痔になりやすい生活習慣とは?

三途の川のほとりに木があり、奪衣婆と懸衣翁がいて、婆のほうは渡し賃(六文銭)を持たない人が来れば、その衣服を奪い取ると言われていますよね?

初歩的な質問で大変恥ずかしいのですが、渡し賃(六文銭)を持たない人とはどうゆう人なのでしょうか?棺に入れる際に、何かを入れ、あの世で十六銭に変わるということなのでしょうか?

どのように生きたかは関係なく、すべての亡者がこの婆と翁に出会うということですか?十六銭持っていても剥ぎ取られるのですか?

また、この奪いと合った衣服を木の枝に掛けて、その垂れ方によって生前での罪の重さが分かるらしいのですが、どのような垂れ方をした際は「重い罪」なのですか?普通に考えると、枝が折れそうなくらい、服が重いなどの考え方でよろしいのでしょうか?

ここで、裁かれ、三通り(橋、深い水、浅い水)のうちのどれかの方法で宋帝王の元へ向かうということでいいのでしょうか?また、途中、この三途の川で諦めてしまうということもあるのでしょうか?

哲学の世界ですので、一概には「これだ!」という回答がないかと思いますが、よろしくお願いします。
質問ばかりで大変かと思いますが、よろしくお願いします。

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A 回答 (8件)

これは、哲学っていうより仏教というか宗教の世界ですね。

ですので、いろいろな話があると思いますので参考程度にしてください。

>>どのように生きたかは関係なく、すべての亡者がこの婆と翁に出会うということですか?

まず、国によって差がありますね。川を見たこと無いような国の人は、三途の川を見ないようですよ。
そして、川を渡るといっても、生前の生き方によって差があるようです。溺れながら苦しんで渡るとか、渡し船で渡る、水面を歩く、橋があってそれを歩いて渡る、空を飛んで渡るなど・・。もちろん橋を渡ったり・空を飛んで渡る人は濡れてないので、川を泳ぎきって濡れた衣服を取られてその婆と翁に重さを計られることもないです。

そして、すでに、お金も地位も関係ない世界なので、お金(六文銭)は無意味です。

泳いで渡ることになった人には、川底に自分の執着したもの(お金・ブランド品等、私の場合はセル画?)が見えるそうです。それを取ろうとすると、衣類はさらに重くなっちゃうでしょうね。

やっぱり、空を飛んで三途の川を渡りたいですね。

P.S.
友人Aのネコちゃんが死んだときは、三途の川の代わりに崖を登りました。川を見たことないネコだったのでそうなりました。あと、お迎えのネコちゃんたちが来たそうですが、頑張って崖を登るとき、マラソン選手の体に触ってはいけないルールと同様に、お迎えのネコたちが「頑張れ!」と応援はできても、手助けは全くできないそうです。どうも手助けしたくとも、まだ成仏していない段階なので、霊が人間に触れないのと同様に手助けできないそうです。これは、友人Aの友人Bの守護霊さんからのレポートでした。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

三途の川を渡ると言っても色々あるのですね。
もし、善人なら、濡れずに橋を渡れるということですね。なるほど・・。だから、枝も撓らないということですか~。

そして、すでに、お金も地位も関係ない世界なので、お金(六文銭)は無意味です。
↑そうなんですか~。では、何故、棺に小銭などを入れたりするのですか?これは、六文銭の事を意味すると思っていたのですが・・。

もし、お分かりでしたらよろしくお願いします。

猫も人間も同じなんでしょうかね?面白い分野ですね。深いですね。

お礼日時:2007/02/04 20:38

詳しくないのですが哲学より先に民俗学か仏教の分野かもしれません。


いろいろな説が混じっているように思います。

以下、私の感覚ですが
渡し賃に六文銭というのは死に方についての美学という気がします。
旅人はいつ死んでもいいように衣服の裾に六文銭を縫い付けてあったとも言いますし、真田幸村でお馴染み真田家の旗印も六文銭、覚悟のしるしではないかと。

で三途の川を渡った後の裁きは生き様の戒めであるような気がします。
徳を積まないと地獄に落ちるぞという教訓であると。法のない昔はそういう言い伝えやしきたりなどが人を律していたのではないでしょうか。

三途の川を渡れないというと、不確かですが、子供は渡れず、こちら岸の「賽の河原」で石を積んで親が来るのを待つと聞いたような気がします。これも子供を大事に育てよという、親への戒めに感じられます。

脱衣婆についてはあまり知らないのでなんとも言えません。やはり執着を捨てろということですかね。

何だか支離滅裂になっちゃいましたが、仏教が伝播する過程でいろいろ追加されたものがあると思います。元が混交なら人それぞれの解釈哲学があってもよさそうですね。
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この回答へのお礼

>子供は渡れず、こちら岸の「賽の河原」で石を積んで親が来るのを待つと聞いたような気がします。

私も、これ何かで読みました!法のない昔から、今の時代へと繋がっているのですね。この世では、嫌な事件が多いですからね。

下の回答者さんも仰っていたのですが、仏教の分野が近いのかもしれません。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/02/11 18:14

この世のお金はあの世では、使えないと思います。

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この回答へのお礼

そうですね。簡潔なお答えありがとうございます。
あの世では、この世の欲に満ちた物なんて、何の価値にもなりそうにないですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/02/11 18:09

ついでに、


「ここで、裁かれ、三通り(橋、深い水、浅い水)のうちのどれかの方法で宋帝王の元へ向かうということでいいのでしょうか?」
三途の川というものは、この世とあの世をわける境界線でしかありません。従ってこの川で「裁かれる」ことは一切ありません。この世とあの世をわける境界線ですがこの川のこちらとあちら側では価値観がまったく違うわけですね。
この世では、お金、地位、名誉、学歴なんかが価値のステータスですが、あの世では、これらはまったくカウントされないんですね。その人が持っている徳(人にやさしいのも徳ですよ)、正しい知識、正しい信仰などが価値のステータスなんですね。そこでこの世の価値は三途の川に捨てていくということですね。全員捨てないとわたれないのですが、捨て方に差異があるという程度の話です。
俺は総理大臣経験者だとか大金持ちだったとか、大企業の社長だったからといって迎えの船もこないんですね。泳いでわたってくださいということですね。それで、あの世にいくという意味の勉強が始まるということですね。あの世に生まれ変わるための儀式ですね。
裁かれているわけではありません。
三途の川を渡るとあの世の役人が次の指示をしてくれるということですね。多少のアドバイスはあるかもということだけです。老人や老婆は、その仕事をしている役人です。この仕事は、観音さまや菩薩さまがする仕事ではないですね。よほど立派な方はそのようなかたが迎えにくることはありますが、通常はないですね。
三途の川を渡って行き先の指示を受けると、何日もあの世の変わった風景を見ながら歩きつづけます。あの世の区役所のようなところにたどり着くのですが、まあ「そこが裁きの場といえば裁きの場」ですね。ここで一人一人の人生の一生分のビデオを見ることになりますから、その結果で次の行き先が決まるということですね。悪い隠し事などは、生きているうちに告白して反省しておくといいですね。また、ここでビデオを見た皆さんに喜ばれるためには、善行を行って徳を積んでおくことですね。あの世の価値観を持っているかどうかが分かれ目ですね。この世の価値観は一切通用しません。いつかは全員その場にたたないといけませんので、お楽しみにというところですね。
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この回答へのお礼

>三途の川を渡るとあの世の役人
こういう考え方もあるのですか・・。鬼の説、観音様の説、ただの役人、いろいろあって面白いです。

最近、ここのサイトを見ますと自分があまりに知識がないかと、いうことに気づかされます。

あぁ~、もっと博識のある人になりたいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/02/11 18:07

死後の世界についての説明には諸説ふんぷんが有ると思います。


細かいところはそれぞれ違っているかもしれませんが、大まかな線では一致していると思います。

以下私が理解しているところを述べてみます。

まず、三途の川とは幽界(死んだ直後の霊が行く世界)と霊界(幽界を抜け到達した、それぞれの自分相応しい世界)を隔てる境界線のようなものだと思います。

奪衣婆とはたしか観音様の仮の姿です。懸衣翁も同様な存在です。
有りがたい観音様たちが、死者の霊が少しでもマシな、つまり幸福な霊界に行けるように、生前の物質欲や執着を捨てるように指導してくださいます。

霊界は想念の世界なので、思念が物質化して表現される世界です。
ですから、生前の物質欲や執着が、重い薄汚い衣や、穢れた毛皮のコート、鈍い光を放つダイヤモンドの指輪・・・などという形で表現されます。

観音様は、
「そんなものを身にまとっていては、貴方の不幸の種でしかありません。早く脱ぎ捨ててしまいなさい。」
とご指導下さっているのです。

ところが、真に大切なもの、つまり、慈悲、他者への同情、優しさ、などの価値が分からない死者の目には、尊い観音様の姿が鬼婆に見えてしまうのです。

彼らにとっては、最も大切な物質的なもの、衣装、宝石、金品が奪われては一大事です。
そんな命より大切に思えるものを奪う相手は、彼らにとっては鬼以外の何者でもありません。
霊界は想念の世界です。
尊い観音様でも邪念の歪んだ心を通してみると、醜い化け物に見えてしまうのです。

渡し賃(六文銭)とは物質的な執着の象徴として語られているのです。
六文銭すら手放すのを嫌がるような死人はロクナ霊界に行けようはずがありません。
そのままではおそらく、物質的執着だらけの、慈悲心の一つも無い守銭奴、又は他者へ何か親切を一つでもすることは損をすることだと信じているような、無慈悲な人々が集まった酷い世界で苦労しなければならなくなります。

観音様は慈悲心から衣を捨てる様に指導します。

六文銭とは執着のことですから、一つも物質的執着の無い人は殆んどいないでしょうから銭が無くて困る人はいないでしょう。

もし、執着がほとんど無い聖人が亡くなったならば、三途の川なぞ渡らずに、直接高い霊界に行けると思います。

>また、この奪いと合った衣服を木の枝に掛けて、その垂れ方によって生前での罪の重さが分かるらしいのですが、どのような垂れ方をした際は「重い罪」なのですか?普通に考えると、枝が折れそうなくらい、服が重いなどの考え方でよろしいのでしょうか?

衣とは執着の想念を象徴したものなので、勿論重いほうが執着が多いということになります。

衣の垂れ方によって生前の罪の重さが量られるのではなく、自分自身の物質的、この世的執着が重い想念(慾、妬み、恨み)となってそれが重い衣という象徴となって現れるのです。

自分自身の執着の深さを悟らせるために、わざわざ分かりやすく表してくれているのです。
自分で気付いて、自ら執着を捨てられるように・・という配慮からです。

想念は自分自身の内的なものなので、勿論、常に身につけています。
その自分自身を苦しめる想念を衣という象徴によって(想念は霊界では確固たる物質です)表し、それを捨て去る大切さを説いているのです。

従って、いくらお棺に銭を入れても、殆んど、何の意味もないでしょう。

参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

奪衣婆は観音様・・ですか。そういう考え方もあるのですか。興味深いですね。何かのサイトでは、鬼と書いてあったので・・・。

今、この生きてる時をちゃんと生きたいですね。あらゆる物が、混在してる世の中ですから、それをちゃんと見極め、あの世に行っても、恥ずかしくないようにしたいですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/02/11 18:03

>>そうなんですか~。

では、何故、棺に小銭などを入れたりするのですか?これは、六文銭の事を意味すると思っていたのですが・・。

この由来については、「死者が渡し船で三途の川を渡れますように」って意味だと思っていましたが、No.3さんの回答が由来としては納得できそうですね。

なお、六文銭だけじゃあなく本来の意味を失ったものが、いろいろありますよ。

お線香って、本来は森の中で禅定するときの虫除け用ですし、お経も本来は、死者に「あなたは死んだんですよ。財産とか仕事とか家族から離れて、あの世の生活を始めなさい。」って諭す役割があるはずのものでしょうが、有り難みを出すために、わざと昔の読み方をしているようです。死んだ人は当然そんな言語を知りませんし、お経を読んでいる坊主自身が、死後の世界を信じてなかったりすることもあり、単なるBGMの意味しか無い場合も多いようです。

まあ、単にお骨をトランクルーム業として管理しているだけってところでしょうか。

>>猫も人間も同じなんでしょうかね?面白い分野ですね。深いですね。

ペット歴の無い猫は、ちょっと違うようですけどね。このときの猫ちゃんの成仏ストーリは、結構長くて、「なんか僕らより、猫ちゃんたちのほうが心のレベルは上じゃあないか?」と思わされる部分もありました。「深い」っていえば、崖に重なるように、迎えの猫には(川を見たことがあるので)三途の川が見えていたようです。なんか空間認識が3次元とは違うようです。
お迎え猫の中の1匹は、飼い主の帰天を待っているとのことで転生をずらしているそうでした。

また友人の守護霊さんに動物ネタをお願いしたいところですが、時代の要請もあって、最近はあんまりお遊びネタどころではないのかもしれません。「おまえら、もっとまじめなこともやれー!」って感じかも?
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この回答へのお礼

またまた、お返事ありがとうございます。

冥界の世界って本当に、未知数ですね(ってもし、分かってたら怖いですけど)。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/02/11 17:59

参考に


あの世とこの世を分ける三途の川は全員が渡るものです。渡らなければいけないと考えればいいんです。そこに例外はありません。従って三途の川を渡るために費用は必要のないものです。ただし、この川が曲者なので渡し賃(六文銭)の話が作られたのでしょうね。三途の川をうまく渡るには実際は三文の徳(善行)を持っていればいいだけなんですね。この徳がいつの間にか銭にかわってしまったということですね。確かに徳は目に見えないしあげられないので目に見える銭の話になったということでしょう。
三途の川を渡って、やれやれと服を乾かそうとするために木があるのですね。だから木は三途の川のあの世側に在るものなのです。確かにあの世側に老人や老婆(奪衣婆と懸衣翁)がいます。服を取り上げるということはありませんよ。この服は幽霊が着ている服(幽体)ですから遅かれ早かれ脱ぎ捨てるものです。脱ぎ捨てないと幽霊が霊(霊体)にならないからですね。この老人や老婆が川を渡っておろおろしている人たちに行き先を教えるのですね。道先案内ですね。木にかけた服による木のしなれかたで、アドバイスするぐらいですね。枝がぐんとしなっていると「ちょっと厳しい修行が待ってそうだね。」とかですね。そんな感じですね。誰しも遅かれ早かれ一度は経験しますから、三文の徳を積んでいればいいんじゃないかと思いますね。
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>渡し賃(六文銭)を持たない人とはどうゆう人なのでしょうか?


お棺の中に六文のおカネを入れてもらえなかった人です。

>どのように生きたかは関係なく、すべての亡者がこの婆と翁に出会うということですか?
そうです。おカネがあるなしに関わりません。


>どのような垂れ方をした際は「重い罪」なのですか?
枝のしなり具合です。重い罪はうーんとしなる。


>ここで、裁かれ、三通り(橋、深い水、浅い水)のうちのどれかの方法で・・・
その三通りは、三途の川を渡るときです。

この回答への補足

間違えました。三途の川を渡った「後」に婆・翁に出会うのですね!
失礼しました。

補足日時:2007/02/04 20:29
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

>渡し賃(六文銭)を持たない人とはどうゆう人なのでしょうか?
お棺の中に六文のおカネを入れてもらえなかった人です。
↑このように普通に「お金を入れてもらえなかった」という考えでいいんですね。参考になりました。

垂れ方は「枝」のしなり方ですか・・。勉強になりました。

>ここで、裁かれ、三通り(橋、深い水、浅い水)のうちのどれかの方法で・・・
その三通りは、三途の川を渡るときです。

もし、六文銭を持っていれば衣類は奪われないのですよね?その際は、どのように罪を裁くのですか?

奪衣婆、懸衣翁に会った跡で、三途の川を渡るということでいいのですよね?
再度の質問で申し訳ございません。

お礼日時:2007/02/04 20:10

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 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。

Q仏教では人は亡くなると四十九日の間に七日ごとの捌きを受け、六道のいずれ

仏教では人は亡くなると四十九日の間に七日ごとの捌きを受け、六道のいずれかに転生すると聞きます。では、例えば人間界に転生するとします。それは即座に転生するものなのでしょうか。よく、前世療法などでは何百年も前の時代に生きた人が前世だったりします。では、次に生まれるまでの間どこにいるのでしょうか。仏教では霊界や幽界は存在しないと聞いたことがあります。ご回答をお願いいたします

Aベストアンサー

仏教では人は亡くなると四十九日の間に七日ごとの捌きを受け、六道のいずれ...

○ これがいい加減ですね。四十九日というのは死んでからあの世に帰るまでの準備期間の平均値ということですね。
死んでもすぐにあの世に帰る人は少ないですからね。死んでもお世話になった人やいろいろな人に挨拶をする日にちは必要なのですね。あの世の三途の川を渡るとこの世には戻れませんから長くて四十九日ぐらいは自宅にいるということです。三途の川を渡って数日旅をすればあの世の役所にたどり着きますね。
そこで関係者が一同に集まって、そのお方の人生の映像を見るわけですね。その結果として次にどこに行くかが決まるのですね。反省場所に行って人生の反省をするか、霊界の教育場所に行って霊界で生活するための準備をするかですね。それがすめば元いたところ(生まれる前にいた場所)に戻って生活することになるわけです。次の転生は平均して400年ぐらいですね。誰しも同じ文明に生まれても面白くないですからね。400年ぐらい経てば状況も違ってますからまたゼロからやり直しても面白いことがたくさんありますからね。
仏教では、人間は本来あの世の世界の住人で、数百年に一度、この世に生まれていろいろな修行をするという教えなんですね。だからこの世には「生老病死」などつらいことがたくさんあるということですね。
でも単なる旅行先の修行程度だから苦しむことないよ。ということですね。
旅行先の修行といえども、悟りを得て、帰天後に偉くなった方も多いのですね。空海さんもその一人ですね。逆に立派なお方が誤って天国とはまったく逆の暗い世界に帰った方も多いのですね。
だからこの世はみな平等に面白いのですね。

仏教では人は亡くなると四十九日の間に七日ごとの捌きを受け、六道のいずれ...

○ これがいい加減ですね。四十九日というのは死んでからあの世に帰るまでの準備期間の平均値ということですね。
死んでもすぐにあの世に帰る人は少ないですからね。死んでもお世話になった人やいろいろな人に挨拶をする日にちは必要なのですね。あの世の三途の川を渡るとこの世には戻れませんから長くて四十九日ぐらいは自宅にいるということです。三途の川を渡って数日旅をすればあの世の役所にたどり着きますね。
そこで関係者が...続きを読む

Q火葬中の遺体は誰かチェックしているの?

享年90歳の祖母が今年他界しました。他界時の体重が30キロあった
かどうか

で火葬場(近代的なもの)で荼毘にしたのですが、お骨あげの際に
見れば普通原型がある大腿骨等は残らず焼きすぎ。しかも喉仏も
見つからない状況で親戚が火葬場の職員に大ブーイング。

聞きたいのですが火葬の際に職員が焼きすぎかどうかチェックする
のでしょうか?他には体重など聞いてバーナーを調節する等。
疑問になりましたので経験者・火葬場や斎場勤務者の方教えて
頂けないでしょうか?

Aベストアンサー

聞いた話しですが、
体重や体の大きさなどを考慮して焼き時間を算出します、

そして、火葬炉の種類ですが、台車式とロストル式(ロースターと同義)があり(大抵はどちらかを使用しています、形が変わっても基本的には替わらないです)、台車式は時間がかかりますが、棺とお骨受けの落差が少なく、骨が落ちても比較的バラけることなく落ちるそうです。(骨そのものの破損も少ない)。
ロストル式の場合は、格子の上に棺を置き、お骨になったときに格子の隙間から落ちます。格子の下には骨受けがあり、棺があった場所との落差がかなりあり、破損し易くなります、ただし、時間が短いです。

また、失礼ですが、祖母君様の年齢が90を超え、骨が衰えていたりした場合(骨粗相症など)や、薬物治療などを長期に渡って行っていた場合、骨がもろくなっていて残らない場合があります。

私の知っている斎場では、導入したバーナーの火力が弱く焼け残りがたまにあるそうです。

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Q会社からお香典をいただいた時

すみません、初めての家族の葬儀で不慣れなもので教えてください。

今朝父が亡くなり、今日がお通夜だったのですが、会社からいただいたお香典・お花・弔電へのお礼の仕方でわからないことがあります。

(1)私は派遣で働いていますが、派遣先の会社(本社は私の勤務地とは別のところ)の社長のお名前で弔電をいただきました。
お通夜には勤務地の責任者の方や別の部署の方も来てくださいました。
派遣先の会社は部門ごとに会社名が違っていて、各会社の名義でお香典をいただきました。
この場合の香典返しはどうすればよいのでしょうか。
また、月曜日には出社するつもりですが、お礼のご挨拶などはどのようにすればよいのでしょうか。

(2)私の従弟(父から見たら甥の息子)の勤め先の会社からもお香典をいただきました。
私自身、どこに勤めているのかよく知らないぐらいだったので会社の場所(いくつか支店があるようです)も知りません。
バタバタしていて従弟に詳しく聞く暇がなかったのですが、どのようにお礼すべきでしょうか。


質問ばかりですみません。
相手に失礼があってはいけないのでちゃんとお礼をしたいのですが、マナーがよく分からなくて…

(ちなみに斎場などではなく自宅で、接待も家族だけでやるような簡素な通夜葬式なので、そういうプロの方がいないです…)
よろしくお願いいたします。

すみません、初めての家族の葬儀で不慣れなもので教えてください。

今朝父が亡くなり、今日がお通夜だったのですが、会社からいただいたお香典・お花・弔電へのお礼の仕方でわからないことがあります。

(1)私は派遣で働いていますが、派遣先の会社(本社は私の勤務地とは別のところ)の社長のお名前で弔電をいただきました。
お通夜には勤務地の責任者の方や別の部署の方も来てくださいました。
派遣先の会社は部門ごとに会社名が違っていて、各会社の名義でお香典をいただきました。
この場合の香典返しは...続きを読む

Aベストアンサー

まず、御悔やみ申し上げます。

(1)会社名の香典返しは不要です。

理由として、会社名での香典(供花や供物など含む)や御祝儀及び御祝い金などは「慶弔予算内」で処理してるので個人から出てる訳ではないからです。

但し、役職者個人名での香典はポケットマネーから出すことがあるので、個人名での香典は香典返しをする必要があります。
(※弔電のお返しは不要)

(2)同様の理由で香典返しは不要です。

但し、個人名での香典があった場合は(1)同様の考えで香典返しは必要です。

なお、忌引き休暇明けに出社した際には「この度は、ご丁寧にありがとうございました」程度の挨拶で充分です。
余計なことは言わず、尋ねられたことだけに簡潔に応じるだけで良いです。

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む


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