家庭は教育の場ですが、逆に差別の温床となりうるとおもいますか。
そのとき私たちが気をつけなければならないことは何でしょうか?
ドメスティックバイオレンス、夫婦関係・家政学における問題などに関連させて論点などを教えてください。

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A 回答 (3件)

「その時」とはどのような時なのか不明です。


でも想像するに、たとえばsirokumadarumaさんにお子さんがいたとして、その子がそばで聞いているのにもかかわらず、親であるsirokumadarumaさんが差別的な発言を平気でしていたり、またはお子さんが友達関係や他の情報として差別的な思想を仕入れてしまったのにもかかわらず、sirokumadarumaや他の大人がそれをいさめることをしなければ、お子さんはその差別的な思想を当然のことと判断してしまうでしょう。
子供が成長して違う視点や考え方をする訓練をする前に、「こういうもの」という価値観を植え付けられてしまうからです。
これは何も差別的な思想だけではありません。
sirokumadarumaさんも言っているように、あらゆる問題は色々な面を持っています。そしてその問題を解決するにはそのいろんな面を噛み砕き検討していかなければいけません。
けれど最初からそういう発想するように訓練されていないと、「これはこうでなくちゃダメなんだ」とか「これはイヤだからダメ」だのと、自分が良しとする方向だけがいいことで、その他の考え方を受け入れられない子供になってしまいます。
今はこういう例が多いと思いますよ。

でも、結局親側が既にそういった見方が出来ない場合は、子供に教えることも出来ません。そうなればどうしても差別的・利己的な思想の持ち主になりがちです。
教育という面から見ると、まず親の価値観が肝心でしょうね。
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この回答へのお礼

そのとき、とは、家庭が差別の温床になってしまっている場合、ということです。
私もそう思います。アメリカンヒストリーxなど、まさにそういう差別を問題にした悲しいお話ですね。貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/21 16:02

なりうると思います。

私は43歳の男性ですので、男の考えと言えるかもしれませんが、親が気をつけるべきことは、それこそすべての生活面や血縁者も含めた、他者との拘わり方すべてだと思っています。ですから、どんなに気を配っても配り足りず、原因をなくすことは不可能だと考えます。私個人も、家庭生活の中で差別を感じたひとりです。父方の実家へ行っても正しく自分の名前を呼ばれるまでに10年くらいかかったり、私がやりたいことに対して両親から、「できるものならやってみろ」的な言い方をされたりで、ひどく傷つきました。ライフダイナミクスやソーシャルダイナミクスを細かく学んだ訳ではないのですが、個人個人の感受性が違うので、家庭生活において差別感を全く感じないで子供を育てること、または子供が育つことは皆無だと思います。親が(私にも7歳の息子がいます)できることは、その子に合ったアドバイスなり背中を押すなりのことしかないように感じます。ただ、子供の目の前で夫婦喧嘩はしないようにはしています。
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こんにちわ



家庭が差別の温床となりうるか、多いになり得ると思います。
子供にとっての家庭は最初に子供が触れる「社会」であり、その頂点にいる、父親、母親は子供にとっては「ゴッド」でありえます。
つまり、両親の考え、言動=子供にとって「絶対」になりうるわけですから。

私は長女ですが、母親から、「父親は、本当は、男の子が良かった、だけど女の子でがっかりした」と、言われました。ささいな何気ない一言だったのですが、精神的にはきましたね。自分の存在価値ってなんなのだろうって。

もちろん、自分が父親、母親の年になって、両親も神ではなく、間違えもおこす人間だったのだと理解できましたが。

質問からずれてしまったかもしれませんが、家庭が子供の教育において重要であることは誰もが認めることであります。
私にはまだ子供はいませんが、人格形成にかかわる育児には心してかかわりあいたいです。
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