出産前後の痔にはご注意!

陸軍大学の優等卒業生たちが手にした「恩賜の軍刀」は、進駐軍の刀狩によってかなり没収されたときいていますが、何本ぐらい現存していると考えられているのでしょうか。

また、もし存在した場合、いくらぐらいの値段で売買がなされるのでしょうか。木箱から、サーベルから、一式すべていい状態のものだとしたら。

ご存知の方、よろしくお願いいたします。

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A 回答 (6件)

http://www.hi-net.zaq.ne.jp/osaru/

ここの日本刀の所持と登録証を見ると、日本刀なら登録も可能、譲渡、所有が可能だと理解でき、他の回答と重なります。

しかし、初期の恩賜(天皇からの戴きもの)の褒章としての軍刀は洋式のサーベルですので、除外されます。

また、昭和の前期は飾りの刀で、日本刀が支給されたかどうか大正期の記録を調べないと不明ですが、靖国神社が保管している記録を見るとある程度わかるかも知れません。

もし、日本刀なら下の参考のように登録して、その段階で流通できる可能性があるので、値段もつくのでしょうが、卒業者名簿の最優秀成績の授与対象者に支給されたことは確認できても、その行方、没収されたか戦火を逃れて保管されたものか真贋を確認すると、そこで初めて値段となるでしょう。

少なくともアメリカやイギリスに保管されているものに関してはサーベルタイプや先の部分が両刃の元帥タイプみたいです。

本当に詳しい内容は知らないので、話題提供できませんが、最高裁でも海外からスペインから美術品として洋式サーベルを輸入しようとして没収されたことを正当と判断している判決があるみたいですし、海外のもので日本刀なら輸入可能かも知れませんが、洋式なら難しいでしょう。

参考URL:http://www.ne.jp/asahi/goeche/kutani/touroku.html
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No3です。


>刀狩でアメリカ軍に渡った恩師刀のその後

本来価値の有る刀は提出者に返す前提で集めたのですが、保管され
たのは超大銘ものだけ(日本側は当然弱腰)で、残余の刀を米軍は海に
投棄する等したので担当者が個人的に抜き取った物しか無いでしょ
う。
(国内に隠匿されたものは別です)

戦闘で消耗した刀より終戦後の刀狩りで姿を消した刀の方が多いと思っています。
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美術品として価値があると判断される刀剣は、教育委員会に届出をして所持と譲渡が認められます。


http://www.hi-net.zaq.ne.jp/osaru/touroku.htm
で詳しく解説されています。

例えば、ヤフオクでも登録証のついた日本刀が売買されています。もちろん合法です。
http://page11.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n2 …

恩賜の軍刀の詳細は知りませんが、上記のように扱われますので所持も譲渡も問題ありません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
やっぱりそうですよね。

お礼日時:2005/10/21 11:55

小烏丸作りの当時の刀匠の作です。

(当然無銘ですが)
よって登録は出来ますし譲渡も可能です。
(警察の倉庫に保管などとの制度は有りません)
恩賜の軍刀を実用にする軍人はいませんから、刀狩でかなり減ったにしろ
相当数が残存していると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
刀狩でアメリカ軍に渡った恩師刀のその後について、なにかご存知でしたら教えてください。単なる想像で結構ですので。

お礼日時:2005/10/21 11:53

現存数ですがかなりあると思います。

私は10本以上見ています。

サーベルのみで、数年前70万円位で売買されたのは聞いてます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
サーベルのみで70万円ですか! すごいですね。
ところで恩賜刀が10本以上ということは、やはり大半が紛失しているということですよね。紛失した恩賜刀のその後について、なにかご存知のことがあれば教えていただけますか。アメリカで鉄くずになったのか、どこかの国の骨董屋に流れたのか…。

お礼日時:2005/10/21 11:51

恩師の父上が陸軍xx学校の教官でした。

短銃も軍刀もかなり高級なものを勲章と一緒に授与されたそうですが、銃刀法で警察の倉庫に預けてあるそうです。

実際に軍刀は使われたことがあるらしく、刃こぼれはまったくないので最高級扱いだそうですが、相続したとしても倉庫に預ける以外は持ち出せないし、当然博物館以外には寄贈や販売もできませんので、恩師もいらないと放棄したそうです。

実際には、某博物館で大切に保管されているらしいのですが、国内で取引が許可されませんし、博物館に買取を依頼しても本体ではなく、その周囲のツカや装飾品だけが値段としてつくそうです。金モールも地金で1kgもあるわけないし、寄贈する人が大半みたいです。

そのうちでも状態がよく、美術品価値が高いものなら保存とのことですが、多分、今回の優秀成績者向けのものは国外で美術館が買取したいと申し出があっても、それほど高額にならない可能性が高いです。

そもそも、他人に譲渡、販売は禁止されていますので、国外で保存されているものであれば輸入できないし、国内で保管されていても許可がないと保管位置さえ動かせません。

銃刀法にひっかかる以上は日本国内では値段がゼロということです。輸出は許可が出れば可能ですが、相手によっては許可されませんので、値段は数万円程度だと思います。歴史的な価値という面が海外で認められることはあまりないと思いますので、個人にとって価値があっても、資産価値からいうと低いと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私の理解では、刀などは届け出れば自宅に持つことはできますし、軍装店でも軍刀は売買されています。
ここで書かれていることが、どういうことを根拠にされているのか、もう少しお聞かせいただければ幸いです。

お礼日時:2005/10/21 11:47

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Q背広組と制服組

基本的なことだと思いますが、イマイチ分からないので教えてください
1)制服組とは幕僚長以下の自衛隊仕官のことをいうのでしょうか?
(下士官も制服組でしょうか)
2)背広組とは防衛庁の職員のことをいうのでしょうか?
3)文民統制の文民とは背広組の人たちをさすのでしょうか?
4)防衛大学出身者は背広組ですか制服組ですか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

1)制服組とは自衛官のことを指します。幕僚長以下3士までの隊員です。自衛官は特別国家公務員です。医師や看護士もいます。もちろん普段の勤務は白衣ですが、制服を切ることもあります。
2)そうです。防衛庁職員は国家公務員です。広い意味では総理大臣や防衛庁長官も防衛庁職員ではないが背広組です。
3)そうです。
4)制服組です。現防衛庁長官は防衛大出身ですが、自衛官を退官(退職)して国会議員となっているので、背広組になります。

Q日本のミサイル防衛にTHAADが無いのは何故?

【ワシントン共同】米陸軍当局者は26日、米領グアムに配備した高性能の地上発射型迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)が完全な稼働状態に入ったことを明らかにした。との報道です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130427/amr13042709290001-n1.htm
一方日本の場合イージス艦から発射するミサイルとPAC3でTHAADはありません。
日本の場合THAADは無くても良いのですか?


 

Aベストアンサー

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km にある化学圏) に突入してきた最終段階での弾道弾を撃墜する Missile です。

一方、日本が Aegis 艦に搭載している SM3 (Standard Missile 3) 161B Block IA は射程 400km、射高 250km で、先端部が Kinetic 弾頭と呼ばれる高機動弾頭になっているように、空気のない大気圏外での超高速運動能力を持たせたものとなっていて、THAAD よりも高性能な Missile になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=Clny6teU5ik&feature=youtu.be

最初に海上自衛隊に配備された「こんごう」の SM3 161B Block IA は高度 160km を飛行する模擬弾道弾の直撃撃墜に成功していますし、現在は日米共同開発になる Block IIA の地上試験を終えて来年に飛行試験、2018 年には現在の Block IA を Block IIA に置き換える予定になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=A6CIu9fRk3k

地上発射型で射程が 200km しかない THAAD では幅数百km 長さ 2000km 余りの日本列島に数十基の発射機を配置しなければならず、何時 Terrorism だの過激な反対運動の前に壊されるか判ったものではないのに比べ、SM3 は部外者など近付けない Aegis 艦の中にありますし、相手国の Missle 発射機から 400km 以内の海域に派遣すれば 1 隻で事足ります。

相手国が日本に向けて発射する Missile の Course は決まっていますので、日本列島近海に配置する Aegis 艦の数も数隻あればよく、既に海上自衛隊は上記「こんごう」型 Aegis DDG (Missile 護衛艦) を 4 隻、次級の「あたご」型 Aegis DDG を 3 隻運用していますので、2~3 隻が定期整備中であっても常時 4~5 隻は緊急配備に就くことができるようになっています。

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km ...続きを読む

Q日本陸軍将校の拳銃

「帝国陸軍の将校に軍制式の拳銃は支給されなかった」
「拳銃を私物として購入・携行することは許されていた。戦前の日本では今のように銃刀法の規制が厳しくなく、拳銃が街で販売されていた」
「将校の中で希望する者は、自分で拳銃を購入して戦地に持参した」
「将校の装備は、軍服、軍刀、軍靴など、全て私費購入であった。これは他国の軍隊でも19世紀以来同じ」

と聞いています。上記が事実とすると、

「制式拳銃がなく、各将校が私物として拳銃を持っていたとすると、出征時における弾薬や消耗部品の補充はどうしたのか?各人の拳銃がバラバラでは統一的な補給は不可能である」
「例えばドイツ軍では、将校には軍から制式の拳銃が与えられていたようだ(支給か私費購入かは不明)。イギリスやアメリカでも同様であろうか。日本がそうならなかったのは、『将校は軍刀で護身せよ』という発想か。将校全員にいきわたるほど信頼性のある拳銃を作る能力がなかったからか」
「現実には、帝国陸軍の将校の多くは、所持を義務付けられた軍刀だけで護身していたのか?」
といった疑問が湧きます。よろしくお願いいたします。

「帝国陸軍の将校に軍制式の拳銃は支給されなかった」
「拳銃を私物として購入・携行することは許されていた。戦前の日本では今のように銃刀法の規制が厳しくなく、拳銃が街で販売されていた」
「将校の中で希望する者は、自分で拳銃を購入して戦地に持参した」
「将校の装備は、軍服、軍刀、軍靴など、全て私費購入であった。これは他国の軍隊でも19世紀以来同じ」

と聞いています。上記が事実とすると、

「制式拳銃がなく、各将校が私物として拳銃を持っていたとすると、出征時における弾薬や消耗部品...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは
旧日本軍の制式拳銃に関しては、小銃に比べるとかなり資料が限られており、いくつかの専門誌や文献に点在した形であるのはあるのですが、
体系的に研究された文献もほとんど存在しませんので、多少記憶に頼った回答になることをお許しいただきたいと思ます。

「制式拳銃がなく、各将校が私物として拳銃を持っていたとすると、出征時における弾薬や消耗部品の補充はどうしたのか?各人の拳銃がバラバラでは統一的な補給は不可能である」

 これまでに他の回答者さんが回答なさっているように、将校の拳銃は原則自己調達でした。ということは予備弾薬もそれに準じて自己調達していたということになります。都合よく旧日本軍の制式拳銃の弾薬と同じ物を使う拳銃を購入すれば流用も考えられます。ただ8ミリボルトネック弾は世界的に見ても稀な実包だけに、流用できるものは当時の軍の将校の間で最も好まれていたモーゼル社にもなく、いったん戦場に出れば補給は不可能でした。
 さて旧日本軍の制式拳銃は明治以降3種類が存在します。つまり制式第1号の二十六年式、第2号の十四年式、そして最後の制式拳銃となった九四式です。明治26年制式化された二十六年式は別にしても、太平洋戦争を戦った十四年式と九四式の弾薬や消耗部品の補充は?ということですが、基本的に旧日本軍は拳銃に対して兵器という概念はかなり希薄なところがありました。つまり拳銃は兵器といった存在よりは、将校や准士官と呼ばれることもあった下士官(特務曹長)たちの象徴的な存在であり、かつ他の回答者さんが言われたようにいざというときの自決用といった存在であったと考えても良かったのです。
 そういうこともあり、弾薬や消耗部品の補充もめったに使うこともないのですから、必要性も少ないということでかなりおざなりにされていたと考えても決して間違いではありません。
 めったに使うこともないということのひとつの証明的なエピソードとしては、部隊が玉砕するほかないといった場合、指揮官のほとんどが自決をした例がありますが、その際十四年式や九四式を携えた多くの指揮官が、必ず試射を行ってちゃんと弾が発射されるかどうかを確かめたという事例が多く残っています。いかに普段使っていないかという良い例ですが、それだけ自軍の拳銃に信頼を置いていなかったということなんですね(^_^;)

「例えばドイツ軍では、将校には軍から制式の拳銃が与えられていたようだ(支給か私費購入かは不明)。イギリスやアメリカでも同様であろうか。日本がそうならなかったのは、『将校は軍刀で護身せよ』という発想か。将校全員にいきわたるほど信頼性のある拳銃を作る能力がなかったからか」

 これも前の回答に重複したお答えになるのですが、ただ日本軍が将校に拳銃を支給しなかったということは正確ではありません。制式拳銃の主流であった十四年式に限って言えば、その生産数は269000挺という記録があるので、他の拳銃もあわせて考えれば数的には不足はなかったといえます。
 日本軍が最初の制式拳銃二十六年式拳銃を明治27年に支給した兵科の最初は実は憲兵隊でした。これは当時の憲兵隊が将校だけだったという事情もあります。その後騎兵部隊(騎兵は乗馬した状態で片手で撃つためという事情から)、砲兵部隊、そして輜重部隊の兵たちに順次装備されていきました。
 旧日本軍の制式拳銃の信頼性に関しては安全性やセーフティ機構という概念が薄かったためか、その性能や威力と同じくらい悲惨な状態だったというしかありません。それでもきちんと作っていたならまだましなんですが、戦争末期になるにしたがってその作りも粗雑乱雑になるしかありませんでした。アメリカ兵から下手に使えば撃つ方が死亡したり大怪我を負うといった意味から、スーサイドガンと呼んで馬鹿にされていたことからもわかります。九四式がその最たるもので、世界的に見ても例がないほどの稚拙な構造をしており、安全面に関しては致命的な欠陥を持っていました。ここで詳しく書くことは避けますが、簡単に言えば引き金を引かなくとも銃本体の左側面の露出しているある部分を叩くだけで発射できるといった具合です。
 ただ初期のきちんと作られた時代のものは命中率がなかなか良く(威力は最低評価ですが…)、アメリカのコレクターの間ではそれなりの評価を得ているのが救いといえば救いですが。

「現実には、帝国陸軍の将校の多くは、所持を義務付けられた軍刀だけで護身していたのか?」

 これも軍刀を護身用と考えるのは無理があると思います。
 拳銃は第1次大戦の西部戦線での塹壕戦の教訓を得て、拳銃の存在意義が高められたのですが、旧日本軍では軍刀は拳銃と同じように象徴的な飾り物であり片手に軍刀、もう片手に拳銃を持って最後の玉砕突撃を行うといった光景が、太平洋の島々で繰り広げられていました。一般的に日本軍の将校は自身の身を守るという考えは薄く、常に部隊の先頭に立って指揮をすべきものとされていましたので(どの国の軍隊の将校もそう教育されていますが)、自己護身という概念はありえなかったと思います。ただそうは言っても例外的に臆病で卑怯な高級将校はたくさんいましたが、それはまた別の話ですので(-_-;)
 また他の回答者さんへの補足質問にお答えするのはルール違反かもしれませんが、8ミリJAPはアメリカの旧日本軍拳銃コレクターへの実弾の販売を行っていた弾薬メーカーが、その名称に戦争当時の日本人への蔑称であるジャップをそのままつけたものです。
 最も今ではその名称はあんまりだろう(笑)という意見がアメリカのコレクターの間に出てきて、その後は「8ミリNambu」に統一されています。旧日本軍の拳銃は当たり前のことですが日本では所有や撃つことも出来ませんが、アメリカでは結構な数のマニアが存在します。しかし8ミリのボルトネック弾は非常にレアな実包で、アメリカではオリジナルはかなりの高価で取引されているので、弾薬メーカーが他の実包を流用して生産していました。しかしそれも最近では生産もされなくなっていますので、マニアはリロードといって、自分で弾薬をしこしこ作っているのが現状です。
 長くなりましたがご参考になれば幸いです。

こんにちは
旧日本軍の制式拳銃に関しては、小銃に比べるとかなり資料が限られており、いくつかの専門誌や文献に点在した形であるのはあるのですが、
体系的に研究された文献もほとんど存在しませんので、多少記憶に頼った回答になることをお許しいただきたいと思ます。

「制式拳銃がなく、各将校が私物として拳銃を持っていたとすると、出征時における弾薬や消耗部品の補充はどうしたのか?各人の拳銃がバラバラでは統一的な補給は不可能である」

 これまでに他の回答者さんが回答なさっているように、...続きを読む

Q旧陸軍の軍刀所持について

前大戦で旧軍人の下士官以上が下賜されていた
腰に吊り下げる軍刀(サーベル?)
全長41センチ・刃の長さ26センチが、
友人の父の遺産整理で発見されました。

そこで相談です。
友人の父の残した遺産の一部であり、
今後は長男である友人が子孫に伝えるために
手元で保管したいと主張しています。

軍刀は紙に包まれ、風呂敷に包まれていました。
他に所持許可などの書類はありませんでした。
それで警察への刀剣類所持の届けはしていないようです。

この場合警察に届けて、
正式に所持許可を得る事は可能なのでしょうか?
私の記憶では
「文化財的な意味は薄いので、所持許可は出ないのでは」と、
友人に話していますが、
実際のところ許可はでるのでしょうか?

所持のために最も良い方法など含め、
多方面からのご意見がありましたらご教示ください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

とにかく早めに地元の警察に届けを出して、相談されることをお勧めします。
発見届を提出すると届済証をくれるので、地元の教育委員会に連絡して審査会の鑑定を受けます。
鑑定の結果、法律で定める刀剣の規定に合致すれば合格となり、登録証が交付されます。
審査会では、対象が伝統的な制作方法で作られた「日本刀」であるか否かを審査するもので、古美術商や博物館学芸員のようにその日本刀の「美術的価値」「文化財的価値」を査定するものではありません。

軍刀は日中戦争以降は、粗製乱造の「なんちゃって日本刀」が大半になりましたが、それ以前からあるものや、佐官級以上の方が佩用していたものには、真正の日本刀も多いので登録できる可能性はあります。

「刃引きをしておけば銃刀法に触れない」という話をよく聞きますが、模造刀のように鉄以外の材質でつくられていないかぎり、刃が無くても刀剣とみなされるようです。これも「刃引きされた日本刀」のみを指すのか「刃引きされた刃物(日本刀の形をしているが審査会で日本刀とは認められなかったもの)」も含めるのか微妙で、実際に届けて見なければわかりません。

とにかく早めに地元の警察に届けを出して、相談されることをお勧めします。
発見届を提出すると届済証をくれるので、地元の教育委員会に連絡して審査会の鑑定を受けます。
鑑定の結果、法律で定める刀剣の規定に合致すれば合格となり、登録証が交付されます。
審査会では、対象が伝統的な制作方法で作られた「日本刀」であるか否かを審査するもので、古美術商や博物館学芸員のようにその日本刀の「美術的価値」「文化財的価値」を査定するものではありません。

軍刀は日中戦争以降は、粗製乱造の「なんちゃ...続きを読む


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