マスコミなどで頻繁に取り上げられている幼児虐待、
ニュースやワイドショーで見るたびに、胸が締め付けられる思いがします。でも「かわいそう」と思いながらもどこかで『テレビの中の出来事』としてとらえていたのかもしれません。でも近頃あまりにも、虐待なのだろうかと感じられる場面に遭遇することが多く、『虐待』の奥の深さを
痛感しています。自動販売機の前で泣いている2歳ぐらいの女の子、「泣くな!」と茶髪のお父さんが頭をなぐります、女の子はさらに泣いてまたなぐられます、4歳ぐらいのお姉ちゃんが女の子(妹?)をなぐさめます、でも母親はしらんぷり・・・。
スーパーの駐車場で私の右隣に止まった乗用車、降りてきた若いお母さんは1人で歩いていきます、車の中の女の子(2~3才)が泣き出すと戻ってきて、助手席側のドアを開けます、女の子が「降りにくい、もっと開けて」らしい内容のことを言うと「人の車にぶつかる!ボケ!」と言って女の子を蹴っています。その子が泣きながら降りると、「おまえなんか連れてこなければよかった!」と捨てゼリフ・・・。
こんな場面に遭遇するたびに、『虐待ではなく、しつけでありますように。』と願うことしかできません。自分が何もできないのに、ずっとイヤな気持ちをひきずってしまいます。みなさんはどうお考えでしょうか?長くなってしまい、すみません。

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A 回答 (3件)

私も、ニュースで幼児虐待が取り上げられていると、凄く心が痛みます。


虐待だけじゃなくて、子供に接するのに妙にイライラしてしまっている親や、子供が一生懸命に母親の気を引こうと話し掛けているのに無関心な親を見かけると、気になって仕方がありません。
私はまだ独身ですし子供もいませんが、自分が将来「子供にとって」良い母親になれるのかどうか、自信がありません。
「もしかしたら私も自分の子供を虐待してしまうかもしれない」という不安が潜在的にあるので、幼児虐待関係のニュース等に過敏になってしまうのではないかと思います。

親も人間ですから、イライラすることもあるし怒ったりすることもあるし、いつも正しいことをするとは限りません。
「良い母親」であることを過度に期待された母親が、育児ストレスで子供を虐待してしまうケースも多いと聞くので、親を悪者と一方的に決め付けることは出来ないでしょう。
しかし、子供が親のそういった弱さを自然に理解するには、それなりの年齢が必要です。
幼い子供にとって親は超越的な存在で、本来ならば一番の拠り所となるはずで、だからこそ、親からの暴力は他の誰からの暴力よりも精神的ダメージが強いのです。

幼児虐待には2種類あって、ひとつは親のイライラを子供にぶつけているだけのタイプで、もうひとつは行き過ぎたしつけというタイプです。
前者には虐待に関する知識の少ない人やストレスへの対処法を知らない人が多く、後者には高学歴で完璧主義な、社会的には「良い親」と思われている人が多いそうです。
実は厄介なのは後者のタイプだそうです。
第三者が幼児虐待を止めさせる場合、前者のタイプであればカウンセラーが親に対してカウンセリングを行って、虐待が子供の現在と将来に与える影響を教えてあげたり、親の悩みを聞いてあげて少しでも親のストレスが和らぐようにしたり、子供を一人の人間として尊重してやるように指導したりすることができるでしょう。
しかし、後者のタイプの時は、親はまず自分のやっていることを、精神的意味でも身体的意味でも虐待とは認めないでしょう。
前者の場合ならば、親を子供から隔離するという方法もあるのですが、後者の場合は親にも虐待に関する知識がそこそこあって、それなりに考えがあっての虐待(親にとってはしつけ)ですから、第三者の手で隔離するのは難しいそうです。

私は知り合いに幼児虐待をする人は知らないけど、もしいたらこう言ってやりたいです。
「イライラを子供にぶつけても、子供がそのせいで問題を起こしたり塞ぎ込んだりしたら、親であるあなたにイライラの種が増えて、悪循環が生まれるだけだ。」
「暴力による躾は本当の意味では躾にならない。暴力によって躾けられた子供は、正義や規律を守るためではなく、あなたにぶたれないために、という理由で行動する子になってしまう。」
「もし子供に暴力を振るってしまっり、八つ当たりしてしまったら、その時は恥ずかしがらずに子供に謝りなさい。親も完璧じゃないということを、誠意を持って子供に教えてやりなさい。」
と。

個人的な意見で恐縮です。参考になりましたでしょうか?
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまってすみません。

昔の親が我が子に体罰をしなかったわけではありませんよね?それならば、今の親と何がちがうのか、虐待をしている親が子供の側にたって考えているとはどうしても考えられないですよね。yubaさんがおっしゃるように親の感情をぶつけているだけのように思えるんです。理由もなく、なぜぶたれているのかわからないまま痛みに耐えている子供の心を考えると・・・怒りがこみあげてきてしょうがありません。

お礼日時:2001/09/27 19:52

私もニュースで子供虐待の記事を目にするたびに心を痛めています。

私は、今大学生で、もちろん子供もいないんですが、子供の虐待のことにとても興味があるので、子供の発育、その環境などについて勉強しています。今幼稚園で働いているんですが、4歳児のクラスに一人男の子で、親からの虐待のため言語障害と鬱病の子がいます。親にもいろいろな事情があるのはわかりますが、子供の発達にどれだけの影響があるか知っておくべきだと思います。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまってすみません。

4歳の男の子、つらすぎますね。
産まれてからたった4年しか人生を歩んでいないのに、親の一時の感情で大きすぎる傷をせおってしまったんですね。心の傷が治るまで、体に受けた傷が治る時間の何倍、何十倍も費やすのでしょうか?その子の親はどう思っているのでしょうか?せめて自責の念にかられていることを強く願います。meggさん、その男の子のこと幼稚園にいる間だけでもたくさん受け止めてあげてほしいです。怒りをおぼえるけど何もできない私の勝手なお願いでもうしわけないのですが・・・。

お礼日時:2001/09/27 20:31

 虐待スレスレの好意は、目にすると痛々しいものですね。


 でも、子供が禁止されてることをわざとする……イタズラをしたり甘えたりするのはほぼ当たり前のような気がしますが、口で言ってもわからない場合や間に合わない場合にやむなく手が出るのは、わたしも否定できない気がします。
 わたし自身も太ももをよく叩かれました。平手から始まって、ものさし(竹製)、布団たたき。今では笑い話にしていますが。
 まだわたしの子供は幼すぎますが、そんな時期が来たら、できれば訓戒~ほっぺた~せめて平手でお尻ペンペンくらいで済んでほしいとは思います。

 親から、自分が悪いわけでもないない理由で殴られ続けていた友達がいました。
 一度、本当に助けて欲しい時に助けてくれたのは隣に住んでいた異国の方だったそうです。
 その友達は、自分も親となり、自分の親が亡くなった今でも親を許せない気持ちでつらいそうです。
 今ではマスコミも虐待問題をとりあげていて、当時よりもだいぶ子どもから周囲に理解を求めやすいと思います。児童相談所など通報先も知られてきています。少しずつ制度的には整ってきているのかもしれません。
 でも一番いいのは、行き過ぎた体罰や八つ当たりの虐待をする習慣や考え方を、だれもがしなくなることだと思うのですが。。
 

 
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この回答へのお礼

お礼がおそくなってしまってすみません。

私もjensia5さんと同じように親からたたかれました、でも今になって考えてみると、本当に悪い事をしたときにしかたたかれてないんですよね。それから、悪い事の度合いによってたたき方も違うんです。同じですね。
だから大人になった今、『どんな理由があろうと絶対にしてはいけないこと』が理解できると思うんです。
虐待されている子供のように、四六時中 理由のない暴力にさらされ、物事の良い悪いを理解することよりも親の顔色をうかがうだけの生活で、はたして躾になるのでしょうか?ただ感情を押し殺すだけの、ある意味こわい大人になるのではないでしょうか?

お礼日時:2001/09/27 20:14

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Aベストアンサー

他人にやったら、肉体的精神的暴力と見なされる行為は、自分の子供だからってしたら虐待になると思います。
子供は親の所有物ではなく、一人の尊い人格です。
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教育は、暴力ではなく、話し合いや説得で出来る能力があるに人間しか、親になる資格は無いのではないでしょうか。それは、深い愛情に裏打ちされていないと出来ないものですが、愛する能力もない、そもそも自分自身も愛情を受けた事もなく、愛情が何なのかすら知らない親も大勢います。そういう親が虐待の問題を起こすのではないでしょうか。うちの両親がそうでしたので、よくわかります。

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Aベストアンサー

史記の中ですが、
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Aベストアンサー

ニュースを間違って解釈しているんじゃないでしょうか。

おそらく、1ヶ月から数ヶ月前の事件で、
乳児と幼児の二人が放置され、
乳児は先に死亡してしまい、
幼児は自宅にあるケチャップなどの調味料を食べて命を繋いでいた、
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そういう事件のことですよね。

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乳児の寂しさや無念さを思うと、胸が張り裂けんばかりでした。

Qジャイアンの決めゼリフ「ぎったんぎたんのめためた」

昨夜、子供とドラえもんを見ていてジャイアンの決めゼリフが
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Aベストアンサー

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さらに「きざきざ」の項を見ると、「刻刻・段段」とあり、同じ意味が書かれています。

推測ですが、この「きだきだ」が「ぎたぎた」になり、「ぎったんぎったん」という表現になったのではないでしょうか。

goo辞書(大辞林)の「きだきだ」の項を参考URLに紹介します。
「きざきざ」と「めためた」も併せてご覧ください。

‥‥子どもってほんと大人泣かせの質問しますよね。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%AD%A4%C0%A4%AD%A4%C0&kind=jn&mode=0

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Aベストアンサー

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http://bulkbone.blog.shinobi.jp/Entry/913/

http://www.asahi.com/national/update/0624/OSK200906240076.html
もう、捜査は入っているようです。
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参考URL:http://www.asahi.com/national/update/0624/OSK200906240076.html

Q遭遇について

臨床医学の症例報告の際「・・という稀な疾患に遭遇した」「・・という興味ある症例に遭遇した」と発表される事がしばしばあります。ここ10年ほどの現象のようで、以前は「・・という稀な疾患に経験した」と表現されていました。
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ご意見お聞かせください。

Aベストアンサー

遭遇は「(思いがけず)人や事物に出会う」ことなので、医師がある種の症例と出会う意味で用いるのはまったく問題ないと思います。

むしろ「疾患に経験した」という用法が誤っている気がするのですが…。
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医学関係者ではないのですが、国語学研究者/国語教員の立場から回答させていただきました。

Q自分が児童虐待を目撃したら通告できる自信がありますか?  (秋田の畠山彩香さんの事件に関連して)

児童虐待防止法の第六条に、「児童虐待を受けた児童を発見した者は、速やかに、これを児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十五条の規定により通告しなければならない。」という条文があります。
この文を読む限り、国民全員に通告の義務があるようですが、皆さんは実際に児童虐待を目撃したときにそれを通告できる自信がありますか?

ちなみに自分がそういう状況になったら、近所との関係が悪化するのではないかという葛藤があるとは思いますが、最終的には通告をすると思います。

またそれに、関連して最近ニュースなどで、「虐待してるんじゃないかと思ってたのよ」とか、「人が来ると、冬でも屋外に出されていたのよ」とか証言しているVTRが流されたりしていますが、こういうVTRを流した後には、TV局はアナウンサーやコメンテーターが通告の義務があるということをきちんと流すように努めるべきだと思うのですが、皆さんはどう思われますか?(取材に協力してくれた証言者のかたを非難するような内容はコメントしにくいのかも知れませんが…)


以上2点について、皆さんの率直な意見が伺えればと思います。
回答のほどよろしくお願い致します。

児童虐待防止法の第六条に、「児童虐待を受けた児童を発見した者は、速やかに、これを児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十五条の規定により通告しなければならない。」という条文があります。
この文を読む限り、国民全員に通告の義務があるようですが、皆さんは実際に児童虐待を目撃したときにそれを通告できる自信がありますか?

ちなみに自分がそういう状況になったら、近所との関係が悪化するのではないかという葛藤があるとは思いますが、最終的には通告をすると思います。

またそれに...続きを読む

Aベストアンサー

・経験はありませんが、通告すると思います。

近所付き合い云々は、本来関係ないと思います。
基本的に匿名で対処してくれると思いますし。

たとえ、通告したのが自分だとバレバレの状況だったとしても、私自身、虐待をしているような親とお近づきにもなりたくないし、直接言えない(様子を伺えない)間柄なら、近所との関係もなにもないからです。

・メディアは通告の義務についても、きちんと言うべきです。

質問者さまと同意見です。
「やっぱりね・・・」みたいなことは、思っても口に出すべきなのかな?と思います。
「育児放棄」と思っていたなら、なぜ通告しなかったんだ・・と悲しくなりますね。

でも、これが現実なのかもしれません。
だからこそ、自分が目撃したときは通告すると思います。(そう出来るように覚悟をしていたいです)

Q学びから降りた子どもが自己有能感を…。

『階層化日本と教育危機』(苅谷著)等で述べられていることですが、比較的階層下位の子どもで、「学び」から降りるこどもは自己有能感を持つ。また、自己肯定や自己満足感を抱いたり、自信を持つとありますが…。結局そのメカニズムはほんの中では明らかにされていません。
なぜ、そのような子どもは自己有能感を持つと思いますか??

Aベストアンサー

私、その本『階層化日本と教育危機』(苅谷著)読んでいないので、的はずれかもしれませんが、一般的な学習心理学の考え方として。

階層下位の子どもが、あくまで「学び」にこだわると。
つまり、一昔前に多く見られたように、自分の親は低学歴だけど、自分は勉強して良い成績を取って成り上がっていく「べきなんだ」と、思いこむと。

しかし公教育の質がかなり低下し(と、一般的には言われてますね、ホントかどうか)、塾や私立学校で学力を身に付けなければならない現在。
どうしても階層下位の子どもほど、学力をつけるのにハンディキャップがあります。また、子どもに向いた塾・私立学校を「選ぶ能力」というのも、やはり階層上位の家庭の方が有利です。
総じて、階層下位の子どもほど、学力をつけるのに、ハンディキャップが昔よりきつくなっています。

その中で、あくまで、「自分は良い成績を取るべきなんだ」と思いこんでいると。
実際には良い成績がとれない、それは、 →
○ 自分に能力がないか、
○ 自分の努力が足りないか、
と推論せざるをえません。これでは自己効力感が得られず、自己肯定・満足もできません。自分に卑屈なイメージをいだくばかりです。

それだったら最初から、
「勉強して良い成績を取るなんて下らない」
「俺はそんなガリ勉になんか最初からなりたくないんだ!」
と主張しておけば。実際に低学力・成績が悪くても。
自分の肯定的なイメージ・有能感を壊さずにすみます。

私、その本『階層化日本と教育危機』(苅谷著)読んでいないので、的はずれかもしれませんが、一般的な学習心理学の考え方として。

階層下位の子どもが、あくまで「学び」にこだわると。
つまり、一昔前に多く見られたように、自分の親は低学歴だけど、自分は勉強して良い成績を取って成り上がっていく「べきなんだ」と、思いこむと。

しかし公教育の質がかなり低下し(と、一般的には言われてますね、ホントかどうか)、塾や私立学校で学力を身に付けなければならない現在。
どうしても階層下位の子ども...続きを読む


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