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神道はの森羅万象に神が宿るとか、祖先崇拝や自然崇拝が基本となる
言わばアニミズム敵思想だと思うのですが、

では、いざなき、いざなみ、あまてらすおおみかみは、どう言った関係になるのでしょうか?
その方達に向かって拝むのは、「先祖だから」と言う事でしょうか?

森羅万象と言うのは、宇宙と同じでしょうか?

良くご存じの方がいらっしゃれば教えて下さい。
よろしくお願いいたします。

A 回答 (9件)

神道とは縄文の祖先崇拝・自然崇拝を基本とするアニミズム文化と、弥生の太陽神信仰を基本とするシャーマニズム文化が結合したものです。



>いざなき、いざなみ、あまてらすおおみかみは、どう言った関係になるのでしょうか?
→これは縄文アニミズム文化に、弥生の太陽神を頂点とする思想を加え、さらにその太陽神の子孫に天皇家を位置付ける物語を神話として付け加えた物語です。
つまり、皆々の先祖や自然を拝んでも良いが、一番偉いのは太陽神に繋がる天皇家の先祖だから、それを忘れないでね。という感じです。

森羅万象と言うのは、宇宙に存在するあらゆるモノ・現象のことで、時代による宇宙観の違いを考慮する必要があります。
天文学や物理学が発達した現代人が思い描く宇宙ではなく、古代の宇宙観、つまり地上で肉眼で見え、身体で感じることができるモノ・事象のすべてということになります。
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では、いざなき、いざなみ、あまてらすおおみかみは、どう言った関係になるのでしょうか?



あまてらすおおみかみ=天照大神は
「いざなき、いざなみ」=(伊邪那岐神)・(伊邪冊神)夫婦の娘神です。
この夫婦が国土創成の神で、天照大神は太陽の女神です。
天照大神は伊勢神宮の神で森羅万象様々の自然の要素を司る
大祖神です。伊勢神宮には、森羅万象を構成する様々の神様が
お祀りされています。
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① 神道はの森羅万象に神が宿るとか、祖先崇拝や自然崇拝が基本となる


言わばアニミズム敵思想だと思うのですが、

❶a 神道は、「(森羅万象に神が宿るとか、祖先崇拝や自然崇拝とか)が基本となる言わばアニミズム的思想だ」と思うのですが、
❶b 「神道の森羅万象に神が宿る」とか、「祖先崇拝や自然崇拝が基本となる」とかは、言わばアニミズム的思想だと思うのですが、

❶a、❶bのどちらの質問でしょう。
神道(しんとう)というのは、けっこう意味不明で、内容も、様式も、判然としていない語です。この曖昧極まる語について、「どうなのか」を質問したり、回答するということは、もう事実関係に関わることから、遠のいてしまいます。
神社本庁の下記説明 https://www.jinjahoncho.or.jp/shinto/shinto_izanai では、神道は仏教に対峙させる語と位置づけられていますが、その実態はなにも述べてないとの同然です。 日本固有の信仰といったところで、何を固有の内包とし何を外延とするのか、概念規定がないのです。 習俗とか習慣、文化という用語で表すものとの差さえ不明です。
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神道は、日本人の暮らしの中から生まれた信仰といえます。遠い昔、私たちの祖先は、稲作をはじめとした農耕や漁撈などを通じて、自然との関わりの中で生活を営んできました。自然の力は、人間に恵みを与える一方、猛威もふるいます。人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知しました。また、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えたのです。そして、清浄な山や岩、木や滝などの自然物を神宿るものとしてまつりました。やがて、まつりの場所には建物が建てられ、神社が誕生したのです。このように、日本列島の各地で発生した神々への信仰は、大和朝廷による国土統一にともない、形を整えてゆきました。そして、6世紀に仏教が伝来した際、この日本固有の信仰は、仏教に対して神道という言葉で表わされるようになりました。
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神道国際学会 http://www.shinto.org/wordjp/?page_id=10 というところでは、神道を 

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神道とは日本の土着の宗教です。日本の古代から現代に続く民族宗教であり、日本人の生活文化の全般に浸透し、しかも外来文化を受け入れて、日本的に変容させるというエネルギーをもっています。その原点は古来の民間信仰と儀礼の複合体で、動物や植物その他生命のないもの、例えば岩や滝にまでも神や神聖なものの存在を認めるいわゆるアニミズム(精霊信仰)的な宗教です。その起源は遠い昔に遡ります。西暦紀元前200年頃までといわれる縄文時代の遺跡から発見された遺物の多くには何らかの呪術的な意味を持っていたとおもわれるものがあります。 (中略) この「神道」という用語が最初に文献に出て来るのは、西暦720年に編纂された『日本書紀』という歴史書ですが、そこでは宗教的儀式や神々または社(やしろ)を指したもので、現在使われているような宗教の教義のまとまった体系の意味で使われるようになったのは12世紀からです。 (中略)  19世紀になると、神道の歴史に大きな転換期が訪れました。それは、200年以上にわたる鎖国による封建主義が終わりをむかえようとした1860年代から、日本が新しい国づくりを目指す文明開化という時代に入ったからです。ヨーロッパやアメリカで、自分たちとは違う文明や価値観を見聞した日本の為政者たちは、日本にも精神的な規範が必要だと考え、神道が日本の伝統的な信仰であり、日本人の日常生活に深く浸透しているものであることに着目しました。そこでまず神社と寺院とを分離し、さらに神社を整理統合し、国家の支配下に置くことにしました。いわゆる「国家神道」の発生です。 (中略)  1945年にいたって、第二次世界大戦で日本は敗れ、占領軍の民主化政策により、「国家神道」は解体され、新しい宗教法人法のもと、神道は「神社神道」と「教派神道」に大きく二分されるようになりました。現在、日本全国には約10万の神社があり、そのうちの8万社あまりは「神社本庁」に属しています。
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仏教やキリスト教といった場合でも、それらの語で示したところで、実態は異なった信仰や宗教様式の多様な形態の団体や文化があるのですが、一種の概括をして、内包・外延をもったような(けっこう微妙ですが)「仏教」「キリスト教」を想定することはできます。 ところが、神道に関しては、「これも神道の一形態である」のような認定が極めて困難なのです。 山や岩、木、森や滝、川、日、雨、雷、さらに井戸や竈、田などの工作物、さらに酒造・狩猟・漁労・収穫・土木建築工事・戦闘・出産生誕・婚姻などの営為・行為にまで対象を広げ、祀・祭・禁・忌・祝とあり、行動スタイルも限定的でないのでは、どうにも扱えません。
多神教とか、アミニズムとは、だいぶ異なったものであることは、間違いなく、祖霊祖先崇拝とも、生死に関わる文化でもないです。 教条や教説などないのですから、「列島で様々な習俗があり、半島や大陸とは様相が異なる習俗で、信仰でも宗教でもない」のでしょう。

神社本庁でも、各地の神社でも、お札を出すだけで、何をどう祀っているかさえも直接関知しない、また、祭礼・行事にイベント場所を提供し神主が臨場関与するだけのようなのを、神道の一部のように言うのは、実態理解からかけ離れています。

❷ 祖先崇拝や自然崇拝が基本となるようなのは、ごくごく珍しいです。 伊邪那岐、伊邪那美、神日本磐余彦などを祖先と思ったりするような人は江戸時代、昭和時代だって、1万人に一人いれば多い方でしょう。 山や海、川や田、原や岩、樹や草、太陽、月、星、雨、風、熊、猪、狸、烏、雀、鯉、鰯、火煙、地震、噴火、台風、日照などでも、崇拝するような人は滅多にいないです。 「祖先崇拝」や「自然崇拝」という見慣れた熟語はあっても、実態としての習俗や文化習慣・思考はないです。


《森羅万象に神が宿る》《自然崇拝》《アニミズム》《祖先崇拝》など、ポピュラーにある言葉だけれども、実態がない、何がどうなっているのかも曖昧で、事実検証も全くなし、それでは、悪魔の仕業、霊魂、未確認飛行物体、UFOというような言葉をつないで何かを検討しようというのと、同類です。 ショービジネス、オカルト狙いの読み本、芝居や演劇、講談、漫才を狙うでなければ、考え方、検討の方法を考え直す方が良いです。

神道のようなものは巷間(ちまた)には実在したことがない。
自然崇拝、祖先崇拝も、日本列島で広範になされたことはない。
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「宗教」というのは元々それを信じる集団が必要です。

日本人は宗教的に見ても「ある宗教的概念や信仰を持つ集団」で、その集団=日本人が信じる宗教性を「アニミズム」または「神道」と呼ぶわけです。

同様に、ヨーロッパ人はキリスト教を信仰する集団だと言えるし、中東のほとんどの人たちはイスラム教を信じる集団だし、東南アジアのほとんどの人は仏教を信じる社会集団である、といえます。

しかし、これだけだと「社会集団」は必ずしも「国家」と同じではありません。たとえば解体してしまいましたがユーゴスラビアはキリスト教徒(カソリックと正教徒)・イスラム教徒の3種類の社会集団が一つの国家を作っていました。

逆にイギリスは国王が英国国教会の司祭に戴冠してもらうように、国家と宗教がほぼ同一、個人が何を信じてもいいですが、国家と社会集団は同じ宗教性を持っている、といえます。

日本も同じで、社会集団としての日本人の宗教性は多神教・アニミズムで、日本の国家認識も「アニミズム」です。ただし国家的宗教として「神道」と呼ぶのです。

そして「国家としての宗教を決めるなら、それは統治者の権力を決めることでもある」というのが、近代以前のやり方で、イギリス国王がキリスト教司祭から「神の許し」を得て戴冠するのも同じ、タイ国王は仏教僧侶の祈りの中で戴冠するのもそれにあたります。

そうなると「なぜこの国の宗教は○○で、統治者はなぜその宗教と一体なのか?」その理由を示す必要が出てきます。

日本の古事記とは「天皇が日本の統治者である理由」を表した書物で《この島国はイザナギ・イザナミが生み出した島々(国産み)で、アマテラスはその子孫、天皇家はさらにその天孫なので、この国の統治権を持っている》ということを説明している書物なのです。

>その方達に向かって拝むのは、「先祖だから」と言う事でしょうか?

その方向、という意味が分かりませんが、たとえば伊勢神宮の方に向かって祈るのは「この国に住んでいることで、生活が成り立っているありがとうございます」という感謝を伝えるためです。

>森羅万象と言うのは、宇宙と同じでしょうか?

近代科学でいえば「宇宙」、神話でいえば「森羅万象」という意味です。

ただしこれが、全く同じ意味かどうかは、その言葉をどのように使うかに寄ります。
 そもそも「宇宙」という言葉自体《私たちが住むこの空間》を意味する場合もあるし《この空間以外の他の空間も含む物理的な広がり(多元宇宙論)》を意味することもあるので、言葉の定義が一義ではありません。
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では、いざなき、いざなみ、あまてらすおおみかみは、


どう言った関係になるのでしょうか?
 ↑
御指摘の通りで、神道てのは自然発生的に
誕生した宗教です。

本来は、先祖や自然を敬う、という程度の
モノでした。

それを統治者が、民を支配する道具として
利用するようになったのです。

つまり、統治者に都合が良い神話として
物語を創作したのです。

西洋の王権神授説と同じです。

王様は何で、権力を持っているの?
神様から与えられたのだ。
それじゃ仕方が無いな。

こんな調子です。
西洋は、キリスト教を普及させることにより
ローマ帝国のような大国家を形成することが
出来ました。

日本は
明治になってからは、西洋列強に対抗するため
神社神道を利用するようになりました。

そうやって国民をまとめようとしたのです。




その方達に向かって拝むのは、
「先祖だから」と言う事でしょうか?
 ↑
そうです。
日本人は、先祖を遡れば、総て
天皇に行き着く。
そういう物語を作ったのです。



森羅万象と言うのは、宇宙と同じでしょうか?
 ↑
そうですね。
この世、総て存在するモノ。
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天照は、伊邪那岐(父)と伊邪那美(母)の娘。



須佐之男はその弟。
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アニミズム的ではあるが、国家の柱とする際にそれでは(特に対外的に)具合が悪い。


なのである程度の筋を通しヒエラルキーを確立しなければならない。
その最初の作業が「日本書紀」「古事記」であり、いざなぎとかはここで明確に確立した。

先祖というより「国の創造主」「国の守り神」である。

イコールではない。
森羅万象とは「この世のあらゆるものや状態、現象、関係性」すべてを指す。
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素晴らしい質問ですね!



日本人の宗教観を現している気がします。日本人の子供の頃からの教えには道教の流れが身についていると思います。誰から教えられたと思うこともなく生活する上で自然と総合的にアメニズムの道徳観が染み込んでいると思うのです。日本人の基本だと思います。「イザナキ」「イザナミ」「アマテラスオオミカミ」の関係はお調べになればはっきりわかると思いますので回答はしません。その方達に向かって拝むのは究極にリスペクトしているからでしょうね。先祖ではないと思います。先祖を造った方でそれを神と言っているのでしょうね。
森羅万象と宇宙は少し違う気がします。森羅万象はすべての根源で魑魅魍魎です。宇宙は「無」ではないかと思います。
詳しくないですが。。。自分なりに勝手な解釈をしています。自分の解釈ができるまで悶々と悩むとよろしいかと思います。素敵です。
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日本神道は、教祖、教義が無く、アミニズム的だといわれています。


そのため、過去において、日本は「神道は宗教ではない」と宣言したこともあります。

日本神道の起源は、記紀の原点とされる古代書「ホツマツタエ」に登場する創造神・天卸祖神(あめのみおやがみ)とされています。
これは、3万年前に富士山の裾野に存在した高度文明を築いたとされています。
この高度文明は富士山の噴火によって地中に埋まってしまったそうです。
この文明のとき、柏手、結界・禊祓い、相撲、剣の道、お風呂、歌舞伎、能、ちょんまげ、ものづくりの精神といった日本文明が誕生したそうです。

なお、その後の文明において、いざなき、いざなみの神話が生まれたり、天照大神となる人物が霊能力があるってことで指導者になったということのようです。
天皇家は、神のお告げを国民に伝える伝令役ってところですね。

なお、どの時点かよくわかりませんが、神道は、天卸祖神の価値観から離れて、善悪の区別が無い、天国と地獄の区別が無いような魑魅魍魎がバッコする世界と通じる感じになり、これがキリスト教やイスラム教に見られるような、「善悪を区別する」「正義を重視する」っていう白黒をはっきりさせる価値観と、「曖昧決着」を得意とする日本の価値観の差になってきたようです。

ちなみに、幸福の科学の大川総裁が昨年の3月2日に亡くなられましたけど、神道のこと、特に「天照大神」の逆鱗に触れるような霊言をしたことが教団内では原因とされています。
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