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着物から現代の服に変わった時代について。教えてください!

それまでずっと着物を着ていたのに、「終戦」となったら、突然「はい、今から着物を脱いで、トレーナーを着てください!」となったんですか?

ある日突然、街の外に出たら、全員着物からトレーナーやジーパン姿にチェンジしている世界だなんて、怖いんですけど?

皆様はどう思いますか?

A 回答 (6件)

終戦じゃなく、明治維新です。


政府が、江戸時代の文化と決別して欧米化政策をとり洋装を取り入れたのです。
といっても、洋装は高価だったので、とてもじゃないが庶民の手には届きません。庶民は和服のままです。
鹿鳴館でダンスをしていた女性のドレスは何百万もしたといいます。
大正時代、モボモガと呼ばれた気取った人たちは洋服を着ましたが、これも収入が多い人たち。そこらの庶民ではありません。

終戦後、だんだんと庶民にも洋服が普及しましたが、日常的に着物を着ている人も特に女性には多かったと思います。
洋服は労働着、お出かけや冠婚葬祭は着物。

日常的に洋服になったのは、学校の制服を洋服にした影響は大きいと思います。
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この回答へのお礼

モガ、テレビで見たことあります!
あれは金持ちなんですね!

お礼日時:2023/02/18 17:13

>高級路線に舵を切ったのは、失敗だったわけですね!



そうですね。そのため和服は購入ではなくレンタルするものになってしまいました。結果的には自分の首をしめてしまったのですよ。

所有しないから普段気軽に着ることもない、そのため和服を自分で着ることができない人ばかりになりました。世界各国の民族衣装で「自分で着ることができない」なんていうのは和服ぐらいではないでしょうか。
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男性と女性とでは異なりますね。



庶民の男性は戦前は和服が主流でした。洋服を着用していたのは当時珍しかったサラリーマンや警察官、兵隊などごく一部でした。ただ戦後は復員した人は軍服をきていたせいか一挙に洋服が普及しました。

それでも外では洋服をきているが家でくつろぐ時には和服というスタイルが昭和40年代ごろまでは続いていましたね。

女性は和服をきるのは戦後も続き、昭和30年代の授業参観では母親たちは和服ばかりでした。そもそも日常的に和服をきていたのですよ。それが昭和40年代頃から外でも家でも日常的に洋服を着るようになりました。

和服がどんどん洋服に押されるようになると、和服業界は高級路線に舵を切ったのですよ。そのため和服はべらぼうな価格となり、一層庶民と縁がなくなってしまいました。
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この回答へのお礼

高級路線に舵を切ったのは、失敗だったわけですね!

お礼日時:2023/02/18 18:18

大正モダニズムの時期です。

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洋服を着始めたのは明治維新以降です。

電灯や洋式の建物が街に増え、牛乳がオランダからやってきて一般的に飲まれるようになった時期に洋服も入ってきました。最初は着物の人も混在していました。
最初は学のある人や金持ち、政府関係者や皇族など限られた人が洋服を着ていて、それが徐々に大衆に広がっていった感じです。
洋服と言っても今のようなカジュアルなものが最初からあったわけではなく、背広等が中心で、その後に各国の文化を取り入れていって今のような服装に変化していきました。
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この回答へのお礼

金持ちから先に、ですか。

お礼日時:2023/02/18 17:14

日本人は日本人なのになぜ和服を着ないのか?それは西洋の文化を受け入れたからです。

トレーナーというより、ワンピースやスカート、ズボンなどですね。突然ではなく、徐々に浸透していったと思います。音楽大学で西洋音楽を勉強する文化も日本ならではです。
ですか、着物にはTPOがあり、何かの人生の節目、には着物を着る文化が根強く残っています。
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