最近スポーツ紙で川上哲治さんのコラムがあり,
毎回感心して読ませて頂いてます.

川上哲治さんは赤バットが有名だったそうですが,
青バットとは誰だったんでしょうか?

また,川上哲治さんは左打ちのようですが,投球は
左だったんでしょうか?あと,守備はどこだったんでしょうか?
色々教えて下さい.

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A 回答 (3件)

tecchiさんのおっしゃるとおり青バットは「大下弘」です。

(青田昇じゃないですよ)
また、川上哲治は左投げ左打ちで一塁手でした。(王貞治が一塁手に定着する前です)
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました.
気になるんですがある程度知ってないと簡単には調べきらないような内容なので.

実は青バットの方の事より川上哲治さんの事を色々知りたかったので,本当に助かりました.

お礼日時:-0001/11/30 00:00

「赤バットの川上」に対するのは、「青バットの【大下】」の方が一般的だと思いますが・・・

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この回答へのお礼

どうもありがとうございました.この先調べるのにこれを参考にさせて頂きます.

お礼日時:-0001/11/30 00:00

青バットは青田昇さんで、外野手・右投げ・右打ちでした。


川上哲治さんは、内野手・左投げ・左打ちです。


下記URLに色々と書いてあります。

http://www2.plala.or.jp/MAKISPAGE/dendo/den003.htm

参考URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~k-island/player/aota …
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この回答へのお礼

最初の方より詳しい返答で大変ありがたく思っています.
その割には10ptという事で,納得されないかもしれませんが,勘弁してください.

本当にありがとうございました.

お礼日時:-0001/11/30 00:00

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Q川上哲治さんが批判される訳

川上哲治さんは、私が物心つく前に活躍した方ですので、最近まで、すごさがほとんどわかっていませんでした。
最近、選手・監督として非常に高い実績を残している川上さんに興味が出てきました。しかし、監督時代、試合に勝っても批判される、氏を嫌う人物が多くいる、有能な人物を駄目にするなどの否定的な話も多く聞きます。
川上さんから学び、自分の仕事にも生かそうと思うのですが、これらの話は実際のところはどうなのでしょうか。
また、見習うべき点と、見習うべきでない点を教えてください。

Aベストアンサー

湯口事件は川上氏批判の象徴的なものとしてよくあげられますが、
もともとはイメージ戦略的なことが苦手であったというのが最大の要因だったかと思います。
生え抜き選手中心でV9を達成したその指導力、采配センスなどは長嶋、王を始めとする人材に恵まれていたとこを差し引いても非常にすさまじい物であったとは想像に易いと思います。
反面、勝ちつづけるために(そして10年間監督を続けるために)不要な要素は徹底して切り捨てていたようです。
(そのため後任の長嶋氏が引退するまでの間に監督候補とされた人間も何人か切り捨てられています)
単純に監督の構想から外れたというだけのことですから切られた方としてはたまったものではないでしょう。
ある程度の実力・実績のある方ならばそれなりに発言力もありますし、もともと川上氏はマスコミとの折り合いが悪かったので特にそういった悪い部分ばかりが公衆に対する情報として出回りやすかったのでしょうね。
長嶋氏と比較してみるとよく判るかと思います。
(両極端で逆に比較しにくいかもしれませんが)

ただし、巨人の監督として非常に高い権限を与えられていたせいか川上氏自身の傍若無人な振る舞いも非常に目立っていたようです。
湯口事件でのコメントもそのひとつだったのでしょう。
戦略面におけるものであれば並みの人間には計り知れない部分もありここまで批判のタネになることはないのでしょうが、これが普段の言動にまで及ぶとなれば致命的と言わざるを得ないと思います。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E5%93%B2%E6%B2%BB

湯口事件は川上氏批判の象徴的なものとしてよくあげられますが、
もともとはイメージ戦略的なことが苦手であったというのが最大の要因だったかと思います。
生え抜き選手中心でV9を達成したその指導力、采配センスなどは長嶋、王を始めとする人材に恵まれていたとこを差し引いても非常にすさまじい物であったとは想像に易いと思います。
反面、勝ちつづけるために(そして10年間監督を続けるために)不要な要素は徹底して切り捨てていたようです。
(そのため後任の長嶋氏が引退するまでの間に監督候補とされた...続きを読む

Q川上哲治

先日、元巨人軍監督の、川上哲治氏が亡くなりました。
みなさん、何か忘れていませんか?
そうです。国民栄誉賞。
川上哲治こそ、国民栄誉賞に値すると思いませんか?

長島茂雄 松井秀喜より、川上哲治じゃないでしょうか?

どうして、授与されないんでしょうね?

Aベストアンサー

川上氏がもらえるなら
400勝の金田も史上初の300勝投手のスタルヒンも
シーズン42勝の稲尾も3冠王2回の落合も

みんな受賞に値するはずです


もともと国民栄誉賞は王さんのために作られた賞
王さんより偉大な人にはあげられないのかもね

Q守備体形?守備体系?守備隊形?

「前進守備」などの守備たいけい
この「たいけい」って正しくはどの文字なんでしょうか?

Aベストアンサー

実は私も迷ったことがあって、そのとき調べてみたのですが、野球用語としては「守備隊形」が使われることが多いようです。

単に「守備たいけい」で検索すると、野球以外の競技に関するページもヒットします。
また、「守備たいけい」で検索すると、「守備」と「たいけい」がつながっていないページもヒットしてしまいます。
これらを考慮すると、AND検索でフレーズ検索するのが一番いいわけです。で、次のようにGoogle検索してみました。

野球 "守備体系" の検索結果 約 1,810 件
野球 "守備体型" の検索結果 約 849 件
野球 "守備隊形" の検索結果 約 559 件
野球 "守備体形" の検索結果 約 474 件

このような数値になっていますが、「体型」はいくらなんでも誤字(誤変換)の部類に入るでしょう。
「隊形」で信濃毎日新聞、時事通信、日刊スポーツなどがヒットします。書籍の場合も「隊形」が多いはずです。

ただ、軍隊を連想させる「隊形」を嫌う人もいるでしょうね。まあ、私がそうなんですけど…。私自身は「守備たいけい」という言葉を使わず、「前進守備」とか「ゲッツーシフト」で済ませるようにしています。

実は私も迷ったことがあって、そのとき調べてみたのですが、野球用語としては「守備隊形」が使われることが多いようです。

単に「守備たいけい」で検索すると、野球以外の競技に関するページもヒットします。
また、「守備たいけい」で検索すると、「守備」と「たいけい」がつながっていないページもヒットしてしまいます。
これらを考慮すると、AND検索でフレーズ検索するのが一番いいわけです。で、次のようにGoogle検索してみました。

野球 "守備体系" の検索結果 約 1,810 件
野球 "守備体型" の検...続きを読む

Q川上哲治氏

生きてるんですか?

Aベストアンサー

う~ん、どうでしょう。生きてるんじゃないんでしょうか。

90歳ですか、いわゆるひとつの卒寿ですね。


もしかしてあの世にいたらどうしましよう。

それこそ打撃の神様ですね。

Q川上哲治さんについて

私は川上哲治さんのことは名前しか知りません。その前に野球をよく
知らないのですが。「打撃の神様」と呼ばれていたそうですが、そんなに
凄い選手だったのですか?
テレビで王さんや長嶋さん、その他大物の人たちが「尊敬していた」と
いったことをコメントしているのを聞きました。
私の中では王さんが1番すごい選手だったというイメージがあるのですが
(王さんってたくさん記録持ってますよね?)、王さんより優秀な
選手だったのですか?あと人望もあったのですか?

Aベストアンサー

確かに記録や記憶では上を行く選手はいるでしょうね。

でも、その質問者様をはじめとする現在のプロ野球ファンが見ている”最高のプロ野球選手”は、川上哲治氏をはじめとする1960年代までのプロ野球選手が作り上げてきたことは、誰にも否定出来ません。今の野球においての常識はほぼすべて、この年代の選手に作られてきたからです。

例えばストライクとボールの概念。川上氏がなぜ打撃の神様と呼ばれるようになったのか。当時以前の打者は、少し穿った見方をすれば、

「投手はストライクに投げるのが当たり前。」

要するに、投手が投げた球はすべて打てる、という信念があったわけです。しかし、川上氏はといえば、ルール上でストライク判定されるゾーンは存在するのだから、そこから外れる投球に無理して手を出す必要はない。そう考えた、日本で初めてのプロ野球の打者です。今聞くと何を今更と思うでしょうが、川上氏の打撃の神様たるゆえんの第一は、この「ストライクとボールの見極め」をプロの世界に導入したことです。無論、この時代のアマチュア野球でそんなもの存在するはずもありません。たまたま手が出なかった直球の判定がボールだった、程度のことです。この見極めがなければ、おそらく大打者にはなっても”神様”と呼称される存在にはなり得なかったでしょう。好球必打と書いて川上哲治と呼んでもいいくらいです。
※実際生涯8424打席で四死球は867(四球823、死球44)、プロとして望んだ打席の1/10で四死球を選んでいます。当時としてはかなり異色の選手です。この辺りが、天才であっても神様と呼ぶにはやや遠い、張本勲やイチローと対比出来る点だと思います。

次に、監督として実に細かい作戦立案をした点。これは、当時MLBで弱小と呼ばれたブルックリン・ドジャーズの快進撃を記した書籍を参考にしたらしいのですが、当時の日本プロ野球では、試合前のミーティングで大まかな相手投手の攻め方を指示するくらいで、後は現場の選手任せだった事がほとんどでした(その最後の名残が南海系の選手・監督の采配でしょうか。初代親分こと鶴岡一人に始まり、野村克也(ここは意外でしょうが)、大沢啓二、須藤豊と概ね事前ミーティングに時間を掛けるタイプばかりです)。

しかし、その南海勢にとって川上率いる巨人の、それこそ投球の1球1球、打席での1球ごとのブロックサインやら守備位置の変更、バッテリーへの指示などは意外を通り越して呆れるほどだったと言います。しかし野村克也だけは巨人の強さの本質は選手の能力ではなく、川上監督・牧野コーチをはじめとするベンチワークの結果だと。極論、そこに王や長島がいてもいなくても結果はたいして変わらない、とまで。おそらく、事実でしょう。

打者としてのセンス、監督としての戦略戦術眼、どれをとっても神と呼ぶにふさわしい存在です。どちらかに秀でる人物はプロ野球に他にもいますが、どちらも優れた選手はそうはいません。そもそも、王も長島も、川上監督の巨人以外なら、あれほどの成績は上げていないでしょう。王さんに至ってはおそらく投手失格の時点でプロ野球選手として終わっていたはずです。あれは当初から投手では使えないが打者として取ると川上氏が決めてかかったようですが。

ましてそれ以降の打者の成績は、すべて川上や青バット大下弘の打撃論を基礎にしているものばかりです。この時代のプロ野球選手なくして、現在のプロ野球も…極端に言えば、WBCでの連覇もなかったでしょう。スモール・ベースボールと言葉だけ一人歩きしていましたが、結局川上監督率いる巨人がV9を達成していた野球そのものでしたから。別にONの打棒だけで9連覇出来るわけがない。

※ただ人望という面では、巨人軍の監督経験者は長嶋さん以外ほぼすべて、球団・親会社と何某か諍いを起こして距離を置いていますので、球界からの人望ほど巨人軍・讀賣新聞社から重用されていたわけではないのは間違いありません。ただ、球界全体の人望を見れば、それは小さな問題というしかない。何より、重鎮として齢90を越えるまで存命で居続けただけでも、十分に意義がある人生だったと。

確かに記録や記憶では上を行く選手はいるでしょうね。

でも、その質問者様をはじめとする現在のプロ野球ファンが見ている”最高のプロ野球選手”は、川上哲治氏をはじめとする1960年代までのプロ野球選手が作り上げてきたことは、誰にも否定出来ません。今の野球においての常識はほぼすべて、この年代の選手に作られてきたからです。

例えばストライクとボールの概念。川上氏がなぜ打撃の神様と呼ばれるようになったのか。当時以前の打者は、少し穿った見方をすれば、

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