学校で、「芥川龍之介は、近代日本社会の中で、人間の存在をどのように認識したか」という課題が出たのですが、分からなくて困っています。このようなことが分かる(というか、分かりやすい)作品やサイトがあったら、どうか教えてください。お願いします。

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A 回答 (3件)

「近代日本社会の中で」「人間の存在の認識」というところで、ぱっと浮かんだのが「河童」という作品でした。

「ガリバー旅行記」に似て、人間社会を痛烈に批判したものです。おそらく参考になると思うので、読んでみてください。
なお、下はWikiの解説です。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E7%AB%A5_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)
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「人間の存在をどのように認識したか」…とはまたなんというか、


抽象的な課題ですね(笑)
あなたの言う「学校」が小中高のいずれかであることを前提に
助言程度のことを書かせていただきます。

先に訂正をさせていただくと、
〈ぼんやりした不安〉という語は「蜜柑」ではなく、
死の間際に書かれた、遺書に近い作「或旧友に送る手記」の中に出てくるものです。

芥川は人間の存在というよりも
「生きる」ということに対して懐疑的でした。
なぜこんなに苦しんでまでも生きることを続けなくてはならないのか、というような。
その辺りは「羅生門」執筆の前後の背景からも窺えます。
芥川は当時、自分の恋を家族に反対されて、あきらめました。
家族は自分たちの勝手な都合で反対するのであり、
芥川も家族には逆らえないという自分の勝手であきらめたのです。
純粋だと信じていた「愛」が人間のエゴイズムの前には無力だと言うことを感じます。
芥川は、生きる上で避けようのない悪が存在するのだと考えるようになります。
悪をおかしてまでも生存を続ける必要があるのかどうか。
その時その時で程度の差こそあれ、彼の一生をつきまとう疑問になります。
簡単にいってしまえば、学校の先生はきっと
「人間とは生きていくにおいて悪をおかすことを避けられない存在だと芥川は認識していたのだー」
という答えを持っていらっしゃるのだと推察します。
が、羅生門にも描かれている
「生きていくにおいて悪をおかすことを避けられない」ことを
良いとしたか悪いとしたか、
それは未だに議論の続くところです。

その辺りの心の葛藤は、晩年の作品「闇中問答」に顕著に現れていると
私は思っています。
「羅生門」と合わせてご一読下さい(^^)

以下のHPは、面白いのでとりあえずリンクはってみました。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/snowwolf/akutagawa.htm
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この回答へのお礼

本当に抽象的過ぎて何をどう考えていいのか分からなくて・・・。しかも、原稿用紙に10枚以上なんて。でも、aspyonさんのアドバイスを参考にして頑張って見ます。色々詳しく書いてくださってありがとうございます。

お礼日時:2002/01/12 00:25

芥川の小説「みかん」だったと思いますが、「いいようのない疲労と倦怠」「ぼんやりとした不安」という言葉が出でくるとおもいます。

芥川は、はじめ羅生門や鼻といった古典を題材としたユーモア小説を夏目漱石に誉められ文壇に登場しましたが、次第にネタもつき、独自の世界へ入っていきます。そんななか、大正から昭和に向かいつつあり、日本の政治社会状況も悪くなりつつあり、芥川も、「意味はわからないけれど、はっきりしないけれど、なんとなく不安」という人間の意識をとたえたと思います。漱石は、明かに「自己の存在に対する明確な疑問」に悩んだのに対し、芥川は「自己の存在の理由のないぼんやりとした、問題定義すらできない、不確かで不安な存在」として人間をとらえていたと思います。とくに後期の作品はそんな感じ一色で「河童」など、自己嫌悪の極度の表現だと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!後期の作品を中心に読んでみようと思います。

お礼日時:2002/01/12 00:20

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Q芥川龍之介の「鼻」について

芥川龍之介の「鼻」の内容についての質問です。
大きな鼻を笑われていた主人公の鼻が短くなって、
一層笑われるようになったのは何故なんでしょうか。

Aベストアンサー

頭の方に答えがあります。
「専念に当来の浄土を渇仰すべき僧侶の身で、鼻の心配をするのが悪い
と思ったからばかりではない。それよりむしろ、自分で鼻を気にして
いると云う事を、人に知られるのが嫌だったからである。」

内道場供奉は、宮中の内道場に供奉する天皇の護持僧、つまり高僧です。
今迄、天皇に仕える徳の高い僧侶として、悟りを開いたような顔をして
とりすましていました。
普通、心の中は見えませんが、鼻を短くしてしまった為に、悟りを開く
どころか、まだ自分の容姿を気にしているような俗人であった事を、
白日にさらして、皆に知られてしまったのです。
皆は、容姿を笑っているのではなく、高僧でありながら容姿を気にしている、
その心を笑っているのです。

Q芥川龍之介の作品の素になっている作品

芥川龍之介がどのようにして古典文学からモチーフを得て芥川文学を作り上げていったのかを調べたいのですが、参考文献やモチーフになっている作品を教えて下さい。

Aベストアンサー

 
芥川龍之介は、作品モチーフとして、「今昔物語」を援用しました。しかし、意外に知られていないのは、その文体や、短編小説構成の技術が、フランス文学の影響を受けているということです。

とりわけ、アナトール・フランスというフランスの作家の影響を彼は受けており、自分でも、フランスの作品を、参考URLにあるように翻訳しています。

対照表がないので、はっきりとは言えないのですが、アナトール・フランスの作品が書かれると、それに少し遅れて、類似したスタイルの芥川の作品が書かれているという指摘があります。芥川の「侏儒の言葉」は、アナトール・フランスのエッセイ集「エピクロスの苑」と類似しており、アナトール・フランスのエッセイ集をベースにして書いたものだとされます。

芥川が、フランスの当時最新の文学に通じていて、その動向を意識していたのは、確か、「ある阿呆の一生」のなかにも、それを示唆する言葉が出てきます。

芥川の文体は独特であり、合理的で、日本語として少し奇妙なところがあるのですが、これは多分、フランス文学の影響です。「河童」なども、アナトール・フランスの作品のどれかに、または複数の作品に、そのスタイルの元があります。

参考2は、Google で、「芥川龍之介 河童 アナトール ローデンバック」で検索すると出てきます。htmlヴァージョンがありますから、この最初の部分を見ると、フランス文学が、芥川の作品にどれだけ影響を与えたかの説明が短いですがあります。(参考2は、横に長くなるのを防ぐため、途中で切っています。つなぐと完全なURLになります)。

>参考1:図書カード
>http://www.aozora.gr.jp/cards/anatolefrance/BALT.html

>参考2:[PDF]文学の水脈‐‐‐‐‐‐‐ローデンバックと ...
>http://www.google.co.jp/search?q=cache:qPBSgXFzkVUC:www.copymart.gr.jp/publish/user
/pdf/026.pdf+%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E9%BE%8D%E4%B9%8B%E4%BB%8B%E3%80%80%E6%B2%B3%E7%
AB%A5%E3%80%80%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%80%E3%83%95%E3
%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9&hl=ja&ie=UTF-8&inlang=ja

>参考3:Google 検索エンジン
>http://www.google.com/
 

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/anatolefrance/BALT.html,http://www.google.com/

 
芥川龍之介は、作品モチーフとして、「今昔物語」を援用しました。しかし、意外に知られていないのは、その文体や、短編小説構成の技術が、フランス文学の影響を受けているということです。

とりわけ、アナトール・フランスというフランスの作家の影響を彼は受けており、自分でも、フランスの作品を、参考URLにあるように翻訳しています。

対照表がないので、はっきりとは言えないのですが、アナトール・フランスの作品が書かれると、それに少し遅れて、類似したスタイルの芥川の作品が書かれている...続きを読む

Q芥川龍之介さんの『鼻』について質問します。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。

『鼻』には、こういう記述があります。

>池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。あの鼻では誰も妻になる女があるまいと思ったからである。中には又、あの鼻だから出家したのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻に煩される事が少くなったと思っていない。内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。そこで内供は、積極的にも消極的にも、この自尊心の毀損を恢復しようと試みた。

「内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。」の意味についてですが、
「結婚できない坊主であるにもかかわらず、『結婚していない』という事実があるので、内供の自尊心がその影響を受けて、より傷つきやすくなった。」ということと私は考えていますが、
友達(同じく日本語を勉強している外国人です)は、「内供の自尊心があまりに傷つきやすいので、『結婚していない』という事実に影響を受けていなかった」と考えています。

私の主張と友達の主張、どちらが正しいですか。

よろしくお願いします。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。

『鼻』には、こういう記述があります。

>池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。あの鼻では誰も妻になる女があるまいと思ったからである。中には又、あの鼻だから出家したのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻に煩される事が少くなったと思っていない。内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来て...続きを読む

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「内供の自尊心は、余りに繊細だったので、妻帯と云うような俗っぽい事実に関与することはなかった」といった意味。

お二人とも、「デリケート=傷つきやすい」と解釈なさっているようですが、「デリケート=繊細で感受性が強い」とお考えになるほうが良いでしょう。
繊細で感受性が強かったので、俗人が気にかけるようなつまらぬことで悩むことはなかった、というニュアンス。

Q芥川龍之介の「白」という作品について

芥川龍之介の「白」という作品について質問があります。
白は友達の黒を見殺しにした結果、黒くなってしまいました。これは何を訴えかけているのでしょうか?単に、裏切ったから罰が当たったというだけではなく、もっと深いのでしょうか?
また、この作品についての感想なんかもお願いします。

Aベストアンサー

すいません、うろ覚えなんですが、
「白」の初出は大正末期の女性誌だったように思います。
つまり晩年(自殺)の頃なので自分の人生に重ねているのでは?
と思ったんですが、、、

晩年にはキリスト教(キリシタン文学)にも傾倒していましたし、
罪とあがない、再生などキリスト教の教義がテーマではないでしょうか。

Q芥川龍之介さんの『鼻』についてです。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。
いろいろな質問があります。

『鼻』には、このような記述があります。

>「禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。」
>「池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。」
>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

つまり、禅智内供は池の尾という所に住んでいました。池の尾と京都は違う所のようです。そして、「内供」というのは皇居の中に務めている僧のことですよね?「鼻」は平安時代の話のようですが、あのときの「皇居」が京都にあったじゃないですか。つまり、鼻を粥の中へ落した話は、内供の仕事場まで喧伝された、という意味ですか。

>「ところがある年の秋、内供の用を兼ねて、京へ上った弟子の僧が、知己の医者から長い鼻を短くする法を教わって来た。その医者と云うのは、もと震旦から渡って来た男で、当時は長楽寺の供僧 になっていたのである。」

「内供の用を兼ねて」と「長楽寺」というところがわかりません。
「長楽寺」を調べたら、「京都市東山区にある寺」と「群馬県新田郡尾島町にある寺」が出てきました。
では、弟子の僧は、群馬県にいる長楽寺の供僧から長い鼻を短くする法を教わって、そして京都へ上って、ついでに池の尾へ内供を訪ねたんですか。
あるいは、内供と池の尾に一緒にいる弟子の僧が、ある目的のために(何のためかわからないが)京都へ上って、京都市にいる長楽寺の供僧から長い鼻を短くする法を教わって来た、という意味ですか。
「内供の用を兼ねて」の意味もわからないので、判断できません><

変な質問ですみません。
よろしくお願いします。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。
いろいろな質問があります。

『鼻』には、このような記述があります。

>「禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。」
>「池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。」
>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

つまり、禅智内供は池の尾という所に住んでいました。池の尾と京都は違う所のようです。そして、「内供」というのは皇居の中に務めている僧のことですよね?「鼻」...続きを読む

Aベストアンサー

「池の尾」は宇治です。宇治は今と違って貴族の別荘がある、そうですね、東京と軽井沢や伊豆のような扱いだったと思っていただければ。

>内供の俗でない事を仕合せだと云った

これ以下の「内供」は、「禅智内供」のことです。
禅智内供は、おそらく位だけを得て、宇治に住んで、御用があるときにだけ宮中に召しだされる僧だったのだと想像ができます。
よって、

>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

宇治から京都の街中まで笑い話として「鼻の大きな僧侶が鼻を粥の中へ落とした」という話が伝わった、と思っていただければと思います。

>「内供の用を兼ねて」と「長楽寺」というところがわかりません。

「内供の用を兼ねて」=文中には書いてありませんが、弟子が京都へ行く必要があり
(お坊さんとして偉くなるためには、京都のお寺に行く必要があることがよくありました)
その時に「禅智内供」がたまたま京都に用事があったため、その弟子に用事を済ませてきてくれ、と命じたのでしょう。
よって、弟子が、禅智内供の用事を済ませることも含めて、「京に上った」=京都へ行ったのです。
このことから推察するに、長楽寺は群馬ではなく京都のお寺のことだと思われます。
弟子は、京都の長楽寺にいた「震旦(中国のことです)から渡ってきた男」に鼻を短くする方法を伝授されて、宇治=池の尾に帰ってきた、ということです。

「池の尾」は宇治です。宇治は今と違って貴族の別荘がある、そうですね、東京と軽井沢や伊豆のような扱いだったと思っていただければ。

>内供の俗でない事を仕合せだと云った

これ以下の「内供」は、「禅智内供」のことです。
禅智内供は、おそらく位だけを得て、宇治に住んで、御用があるときにだけ宮中に召しだされる僧だったのだと想像ができます。
よって、

>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

宇治から京都の街中まで笑い話として「鼻の大きな僧侶が鼻を粥の中へ落とした」という...続きを読む

Q読書感想文が書きやすい作品(芥川龍之介or夏目漱石)

読書感想文が書きやすい作品(芥川龍之介or夏目漱石)
芥川龍之介or夏目漱石の作品で読書感想文に適したものはなにかありますか?
(地獄変と杜子春と羅生門と蜘蛛の糸と鼻とこころと吾輩は猫である以外で)
あと長さは地獄変ぐらいのものがいいです。
ちなみに僕は中2です。
注文が多くて申し訳ないのですがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

このお二人の作であれば随筆でも良いのでしょうか?

夏目漱石に「硝子戸の中」(ガラスどのうち)と云うものがあります。岩波の全集には入っていますから図書館等で借りてくれば良いでしょう。岩波文庫や新潮文庫にも入っていますし、青空文庫でも読む事が出来ます。病後の自宅静養を余儀なくさせられた著者がその中で起こった色々の事を書いていったものですから、読書感想文としてはその中の著者の意見に共感するようの事や逆にこれは納得せないと云うものを挙げて自分意見を交えながら書いて行けば10枚や20枚位は書けると思います。
ただ、昔の生活を少しも知らないと全然わからない事も出てくるかと思います。御自身で御調べに成れば良いのですがどうしてもわからない場合はここで質問すれば良いかと思います。

芥川龍之介の「侏儒の言葉」も良いのですが、中二では少し難しいと思います。

ご参考になれば幸いです。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card760.html

Q芥川龍之介「一塊の土」の読み方について

芥川龍之介「一塊の土」の読み方について
「いっかいのつち」と「ひとくれのつち」とどちらが正しいのでしょうか?
新潮文庫の「戯作三昧・一塊の土」の目次の次のページには「いつかいのつち」とルビがありますが、青空文庫などでは「ひとくれのつち」とされています。
気になりますのでぜひ教えてください。

Aベストアンサー

 1990年代に出版された、岩波書店版の全集では、その作品にルビが付いている訳ではありませんが、最終巻の索引では、「い」の項に「一塊の土」が収録されています。

 現時点では、最も権威のある芥川龍之介全集と思われますので、いっかいのつち でよろしいと思います。

Qもし、宮沢賢治の作品を夏目漱石や、森鴎外、芥川龍之介が読んだらどう思う

もし、宮沢賢治の作品を夏目漱石や、森鴎外、芥川龍之介が読んだらどう思うのでしょうか。

1、面食らうだけ

2、感心せずにありえないと思う

3、すごい、天才だと思う

全く想像がつかないので、皆さんお考えを教えてください。

Aベストアンサー

夏目さんはすっごい面白がって読みそうです。
ずんずん読んで、読み終えて、「君ぃ、すごいねえ。で、この話の真意は、、、でいいかい?」とか。
懐の深さ広さ、寛容、好奇心の権化のような人だと思っております。

自分とは異質な物への好奇心がすごく強いと感じます。
異質と相容れないもまた、別物だと言う知性の持ち主かと。
だから、「ちょっと変わっている」ものの、本質をすごく知りたがり屋と思います。
きっと、賢治さんと夜っぴて語り明かすのではないでしょうか。^^

芥川は、、、無言で悩むのかしら。。。
あまり饒舌な方ではない気がします。
でも、好奇心と探究心は旺盛かと感じますので、
言葉にせずとも「面白い、深い」と感じるのでは、と思います。

鴎外さんは、、、まだ、人物像が掴み切れていないのでわかりません。
未だ「頭がかため」と言う印象を持ってしまう人ですが、舞姫を読む限り、そうとも言い切れず。
まだまだ読書不足の文豪さんです。

独断偏見まみれの片手落ちの回答をお詫び致します。。。
人物像の想像が全然違う可能性あり。。。汗

Q芥川龍之介さんの名前について

芥川龍之介さんの名前についてのことで、
ご存知の方、教えてください。

たまに、「龍」の字が、「竜」になっていることが、あるのですが、
芥川さんは、両方使用していたのでしょうか?

それとも、誤って伝わって、そのままなのでしょうか?

青空文庫でも、この字がありました。

お詳しい方、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

既に回答1に出ている通りなのですが、一時期当時の文部省は個人の名前迄全て教科書等では教育漢字にあるものはその書体にさせていました。
他の例に、大佛次郎⇒大仏次郎 があります。(本人は「仏」と「佛」とは別の字だとしていましたが…)

従って、専門学校の出題はその意味では誤りではありません。

当用漢字制定迄に物故した作家等の場合、どこ迄を現行書体にして良いのかと云う問題は別にあります。
戦後文字を改めている例としては、江戸川乱歩がいます。「亂」から「乱」に改めています。
なお、記者としては小学校や中学校の場合、難しい漢字をかなにする事は兎も角、高等学校以上では、多少難しくとも固有名詞や特別の意味のあるものはそう無闇に書き換える事に疑問があります。しかし、印刷の資材(活字)等の都合や編集上の都合から書き換えを行っている例もあります。

Q久米正雄が登場する芥川龍之介作品

題名通りです。
芥川龍之介の作品で久米正雄の名前(K、Mなどの頭文字も含め)が出てくる作品を教えて下さい。
久米を示唆しているような文章があればそれも知りたいです。
あの頃の自分の事、MensuraZoili、出帆、久米正雄、久米正雄氏の事、海のほとり、その頃の赤門生活、微笑、夏目先生と滝田さん
上記以外の作品で、教えて下さい。
あまり芥川に詳しくないので、多分まだまだあると思い書き込みましたが、もうなかったらないという回答をして頂ければ幸いです。

Aベストアンサー

たぶんあなたが挙げたもので大体全部だと思います。
青空文庫の全文検索でさがす。
芥川龍之介の全集の索引でさがす。
旧版岩波全集の補巻にみたいな索引つきの本があります。
とにかく全集をみてはいかがですか。


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