重要なお知らせ

「教えて! goo」は2025年9月17日(水)をもちまして、サービスを終了いたします。詳細はこちら>

電子書籍の厳選無料作品が豊富!

実家で10年一緒に暮らしてた愛犬を看取る事ができませんでした。亡くなった後に連絡がありました。
半年前に一人暮らしを始めました。
昔母親が看取る事が出来ない人は、【愛犬が待ってくれなかった】【人生がそうさせた】とよく聞かされてました。

そうなのでしょうか?
看取る事が出来なった事に後悔と最後に会いたかったです。

A 回答 (7件)

看取る と云うより


死に目に遭えなかった という事ですね。
そんなの多々ありますよ。
一緒に暮らし、弱ったら閉じ込めて
ずっと観ていないと死に目には遭えません。
私は今まで犬が居なかったことがないです。
度に死に目に遭ったり、遭えなかったりします。
特に老衰なら確率は低いです。
病気や怪我なら、動けませんし入院中のことも有りますので、確率は高いです。
犬によって、自分の死を見せない犬もいますよ。
黒ラブがいましたが、18歳。
歩けず、伏せをしたまま這いずり回っていましたが仕事の途中に自宅に寄ると起き上がり、尻尾を振り
元気な姿を見せたし、顔にも生気溢れた目があった。
仕事が終わり帰ると死んでいた。
犬ながら、『心配をかけまい』との配慮だった…と思います。
秋田犬は癌になり、我慢強い犬が
ひどく痛がるので、もういいでしょう と、獣医。
良く頑張った と、撫でながらの安楽死。
(まだまだありますが後ひとつだけ書きます。)
まだ、獣医が居なかった昔。
犬も放し飼いだった幼少期は、
自分の死期を悟り、飼い主の知らない所に行くのでしょうね
帰ってこなくなりそのままでしたよ。
その時代は、ボス犬がいて首輪をつけた何頭もの犬の群れを作っていました(首輪をつけていると捕獲されなかった)
勿論、群れの1匹でしたよ。
『私の(〇〇の)顔を見るために、頑張って待ってた』なんて、人間が作った情緒話です(お母さんの話)
会いたい といくら思っても
気力、体力の限界が犬にもあります。
尽きただけ、間に合わなかったタイミングです。
今、あなたのそばにいますよ。
    • good
    • 1

愛犬が亡くなって悲しいですね。


看取ることができなかったことが後悔されてしまうのですね。
最後に会いたかったのですね。

母親が、お話しされている意図がどんなことなのか
私には理解が難しいです。
質問文に書かれたことだけの意味なのでしょうか?

私は13歳(40年前)から30歳まで愛犬を飼いました。
最初来た時は、片手に乗る大きさで、中型犬でした。
その当時は家の中で犬を飼う習慣が日本には、ほぼ無い時代です。
家の外に犬小屋を置き、そこで飼い犬は寝起き食事をします。
散歩の時だけ、一緒に出掛けます。
    • good
    • 0

一緒に暮らしていても


何かの都合で看取れないことは
あります。
目の前で死んでいくのを見るのは
辛いことです。 
ワンチャンは貴方に辛い思いをさせたくなかったのかも。
    • good
    • 0

外飼いの場合、朝に犬小屋を見たら死んでたなんて良くある事です。

あくまでタイミングであってお母様の言ってる事に根拠はありません。

特に日本人は『看取る』事に重点を起きがちですが重要なのなそこでは無く、生きてる時にどれだけ可愛がったか、だと思っています。
    • good
    • 1

きっと、あなたの仕事やプライベートが忙しいと思っています。

亡くなった事は悲しいけど、また新しい出会いは有ります。動物の命は短いけど、その10年間は沢山の思い出が有ります。
    • good
    • 0

看取っても後悔はあります。


もっと遊んであげれば良かった。優しくしてあげれば良かったなど。
でも、幸せだったと思いますよ。
    • good
    • 2

ちょっと質問の文章がおかしいのでよく分かりませんがとにかく愛犬が亡くなったんですね。



気持ちはものすごくわかります、しかし生き物と言うものは必ず死ぬもの、そのように考え最初から最後まで精一杯接してあげるのが役目です。特に人間以外の動物は必ず人間より先に死ぬ。
そして人間もいつしか必ず死ぬんです。
    • good
    • 2

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A