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 パンドラの箱には世界のあらゆる災いが入っていたとされていますが、そのなかにひとつだけ希望が入っていた、といわれています。それはなぜでしょうか?「希望こそが最大の災いだったから」と言う説を聞いたことがありますが、何故ですか?雰囲気的には理解できるような気もするのですが、説明しろと言われてらよく分かりません。最もパンドラの箱に入っていたのは「未来を知る災い」でそれがでてこなかったから人は希望を失わずに済んだと言う説もあるようですが、ここでは前者の方に対する回答をお願いします。あとできればソースも貼ってください。

A 回答 (5件)

ソースは不明ですが、どこかの作家さんがエッセーか小説の中で書いてあったものですが。


希望こそが最大の災いというのは、希望があるからこそ例えばはた迷惑な無謀なことにも挑戦してしまうということです。

具体的な事例を幾つかあげるなら、
例えばストーカーが執拗につけまわすのも、対象者がいつか自分のことを振り返ってくれるかもなどという希望があるからこそですし。
あるいは第二次大戦前の日本の政策だって、ひょっとしたらアメリカに有利な条件で講和をすることが出来るかもしれないという希望があったからこそのものですし。ギャンブルにのめりこんで、ついつい財布以上の金をつぎ込んでしまうのもこれが当たれば今までの負けがチャラになるという希望があるからですし。

要は楽観的な観測の根底にあるのが希望ということなんですね。
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この回答へのお礼

なるほど、そういう考え方もあるのですね。今まで自分の内側に向けられたものだとばかり思っていたのですが、外側に向けられたものでもあるのですね。(意味が分かりにくくてすいません)

お礼日時:2006/08/27 21:02

クイズのようで面白いですね。

参加します。

私としては、
「希望がある」ということは、すなわち
「少なくとも現在は願望が達成されていない」という明らかな証に他ならないからではないか、と考えました。
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 あなたの納得される回答かどうかは自信がないのですが、「パンドラの筥(はこ)」の中の「希望」について、下記の書の中に説明があります。

購入されるか図書館で以下の引用文とその前後を確認してください。

『神々の指紋-ギリシャ神話逍遥』多田智満子著 平凡社ライブラリー 1994年7月刊

19頁から
「キリスト教では、希望は愛徳とならんで最も大切な美徳である。希望を失うことは神への信頼を失うことである。しかし、ギリシャ人にとって希望は必ずしもよきものではなかった。

 人の世にあって希望と冒険心とは似たようなもの
 いずれも厄介なダイモンなのだから

とテオグニスは歌っている。(中略)
賢人ソロンもまた希望をもつことの愚かしさをうたっている。

 人はみなおのが思いを抱きつづける、災いを受けるときまで
 たとえ悲嘆が待ち受けようと、災いの至るまで
 人はただ愚かしく大口を開けて、空しい希望を楽しむ

 (中略)歴史家トゥキュディデスも、ミュティレネの住民を虐殺すべきか否かの審議を描写したとき、人間の抗い難い性向が、危険な行動へ人々を駆り立てることを論者の口から語らせている。曰く、到るところ希望と欲望が渦巻き、欲望が先導し、希望が後に従う。欲望は計略を案出し、希望は僥倖の助けをほのめかす。いずれもこの上ない禍の根源である、と。
 希望が人間を支える明るい推進力であることを認めていたとしても、空しい希望は人間の徒労を長びかせるばかりだ、という観念はギリシャ人にとって親しいものであった。ギリシャの有名な箴言に「人間にとって最もよいことは生まれないこと、次によいことは、もし生まれてしまったら、早々に世を去ることだ」というのがある。この種の厭世観からすれば、希望などはもたぬに若くはないのである。(後略)」

とあります。
ほかの文献として『仕事と日々』や『神統記』があがっていますからそれを参照されるのもいいでしょう。

すなわち奴隷制社会ギリシャにあっては、希望をもって自己の欲望を実現しようと生きることが災厄を招く原因だという人生観が形成されていた、ということですね。
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この回答へのお礼

長文有り難うございます。そういえばパンドラの箱に入っていたのはまやかしの希望だとする説もありました。

Wikipediaから
期待説(偽りの希望説)
ゼウスが最後に入れた、もっともな災厄は偽りの希望とされる説。このため人々は絶望する事もできず、空虚な期待を抱きながら生きなければならない。


それにしてもギリシア人ってネガティブですねw

お礼日時:2006/08/27 21:15

人間が不幸を感じる要因は主に二つあって、ひとつはその人が周りの人間よりも貧しいとき、もうひとつはその人自身が期待している境遇よりも現在の境遇が低いとき、であるといわれています。


そして希望を持つということは自分が期待する境遇を引き上げることになりますから、当然二番目のように現在の境遇と自分が期待している境遇との開きが大きくなるのです。
さらに希望は人間に生きる勇気、生き残ろうとする意思を与え、人間に自らの命を絶つことをさせなくするのです。
ゆえにパンドラの箱を開けてしまった人類は、現在まで種を絶やさず、苦労を受け続けているのです。
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この回答へのお礼

 回答有り難うございます。No.1と同じくそれは悪いことでは無いんじゃないかと思ったりもします。

お礼日時:2006/08/27 21:09

わたしもそれをずっと考えています。


っということで、今まででわたしが下した結論です。

わたしが読んだギリシア神話では、プロメテウスが永遠の命を与えられ、それゆえに毎日鷹に身体をくいちぎられても、人々から石や罵声を浴びても、翌日には元に戻りまた同じ苦しみを味わう…という途中に出てきました。

そこから考えるに、
『いつかは開放される』という希望を抱く=今までの苦労・苦痛を日々味わいながらも毎日を生きる
ことになるのではないでしょうか?
自分自身しか生み出せない希望を持つがゆえに、いつ開放されるか分からない苦労・苦痛のなかに身をゆだね生きていく…プロメテウスはヘラクレスによってたしかに解放されました。
しかし、全ての人が開放されるわけではないでしょう。
希望を持ち続け行き続けた、それでも最後まで苦労し死に倒れていく人々がいるのではないでしょうか?

ゆえに希望がパンドラの箱の中に収められたのでは?とうのが私個人の中でもっとも有力な説です。

ちなみに哲学者でも研究者でもない19年しか生きていない一般人の意見ですのでご参考までに。
表現能力が乏しいのですが、うまく伝わっていれば幸いです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3% …
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この回答へのお礼

お返事が遅くなってすいません。有り難うございます。なるほど、しかし僕は絶望して死ぬより最期まで希望を持って死ぬ方が幸せだとも思ったりします。

お礼日時:2006/08/27 20:56

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Qパンドラの箱の中身について

パンドラの箱(壺)について質問します。
「パンドラが箱を開けたとたん、諸悪が箱から飛び出し、最後に箱の中に希望が残った。」という話があります。質問したいのは、この諸悪の中身なのです。
どの本をよんでも、「嫉妬・憎悪など」と「など」で済まされているのですが、一体箱の中にはいくつの悪(?)が入っており、それは具体的にはどのようなものだったのでしょうか?ご存知の方がいましたらご教授ください。

Aベストアンサー

 
「原典」と言っても、ギリシア神話に原典などありません。これは、紀元前14、13世紀頃のホメーロスの叙事詩や、一連の叙事詩断片、そして紀元前8世紀頃のヘーシオドスの「テオゴニアー」や「仕事と日々」に記された神々についての言及、またギリシア悲劇などに登場する神々への言及を元に、漠然と、「神話」の物語や神々の系譜が決まって来たのです。

また、時代が経過するにつれ、段段複雑になって来るのと、古典ギリシアの教養として必要とされたので、アポロドーロスなどが、「ビブリオテーケー」などに、まとめあげた結果、ギリシア神話という形の決まったものができたのです。

それ以降も、ローマ時代にオウィディウス・ナッソが「転身物語」で色々な話を脚色したり、創作したりしたので、話が増えてきたのであり、後世にも、ギリシア神話をまとめる人がいたので、体系的なギリシア神話というものがあるように思えているだけで、実際は、元々はそんなに体系的なものはなかったのです。

体系的な記述で一番古いのは、多分、ヘーシオドスの「テオゴニアー(神々の系譜)」で、一般に知られる、パンドーラーの話は、ヘーシオドスの「テオゴニアー」と「仕事と日々」に記されています。両方とも、小さな著作なので、そんな「災厄」の種類について、こまごました詳細は書かれていないはずです。

後世において、パンドーラーの神話の本来の話の意味が失われているというか、誤解されているのです。パンドーラーは、ヘーシオドスでは、人間に災いをもたらすため、神々が計画して作り出した「災いの女」であるのです。参考URLに、この話の少し詳しい説明があります。

パンドーラー自身が、人間に対する災いであったのです。人間がパンドーラーを受け入れることは、神々の計画で、人間を罰し、不幸にすることだったので、パンドーラーが壷の蓋を開けることは、神々は予想していたのです。

パンドーラーが携えた壷には、「神々からの人間への贈り物」が入っていたのであり、パンドーラーという名前自体が、「あらゆる贈り物の女」という意味です。参考URLを見ると分かりますが、この話の前に、プロメーテウスによる、人間への火の贈り物があったのであり、火によって、人間は、悲惨で不幸な状態、飢えや寒さの苦しみから解放されたともされますから、飢えや寒さは、パンドーラーの壷に入っていたとしても、それ以前からあったことになります。

「希望」は災いなのか、そうでないのかと言えば、微妙な話で、希望は壷のなかに残ったので、世界には広まらなかったのです。すると、世界には、災いが満ちて、希望はなかったということになります。

しかし、元々の古いヘーシオドスの話では、パンドーラー自身が、「贈り物」という名の災いであったのであり、女の祖先がパンドーラーですから、女が災いの根源だったということになります。女の元にぐずぐした希望が残り、希望があることが、中途半端で災いだったとも解釈できるのです。

希望は最後まで残り、最後の災いだという見方です。しかし、後世のパンドーラーの話では、「贈り物は良きものだった」ということになります。そうとしても、最低の良きものが希望だったことになります。あるいは、はかなくも頼りにならないのが「希望」です。

パンドーラー自身が災いで、その「贈り物」が災いだったのですから、それは「あらゆる(パンテス)災い」だったということになります。ヘーシオドスは、災いの種類を幾つか挙げていたかも知れませんが、古代の散文詩ですから、そんな、十も二十も列挙してはいなかったはずです。
 
>No.181472 質問:パンドラーの箱の意味 回答 No.3
>http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=181472
 

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=181472

 
「原典」と言っても、ギリシア神話に原典などありません。これは、紀元前14、13世紀頃のホメーロスの叙事詩や、一連の叙事詩断片、そして紀元前8世紀頃のヘーシオドスの「テオゴニアー」や「仕事と日々」に記された神々についての言及、またギリシア悲劇などに登場する神々への言及を元に、漠然と、「神話」の物語や神々の系譜が決まって来たのです。

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Qパンドラーの箱の意味

このカテゴリーでいいかどうか、迷いましたが、思い切って質問します
このパンドラーの箱の物語のストーリが出ているサイトを教えていただけませんでしょうか?
あらすじ でもけっこうです
正確な意味を知りたいんです

Aベストアンサー

 
  すでに紹介のリンクがありますので、わたしは、あらすじと背景、解釈、言葉の意味などを記します。
 
  「あらすじ」: 人間が生まれた時、プロメーテウスは、神々の長ゼウスの意向に反して、みじめな人間に、「火」を贈り物として与えた。これによって人間は豊かになり安楽な生活ができるようになった。しかし、人間はそれによって驕りを抱くようにもなった。ゼウスは、自己のいましめを破ったプロメーテウスを罰すると共に、人間も罰するため、工匠神ヘーパイストスに命じて、粘土を材料に人の形を作らせ、オリュンポスの神々がこれに協力して、非常に美しい姿と魅力を持ち、しかし恥知らずな心と、ずるい気質を備えた「最初の女」を造らせ、これを人間のもとに送った(これはギリシア神話です。わたしが女性を「恥知らずな、ずるい気質の存在と考えているのではありません)。
 
  彼女は、神々から多数の贈り物を授かったので、パンドーラー(Πανδωρα, Pandora)と名付けられた。pan- は「あらゆる・すべての」の意味で、doraは「贈り物」を意味する女性名詞であるが、この名を、「すべての贈り物である女」と訳する。プロメーテウスの弟エピメーテウスは、兄から、ゼウスからの贈り物には気を付けるよう忠告されていたが、その名の通り、浅はかであったので、美しいパンドーラーを迎え入れ、自分の妻とした。
 
  パンドーラーには、神々が、贈り物を与え、それは厳重に封印された瓶(かめ)のなかに入っていた(後世、「瓶」から、「小箱」に解釈が変化する)。ここは何か、『旧約聖書・創世記』のエヴァの蛇による誘惑のような感じがするのですが。恥知らずで、ずるい心を持ったパンドーラーはある時、好奇心のあまり、開けてはならないとされている瓶の蓋を開け、なかを見てみた。すると、なかには、病気だとか飢えだとか老いだとか不和だとか、ろくでもないものが一杯入っており、蓋が開けられたので、世界中に広がってしまった。「希望(エルピス, Elpis)」だけは、いつもの通り「頼りなく・ぐずぐずしていた」ので、最後まで瓶のなかに残り、パンドーラーが慌てて蓋を閉めたので、瓶のなかに、それだけが残ってしまった。
 
  この話には別の説があり、瓶のなかには、色々立派なものや良いものが一杯入っていて、それが人間への贈り物のはずであったが、軽はずみなパンドーラーの行為で、瓶から失われ、人間の手には入らず、ただ、頼りなくぐずぐずした「希望」だけが、はかなくも人間には残ったという説もあります。
 
  この話が「パンドーラーの小箱」ですが、この話は何を語ろうとする話なのかです。別説に従っても、人間に最後に残ったのは、「希望」であったということを語っています。しかし、それはポジティヴな意味で、つまり、人間には、最後の最後まで「希望」があると言う意味で、人間は「希望の存在」であるということを言いたいのか、または、人間には「空しく頼りない希望」しか残されておらず、希望にしか頼れない人間はみじめで悲惨な存在であり、それは、女の祖先パンドーラーの軽薄な行いからもたらされたのだ、という意味か、どちらなのかと言うことです。
 
  プロメーテウス(Prometheus)という名は、プロメーテース(promethes, 先慮、先見)という名詞から造られた名で、「先見ある者」の意味で、エピメーテウス(Epimetheus)は、「後悔する者・浅はかな者」の意味で、農耕民アベルと、狩猟民カインの対比に似て、人間の類の二つの代表を示しているとも言えます。先見の明と技術によって、神々を出し抜いた人間は、その浅はかさで愚行を犯し、後で後悔するのです。そして、この物語では、「女性」は災いの元となっています。
 
  浅はかな人間や女は、浅はかなことをして、悪をもたらしたり、価値あるものを失い、結果、「希望」にすがることになるという意味だとすると、「希望」というのは、頼りにならないものとも思え、また、「希望」だけは、最後まで人間には残るという意味にもなるでしょう。
 
  この「パンドーラーの箱」の話を現代で考え、神々の贈り物を、「自然からの恵み」と理解すると、先見ある人間は、自然の恵みから良きものを数知れず手に入れることができるが、浅はかな愚かな人間は、自然の恵みを悪しきものに変え、その災いの結果に後悔し、希望しか頼るものがなくなるとも言え、現代の地球環境破壊は、パンドーラーの箱の話に通じているとも言えるでしょう。
 

 
  すでに紹介のリンクがありますので、わたしは、あらすじと背景、解釈、言葉の意味などを記します。
 
  「あらすじ」: 人間が生まれた時、プロメーテウスは、神々の長ゼウスの意向に反して、みじめな人間に、「火」を贈り物として与えた。これによって人間は豊かになり安楽な生活ができるようになった。しかし、人間はそれによって驕りを抱くようにもなった。ゼウスは、自己のいましめを破ったプロメーテウスを罰すると共に、人間も罰するため、工匠神ヘーパイストスに命じて、粘土を材料に人の形...続きを読む


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