自分は、若いときは学者か文筆家になって有名になりたいと思っていましたが、どうも無名人のまま
一生を終えるだろうことが、ほぼ確実になっています。そのころの自分のこころの動きをふりかえっても
まず有名になりたいという欲求があって、その後ろから「社会への貢献」だの「自己実現」だのという
目標が弁護人のようについてきていたような気がします。

この「教えて!goo」へ投稿するのも、「知りたい」という目的よりも、「奇抜な質問をして
注目されたい」とか「気のきいた質問をして人をうならせたい」とか、そういうことを意識している
自分に気がついて、思わずハッとしています。

目立ったところで、mori0309って、どこの誰だか誰にもわからないし、何の得にもならないのに。

どうして人は目立ちたがるのでしょうか? なぜ有名になりたがるのでしょうか?

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A 回答 (7件)

 自己中心という言葉が有りますが、本来、人間は


 他の人に周りに認められて、自分の存在価値を
 得る生き物です。また、そうする事によって、伝達
 の意味があり、良い物(悪い物も)が、世間に
 広まっていくのです。ちょっと、話がそれましたが
 まず、哲学・宗教の原点に戻って、下さい。人は
 なぜ生まれるのか?

 幸せになる権利を持って、子孫繁栄のためです。
 その為には、パートナーが見つからなければ
 ならない。

 つまり、そのパートーナーこそが、一番自分を
 認めてくれる存在ですね。

 私も、こうやって回答しているのは、あなたに
 自分を評価してもらいたい、認めてもらいたい
 から、回答しているのかもしれませんし、

 まあ、本当の所は、全ての人に幸せになって
 欲しいからやっているのですが

 また何かありましたら、お気軽にどうぞ
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。めだちたがり欲望にいったい何の意味・理由があるんだろうと、今まで
思っていました。「伝達の意味がある」ということは、気がついていませんでした。なるほど、そう
ですね。自分のもっている、なにかしらいいものを、みんなに知ってもらおうということなのですね。
「パートナーさがし」という理由もあるのですか?それも納得できる気がします。
有名欲というのは、何か卑しいもののように感じていましたが、毛嫌いする必要はないのかな?
でも、「いいもの」をもっていない人の自己宣伝は閉口しますけど。「いいもの」かどうか自分では
判断できないのがつらいところですね。
> また何かありましたら、お気軽にどうぞ
回答者を指名しても、いいのでしょうか? OKであれば、また今度お願いします。

お礼日時:2000/12/16 18:07

奇抜な質問をするよりも、すばらしい回答や的確な回答をしたほうが、目立つし、人の役にも立ちますね。



先の回答にあるように、『目立ちたい』の根底には『人に認められたい』という欲望がありますね。
これは人間なら誰でも大なり小なり持っている欲望です。
ただ、今後何で注目を浴びるかわからないので、あきらめることはないと思います。
有名になったらなったで、苦労は付き物ですよ。

それと、以前回答者を指名した質問がありましたが、すぐに削除されていました。
回答者を指名するよりも、いろいろな人の回答をもらった方が、自分自身のためになると思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

> 奇抜な質問をするよりも、すばらしい回答や的確な回答をしたほうが、目立つし、人の役にも立ちますね。

そうですね。でも私に答えられることは仕事関係だけですので、ごくわずかです。「質問」することで人の
役にたてたらいいなと、すこし思っています。本質をえぐりとるようなキッカケになる鋭い質問、人に思索
することの楽しさ(および苦しさ)を知ってもらえるような内容の深い質問、そういう質問を出せたらいいなと
思っています。

> 『目立ちたい』の根底には『人に認められたい』という欲望がありますね。

やっぱり人間は自分にどんなに自信があっても、外部の評価なり賞賛がないと、落ち着かないのですね。
自分を保てないのですね。人間は何と弱い存在かと、つくづく思います。

お礼日時:2000/12/17 22:42

こんにちは、cool104です。



>回答者を指名しても、いいのでしょうか? OKであれば、また今度お願いします。

私でわかる事であれば、極力、即答いたしますので、お気軽にどうぞ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。回答者を指名するのはダメのようなので、質問者に「mori0309」を見つけたら、また相手をしてやってください。

お礼日時:2000/12/17 22:27

本能的、心理的な回答は、皆さんが


答えていらっしゃるようなことだと思います。

私の個人的なことでは、かねてから芸能人や
作家の方が亡くなったニュースなどを見て、
「この人たちは生きていたときの映像や、
作品といったいわば『生きていた証』のような
モノを残していかれたんだなあ」と思っていました。

匿名にしても目立ちたいということもあるので、
当てはまらないとは思いますが、
究極の目的は生きていることの実感を
求めているのかも知れませんね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

> 究極の目的は生きていることの実感を求めているのかも知れませんね。

自分の行動や発言に世の中が反応するので、自分は確かにここにいて「生きている存在」だ
という実感が得られるのですね。でも、なぜ、それを求めるのでしょう。それがないと自分の
存在に誰も気づいてくれていないようで不安だからでしょうか。
不安だから目立ちたがる? 場を支配したいから目立ちたがる? 考え出すとキリがないですね。

お礼日時:2000/12/17 22:25

人は元々動物です。


動物は同じ種の間で競争し、闘争し、勝ち残ったものが生き残る本能を持っています。これが優秀な子孫を残すためのひとつの方法なのだと思います。
つまり他人より優れたい、強くなりたいというのは人間の持っている本性なのです。
他人より優れるということは、他人から尊敬されるということ。より多くの他人から尊敬を受けるということは自分が他人より優れていることの証明になるのです。
多くの人が尊敬すればするほど、その人は有名になってゆく。
つまり有名になるということは、尊敬されていることの証、さらに自分が優秀であることの証でもあるのです。
それを今の人間も無意識に求めているのではないでしょうか。
ただ、現代のように社会が複雑になってくると、有名であること=優秀であることではなくなってきているのも事実です。
メディアが発達して人々がより多くの情報を求め、それによって自分を正当化したり、娯楽を求めることによって逆に優秀ではない人、自分より劣っている人を有名にさせてしまうという現実もでてきてしまいます。
悪いこと不法なことをして有名になろうという人間が時々でてくるのは、歪められた現代のひとつの現われだとも思えるのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
有名欲求は、自分が優秀であることの証を求める心理なのですね。納得です。

考えたのですが「目立ちたい」というのと「有名になりたい」というのは微妙にちがうという気が
してきました。有名欲求は個人を成長させるエネルギーとして肯定的に考えることもできますけど
目立ちたがり欲求のほうは「自分がその場の雰囲気の支配者になりたい」という欲求であるように
思えてきました。場を支配することは快感にはちがいないでしょうけど、それが心理学的・社会学的に
どういう意味があるのでしょう。

それと質問からは脱線しますが「同じ種の間で競争し、闘争し、勝ち残ったものが生き残る」という
考え方が理系でも文系でも非常に支配的で、おおいに不満です。競争・闘争は個や種を強くするかも
しれませんが、それは低次元の「強さ」で、進化(高次生命へのステップアップ)へはつながらないと
思っています。(素人思考でしょうけど)
> 教育 > 理系の学問 > 生物学 の私の質問「いのちって何?」などもお読みいただければうれしいです。

お礼日時:2000/12/17 20:30

有名についてお考えになるのでしたら社会学的視点もあります。


大阪市立大学 インターネット講座 2000「〈有名性〉をめぐる現在」
 に
『現代社会における〈有名性〉の特徴を「〈ユニークな(=唯一無二の)〉存在と見なされる」点に見いだしました。』
ということばも出ています。心理学には遠回りでしょうが面白いのではないでしょうか。

参考URL:http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/~ishita/saeko/saek …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
たいへん参考になります。

お礼日時:2000/12/17 19:54

心理学をやられているのであれば、マズロー・マグレガーなどが提唱している”人間の欲求”など参考になりますよ。



欲求の上位にあるのが、社会性の自分の役割の欲求です。認められたいなどはこれに属します。

ただ、心理学はどれが一番正しいとか結論を出している事は限りなく少ないです。仏教では、人間について詳しくどの様な動物なのか?を説かれていますので非常に有益です。

仏教にも色々流派・種類がありますが、その中での最上位に位置している法華経でどう説いているかと言うと・・・

人間には煩悩があってこれは消す事は出来ない!化身滅致(煩悩は無くす意味)は出来ないと説いています。

今回の質問は、”なぜ目立ちたがるのか?”と言う事ですが、目立つ事は結局自己満足でありますので自分の名利や他人と比べる優越感かと思います。

従って、自分の煩悩から発生しているものに過ぎず、それが結局他人から評価されているのか?は次ぎに来るのでしょうね。

僕達の時代は、道徳(徳を得る道)を教わりました。徳がある方は名利など無く他人などの目などは気にされないので、自分の信念や言っている事に一貫性があります。

自分から求めて得た者は、結局自分から離れて行くと思われます。まわりから評価された結果手に入れたものは、自分の身に備わったものであると思います。

どちらにしても、動機付けや目的が異なったとしても回答した結果その情報が有益であれば、OKWEBさんの目的は達成されているかと思いますのでよろしいかと思います。

困っている人に対して、有益な情報を教える仕組みですから・・・。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
人間が名利を求める生き物であるということは納得できます。地位も収入もあがるわけですから。
でも、どう考えても「目立ちたい」ということ以外に何の目的も感じられないような行動を
することが人間にはあるように思います。それがどうしてなのか知りたかったのです。

> 僕達の時代は、道徳(徳を得る道)を教わりました。徳がある方は名利など無く他人などの
> 目などは気にされないので、自分の信念や言っている事に一貫性があります。

立派な考え方であると思います。でも名利を気にしないというのは、むずかしいですね。どうしたら
煩悩から自由になれるのでしょう。私事ですが、私は会社員で、今まで順調に昇進・昇格して
きたのに、あるプロジェクトで大きな赤字を出し、降格されてしまいました。
なんとか上層部の目に見えるかたちで失地を回復してエリート社員コースに戻りたいと思いますが、
「そんなことを考えながら仕事をするのはバカバカしい、出世なんか人生の目的じゃない」という
考えも、強くわきおこってくるので、いつも気持ちはゆれています。(余談でした)

お礼日時:2000/12/17 19:51

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Q上から目線とか見下すとか、が気になる人の性格を教えてください。

上から目線とか 見下すとか、
そんなことが気になる人って
どのような性格の人物なのでしょうか。
また、どのような生育環境から
そのような性格が生じると考えられますか。
お教えください。

Aベストアンサー

こんばんは。
興味深い話題でしたのでちょっと考えてみました。
ご質問の意図とはズレるかもしれませんが、
あっちこっちから眺めてみました。

1.見下す人について
2.見下されていると感じる人について
3.見下されることが気になる人について
4.「見下されていると感じること」が気になる人について


★まず、「見下す」「軽蔑する」「侮辱する」というのは非生産的な行為ですから
そのようなことをする本人が「自分の損得を考えて」「意図的に」しているとは思えません。
何か、本当に自分が求めているもの、したいこと、するべきこと、などの代償として、
方法を間違えて、やむを得ず、しているのではないかと思います。

★本当に求めているもの、というのは、おそらく
「承認」「肯定」「賞賛」、
「自分の存在には価値がある」という感覚
「自分は歓迎されている」という感覚、ではないかと思います。

★では、なぜこのような非生産的な方法を使わざるを得ないのか、というと、
このように「求める」ことを「いけないこと」だと思い込まざるを得なかった、あるいは、
「求めている」ことを「表現する」ことを「いけないこと」だと思い込まざるを得なかった、
ということになると思います。


★ここで少し「コンプレックス」について考えてみたいと思います。
自分が望ましくないと思って抑圧した感情は「コンプレックス」となって心に溜まります。
「コンプレックス」というのは「劣等感」だけではなく、
自分では意識していない心のなかの「わだかまり」「執着」のことをいいます。
ユングの精神分析学では、
「抑圧された感情や欲求は、他者の中に投影される」とされています。
つまり自分ではなく相手のほうがその感情を持っているように感じる、ということです。

たとえばこのような感じです。

ケース1:百合子ちゃんは薔薇子ちゃんを恐れています。
薔薇子ちゃんには話しかけることもできず、声をかけられそうになると逃げます。
でも百合子ちゃんは、自分が薔薇子ちゃんと仲良くなれないのは、
「薔薇子ちゃんがアタシのことを嫌ってるからよ。」と言うのです。
(この場合、アタシ実は薔薇子ちゃんが怖いの....と誰かに話せるとよいのでしょうね。)


★なぜこのようなことをお話ししたのかというと、
「見下されていると感じる人」は、たいてい、自分が「見下している」、あるいは
なんとかして「見下そうとしている」のではないかと思うからです。
「見下す」ことによって、人の価値を下げ、自分の価値を感じるために、です。
他人との差を重視する人の中には、にわか的な優越感に浸らざるをえない
「優越感コンプレックス」に陥って、周囲の誰よりも抜きん出ようとして、
異常なほどの努力をする人もいます。

★では、なぜ他者より優位に立とうとせざるを得ないのかというと、
過去に「劣位」であることを強要され、それが正しいと思い込まされつつ、
そのことを「理不尽」と名づけることもできずに、
「優位」の人に従ってきたからではないかと思います。
このような状態が長く続くと、
「優」でない者は「劣」であり、
「劣」にならないためには「優」にならなければならない、と考えるようになります。


★しかし、ある程度「優でありたい・優になりたい」と望むのは自然なことです。
アドラーは「人間であるということは、自分が劣等であると感じることである」と述べています。
劣等感を持つこと自体は、なんら害はなく、むしろ持っていて当たり前です。
しかし、劣等感を持つことに妙にこだわったり、
劣等感を素直に認めることができないと、
たとえば「怒り」などの別の武器に化けて他人や自分を傷つけることがあります。
これが「劣等感コンプレックス」です。



話があちこちに飛んでまとまりがなくてすみません。

まとめます。
見下されていると、いつも感じている人は、おそらく、
自分が他人を見下しがちな人、だと思います。

こんばんは。
興味深い話題でしたのでちょっと考えてみました。
ご質問の意図とはズレるかもしれませんが、
あっちこっちから眺めてみました。

1.見下す人について
2.見下されていると感じる人について
3.見下されることが気になる人について
4.「見下されていると感じること」が気になる人について


★まず、「見下す」「軽蔑する」「侮辱する」というのは非生産的な行為ですから
そのようなことをする本人が「自分の損得を考えて」「意図的に」しているとは思えません。
何か、本当に自分が求...続きを読む

Q女性はどうして目立つのが好きな人と目立つのを極端に嫌がる女性に分かれるのですか?

女性にはプライバシーや個人情報の保護に敏感で、前に立つのを嫌がる人は多いです。中にはカメラに写るのも嫌だという人もいます。
一方でアイドルや女子アナの選考の際には若い女の子が殺到し、非常に狭き門となっていることから、テレビやカメラに写って、個人情報を晒すなど、とにかく目立ちたいという女性も相当数いることが分かります。
確かに男性にも目立ちたい人と目立ちたくない人に分かれますが、女性の場合はより極端なのです。そうなる理由を教えて下さい。
そして、目立ちたい、目立ちたくないのどちらが女性の本質に近いのでしょうか。

Aベストアンサー

アイドル、タレント、アナウンサーに、目立ちたい女性が殺到するのは、女性が目立とうとする時に、その職種を選択する事が際立って効果的だからですよ。そこにニーズがあるからです。男性がそこに向かわないのは、そこに特化するべきニーズがないからであって、男性自身が目立ちたがらないからではない。
この社会では、男性が「目立ちたい」とする時の、そのポジションの選択肢の幅が広いのですね。だから、特定のポジションだけに大勢の目立ちたがり屋が殺到する必然性がないのです。
まあ、だから。男性の目立ちたがりが、世間に目立たないのですよ。それは居酒屋でがなる男がいるくらいに極自然な景色だから、人はわざわざそれに目を留めないのです。女性が「目立ちたい」を発揮する時は、それが特異な出来事だし、状況を選択せざるを得ないから、格別な事として目立つのです。
女性の本質が「目立ちたい」と「目立ちたくない」のどちらに傾くか、と言えば。女性は「目立つ」必要性の無い存在だという事が言えます。男性は自然や社会からの淘汰を受け易いので「目立つ」事をやる必然性があります。ですので、「目立ちたい」という欲求は、男性と比較した場合には女性の方が低いという事が言えます。

アイドル、タレント、アナウンサーに、目立ちたい女性が殺到するのは、女性が目立とうとする時に、その職種を選択する事が際立って効果的だからですよ。そこにニーズがあるからです。男性がそこに向かわないのは、そこに特化するべきニーズがないからであって、男性自身が目立ちたがらないからではない。
この社会では、男性が「目立ちたい」とする時の、そのポジションの選択肢の幅が広いのですね。だから、特定のポジションだけに大勢の目立ちたがり屋が殺到する必然性がないのです。
まあ、だから。男性の目...続きを読む

Q社会貢献とか口にする人ほど努力家が少ない

ように感じるのですがどうでしょか?そうだとしたらなぜでしょうか?

Aベストアンサー

多くの努力をして成功し、多大な社会貢献をされている方は沢山おられます。
あなたの質問はなぜあなたがそのような印象をもってしまったかということだと解釈して回答致します。

あなたの立場も分かりませんし、質問が非常に短いので的外れになり易いと思いますが・・・

「社会貢献したい」という言葉をよく使う人は就職活動中の学生に多く見られますよね。
しかし多くの場合はこうした目的は弾かれてしまいます。
「社会貢献」自体は立派な事なのですが目的があまりに漠然となってしまっているからです。
努力家は多くの場合ただ闇雲に頑張るのでは無く、しっかりとした目標を立て、それに向かって努力しています。
正しく社会活動している方々はそれだけで社会貢献になりますのであえて口に出す事は無く、
もっと具体的に自分は社会をどうしたいか、そこまで大きくなくても自分の働きが誰かの役に立てるかと考えていますので
社会貢献とだけ漠然と言っている人は目的をもって努力し邁進する「癖」が無いように見えるのかもしれませんね。

もちろん全ての人がそうというわけではないので誤解なさらぬよう。

Q本能と欲望と欲求の違い

この三つの違いを教えてください
そしてどの感情が一番強いのか教えて下さい
理由も付けて教えて下さいさい

Aベストアンサー

こんにちは。
欲求には「生理的欲求」と「精神的欲求」があります。
本能というのは「生理的欲求を発生する機能」であり、
情動とはこれを「精神的欲求に変換する機能」です。
そして欲望とは「精神的欲求が生み出す感情」です。
ですから、欲望といいますのはそもそも我々の感情であり、その大きさは精神的欲求の不足に比例します。

まず、本能といいますのは生理的欲求を満たすための無条件反応ですので、基本的には我々動物の本能行動に欲望は発生しません。では、ここに感情が発生するのは、その欲求が満たされたとき、あるいは阻止されたときです。そして、このような「嬉しい」「悔しい」といった結果が脳内に学習されることにより、次からはそこに「期待」や「損得」が生まれ、これにより、ここに初めて欲望という感情が発生するようになります。

このように、生理的欲求といいますのは元々体内に存在するものですが、欲望といいますのは失敗や成功を基に精神的に学習されるものです。そして、我々動物はこれによって本能的な欲求の達成をより確実にします。では、お金が欲しい、有名になりたいといったものは生理的に備わったものではなく、これそのものが生後学習によって後から作られた精神的欲求です。従いまして、我々がこれを実現しようとするならば、そのためには必ずや欲望という感情が発生しなければならないわけです。

感情を発生させているのは情動反応を司る大脳辺縁系というところです。ここでは本能行動や生後体験の結果を学習記憶し、これを欲望として再現します。
本能行動とは生理的条件の不足を補うものであり、社会行動といいますのは社会的条件の適合を満たすものです。ですが、何れにおきましても過去の学習結果を基にその評価を下しているのは大脳辺縁系の情動反応であり、この反応の強さが即ち与えられた条件において発生する欲望の大きさということになります。

こんにちは。
欲求には「生理的欲求」と「精神的欲求」があります。
本能というのは「生理的欲求を発生する機能」であり、
情動とはこれを「精神的欲求に変換する機能」です。
そして欲望とは「精神的欲求が生み出す感情」です。
ですから、欲望といいますのはそもそも我々の感情であり、その大きさは精神的欲求の不足に比例します。

まず、本能といいますのは生理的欲求を満たすための無条件反応ですので、基本的には我々動物の本能行動に欲望は発生しません。では、ここに感情が発生するのは、その欲求が満たさ...続きを読む

Q何かが欲しいという欲求?

何かが欲しいという欲求?
たまに「何かが欲しい」という気持ちになります。ちょっと説明しずらいのですが、例えばカタログを延々と眺めてたり、ネットで商品のランキングを見たり…
「なにか」がすごく欲しいんだけど、そのなにかというのが漠然としてて自分でもなにが欲しいのか分かりません;;

これはどういうことですか?

Aベストアンサー

不足感の原因は物だと思うからじゃないかと。


実際は物じゃないのですが、不足感を物で補おうとする人は、買い物依存症になる。
不足感に耐えられず、物を買うことで満足を得ようとするわけです。
しかし、たくさん買ってもって帰っても、パッケージを開けようとすらしない。

だって商品が欲しかったわけじゃなく、不足感を補うために買い物をしたから。

しばらくは代償で補うが、結局 元の欲望(不足の原因)がわかっておらず、根っこは残り続けるので、やがて芽を出しまた、不足感にさいなまれ、買い物をするわけです。


人によってはカタログを見て「欲しい」と思うことで、不足感を忘れてそっちにのめりこむ。
そして通販で物が届いたときあれほど欲しかったと思ったのに 何故今は手に入ったのにうれしいと思わないのか? ってなっちゃうわけです。

一時的に他に興味を向けたことで、当面あった欠乏感から目を反らせるので、買い物をするってのは一時的には効果あるわけです。


で、何かが欲しいというものは人それぞれ違うと思うし、本人にもそれは何なのかわからないので、手っ取り早くお金で解決しようとするわけです。

例えば愛情が欲しいと思った人は、ホステスさんにお金を払うと、ホステスさんはかいがいしく身の周りを世話してくれるので、一定の時間 愛情を手に入れられでしょ?

そんな感じで不足感をお金で解決して来た人がある日「純愛をしたいんだ」と言ってた。
金をくれるから愛情を注いでくれるという条件つきの契約じゃなくて、条件無しにただ自分だけを愛してくれる絶対的な存在者が欲しい ってわけです。

んーーーー そりゃ 愛されたいと望むより、愛する方がたやすく充足感を得られるんじゃない? とか思ったりしました。


ということで、人によっては買う側から創る側に方に回ったりする人もいるわけです。

創造することって 充足感を得られますよ。
そりゃ できたもに対して「エヘ」と満足しますが、完成した時の満足感より、創造する過程の方が楽しいです。

仏様になったときより、四苦八苦奮闘して生きている時の方が楽しいと思う。

不足感の原因は物だと思うからじゃないかと。


実際は物じゃないのですが、不足感を物で補おうとする人は、買い物依存症になる。
不足感に耐えられず、物を買うことで満足を得ようとするわけです。
しかし、たくさん買ってもって帰っても、パッケージを開けようとすらしない。

だって商品が欲しかったわけじゃなく、不足感を補うために買い物をしたから。

しばらくは代償で補うが、結局 元の欲望(不足の原因)がわかっておらず、根っこは残り続けるので、やがて芽を出しまた、不足感にさいなまれ、買い物をす...続きを読む


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