彼が自衛隊に乗り込んで演説をして、そのあと割腹して自殺をした、
ということは知っているのですが、(学校でちょっと習った)
彼は、何故そういう行動にでたのでしょうか。
なぜ、自殺しなければならなかったのか。割腹することにどんな意味がかくされているのか。とかその理由が知りたいです。
右翼・左翼者だったのでしょうか。

そして、その行動を当時の人はどう捉えていたのか。
(例えばあきれていた、とか、尊敬した、とか。)

三島の割腹で世間にどんな影響をあたえたのか、

など、ふと気になって、三島について学校の先生に聞いたら、思いっきりひいて変人扱いされてしまいました・・。(で、聞きそびれてしまって。)
知っていたら、教えて欲しいです。

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A 回答 (2件)

 


  あまり三島については、詳しくないのですが、わたしの知っているというか、考えられることを述べます。
 
  >彼は、何故そういう行動にでたのでしょうか。
 
  三島由紀夫という人は、非常にナルシシズムの強い人でした。また、自己の性的同一性に不安感を抱いていました。非常に明晰な思考力があり、優れた感性の持ち主でしたが、論理的に思考すると言う点では、問題がありました。あるいは、もしかすれば、三島は敢えて、論理的に考えることを避けたのかも知れませんが、やはり、美的感性判断が優先していたのでしょう。
 
  三島は女性が優越する家庭で育ち、男らしさにコンプレックス(複合感情)を抱いていました。また自己の肉体が貧弱で、男らしくないとも感じていました。彼は優等生で秀才で、上級職公務員になりますが、学習院時代から小説を書くことを得意とし、東大に進学してからも、やはり小説を書いていました。彼の小説は、一種の人工の美の小説で、彼のコンプレックスの補償の一面があります。
 
  三島は、自己の美的志向と、自己の男性性の確認のため、「男性の美学」というものに憧れ、「おとこ」たる者、生まれ来てなすべきことは、最善には何かという問いで、それは国家のために自己の命を犠牲にすることだと考えました。国家あるいは、祖国、日本の伝統に殉じることこそ、男の本懐だと考えました。そのようにして国に殉じることで、自己の「男性性」がまっとうされると考えました。
 
  男性の優位性を法的にも承認したのは、明治天皇制国体でした。また、伝統の武士のエートスは、男性の「いさおし」を讃美するものとして、三島は、武士の理想の姿を自己に重ねようとしました。こうして、彼は、古い武士のいさおしの理想を語ると共に、国に殉じることこそ、男子の本懐で、その場合の「国、祖国」とは、彼の美意識からして、大衆が跋扈する近代・現代社会ではなく、身分制があり、優れた者が人々を指導する貴族制社会、モデルとすれば、明治の天皇制国体だと考えました。また「日本の古来よりの伝統」は、天皇制にあるとも考えました。
 
  これが、三島が「右翼思想家」と見做される理由ですが、三島は、理論的右翼というより、美的右翼ともいうべきで、西欧の美術や文学でも、男のいさおしを称え、生死の美学を語るものは、これを評価しました。例えば、古典ギリシアなどです。
 
  三島はまた、「老醜」というものを嫌いました。若い絶頂の美のなかで、国に殉じて死んで行くのが望ましく、美しく、べんべんとして年を取り、老醜の姿、人生を晒したくないとも願っていました。「神々に愛された者は若く死ぬ」ということは、三島には、理想でもあったのです。
 
  三島は非常に几帳面で、例えば、割腹自殺の前にも、依頼された原稿の最終原稿を、時間通りに仕上げ、これを、編集者に渡しています。
 
  三島は、自分の人生を自分で、美的に演出したかったのです。思想的に見れば、また価値があるかも知れませんが、三島自身にとって、右翼とか天皇制は、自分の美学を支えるための要素で、いさぎよく、美しい「死の機会と意味を与えてくれる」装置であったと言えます。三島は自分の手で、自分の意志で、自己の人生を美的に完成したかったのです。また、その死が、日本の伝統のなかで、意味を持つようにしたかったのでしょう。こういう訳で、色々複雑な動機があり、しかし、やはり、自己の死を自分で選び、夭折し、美的な人生を実現したかったというのが基本的な動機だと思います。
 
  >そして、その行動を当時の人はどう捉えていたのか。
 
  次の質問の答えと重なりますが、三島の思想や著書をよく冷静に読んでいた人や、世間一般の人は、驚くと共に、自己の美学に陶酔して、ぎりぎりの決断で死んだのだと捉えたでしょう。非常識あるいはアナクロニズムで驚いた人、理解できないと感じた人もいましたし、外国では、日本人はいまでも「ハラキリ」するのか、と驚いたとも言われています。
 
  他方、右翼の運動者たちには、三島の(美学的)国粋主義や憂国の考えに共鳴して、高く評価した人もいましたし、三島は時代が必要とする行為を、命を投げ出して、身をもって示した英雄だという捉え方もあったでしょうし、三島の自決を、うまく利用しようとする、右翼や国粋主義者もいたでしょう。
 
   >三島の割腹で世間にどんな影響をあたえたのか
 
  以上に述べた通りで、世間は驚いたのですが、三島の思想が大衆に浸透することはありえませんでした。三島は、自己の美学に殉じたので、アナクロニズムなところのある、一つの国粋の理想に殉じようとする者の見本とも取られましたが、広く共感を社会には得ることができず、大きな影響とはならなかったでしょう。(右翼思想の象徴としての役割は果たしましたが、いまは、その影響も小さくなったことでしょう)。
 
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この回答へのお礼

くわしく答えていただいて、ほんとうにありがとうございます!
すごくうれしいです

そうですか・・こんな理由があったのですね。
本を見ても、「三島はホモだった」とか、「天皇制の復活を叫んで・・」
とか理由がでてたのですが、なぜ切腹しなければならなかったのか、
というのがわからなかったんです。

”自分の人生を美的に完成したかった”
いかにも三島らしい死に方ですね。

お礼日時:2001/12/16 23:55

え?うちのガッコの先生は


「三島の自殺?そりゃ豊饒の海を書き終えて、
これ以上の作品はもうつくれないって思って、
最後にドカーンと一発やりたかったんだ」
と喜んで教えてくれました。

猪瀬直樹の三島評伝「ペルソナ」に分かりやすく書いてあります。
下のURLはアマゾンの「ペルソナ」のレビューなんかが掲載されてます。
この本をベースにした特番がNHK教育で4回にわたって放映され、
正直、本より面白かったですよ。
ビデオ棚を探せば出てくるかもしれないなあ。

世間に与えた影響はショックのみ。
何を考えてるのか分からんっていう感じ
これって映画監督の鈴木清順がおのれの美学を映画作品に表現してるのと通じるところあるかも。
三島はおのれの美学を文学で表現するには飽き足らず、肉体で表現したかった。
もしかしたら俳優として表現してるうち、目覚めてしまったかもしれない。
清順監督にカルト的ファンが多いように、三島の切腹行為にもカルト的ファンはたくさんいるね。三島のハラキリをマネッコする会もあるよ(苦笑)。
でも正直言って、清順監督作品も三島の切腹行為も、普通の人には理解しがたいとこある。

タイトルは忘れましたが、五社英雄監督の時代映画で、三島由紀夫が侍役でハラキリやるの。宣伝ポスターの三島の目が怖かった。演技はだめだめでしたが、スチールを五社監督からもらって、京都駅で新幹線に乗り込んだあと、監督がすぐ外でバイバイしてるのに三島はまったく気づかず、憑かれたようにスチールをじっと見つめてたと監督が後年のインタビューで言ってた。
この映画の完成からまもなく、市ヶ谷事件が起こった。

切腹するまえにどっかの座談会で、
「僕は切腹するから、今、腹の肉をそぎおとしているんだ」と
マジ顔で語ってたらしい。

いろんな三島評論あるけど、「ペルソナ」が一番分かりやすく書いてる。
フォー・ビギナーズシリーズは、あまりお勧めできない。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167431 …
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この回答へのお礼

お礼がおそくなってごめんなさい!
回答、ありがとうございました

先生はよろこんでおしえてくれたんですか?
わたしが聞いた先生はアンチ三島だったみたいで、
三島に興味があるといったとたんに、危ないものを見るような目でみつめていました・・(笑)

確かに、彼が追求した美への執念は、好き嫌いが二つに分かれるかもしれませんね。

お礼日時:2001/12/27 02:26

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Q三島由紀夫初心者におすすめの小説を教えてください

現在、三島由紀夫著『音楽』を読んでいるのですが、三島文学にしては文体がくだけていて、にも関わらず美しい文章でストーリーも面白く、大変ハマっています。
そこで、他にもこの『音楽』ように読みやすい三島由紀夫の小説がありましたら是非教えていただきたいのです。
ちなみに『潮騒』も読みやすかったですが、こちらはストーリー的に魅力を感じませんでした。
それとは逆に『禁色』『美徳のよろめき』は内容的には大変惹かれたのですが、私にとっては難解な文章でわかりづらかったです。
(次はとりあえず『金閣寺』に挑戦してみようと思っています)
三島文学初心者にもわかりやすい作品、よろしくお願いします。
(随筆や戯曲より、やはり小説がいいです)

Aベストアンサー

こんにちは、私も最近になって三島文学に目覚めた者です。

初心者にもわかりやすい作品とのことですが、角川文庫から出版されている『夏子の冒険』をお薦めいたします。
非常に読みやすくて面白い!三島作品とは思えない程の爽快感をおぼえる一冊です。恋愛あり冒険活劇ありギャグ?ありの格調高い文体で書かれたコメディといった感じ。主人公が本ッ当に<良い>性格をしています。まるで現代の若者向けのライトノベルを読んでいるような気がしました。

もし三島由紀夫は苦手~と思っている方でもこれはすらすら読める程の内容だと思います。個人的に大プッシュさせて頂きますので、よろしければ手にとって見てください。

Q三島由紀夫

文学者、三島由紀夫はどのような性格の人物だったんですか?

Aベストアンサー

今日は。天才と言われる人たちの精神病跡学(パトグラフィー)の書籍などを読みながら日英文学などを読んでいる暇人です。

三島は、ご存じのように、幼児期に祖母に溺愛?・異常管理?されながら女の子のように育てられました。その影響かどうか分かりませんが、幼児期からの病弱・虚弱体質で、のちに成人となってから徴兵制度の兵役検査で不合格とされました。これが結構トラウマとなっていたように思います。のちのちこの兵役検査不合格は本人の仮病ではなかったかとか、やはり虚弱体質だったからかなど、いろいろ評されたそうです。

おそらく、戦後、自身の体作りに異常なほど取り組んだ根もとは推し量られます。ボディビル、空手(蹴りは足があまり上がらなかったと言われています)、剣道などに取り組み、ナルシストのように自身の写真をポスター化していました。さらに晩年盾の会などを作り、自衛隊に乗り込んで「憂国の精神」で熱弁をふるい、自決しました。盾の会のメンバーの1人の「ちび古賀」という若者とは同性愛関係にあったと言われています。自決の際、居合い経験者に首をはねてもらうつもりでしたが、その若者も異常に緊張したのか首をはねずに肩に刀が食い込んで、三島が苦しんだと言われています。その際、剣道経験者が刀を取り、三島の首を何とかはねたそうです。居合いと剣道では刀操法では前者が圧倒的に有利なはずだったでしょうが、死の瞬間までその皮肉が三島の周りで戯れたところが象徴的だったと思っています。

天才であろうと凡才であろうと、人間は、無意識か意識的か分かりませんが、過去の失敗を取り戻そうと死ぬまで努力するそうです。自分のことを考えても分かるような気がします。三島の体作り・盾の会・憂国の精神・自衛隊での自決はすべて遠い過去から連続しているようにしか思えません。

話しは突然変わりますが、三島の縁談の相手の1人に現皇后の美智子様がおられたそうです。三島はこの縁談に十数ヶ条の条件をつけて相手側に渡したそうです。(1)おれの文筆業に口出すな(2)・・・と言ったそうです。この縁談が破綻したのは現在の皇后であられるお姿を拝見してもお分かりの通りです。

しかし、文学的天才であることには間違いないと思っています。私個人としては「金閣寺」が気に入っています。日本文学として英語翻訳本を比較しながら読んでいましたが翻訳の方は駄作で、三島文学として読むのは日本語オリジナルと決めています。しかしジャーナリストの書いた三島評論は外国人の書いたものが役に立つこともあります。日本人ジャーナリストなら日本人としての立場から書けないことを平気で書かれてあります。
「The Life and Death of YUKIO MISIMA」by Henry Scott Stokes, (TUTTLE)

精神病理は、現時点で、統合失調症・鬱病・躁病・両極性躁鬱病・多重人格などデジタル的に分けて考えるのが主流のようですが、もう一つの流れにこれらすべての病は連続しているもので「迫害意識←→誇大妄想」と連続的に考える精神病理一体論の立場を取る派もあるようです。

いずれにしても、作家たちの病が作品の壮絶なエネルギーになっていることが確かであろうと言われています。パトグラフィー関係の書物も文学作品と併せて読まれると、この作品を書いた時のこの作家の精神状況と感じながら読むことが出来るのが私の好みです。文学至上主義とはかけ離れてしまいますが。

北杜夫・斎藤茂吉・川端康成・夏目漱石・芥川龍之介・紫式部その他色々評されています。

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Q三島由紀夫の本

最近三島由紀夫の興味をもったのですが、三島由紀夫の本で最初に読むに一番ふさわしい本・三島を知るのに一番オススメの本を教えて下さい★

Aベストアンサー

 こんばんは。満場一致で『金閣寺』ですね。
是非読んで頂きたい一冊、賛成です!

 最初に読まれるということで、一応『金閣寺』より文字数の少ない(途中で挫折しにくい・・・?)著作も以下に挙げておきます。
1)『憂国』
 死ぬ瞬間ってどんなだろう、経験した人って少ないと思いますが、目が離せないほどの迫力の描写でした。

2)『頭文字』
 ベールに包まれている天皇家の物語。何というか、ゾクッとします。

3)『不道徳教育講座』
 エッセイです。結構笑えます。これは最初に読むより、何冊か読んだ後の方がいいと思いますけど、ご参考までに。他の著書との関連性、根本みたいなのが見え隠れしてます。

あと、『孔雀』は美輪明宏さんをモデルにしたということで有名ですよね。美輪ファンにもおすすめ・・・かな。

Q三島由紀夫の作品

三島由紀夫の作品を、読んだことがないのですが、読んで面白い作品があれば、教えてください。

Aベストアンサー

三島は生涯でたくさんの作品を書いていて、それぞれ違った効果をねらった作品があります。

ただ、質問者さんがどういうものが良いと感じられるかは分かりませんので、あまりにグロテスクだったり耽美的要素やナショナリズムなどが強くないものが良いのでは、と思います。

一冊だけなら
『潮騒』
を上げます。
主人公新治のかっこよさは、誰もが感じると思います。物語としても、とてもハッピーエンディングで、とても読みやすく、面白いです。(暗くない! 暗さも魅力なんですが…)

また、三島由紀夫という人物に興味がより強ければ
『仮面の告白』
も良いかと思います。
これは自伝的な要素が強い(完全に作者と一致させてはいけませんが)作品で、三島の同性愛的な志向が読み取れます。(ただ三島がそういうキャラターに見られたがっていたという説もありますが)

いずれも新潮文庫などで安価に手に入りますので、ぜひどうぞ! 図書館などで全集を手に取り、短編を拾い読みしても、とっても面白いですよ。

参考になればと思います。

Q三島由紀夫が潮騒を書いた理由

このまえ学校で三島由紀夫の作品についての授業があったんですが、
気になることがあって質問しました。

三島由紀夫の作品の中で「潮騒」は明らかに浮いていると思います。
三島由紀夫がこのような作品を書いたのには、
どんな背景、理由があったのでしょうか?

分かる方いらっしゃいましたら、
回答よろしくお願いしますm(_ _)m

Aベストアンサー

>三島由紀夫が潮騒を書いた理由

ギリシャの古典作品の「ダフニスとクロエ」に触発されて書かれたとされています。Wikipediaの記述で確認できます。
三島作品の中では異色のように思われますが、三島は戯曲・台本なども数多く手掛けています。また、「豊饒の海」が「浜松中納言物語」に着想を得て書かれているように、三島の幅広い古典の渉猟ののなかから生まれた作品は数多くあります。

以上、参考までに。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%AE%E9%A8%92_%28%E5%B0%8F%E8%AA%AC%29

Q三島由紀夫「金閣寺」の有為子について

  三島由紀夫の小説が好きでほとんど読みましたが、特に「金閣寺」が好きです。なんども読み返したのですが、序盤で出てくる有為子の存在がわかりません。何の意図をもってこの女性を登場させたのか。三島の意図はどこにあったのかが今いち判然としません。
 
 私の解釈では、主人公が一方的に恋焦がれるものの吃音という障害があり、有為子はきわめて健康的で美人に描かれています。つまり醜⇔美の構図をあらかじめ書いておき、後半の私(醜)⇔金閣寺(美)の伏線を張っておいたと考えるのです。つまり金閣寺を人間の姿で表現したのが有為子であり、恋焦がれるものの絶対に手の届かない存在、神聖な世界(最後に入ろうとして入れなかった究境頂)として描いたと考えるのです。実際「美しいもの」を主人公が見た時に、そこに有為子の姿が重なるという表現がいくつか出てきます。彼女が恋人のところに走ろうとして射殺されてしまうのも、滅びの中に「美」を見出すからであり、有為子の死は最後の金閣寺炎上と作品の最初と最後でつながっている気がするのです。
 
 ただ、それにしても何故三島は修行僧が金閣寺に放火する屈折した感情を表現するために人間(有為子)を登場させたのか、そこが分かりません。美しい人間に恋させることによって、主人公の人間臭さを表現したかったのでしょうか。要するに高度に観念的な理論の積み重ねで「金閣寺を燃やす」という結論に到達させたのでは、まるで主人公がロボットのような無機質な存在になってしまうため、あえて最初の方に有為子を登場させ彼女に恋い焦がれさせることで主人公の人間性を読者に定着させる目的があったように思えるのです。
 
 金閣寺にはいろんな解釈があるでしょうし、各自がそれぞれの解釈をすればいいと思いますが、有為子の存在について考えるところを教示いただければ幸いです。よろしくお願いします。

  三島由紀夫の小説が好きでほとんど読みましたが、特に「金閣寺」が好きです。なんども読み返したのですが、序盤で出てくる有為子の存在がわかりません。何の意図をもってこの女性を登場させたのか。三島の意図はどこにあったのかが今いち判然としません。
 
 私の解釈では、主人公が一方的に恋焦がれるものの吃音という障害があり、有為子はきわめて健康的で美人に描かれています。つまり醜⇔美の構図をあらかじめ書いておき、後半の私(醜)⇔金閣寺(美)の伏線を張っておいたと考えるのです。つまり金閣寺...続きを読む

Aベストアンサー

No.1の補足です。私の下手な日本語が誤解させていたら申し訳ない事です。
>「私には質問者さんの文章が分かりません」~「宜しいのではありませんか」と書いてしまいましたが、
質問者さんの文章は分かります。質問者さんなりにしっかりと有為子に役割を感じているのに、なんで「それにしても」疑問に思う必要があるかなぁという意味です。


昭和31年10月新潮社刊行の小説「金閣寺」は同年の「新潮」1月号から10月号に”連載”されていたそうです。ちなみにこの年2月、新潮社は出版社としては日本初の週刊誌「週刊新潮」を創刊します。


題材にしているのは、昭和25年7月の金閣寺放火事件。逮捕された21歳の徒弟僧の供述は「美に対する嫉妬と、自分の環境が悪いのに金閣という美しいところに来る有閑(ゆうかん)的な人に対する反感からやった」というもので、実際の彼は小説の内容とは違って、小刀を捨てて生きようと思ったのではなく、死には至りませんでしたが、山中で切腹したようです。


以下主観ですが、この小説はその壮麗な文体とは逆に、無常だとか仏教的に高尚な事を伝えるものではないと思います。ギャップを楽しむ小説ではないでしょうか。最後の生きようとするところなんてガッカリでしょう。作家名、作品名、仏教用語、ぜんぶ堅いイメージですが、内実はナンパであるという、そこが一番、破壊的なのです。
美醜の議論はさておき、有為子は最重要の存在です。建造物としての「金閣寺」も含めて皆等しく《有為》なのです。

《有為》とは、有為転変というように、転変する有限の存在です。いわば消える為に作られた造作です。


★第9章の「同じ店の同じ女を訪ねて」で始まる段落にぜんぶ答えが書いてあると思いますよ。


小説「金閣寺」の衒学的部分は結局仏教理論ではなくやはり三島美学の観念論ですね。現実よりも観念を愛する三島の甘美な精神論を宣伝しています。
もとより金閣とその美醜は三島の関心事ではなかった気がします。おそらく金閣を美しいと思っていない三島がお得意の美辞麗句で修飾した作品です。犯行動機を、自分とは対照的な金閣の美への憧れと反感と見ていた三島は作品内で、作家自身のコンプレックスと怒りに換骨奪胎していると思います。

そう考えると、建前である金閣の美よりも、性的実体として描かれる女たちが三島の本音に直接関係してきます。だから有為子は必須の登場人物です。
有為子は脱走兵との恋に死にます。第三章では進駐軍相手の娼婦が登場します。日本人の精神が地に落ちる現場から、逃れられなかった占領下を物語っています。この場面も主人公が有為の滅殺に関与します。有為子も引用されます。第7章では輪廻のように老師が愛人といるところに出くわします。遊郭の話もそうですし、ぜんぶ性的な女と悪い男の組合せですね。
三島の主題はそっちのように思います。つまり金閣の美よりも有為子たちの方が必要なのです。金閣の美はあくまで実際の事件を筋書きにするための美ではないでしょうか。

主人公は妄想に生きがいを感じています。日本人にとって異常なことではありませんよね。その卑近な心理を三島が三島文学として重々しく表現したまでです。高尚な中身はありません。
質問者さんが有為子の必要性を心配されなくても主人公は十分身近な人物像です。老師に対する心理を読むだけでも普通の青年像でしょう。しかも最後は切腹ではなく生きようと思う人物なのですから、生きるばかりの愚民に向けた皮肉です。主人公は、死ねば有為子のそばに行けるなんて思うまでもなく、有為子の残像と共に生きていくことになるのでしょう。実際の犯人は26歳で病死します。彼に有為子がいたとは思えません。
ですから質問者さんが指摘された有為子の効果も含めて三島は健常人を主人公に卑近な心理を描いたものと想います。


質問者さんの意見も含めて、いろんな見方ができます。個人的には以上のように作品を読ませてもらいました。

No.1の補足です。私の下手な日本語が誤解させていたら申し訳ない事です。
>「私には質問者さんの文章が分かりません」~「宜しいのではありませんか」と書いてしまいましたが、
質問者さんの文章は分かります。質問者さんなりにしっかりと有為子に役割を感じているのに、なんで「それにしても」疑問に思う必要があるかなぁという意味です。


昭和31年10月新潮社刊行の小説「金閣寺」は同年の「新潮」1月号から10月号に”連載”されていたそうです。ちなみにこの年2月、新潮社は出版社としては日本初の週刊誌「週...続きを読む

Q三島由紀夫に関する書籍

大学の講義で三島由紀夫について学び、すっかり魅了されました。
そこで、三島氏に関する(思想、人柄、生涯等について書かれている)著書で
お勧めがあれば教えて下さい。
ちなみに、数年前『三島由紀夫の最期』を購入しましたがイマイチでした。

Aベストアンサー

私は昔、三島由紀夫の「金閣寺」を読んだことがあるのですが、その後たまたま出会った本にインドのエリートビジネスマンが書いた日本体験記「喪失の国、日本」(M・K・シャルマ著)で三島由紀夫に一部触れている章「三島由紀夫は民族主義者じゃない」があります。「金閣寺」に対する著者の三島由紀夫論なのですが、観察眼のない一般書評などとは一味違い深く切り込んだ解説が圧巻でした。「金閣寺」を読んでいなくともこれを見たら読みたくなると思います。この他にも驚きの日本体験談で前半笑いをちりばめながらも、後半で日本人以上に日本を見る鋭い目や先見性で語っていく著者の頭の良さと洞察力に関心します。読み物としても面白く、あっという間に読めてしまうので娯楽にも勉強にもなりおすすめです★

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167651386/qid=1107897707/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-6085018-8442660

Q三島由紀夫の「憂国」の主人公の兵科について

 三島由紀夫の「憂国」の主人公の武山信二中尉の兵科は、最近の文庫本を見ると「歩兵」となっていますが、古い本(昭和30年代)をみると「輜重兵」です。これは作者自身が改訂したものなのでしょうか?
 226事件に歩兵中尉が参加できずに自決するのと、輜重兵中尉が自決するのとでは、けっこう重みや意味が違うと思うのです。といいますのは、「輜重・輸卒が兵隊ならばちょうちょ・とんぼも鳥のうち」と歌われたように輜重兵には劣等感があったはずだからです。

Aベストアンサー

図書館にいるときにこの質問を思い出したので、本を探してみました。
『三島由紀夫の世界』(村松剛 新潮社)にこの部分に触れたものがありました。
#1の方の回答と重なる部分(村松の論評には典拠が示してありませんが、おそらくは#1さんがあげられた三島の随筆によるものと思われます)が多いのですが、こちらも合わせてお読みください。


「『憂國』の主人公は「小説中央公論」に出た初稿では、近衛輜重兵大隊勤務となっていた。ことさらに輜重兵としたのは、三島自身の注釈によると、「武山中尉の劇的境遇を、多少憐れな、冷飯を喰らはされてゐる地位に置きたいため」だった」(同書p.310)

>「輜重・輸卒が兵隊ならばちょうちょ・とんぼも鳥のうち」と歌われたように輜重兵には劣等感があったはずだからです。
という質問者さんのご指摘は、まさに三島が設定した主人公の境遇そのままであったわけです。

私自身は、ここらへんの位階関係はいまひとつよくわからないのですが、村松はこう続けます。

「しかしろくに武器をもたない輜重兵が、もしも「決起」の先頭に立ったとしたらおかしなもので、盟友の討伐も直接にはできない。
 また彼は初稿では遺書として、
「皇軍萬歳 陸軍中尉武山信二」
 墨痕鮮やかに、半紙に書き残している。…(略)…正式な名乗りは陸軍中尉ではなく、陸軍輜重兵中尉である。
 これらの点について三島はのちに末松太平(元陸軍歩兵大尉)から忠告を受け、昭和四十一年以降の版では「近衛輜重兵大隊勤務」を「近衛歩兵一聯隊勤務」に、遺書の「陸軍中尉」を「陸軍歩兵中尉」に、それぞれ訂正した。帰宅した夫を玄関に迎えに出た妻が、「軍刀と革帯を」うけとって袖に抱く場面も、単に「軍刀を抱いて」に変る。革帯まではずして妻にわたしたのでは、軍袴がずり落ちてしまう」(p.310-311)

以上のことから、質問者さんがご覧になった文庫版では訂正後の原稿を底本としていたことがわかります。

本書では、この部分は、深沢七郎の『風流夢譚』と『憂國』の関係、とくに、三島が深沢の作品に触発されて、この作品を執筆したのではないか、という論考の流れででてきます。
普段、執筆前に入念な調査を行う三島が、このような「ミス」を犯したのは、『憂國』に限り、二・二六事件当時の軍人の生活をあまり調査することなく「一気呵成に」執筆したためではないか、それは深沢七郎の『風流夢譚』に刺激されたことの証左ではないか、という推測がなされています。

興味がおありでしたら、こちらもぜひご一読を。

図書館にいるときにこの質問を思い出したので、本を探してみました。
『三島由紀夫の世界』(村松剛 新潮社)にこの部分に触れたものがありました。
#1の方の回答と重なる部分(村松の論評には典拠が示してありませんが、おそらくは#1さんがあげられた三島の随筆によるものと思われます)が多いのですが、こちらも合わせてお読みください。


「『憂國』の主人公は「小説中央公論」に出た初稿では、近衛輜重兵大隊勤務となっていた。ことさらに輜重兵としたのは、三島自身の注釈によると、「武山中尉の劇的...続きを読む

Q谷崎潤一郎と三島由紀夫の文章はどんな感じでしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。ある中国人作家のインタビューで谷崎潤一郎と三島由紀夫の文章が好きだと聞きました。私は二人ともの作品をあまり読んだことがありません。谷崎潤一郎と三島由紀夫の文章はだいたいどんな感じなのか、ご存知の方教えていただけないでしょうか。谷崎潤一郎と三島由紀夫のどちらについてもかまいません。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>谷崎潤一郎と三島由紀夫の文章はだいたいどんな感じなのか、

実際に読まれるのがいいのですが、ひとことでいえば即物的な描写を心がけ、それが成功した文章だということでしょうか。さらりと流すのではなく、これでもか、これでもかと形容詞や比喩を駆使し、何重にも描き重ねて表現したいものを正確に、しかも美的に表現することに努めたということだと思います。

二人の小説は主題はかなり異なりますが本質的に似通っていると思います。哲学的に深いものはありませんが、読者を酔わせるものがあります。

単なる私見です。
ご参考になれば。

Q三島由紀夫作品を深く理解するための解説書は・・・

三島の『金閣寺』『潮騒』などを読み、特にその文体に深く感動しました。
ですが作品に固有のテーマについては表面的な理解にとどまっています。
そこで、三島の様々な作品をさらに深く楽しめるようになるための解説書やホームページを紹介してもらえないでしょうか。

基本的には個々の作品についての解説書の紹介を希望します。
(作者本人や全体的思想に関する好著の紹介もありがたいです。)

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

個々の作品解説は文庫の解説読むのが一番手っ取り早いと思いますが。
それ以上を知りたいなら
http://base1.nijl.ac.jp/~ronbun/
にアクセスして検索画面をクリック→キーワードに作品名を入れると国文学系の論文がヒットします。

基本的なところで「三島由紀夫事典」が勉誠出版から出ているので参考になるでしょう。
また講談社から「三島由紀夫文学論集」が出版されています。

三島由紀夫を「深く」「楽しむ」のは無謀ではないかと思うのですが…。
個人的にはひじょうに表面的な作業しかできない作家だと思っています。たしかに文体(だけ)はうつくしいので、個人的なおすすめは「十代書簡集」なのですが。(これを読むと「十代でこの文章…」とちょっと凹みます)


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