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天上天下唯我独尊というのは、傲慢な思想ではないですか?

質問者からの補足コメント

  • どう間違えているんでしょうか?

    No.12の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2023/11/28 13:25

A 回答 (15件中1~10件)

「天上天下・唯我独尊」とは、釈尊誕生のとき、七歩歩いて唱えたという伝説と共に、誕生偈としてよく知られた言葉です。


 その意味は「天上天下、すなわち全宇宙において、仏のみ独り尊き存在であるということであり、そこから仏界の生命、仏性というものの尊さを最大限に称えた言葉となるのす。
 ところで、常識からいって、いかに釈尊といえども、生まれた直後のときに、こんな言葉をいうはずはありません。その意味するところは、おそらく、釈尊がこの世に仏陀となるべき使命をもって生まれてきた人であることを示そうとしたものでありましょう。そして、更にいえば、この世で最も尊き価値を有するものは、人間の生命であることを述べようとしたものでありましょう
「天上天下唯我独尊・三界皆苦我当度之」とありますが、
仏典の深い意味も知らず、釈迦の最高の経典も知らずに批判する、無知無学無能な輩こそ傲慢ではないでしょうか
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この回答へのお礼

興味深いご解説の数々、みなさん、ありがとうございました!

お礼日時:2023/12/04 19:01

最近、思います。


信長は本当に傲慢で残酷な武将だったのか、
実は残酷に見えたのは処罰に厳しいということで
歴史上、この手の話の多くには
オーバーが含まれていると感じます。
質問文に出てきた言葉から、浮かびました。
信長をこう批判する人多いですよね。
実は偏見が裏に潜む気がします。
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何を傲慢とみなすかというのは、その見る人の視線の向きにもよるのでしょう。


「世界平和を実現しよう」「誰もが平等に尊重される世の中にしよう」「格差なき社会の実現を目指し頑張る」などの発言者を、傲慢なことをいうとみる視線もあるのでしょう。 そういう発言者が「私も微力ながら努めたい」と付加して発言していたとなった場合には、傲慢と見るよりも、真摯さを感じるという人が増えそうな気がします。

No.11の回答者さんが、「天上天下唯我独尊・三界皆苦我当度之」と書かれていますが、もともとの話がはっきりしない、後世に作られた偉人釈迦を称賛する創作伝説なので、いくつもの伝説があるようです。
大事なことは、「釈迦を讃える創作伝説の一部である」ということです。
一見して、傲慢と読めたとしたら、「それは読む人が、伝説を創作・伝承してきた人たちとは、見る視点・視角・言葉で感じる感覚が異なっているために起きたこと」と推定するのが、常識的判断です。

下の図に、数個の伝承の日本語をだしました。(もっとありますが、)
この、9、11、27は、釈迦がこの世での自分の使命を認識して、「今生において、自分一人でも、とにかく頑張って頑張って、尊ばれる者になるんだ!」と強く声高に決意宣言している と読むこともできます。
この2は、生まれ変わるという基本認識がベースにあって、そのベースの上にたって、「今回この世に生まれたのが、この世に出る最後である。今までも
この世に何度も生まれている。この世に生まれたものの中で、一番の年寄りが私だ。この世での人間でいる最後の回では、今までできなかったことを必ず成し遂げる。この世に生まれてくるすべての人々が苦に陥ったときの苦を脱する方法を教えていくのだ。その意味でこの世で最も強く、第一の者である」という存在宣言です。 傲慢といえば傲慢ですが、伝記では、釈迦は誰に対しても指導を拒んだり、出し惜しんだり、見返り報酬の値上げを要求してないのですから、自己についての極端なまでの存在宣言こそが、実は誠実さそのものの現れとも理解できます。

釈迦を敬う人々の伝記の中に出てくる表現の一部であるということを考えないのであれば、「俺が最高!」は、ただの「酔っ払い・自己陶酔」です。
傲慢と考えるよりは、ぶっとんでると見た方が当たっていることが多いでしょう。 傲慢な人は「天上天下 唯我独尊」などと息巻いたりしません。
「天上天下唯我独尊というのは、傲慢な思想で」の回答画像14
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No.12です。



『我一人尊きものを知る』という意味であり、生涯に於いて『法』を説く、、、という事です。

ここで言う『釈尊』というのは、『始成正覚』であるが、後の法華経第十六により、『久遠実成』としての本地を示します。
「我れ本、菩薩の道を行じて」とあるように、過去世に於いて成道した事をあかします。そして、その原因は『久遠元初』より受け継いだ成仏の種であり『法』の事を指します。
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そう捉えるなら、、、



意味を間違えていると思います。
この回答への補足あり
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だって、お釈迦様てのは、キリスト教に言う


キリストと同じ存在ですからね。

そのぐらいのことを言わないと
信者になってくれません。

後年になって、さすがにこれは傲慢過ぎる
ということになり
解釈を工夫することになります。


例えば以下のようにです。

「他と比べて自分のほうが尊いということではない。
  天上天下にただ一人の、誰とも代わることのできない人間として、
 しかも何一つ加える必要もなく、
 このいのちのままに尊いということ」
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そもそもは


自分以外に他者を尊重する気持ちを持っている人間はいないのか
という独り言程度のことが
BCの時代の全方向の敵意からゆがめて伝えられてしまった、
そういうことの一つの例なんだろうと思います。
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「自分(全ての人間)は何にも代えがたい存在だ」という意味です。



決して、ガラの悪い連中が粋がって掲げているような意味ではありません。
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確かに理解するには難しいですよね。

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思想ですらない言葉だと思いますけど。

www

カッコいい言葉?を使って、イキってるだけでしょ。
ギャル語、流行り言葉なんかと同じレベル。
そんなの「思想」ではないよ。

中身空っぽのことを、哲学っぽく語って、
悦に浸ってるやつとかいるでしょ?
それも同じ。
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