否します。直営地の生産物は、すべて領主のものですからね。
しかし、これは領主にとっては収入減になります。そこで領主は、収入減を少しでも抑えるために直営地を保有地にかえたわけです。純粋荘園の成立ですね。
ところが貨幣経済が浸透すると言うことは、貨幣を直接入手しやすい生産者(農奴)の地位を向上させます。しかもペストが流行して人口が激減し、領主は農奴確保に四苦八苦し、収入もますます減少します。
ここで領主は、苦肉の策として古典荘園を復活させるわけです。そしてそれに反発する農奴が反乱を起こすわけです(ワットタイラーの乱やジャックリーの乱…)。これに平行して行われていたのが英仏百年戦争。これで英仏では、諸侯・騎士は没落が決定的になりました。逆に王権がますます強化されるわけです。国王による本格的な中央集権化の始まりです。

また、自治都市が特に発達していたイタリア・ドイツでは、市民たちが諸侯に対する自由を守るため、経済活動で他の都市に負けないために、都市同盟を結びました。ハンザ同盟・ロンバルディア同盟が有名ですね。
もともと強力な権力者がいなかったイタリア・ドイツでは、こうして諸侯の力が没落する一方で、大きな経済力を持った自治都市が特に発達したため、ますます地方分権がすすむのです。

中世ヨーロッパにおいて、時代の転機となったのは、やはり十字軍遠征でしょう。
十字軍遠征がヨーロッパ社会に何をもたらしたかといえば、
(1)教皇権の衰微(アナーニ事件・教皇のアヴィニョン捕囚などをまねく)、
(2)諸侯・騎士階級の衰微(自らの地位を守るために王権に頼るようになった)、
(3)商業活動の活発化(地中海等を利用した遠隔地貿易・自治都市の発達)、
(4)王権強化(王権も打撃を受けますが、やがて諸侯や騎士が王権に依存すると共に、都市市民も経済活動の保護を求めて王権に接近していく...続きを読む

Q3-5年のネット社会を想定?

初心者です。
3-5年のネット社会を想定、社会構造はどうなってるでしょう?
例・電子行政、遠隔医療、流通構造、顧客管理
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=201544
別の人も殆ど同じ質問をしているようですけど、偶然ですか?何かの問題の答えを探しているのでしょうか?

社会構造は、小泉内閣の構造改革の成果しだいですので、どうなるかは誰も分かりません。

電子行政は、原則全ての行政手続きがネットでできるようになるようです。(今日の読売新聞一面に報道)

Q日本にも欧州のような封建君主はいましたか?

質問名が説明不足だった事を謝罪します。

日本の封建制といえば家臣は1人の主君に仕えますが、ヨーロッパでは家臣は複数の主君に仕え、主君同士が争い合えば自分が得する側を味方したそうです。このような同時に複数の主君に仕えた人は日本にもいたのでしょうか?

Aベストアンサー

>日本の封建制といえば家臣は1人の主君に仕えますが
このようなことはありませんでした。
戦国時代に戦闘で主君が戦死した場合に、敵に処刑されるのを嫌って股肱の臣がその場で殉死しました。
生き残ってもろくなことにならないと判断した場合です。
有能な家臣であれば、むしろ敵方が迎え入れました。
あるいは、直ちにその場を離れ、次に雇ってもらえる武将を探しました。
関ヶ原でも、秀吉の股肱の臣が多数家康に加担しています。
藤堂景虎が遺した家訓にも「「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」と記載されています。

藩幕体制が整った1663年には殉死禁止令を出しています。
これに反して、病死した親父の寵臣に向かって「じじい、まだ生きているのか」と言って腹を切らせたバカ息子がいましたが、幕府は即刻このバカ息子の石高を削って他国へ国替えをさせた上で、腹を切った人の家族も処刑しています。

江戸時代の藩士も幕臣も、現在で言えば公務員です。雇用を保証してくれる藩や幕府という組織には忠実でしたが、個人である主君はあくまでもその時点での最高権力者として対応しました。
主君に忠誠などとやられたらお家騒動が頻発して収拾がつかなくなります。
忠臣蔵の話はあくまでも芝居の上での話しです。
殉死をさせたのではなく、騒乱罪に対する処分です。

二君にまみえずだの、武士道だのと言ったのは明治時代の新渡戸稲造の類の人間です。
「葉隠」は江戸時代」には佐賀の奇書として相手にされませんでした。
むしろ内容が不穏当であるとして禁書とされていました。

第二次世界大戦後に雇用の安定と確保の為にサラリーマンの終身雇用制度が定着しました。
「日本の封建制といえば家臣は1人の主君に仕えます」というのはその結果生まれた都市伝説です。

>日本の封建制といえば家臣は1人の主君に仕えますが
このようなことはありませんでした。
戦国時代に戦闘で主君が戦死した場合に、敵に処刑されるのを嫌って股肱の臣がその場で殉死しました。
生き残ってもろくなことにならないと判断した場合です。
有能な家臣であれば、むしろ敵方が迎え入れました。
あるいは、直ちにその場を離れ、次に雇ってもらえる武将を探しました。
関ヶ原でも、秀吉の股肱の臣が多数家康に加担しています。
藤堂景虎が遺した家訓にも「「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ...続きを読む

Q新社会人から社会人5年目までの年(22歳〜27歳くらいまで)でやっておいたほうがいいこと、やらないほ

新社会人から社会人5年目までの年(22歳〜27歳くらいまで)でやっておいたほうがいいこと、やらないほうがよいことなどを教えて下さい。
 
貯金、保険、仕事、プライベートなんでもかまいません。

体験談などもあればお伺いしたいです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

社会人5年目までだったら、とにかく目の前にある仕事に一生懸命取り組むこと。
そして、多少ブラックかな?と思っても、精神的にかなり追い詰められない限り辞めないで頑張ること。
プライベートは多少だけど犠牲にしてもいい。
とにかく社会人になって最初に覚える仕事ってのは、その先の仕事観とか姿勢ってのにものすごく大きな影響を与えるから。
若い時は体力も気力も充分にあるから、多少のことだったら乗り越えられる。
ここでサボってしまったり、楽することを覚えちゃうと、後々取り返しがつかない。
年取ると体力的にも気力的にも若い時に比べて落ちてくるから、その頃に楽できるように若い時に頑張る。
若い時に頑張ると、仕事をする人間としての土台がしっかりできるから、30代とかになった時に仕事のでき方に圧倒的な差が出る。
転職するにしてもしっかりとした仕事をしていれば実績ができているから、良い条件での転職が多くなる。
そしてたくさんの人に会うこと。
人脈は最も大事。

やらない方が良いことは、怠けること。
怠けたり楽するのはもう少し年取ってからの方がいい。
投資とかに手を出すのもまだやめておいた方がいい。
資本主義の世の中だから、資本家にならなきゃ儲からないんだけど、若い時はその資本を貯め込む時期。
将来自分で事業を起こしたり、投資したりするために貯め込む。
安易に数百万程度金ができたからって株式投資したりすると痛い目を見やすい。
もっと年いって、人脈が増えて様々な情報が手に入るようになってからの方がいい。

社会人5年目までだったら、とにかく目の前にある仕事に一生懸命取り組むこと。
そして、多少ブラックかな?と思っても、精神的にかなり追い詰められない限り辞めないで頑張ること。
プライベートは多少だけど犠牲にしてもいい。
とにかく社会人になって最初に覚える仕事ってのは、その先の仕事観とか姿勢ってのにものすごく大きな影響を与えるから。
若い時は体力も気力も充分にあるから、多少のことだったら乗り越えられる。
ここでサボってしまったり、楽することを覚えちゃうと、後々取り返しがつかない。
年取...続きを読む

Q封建社会の崩壊について

学校のレポートで行き詰っている所があるので質問します。

「中世ヨーロッパ封建社会の崩壊と貧民の増加」

この関係性がいまいちわかりません。
わかる方いらっしゃいましたら、ぜひ教えて頂けないでしょうか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

詳しく書くと,ルール違反になるので,方法論だけ書いておくことにします。
○ そもそも「封建制」とは何か,「絶対王政」と比較しながら,その定義・特色を明確化することが必要です。
○ 次に,封建制が何故崩壊したのか,世界史の年表を見ながら,封建制末期に起きた事件や戦争を確認します。制度の崩壊というものは,戦争等を契機して発生しますからね。
○ 最後に,その制度崩壊が何故「貧困の増加」に繋がるのか,を
「原因⇒因果関係⇒結果」という構成で捉えればいいかと思います。


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