痔になりやすい生活習慣とは?

インターネットの中で仏像の説明で(清朝時代に制作されたものとの説明あり、戦争当時の略奪品とありました)釈迦如来像とありますが、坐像で光背はありません。印は上品下生印の来迎印です。仏像の解説の中に(阿弥陀如来像は,禅定印と来迎印の像がほとんどです。坐像の場合は,禅定印・来迎印の両方の像があるのですが,立像の場合は,来迎印のみなのです。ですから九種類の印があっても禅定印と来迎印さえ覚えておけば,阿弥陀如来を簡単に見分けることができるのです)とあり阿弥陀如来かと思うのですが、釈迦如来像にも上品下生印の来迎印はあるものでしょうか。

A 回答 (2件)

釈迦の来迎印はないと思います。


なぜなら、来迎印とは、阿弥陀の本質を表しているはずだから、です。


私も、やはり来迎印に似た印を結んでいるかも、と思います。来迎印は、基本的に「左右OK」マークですよね。


釈迦如来に、それによく似た印を結んだものがあります。
「右手の指まっすぐ・施無畏印」「左手指まっすぐ・与願印」の像です。

もちろん、両方ともポーズは同じです。


もし来迎印をとっていて、なおかつ釈迦であるというなら、それを書いた方が間違えたか、かなり特殊な例ではないかと思います。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございました。これで私も確信を得ました。その後も調べてみました、間違いなく阿弥陀如来像に間違いないです。有難うございました。亦の機会ありましたら宜しく。

お礼日時:2005/11/17 16:16

上品下生印に似た、別の印という可能性はないでしょうか。

下に書いた施無畏与願印か転法輪印であれば、釈迦如来で間違いないと思います。

上品下生印=右手を上げ、左手を下げ、両手とも親指と人差し指で輪を作っています。
施無畏与願印=右手を上げ、左手を下げ、両手とも指で輪は作っていません。
転法輪印(または説法印)=両手を胸の高さまで上げている。手の形は色々ですが、上品下生印に似た形もあります。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございました。これで私も確信を得ました。その後も調べてみました、間違いなく阿弥陀如来像に間違いないです。有難うございました。

お礼日時:2005/11/17 16:14

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Q釈迦如来・阿弥陀如来・薬師如来

如来というのは仏のことですよね。
仏教を開いたのはお釈迦様(ゴータマシッダルタ)と聞いていますが、
その人物が釈迦如来ですか?
釈迦如来・阿弥陀如来・薬師如来は別人ですよね。
しかし同じ境地に達した人なのでしょうか?
時代的に言うと3人の前後関係はどうなっているのでしょう?
お釈迦様が仏教を開いたのに、3人は同格なのでしょうか?
お釈迦様は仏教で最高位ではないのですか?

これらのことについて全くわからず、少し調べてみたのですが難しくてよくわかりません。
わかりやすく教えていただけたらうれしいです。

Aベストアンサー

ANo.1です。

>ということは、観音様や~菩薩というのも実在した人物というわけではないのでしょうか?

そうですね。実在した「菩薩」は、修行時代のお釈迦さまだけで、観音菩薩も地蔵菩薩も、実在の人物ではありません。
「行基菩薩」など、実在の高僧が“生き神様”みたいな意味で、「~菩薩」と呼ばれたりすることはありますが、お寺などで「○○菩薩」としてお像が祀られているような菩薩、経典に書かれているような菩薩は、皆フィクションです。

観音菩薩を初め菩薩方は、薬師如来や阿弥陀如来よりも、さらに我々衆生に近い存在として描かれています。
お悟りを開かれた最高の存在である仏さまよりは、まだ修行中の身である菩薩さまの方が、衆生に近い存在、親しみやすい存在ということです。
社長に直接お願いするよりは、営業の社員にお願いした方が、取引がスムーズにいく……こんな譬えをすると、また宗教家の方からは怒られるかもしれませんが、そういったイメージだと思います。

Q阿弥陀像と釈迦像の違い

後光がありOKサインをしてたら阿弥陀様とわかるのですが、
後光もなく、手が座禅ポーズ(禅定)で、隣にほかに仏像もない場合、(例えば鎌倉大仏でしょうか)、
阿弥陀像と釈迦像の違いを教えてください。

Aベストアンサー

 鎌倉大仏の印は・・・先程の印の説明文をコピーしますが

  上生 じょうしょう ひざの上で手を組む。親指と人差指で輪を造る。
    坐像(ざぞう=座った姿)では一番多いタイプです。阿弥陀の定印とも呼ばれます。


 釈迦如来坐像でぱっとみ、この鎌倉大仏と同じように見える印は

定印(禅定印)…心の安定を表わす身振りで、釈迦が悟りを開いたときの姿をとらえたもの。
      ぜんじょういん
          膝の前で掌を上に向け、左手の上に右手を重ね、親指の先を合わせた印で、
          釈迦が瞑想している時の姿を表わす。
          阿弥陀如来の場合は、阿弥陀定印(あみだじょういん)、
          胎蔵界大日如来の場合は法界定印(ほうかいじょういん)と言う
                        

    親指と人差指で輪っかを作ってない印ですね。


 URLを表示して丸投げをしているとおっしゃいますが、一番わかり易いだろうなぁと思うものを私が検索し、質問者さんご本人が画像などを目で見て説明文を読んでもらうほうがよりよく理解できると思いますし、納得されると思います。

 まあそういう行為を丸投げって言われればそれまでですが。

 丸投げだとお思いになって気分を害したのなら申し訳ございません。

 私はこの質問に対して多くの時間を費やさせてもらって、私自身も勉強になりました。

 なので、まだ納得できない場合はご自身で色々調べてみてください。
 

 
 

 鎌倉大仏の印は・・・先程の印の説明文をコピーしますが

  上生 じょうしょう ひざの上で手を組む。親指と人差指で輪を造る。
    坐像(ざぞう=座った姿)では一番多いタイプです。阿弥陀の定印とも呼ばれます。


 釈迦如来坐像でぱっとみ、この鎌倉大仏と同じように見える印は

定印(禅定印)…心の安定を表わす身振りで、釈迦が悟りを開いたときの姿をとらえたもの。
      ぜんじょういん
          膝の前で掌を上に向け、左手の上に右手を重ね、親指の先を合わせた印で、
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Aベストアンサー

歴史上の釈尊が悟られた「法(ほう<ダルマ>)」そのものを尊格化した仏が大日如来です。このように法そのもの尊格化した仏を「法身仏(ほっしんぶつ)」といいます。
教科書的に言うと仏教を開かれたのは釈尊ですが、たとえ釈尊が存在していなくとも、法そのものは始まりも無ければ終わりも無く永遠に連綿と存在しています。そしてその法(=大日如来)は、この宇宙を構成するすべてに包括されていて、一切のものは大日如来の顕現であります。それを図式化、視覚化したものが曼荼羅です。そしてその法はすべての衆生が悟ることが可能であると密教は説きます。こう考えるとこの法を悟られ、そして説かれた釈尊の偉大さがよりいっそう際立つと思いませんか。

Q釈迦と阿弥陀如来の関係

今日「阿弥陀如来は釈迦の先生だよ」という人に会いました。
またネット検索をかけると、「阿弥陀如来はフィクションの存在である」と書いてあり、どちらが正しいのか分かりません。
どなたか分かる方がいましたら、ご回答ください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

歴史的なものの考え方と思想的なものの考えかたを混同されますと、混乱して誤解を生じますので注意して下さい。
今日「阿弥陀如来は釈迦の先生だよ」という人に会いました。とありますがこの方は思想上の話をされています。
ネット検索をかけると、「阿弥陀如来はフィクションの存在である」と書いてあり、・・・
ネットで記載された説明は歴史的なものの考え方に基づいて説明しています。

歴史的なものの考え方が正しいのか、思想的なものの考え方が正しいのか、という議論は無意味です。
生き物について議論する際に、生物学的な考え方が正しいのか、化学的が正しいのか、物理学的なのが正しいのか、ということを議論するのと同じことです。
物理学の世界で言えば、エネルギーの集合体である、という答えがでます。
化学の世界であれば、分子が結合した高分子の集合体である、という答えがでます。
生物学の世界であれば、なに科、なに属、なに種に属する生き物である、という答えがでてきます。
どの答えが正しいとか間違っているとかは言えません。

釈迦についても同じではありませんでしょうか。
釈迦という歴史上の人間について議論するのか、釈迦の思想について議論するのか、では議論する対象が変わってきます。
阿弥陀如来についても、歴史的に何時から思想上に現れたのかを議論するのか、阿弥陀如来の思想について議論するのかでは議論の内容が全く異なります。

歴史的なものの考え方というものも
歴史学であれば文献資料に基づいて議論されます。
考古学であれば遺跡や遺物に基づいて議論されます。
この観点からすれば、阿弥陀如来に関する文献史料は釈迦に関する史料よりも400年~500年ほど後のものとされるものだけが見つけられています。
文献史料に基づけば、法華経と呼ばれる経典は釈迦が亡くなられてから400年~500年後に、当時の人達が作り上げた経典であるとされています。
少なくとも釈迦という歴史上の人物は与り知らない経典ということになります。
つまり、歴史学的に言えば、法華経を元にして釈迦について議論されても、釈迦本人は困惑してしまいます。

一方思想上からであれば、釈迦は修行して悟りを得たとされますが、釈迦が修業したのは如何なる思想に基いて修行したのか、ということを考える必要があります。
思想の連鎖というものを考える必要があります。
詳しくは下記のサイトをご参照ください。

古代思想は何処へ行ったのか
http://journal.seijo.ac.jp/gslit/student/europe/pdf/eur-020-01.pdf

仏教思想においては、仏は釈迦以前の遠い昔から存在していたとされます。
阿弥陀如来も仏の世界の一員ですから、釈迦に教えを説くことは可能であるということになります。
思想の連鎖という観点からしても、釈迦の思想に後に仏呼ばれる概念についての思想が影響を与えていたと考えられます。
この概念の象徴として阿弥陀如来が影響を及ぼしたと言ってもあながち間違いとは言い切れなくなります

誰が如何なる背景に基づいて発言しているのか、ということを常に考える習慣をつけられることをお勧めします。
その意見を信じるか信じないかはあくまでも質問者さんの問題です。
他人が信じるから信じる、信じないから信じない、ではどうにもなりません。

歴史的なものの考え方と思想的なものの考えかたを混同されますと、混乱して誤解を生じますので注意して下さい。
今日「阿弥陀如来は釈迦の先生だよ」という人に会いました。とありますがこの方は思想上の話をされています。
ネット検索をかけると、「阿弥陀如来はフィクションの存在である」と書いてあり、・・・
ネットで記載された説明は歴史的なものの考え方に基づいて説明しています。

歴史的なものの考え方が正しいのか、思想的なものの考え方が正しいのか、という議論は無意味です。
生き物について議論す...続きを読む

Q大日如来様とはどんなお方なのですか?

私は浄土真宗ですがご説教の中に大日如来様の話が出て詳しくしりたいと思いました。

もしよければ教えてください。

Aベストアンサー

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一目見た中国真言宗の最高僧が、「遅し!我、汝を待つこと久し!」と叫んだという逸話があります。

 勉学に励んだ空海は真言宗のすぐに最高位に就き、奥義や仏典などを全部日本に持って帰ったために、以後、中国では真言宗は廃れました。数年前、中国に空海像が里帰りしたような記事を見た記憶があります。


 密教では当然、大日如来は宇宙(宇宙を描く曼荼羅)の中心であり、諸仏(如来その他)も大日如来から産まれるものとされています。それ故、諸仏の王とされて王冠を被って描かれたり、彫られたりします。場合によっては装身具も身につけます。

 大本の思想は、帝釈天と戦った阿修羅系の神だそうです。ゾロアスター教のアフラ・マズダ(全生命の根源)・・・ そのものではないようですが、思想的には同系だとのこと。

 一神教は、他宗教信徒に対して「受け入れ」を求めるだけ(拒否すれば死)ですが、仏教のように平和的な宗教では、相手の言い分を認めて受け入れなければなりません。

 有名なところでは、阿修羅は帝釈天と何度となく戦った後、仏教に帰依したことになっています。これなどは、阿修羅を信じる者に、「阿修羅でさえ帰依したんだから、おまえたちも」と言うための方便だったものと思います。

 そう説得するためには、まず阿修羅の存在を認め、次に仏教の中に受け入れなければなりません。

 つまり、平和宗教というのは、いろんな宗教からの影響を受けざるを得ないのです。で、その一つが、大日如来。

 大日如来は、万物の根源であり宇宙そのものですので、かくかくしかじかの容姿であった、こう考えた、というようなことはおそらく伝わっていないものと思います。

 その代わり、というわけではないのでしょうが、金剛界や胎蔵界のそれぞれで、さまざまな仏や菩薩、明王などに変身して人々を教え導くとされています。例えば、不動明王も大日如来の変身姿の一つ(教令輪身)です。

 従って、大日如来そのものを直接知るのではなく、それぞれの仏などの教えや特徴を知って積み上げていくしかないのではないかと思います。
  

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一...続きを読む

Q天台宗の本尊は

天台智ぎ、妙楽、最澄は同じ本尊に同じお経を唱えていたのでしょうか

また本尊は仏像だと思うのですがどのような仏像でしょうか

よろしくお願いいたします

Aベストアンサー

「本尊」の定義とは、

ある宗派によって、本師・本仏として供養・礼拝する尊像のことであり、
一堂・一宇において供養される尊像の中心的なもの

であろうと思います。

ANo.2さまの回答は、このうちの「本仏として供養・礼拝する」対象という意味で「釈迦牟尼仏」とおっしゃったのだと思います。
たしかに広い意味では、各宗派の“本尊”は釈迦牟尼仏だとは思います。お釈迦様がいなければ、仏教はなかったわけですから、お釈迦様を尊崇しない宗派は仏教ではあり得ないとは思います。
が、“「釈迦牟尼仏」以外は本尊はいない”と言ってしまっては、各宗派が立てている教義がおかしくなってしまいます。

また、質問者さまが言われている「本尊」とは、延暦寺というお寺に祀られている本尊(実際に安置されている仏像)のことを聞いておられると思いますので、“「釈迦牟尼仏」以外は本尊はいない”などと言ってしまうと、質問の意味からはずれてしまうと思います。

東大寺は華厳宗で、『華厳経』の教主は毘盧遮那仏で、それを本尊として華厳宗という宗派を立て、高野山や東寺が本山の真言宗は、『金剛経』『大日経』を中心に、大日如来を本尊として教義を広めているのです。
東大寺や東寺その他、各宗派の本山と呼ばれるお寺でも、塔頭はたくさんあり、塔頭によって祀られている本尊は違いますが、本山の中心的なお堂(本堂なり金堂なり)には、その宗派が依りどころとしている仏さまが本尊として祀られています。

そこで、本題の天台宗ですが、ANo.1さまがおっしゃっているように、天台宗では特定の本尊を定めていません。
天台宗の中にはいろいろな教義(円教や密教、浄土など)があり、塔頭によって中心とする教義が違い、それによって本尊が決まっているようです。
ただ、その中でも、天台宗総本山比叡山延暦寺の中心といわれるお堂は「根本中堂」です。その根本中堂には最澄が手ずから彫ったといわれる「薬師瑠璃光如来」が秘仏として祀られています。
天台宗の密教では、薬師如来を重要視した、真言宗とは少し違った教義を持っているようです。

先にも言いましたように、天台宗は特定の本尊を立てていないので、あくまで、根本中堂に祀られている本尊が薬師如来であって、天台宗の本尊という位置づけではないのですが。


智[豈頁]や荊渓湛然が中国の天台山でどのような本尊に向かってどのようなお経を唱えていたかは、専門家ではないのでよく分かりませんでした。

「本尊」の定義とは、

ある宗派によって、本師・本仏として供養・礼拝する尊像のことであり、
一堂・一宇において供養される尊像の中心的なもの

であろうと思います。

ANo.2さまの回答は、このうちの「本仏として供養・礼拝する」対象という意味で「釈迦牟尼仏」とおっしゃったのだと思います。
たしかに広い意味では、各宗派の“本尊”は釈迦牟尼仏だとは思います。お釈迦様がいなければ、仏教はなかったわけですから、お釈迦様を尊崇しない宗派は仏教ではあり得ないとは思います。
が、“「釈迦牟尼仏...続きを読む

Qお寺の名称の「山」と「院」と「寺」はどういう意味ですか

 お寺の「山」と「院」と「寺」はどういう意味ですか。
先日、千葉県の重俊院というお寺に行きました。重俊院というのは通称で、正しくは森川山重俊院出羽寺というそうです。森川出羽守重俊の菩提寺なのでそこから名をとったそうです。そのまんまやんか・・・。さて、お寺の名称には○○院と○○寺と○○山がありますが、どうちがいますか。すべての寺には○○山○○院○○寺という「山」「院」「寺」がセットになった「正式名称」のようなものがあるのでしょうか。でも法隆寺には「山」も「院」も聞いたことがないです。

Aベストアンサー

○○山○○院○○寺というな名前をそれぞれ山号、院号、寺号と言います。この中で実は院号だけは少し別枠で考えていただくとして、普通は寺の正式名称は○○山○○寺という形で表します。

#2の方の言う通りですが
寺号はその寺の名前です。建立者や開祖が名前をつけるのが普通で、その寺を造るにあたっての気持ちがこめられます。

山号はその寺院のある場所を示すことが原型です。昔の中国では仏教寺院は山の中に立てられるのが普通で、その山の名前をとって山号としました。やがて平地に建てられた寺院も山号をつけるようになります。

で、山号+寺号が正式名称となる場合が多いのです。しかしまあ、日本では成田山など特別な場合を除いて寺号だけで寺を表すのが普通ですし、法隆寺・興福寺・東大寺など奈良時代以前に建立された寺に山号はありません。

さて、院号ですが、「院」というのは大きな寺などの中にある付属した施設や建物の名前です。本山など大きな寺だとその寺の系列の末寺があったりするわけですが、その中で本山と同じ境内の中にあるものを普通は院と言います。その寺の住職などが引退したあとに暮らすためのものであったりするわけで、山号+寺号+院号とするか、寺号+院号でその院を示します(ご質問の場合は人の名前を元にしているので順番が少し異なるようですね)。

なお、法隆寺については上にも書いたように山号はなく、#1の方のお答えになっている
「聖徳宗総本山」というのは山号ではありません。

○○山○○院○○寺というな名前をそれぞれ山号、院号、寺号と言います。この中で実は院号だけは少し別枠で考えていただくとして、普通は寺の正式名称は○○山○○寺という形で表します。

#2の方の言う通りですが
寺号はその寺の名前です。建立者や開祖が名前をつけるのが普通で、その寺を造るにあたっての気持ちがこめられます。

山号はその寺院のある場所を示すことが原型です。昔の中国では仏教寺院は山の中に立てられるのが普通で、その山の名前をとって山号としました。やがて平地に建てられた寺院も山号をつ...続きを読む

Q京都・奈良で有名な(?)阿弥陀如来像の安置場所は?

この連休中に阿弥陀如来像を拝みにいきたいと思います。
(猪年であり、調べましたら該当するのが阿弥陀如来像でした)

このGW中に拝みに行きたいと思っていますが、
京都・奈良で有名な阿弥陀如来像がある場所を教えてください。
補足として日本で一番有名なところもできればお願いします。

Aベストアンサー

京都・奈良の阿弥陀如来と聞いて一等最初に浮んだのは
南山城の名刹・浄瑠璃寺の九体阿弥陀如来像。
国宝です。
■浄瑠璃寺門前 あ志び乃店/真言律宗 小田原山 浄瑠璃寺
 http://homepage2.nifty.com/ashibinomise/joururizi.htm
(浄瑠璃寺門前の食事処が開設しているページです)

もうひとつは宇治・平等院の阿弥陀如来坐像。
仏師定朝の作であることが確証できる唯一の仏像とのこと。
これももちろん国宝です。
■世界遺産 平等院/平等院探訪/国宝仏像紹介
 http://www.byodoin.or.jp/tanbou-kokuhou.html

日本で一番有名な阿弥陀如来は・・・
鎌倉・高徳院の阿弥陀如来坐像でしょうか。
いわゆる鎌倉大仏です。
これも国宝。

阿弥陀如来像を主題にしたこんな本が出ているようです。
参考になさってください。
■青草書房/名文で巡る国宝の阿弥陀如来
 http://seisoushobou.com/book/otona/iecaeneoiiiaecie/

京都・奈良の阿弥陀如来と聞いて一等最初に浮んだのは
南山城の名刹・浄瑠璃寺の九体阿弥陀如来像。
国宝です。
■浄瑠璃寺門前 あ志び乃店/真言律宗 小田原山 浄瑠璃寺
 http://homepage2.nifty.com/ashibinomise/joururizi.htm
(浄瑠璃寺門前の食事処が開設しているページです)

もうひとつは宇治・平等院の阿弥陀如来坐像。
仏師定朝の作であることが確証できる唯一の仏像とのこと。
これももちろん国宝です。
■世界遺産 平等院/平等院探訪/国宝仏像紹介
 http://www.byodoin.or.jp/tanbou-ko...続きを読む

Q仏壇用の御本尊はどうお迎えすべきでしょうか

浄土真宗本願寺派(西)の者です。

先日父が亡くなり、仏壇を買い求めました。
置き場所や予算の関係から、仏壇はかなり小さめのサイズ(幅43Cmの上置き仏壇)です。
御本尊をお迎えしなければならないのですが、調べていくうちに、正式には本願寺から入手するものだと知りました。
お寺に聞きましたところ、ご本尊は絵像、脇掛けは親鸞聖人と蓮如聖人のご影像となるとのことですが、仏壇が小さいため20代のサイズを三幅飾るのはやや無理がありそうです。

そのような場合、ご本尊だけでも問題がないのか(20代特小)、あるいは無理をしてでも三幅にしたほうがいいのでしょうか。
電話という事もあり、御住職のほうとは深く話しをすることはできなかったのですが、こうしたほうがいいと特に強く勧められるということはありませんでした。

また、仏具店等で売っている町版のものであれば小さいものがあるため、そちらを飾っても問題ないのでしょうか。
仏具店に聞いたところでは、当社でも正式な御本尊を取扱可能ですが、実際は御本尊を本山から正式に授与される方は全体の2~3%程度だとのことでした。

また、これは私の心情的なものなので、お寺の方などにはお叱りを受けそうなことなのですが、仏様を飾るのであれば絵よりも仏像(木仏)を飾るほうが、拝む際にも何となく有難味がある(拝む気持ちが増す)ように思っていたのですが、浄土真宗の場合は実際には逆だとのことですね(文字>絵>仏像)。
ただし、これも仏壇屋の話しでは半数くらいは私と似たような感覚で仏像をお求めになられるとのことでした(と言っても対応的に、利益の出るほうを勧めているというわけではありませんでした)
この仏像に関しても、木仏検査でお墨付きがでるような立派なものではありません。

まとめますと、
1.本願寺公認の正式な本尊のみ
2.本願寺公認の三幅 (置けなくもないが、仏壇内のスペース的にやや無理がありそう)
3.木仏のみ
4.木仏+町版の小さな脇掛け
5.町版の三幅揃い
で、どれにすれば良いのか迷っています(費用の問題もあります)。

私としては本願寺公認の三幅があるということを知る前は4がいいかなと勝手に考えていたのですが、有識者の方にどうすべきかの御意見をお聞かせいただけたらと思います。
よろしくお願いします。

浄土真宗本願寺派(西)の者です。

先日父が亡くなり、仏壇を買い求めました。
置き場所や予算の関係から、仏壇はかなり小さめのサイズ(幅43Cmの上置き仏壇)です。
御本尊をお迎えしなければならないのですが、調べていくうちに、正式には本願寺から入手するものだと知りました。
お寺に聞きましたところ、ご本尊は絵像、脇掛けは親鸞聖人と蓮如聖人のご影像となるとのことですが、仏壇が小さいため20代のサイズを三幅飾るのはやや無理がありそうです。

そのような場合、ご本尊だけでも問題がないのか(20代特小)、...続きを読む

Aベストアンサー

おはようございます。

私は浄土真宗(東系)の住職をさせていただく者です。
質問者様はお西ということですが、東と西ではさほど大差はありませんので回答させていただきます。

やはり正式な物は御本山から御下付いただいたご本尊です。
何故、「正式な」ということを申し上げるかというと、御本山からの下付ということは、御本山からお許しを頂いた御本山のご本尊の分身を頂くという事なのです。
お仏壇屋さんの作られた本尊では本山のお許しを頂いた分身という意味合いがありません。
ですので「正式な」という表現を使うのです。

脇掛けはお西は絵像ですね。
お仏壇の場合はやはり正式な物は御本尊も御木像ではなく絵像です。
御木像は寺院のみ許される本尊なのです。
これにはシステムがあります。
御本山は阿弥陀如来の御木像・宗祖親鸞聖人も御木像です。
末寺は阿弥陀如来は御木像・宗祖親鸞聖人は絵像です。
門徒のお仏壇はすべて絵像になります。
これは、御本山の本堂の分身が末寺の本堂であり、末寺の本堂の分身が門徒のお仏壇になるのです。
門徒は阿弥陀如来の御木像をお参りするために末寺の本堂に行きます。
末寺の住職及び門徒は宗祖の御木像をお参りするために御本山に行くのです。
このシステムを崩すことの無いように正式な御下付されるご本尊は絵像となるのです。

三幅のお飾りが難しいようであればご本尊のみということになるかと思います。
御本尊のみでも御本山からの御下付はしていただけます。

このことを踏まえた上でお考えになられては如何でしょうか。

お仏壇は、亡くなられた方が入る場所ではありません。
極楽とこの世をつなぐ出入り口です。
先の人を敬い偲ぶことは大切なことですが、先の人がこの世を卒業されて後、お生まれになられた先(極楽浄土)を拠り所としてお参りする場所です。
質問者様が心からお参りする気持ちになれるようにしていただければと願います。

おはようございます。

私は浄土真宗(東系)の住職をさせていただく者です。
質問者様はお西ということですが、東と西ではさほど大差はありませんので回答させていただきます。

やはり正式な物は御本山から御下付いただいたご本尊です。
何故、「正式な」ということを申し上げるかというと、御本山からの下付ということは、御本山からお許しを頂いた御本山のご本尊の分身を頂くという事なのです。
お仏壇屋さんの作られた本尊では本山のお許しを頂いた分身という意味合いがありません。
ですので「正式な」とい...続きを読む

Q浄土真宗寺院のご本尊は何故「来迎印」を結んでおられるのでしょうか

浄土真宗の寺院を訪れたときいつも疑問に思うのですが、ご本尊の阿弥陀如来がどの寺院でも来迎印(下品上生印)を結んでおられます。 浄土真宗の開祖親鸞聖人はその著書(消息集)の「末燈鈔」で、「…真実信心の行人は、摂取不捨のゆえに、正定聚のくらいに住す。このゆえに、臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心のさだまるとき、往生またさだまるなり。来迎の儀式をまたず。…」と述べておられます。 阿弥陀の「来迎」を待つ必要がないと説かれた親鸞聖人が開かれた浄土真宗の寺院のご本尊が、よりにもよって来迎印を結んでおられるのが不思議でなりません。浄土宗など他の浄土系宗派のご本尊のように、定印や説法印を結んでおられるのなら、まだすんなり腑に落ちるのですが…。

Aベストアンサー

 どうも、俗に真宗のボーさんと呼ばれているものです。しばらくお付き合いください。
>>浄土真宗の寺院を訪れたときいつも疑問に思うのですが、ご本尊の阿弥陀如来がどの寺院でも来迎印(下品上生印)を結んでおられます。 浄土真宗の開祖親鸞聖人はその著書(消息集)の「末燈鈔」で、「…真実信心の行人は、摂取不捨のゆえに、正定聚のくらいに住す。このゆえに、臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心のさだまるとき、往生またさだまるなり。来迎の儀式をまたず。…」と述べておられます。 阿弥陀の「来迎」を待つ必要がないと説かれた親鸞聖人が開かれた浄土真宗の寺院のご本尊が、よりにもよって来迎印を結んでおられるのが不思議でなりません。浄土宗など他の浄土系宗派のご本尊のように、定印や説法印を結んでおられるのなら、まだすんなり腑に落ちるのですが…。
 御説ごもっともで、確かにそのような疑問が出てきますね。しかしながら、この印相に関しては、一つの印相には複数の意味があり、時代ごとにその意味も違ったりします。仏教美術史家安嶋紀昭氏の説によれば

中世以前における九品往生印の異同は今ほど固定したものではなく、印相だけによる安易な判断は危険である。

と述べでおられます。現在の感覚でいえば、真宗本尊は来迎印であり九品でいえば上品下生の印を結んでいるように見目ますが、親鸞聖人在世当時やそれ以降しばらくは固定的ではなかったようです。
 確かに、浄土宗の知恩院蔵の阿弥陀二十五菩薩来迎図なども印相は来迎印であり中品下生の印を結んでいますが、往生者手元に法華八巻や上空に浮かぶ七宝宮殿は上品上生にしか説かれていない特徴ですので、その阿弥陀仏は上品上生の阿弥陀仏であるといわれています。
 また、時宗万福寺蔵二河白道図等の二河譬図においても阿弥陀仏は来迎印・中品下生印を結んでいますが、二河譬は善導大師が『観無量寿経』で説かれる「廻向発願心」の解説としてあらわされたお釈迦様が「阿弥陀仏のところへいきなさい。」と教え・阿弥陀仏が「こちらえきなさい。」と教えたという例え話で、この「廻向発願心」は『観無量寿経』おいて上品上生で説かれるものですから、この二河譬図においても上品上生の阿弥陀仏を表していると考えられます。
 また、真宗において親鸞聖人在世から存在していたといわれる光明本尊も、やはり来迎印・上品下生印を結んでおります。しかし、光明本尊はお釈迦様と阿弥陀仏の二尊が表されておりますので二河譬の姿を現していると考えられますので、やはり上品上生の阿弥陀仏の姿といえます。
 そして、現在の真宗の寺院においても、本来は山門に釈迦三尊(『無量寿経』によって、中央は釈迦如来、脇侍は弥勒菩薩と阿難尊者)を配し、山門をくぐり阿弥陀仏のいる本堂に向かう形態は、まさに二河譬の形態になっています。もちろん、お寺さんによっては山門を置けない場合もありますし、石の門の場合は本来布教所であった場所という事だったりもしますので、状況はケースバイケースですが、本来はお釈迦様を通って阿弥陀仏のところへ向かうという二河譬形態が最も正式な形です。
 上述のように真宗寺院の形態は善導大師の二河譬の形になっており、阿弥陀仏像もそれに合わせて作られていると考えられます。ですから、阿弥陀仏の印相も来迎印と同じではあるんですが、真宗においては「摂取不捨の印」とされ挙げた御手は上求菩提(智慧)、下げた御手は下化衆生(慈悲)を表すものとされています。この摂取不捨の印という言い方も『観無量寿経』において仏身をといた

一々の光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。その光明と相好と、および化仏とは、つぶさに説くべからず。ただまさに憶想して、心眼をして見たてまつらしむべし。この事を見るものは、すなはち十方の一切の諸仏を見たてまつる。諸仏を見たてまつるをもつてのゆゑに念仏三昧と名づく。

という部分に基づくと考えられます。ですから、来迎印だからと言って来迎印の意味で使っているわけじゃないんですよね。また、親鸞聖人は来迎に関して『唯心抄文意』のなかで独自の見解を述べており、来迎とは阿弥陀仏の護念であるとしていますので、来迎印は私たちを見守り導く阿弥陀仏の姿とも解釈は出来ますね。以上こんなところでしょうか。まぁ、私の大まかな意見としては親鸞聖人にして「 善導独明仏正意(善導ただ一人が仏の正意を明かす)」と言わしめた、善導大師の影響が真宗本尊には表れているといえるのではないでしょうかね。

急ごしらえのため誤字脱字乱文ご容赦ください。
合掌 南無阿弥陀仏

 どうも、俗に真宗のボーさんと呼ばれているものです。しばらくお付き合いください。
>>浄土真宗の寺院を訪れたときいつも疑問に思うのですが、ご本尊の阿弥陀如来がどの寺院でも来迎印(下品上生印)を結んでおられます。 浄土真宗の開祖親鸞聖人はその著書(消息集)の「末燈鈔」で、「…真実信心の行人は、摂取不捨のゆえに、正定聚のくらいに住す。このゆえに、臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心のさだまるとき、往生またさだまるなり。来迎の儀式をまたず。…」と述べておられます。 阿弥陀の「来迎」を待つ必要がないと...続きを読む


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