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以前から疑問に思っておりました。

以前に人間は臨終の直後に4gだったか忘れましたか体重が軽くなると聞きました。
哲学とかは大学とかの教育機関で研究されているのにどうして心霊学は教育機関で研究がなされていないのでしょうか(個人的には哲学(存在するとは何か,自己とは何かが研究対象)も心霊学も対してやってる事は変わらないと思います)?

もしかしたら、どこか(国内外問わず)の大学とかでは研究費もおりて学会で研究成果が発表されたりしているのでしょうか?
その場合、現在までで何処まで解明されたのでしょうか?

それとも、「死後の世界は無い」とか「心霊学は研究をやる必要性が無い」とかが誰かによって証明されたのでしょうか?

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A 回答 (20件中1~10件)

「魂の重さ」を測定する実験が行われたという話は私も聞いたことがありましたので、この機会にと調べて見ました。

ネット検索の範囲で判ったことを箇条書きすると、以下のようになります。
-------------------------
△発表時期・発表学会誌など:不明
△実験日時:不明
△実験場所:米マサチューセッツ州の「大きな病院」以外不明
△実験者:ダンカン・マクドゥーガル博士(所属・肩書き詳細や実在人物かどうか不明)
△実験方法:巨大な秤にベッドごと患者を載せ、3時間40分観察し生前・死後の重量を比較
△被験者:末期結核患者
△減少量:1.25オンス(=35.4グラム)
△補足:
 ・30分ごとに14.2g減少して臨終時に21.3g減少との説もあり。なお9g、35g、75gとの異説もあり。
 ・つづく2年半の間に5人以上を測定、体重減少量は平均平均1オンス(28グラム)とのこと。
 ・ラットを密閉箱に入れて行った実験では減少は確認されず。ただし密閉不完全な箱では若干減少とのこと。
 ・他の研究者による追試や確認が行われた情報は無し。
-------------------------
私としては、これは根拠のない「都市伝説」だと思います。
百歩譲って、この実験が実際に行われてかつ35グラムほど秤の表示が減少したのが事実だったとしても、呼吸その他による水分の蒸発、秤の誤差や零点ドリフトが原因と考えられます。
ANo.4のご回答にあるようにこれが百年以上前に行われた実験だとすれば、当時は今のような精密電子秤など無かったわけだから、ますます実験精度が疑わしいですね。
未だに追試で確認できた例が見あたらないところを見ると、間違いなく「ガセ」でしょう。


ところで心霊現象を含む超常現象についての研究は(信憑性は別として)それなりに行われています。

肯定派の総本山は
 日本サイ科学会  http://homepage3.nifty.com/PSIJ/
 日本超心理学会  http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/
あたりでしょうか。
 余談ですが、サイ科学会の論文一覧や講演一覧を見ると、もし本当なら現代の科学常識がひっくり返るようなぶっ飛んだ表題が並んでいます(^^;)。例会講師の中には、かつてスプーン曲げ少年として有名だったK氏(TV番組中でインチキがばれたがその後も自称エスパーとして活動、昨年は大麻取締法違反で有罪確定)なども名を連ねています。
 まだ「日本超心理学会」の方が学術研究団体としてはまともに見えます。日本での最近の超常現象研究について知りたければ、このサイトに載っている下記論文が大変参考になるでしょう。ここには「気功」も含む超常現象一般について、肯定派・否定派それぞれの研究を客観的に紹介しています。きっとご参考になるでしょう。
 小久保・笠原「特異現象に関する1990年代の日本の研究」(International Journal of Parapsychology, Vol.11, No.2, 35-61, 2000)  http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/pdf/v11n2kokj.pdf

私としては下記サイトのほうこそぜひご覧になることをお薦めします。
懐疑派の代表として
Japan Skeptics(超自然現象を批判的・科学的に究明する会)  http://www.skeptics.jp/

参考URL:http://wwwsoc.nii.ac.jp/jspp2/pdf/v11n2kokj.pdf
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No.19です、質問に答えていませんでした。



>何故,心霊学は研究機関で研究がなされないの?

その前に心霊学の定義を・・・おっとその前に心霊・・・その前に霊の定義を
霊とは???????????何だろ、わからない、共通の定義は無し。
心霊とは????????何だろ、全然わからない、当然万人に共通の定義は無い。
心霊学とは???????????何だろ、これまた全然わからない、分からない物の二乗、全然わからない。

となってしまいます。
で、Sakurako99さんのご質問を正確に書き直すと

「なぜ全然わからない物が全然わからない事を全然わからないふうにするのを研究機関で研究しないのですか?」と。

答えられる人は神ですね。
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No.7です、面白いですね。

面白ついでに次のような仮説を

21グラムや4グラムなんてケチな事言わないで30キログラムとしませんか。
人間が息絶えたとき30キログラムもの質量が瞬間に減ればこれは信じるとか信じないとかのレベルではありません。
4グラムでは論理思考の出来ない人は簡単に信じます、しかし30キロならいかがでしょうか。科学的に考える習慣が付くのではありませんか。

21グラムなんてどうせ根拠が無い事だろうから思い切って30キロにしましょう、私は今度知人にそう言います。
「おい知ってるかい、人間死んだら30キログラムも軽くなるんだってよ、それがタマシイの重さなんだってさ」

きっとバカ扱いされるでしょうね(笑
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そもそも心霊学なんて学問存在しませんからね。

勝手に『学』をつけて学問面するのはやめて欲しいものです。

>以前に人間は臨終の直後に4gだったか忘れましたか体重が軽くなると聞きました。
前後も重さを計った人はいますが、計測はずさんだったようで認められててはいません。

http://med-legend.com/mt/archives/2004/02/post_2 …
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国内外と言うより、日本が行なっていないといった方が手っ取り早いかもしれません。

ヨーロッパでは幾つかあるはずです。
ただ、専門に科目を持っているところが少ないでしょう。
独り立ちできないというより、まだまだ関連分野が多くて集約しきれないと言えます。なにしろ霊の定義もまだまだ定まりきっていないのですから。
様々な分野からアプローチはされていますし、それぞれの研究の交流もありますが、まとまったと言うわけではないようです。

だから、否定も出来ません。なんとなく嘘っぽいものが否定されたと言う程度です。

日本では当分は無理でしょう。
一つは日本の科学者の多くはアメリカしか見ていないし、
ヨーロッパで確立されても、日本に導入される事は非常に困難だと思います。
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何を指して、心霊学といっておられますか?


みなさんのお答えを見ると、幽霊学か、魂の測量学という解釈が多いようですが。
オカルトとしての学の樹立を知りたいのですか?
それとも、哲学と変わらないと思っていらっしゃるような心霊学というものを考えていらっしゃいますか?

神学の一部としてesoterismというそこそこ古い部門があります。それでしたら
ヨーロッパの大きな大学の哲学科、神学科には研究機関も専門家もあります。
日本ですと、密教や神道の守備範囲に近いですが、学問背景の違いはあります。
esoterism は基本的には史学的アプローチで研究されます。内容がおもに口伝だからです。
訳語がないため、秘教とか密教とか訳されていますが、内側の学問という意味です。
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 福来友吉博士 お気の毒様。



 岐阜県に博物館がありますので、暇がありましたらどうぞ遊びに来てください。
 「福来友吉記念館」です。
 証拠もあるよ。

参考URL:http://www.fukurai.net/fuku.html
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「バカバカしいから」



都市伝説やおとぎ話を研究するのは社会科学や心理学等の違う分野。
現象学としての事例がひとつもない限り、自然科学はそれを対象としません、というかしようがないのです。

それでも4グラムの減少が全ての肉体に顕著であれば原因追求はできますが、大昔のたった一例だけを取り上げて心霊に無理矢理関連付けるのは非常識極まりない。

つまり、子供の思考だからバカバカしいってことです。
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世の中に心霊研究家と称される方はおりますが、まともな学会等はもちろんありません。

理由は色々ですが、その一つには、研究方法が18世紀からなんにも進歩していないということがあります。

18世紀から19世紀にかけて、博物学という学問がありましたね。例えば、オーストラリアやアフリカ大陸に行って、珍しい植物や動物を収集していれば、それだけで学問として成立していた時代がありました。ダーウィンなんてのは、その頃の人です。

当時も心霊学というのは、結構流行りました。コナン・ドイルなんか、はまったらしいですね。その当時、生まれたての写真機を使って心霊現象を写した写真、なんていうのをどこかで見たことがあるでしょう? で、当時は博物学の時代ですから、そういうものを集めて、分類するだけでも学問になったわけです。

ところで、今、心霊研究家と称する方々がやっている事って、結局これと同じなんですよ。写真だの体験談だの、ビデオだのを集めて、「ほら、これが証拠です」とやってるわけです。

簡単に言えば、200年近くなんにも進歩していない学問などというものは、そもそも学問ではない、ということです。
「それは研究されないからだ」というのは違います。例えば、物理学などは、19世紀後半には「完成され、終わった学問」と考えられ、一時研究者が減った時期がありました。ニュートン物理学+ファラデー電磁学の研究がほぼし尽くされたからです。それを突破?したのが、原子物理学だったわけです。
学問というのは、そのように、進歩します。それが無い、というだけで、まともな学問ではない、ということが分かります。
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この回答へのお礼

有難うございます。

心霊研究者の方々は何も研究活動はなさってないのですね。
文系の方が多いような気がします。
理系の心霊研究家っておられないのでしょうか?

心霊研究家達が頑張って研究してクォークでもない未知の物質の存在を発見できれば皆見直すでしょうに。。

お礼日時:2007/06/24 12:11

時報のほうに何時何分何秒にピッピッピーただ今死亡しました


と決められてその瞬間に軽くなったなら何の重さなのか調べるでしょうが
死亡とおもられる前後に軽くなったなら水分の蒸発とかガスかいろいろかんがえられるでしょうし、人体実験までするでしょうか
軽くなったとして何故それが魂の重さの考えになるのか疑問です

死の根拠だけでも素人が少し調べれば死の瞬間は不明なのはわかります
テレビや映画や言い伝えみたいに聞いた話みたいな根拠では、少し調べればあやふやな理屈に合わない理論になるので研究にもならないのではないでしょうか
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一応超心理学という分類なので心理学かな?
とは思うのですがー・・・

話によると早稲田の人間科学の院は心理学でもトップクラスの研究をしているので超心理学もーとか思っているのですがなんかそういう記載がないのでどうしたもんかと思っていまず。

明治大学の教授がそれっぽいHPを作っていたのですが、それ以外はないのでしょうか?

Aベストアンサー

>明治大学の教授がそれっぽいHPを作っていたのですが、
>それ以外はな>いのでしょうか?
この人ですね。
http://www.meiji.ac.jp/infocom/teacher/index.html

明治以外では海外(アメリカ・イギリス・オランダ)ということになるのではないでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6

Q頻繁に幽霊が見えて困っています

幽霊が見えてしまいます。
小さいころから中学生まではしょっちゅう見えました。
大人になり忘れていたのですが最近は白昼に大きな道路を歩いていて
その人は白い洋服を着ていて車屋の店の中に入ったのかと思ったですが
私がその人が曲がったところにたどり着くと そこは壁だったのです。
それから自転車ですれ違った神社の小さなまつられたところで男性の人が立っていて
それが凄く気になり 直ぐにUターンしたらいなかったり
4階の自宅の窓に白いワンピースを着た人が家の中をのぞいていたり…
ともかく異常なほど見えてしまいます。
誰にも相談できません。
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とても穏やかな雰囲気ですが
でも その人は生きている人ではないとわかります。
また すっかり忘れていた亡くなった人や動物が私の夢の中に現れると
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今は気にしないようにはしていますが
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このように身近で同じような霊体験をしている、した方がいたら体験談をお聞かせください。

また解決するにはどうしたらよいのか どこに連絡をすればよいのか
わかる方いらっしゃれば教えて下さい。



 

幽霊が見えてしまいます。
小さいころから中学生まではしょっちゅう見えました。
大人になり忘れていたのですが最近は白昼に大きな道路を歩いていて
その人は白い洋服を着ていて車屋の店の中に入ったのかと思ったですが
私がその人が曲がったところにたどり着くと そこは壁だったのです。
それから自転車ですれ違った神社の小さなまつられたところで男性の人が立っていて
それが凄く気になり 直ぐにUターンしたらいなかったり
4階の自宅の窓に白いワンピースを着た人が家の中をのぞいていたり…
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Aベストアンサー

追加で書こうかどうしようか一寸考えてましたが、まあお盆も近いことですし・・・。

>しかし憑いてきてしまった霊を切り離すにはどのようにすればよいのか未だ悩みどころです。
後ろから付いて来ただけなら塩を肩に振り掛けるか、玄関の外で地面に塩を撒いて
その上ですり足するとサヨナラできますが(早い話が葬式帰りの塩ですね)
まとわりついてくるようなら玉串でお祓いしないと駄目かもしれませんね。
(祓われた奴がどこに飛んで行くのかは不明)

厄介なのが体に入っている奴で玉串で祓ったぐらいでは出て行きません。
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書かれているページもあるのですが本来は伝授が必要と言うことになっていまして
(真言宗は特に越法に厳しい)なんも知らない人がやっても無駄ってことになっています。

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また九字もネット上に情報が転がっていますが下手に九字を切ってはいけません。
切られた奴に反撃食らったり復讐されます。人ごみで石を投げてやくざに当たって
しまったらどうなるか言わなくても判りますよね。人霊もピンきりです。

追加で書こうかどうしようか一寸考えてましたが、まあお盆も近いことですし・・・。

>しかし憑いてきてしまった霊を切り離すにはどのようにすればよいのか未だ悩みどころです。
後ろから付いて来ただけなら塩を肩に振り掛けるか、玄関の外で地面に塩を撒いて
その上ですり足するとサヨナラできますが(早い話が葬式帰りの塩ですね)
まとわりついてくるようなら玉串でお祓いしないと駄目かもしれませんね。
(祓われた奴がどこに飛んで行くのかは不明)

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Qオカルトや都市伝説を学べる大学

どなたか教えて頂けるとありがたいです。
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ssn505さんがおっしゃっているように、民俗学と人類学の授業がある大学、大学院ならどこでも研究できると思います。日本のことだったら民俗学、海外の事例を扱うなら文化人類学です。大学、特に大学院は自分で研究し、ゼミなどで発表して先生からコメントをいただいたり、ゼミで文献講読をするという形式なので、誰かがオカルトや都市伝説を教えてくれるわけではありません。人類学系の学部を見つけて、そこを足がかりにご自分でフィールドを持ち、研究されるといいと思います。

東京周辺でしたら、東大、千葉大、一橋、慶応(特に民俗学)などの大学院がそのような研究に対応できるということです。また総合研究大学院大学(国立民族学博物館)は人類学系の地域文化・比較文化の研究を専門としており、九州大学も人類学では有名だと聞いています。

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はじめまして。
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー



他にも↓(大学以外を含)
http://ufo.acz.jp/nihonniokerukenkyukai.htm

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参考URL:http://www.geocities.jp/kyotofushigiken/

QWould you like~?とWould you~?の違いは

相手に何かをお願いするときに、
Would you like~?
Would you~?
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また意味はどう変わるのでしょうか?

Aベストアンサー

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧めたら)~をお気に召すでしょうか?」という丁寧で控え目な調子の出る勧誘表現なのです。I would like to~「~したい」(~することをできればしたい)という表現もこの用法からきているのです。

Would you like~のlikeは「~を好きである」という他動詞でlikeの後に名詞を目的語として持って来ることができます。例:
Would you like another cup of tea?「もう一杯紅茶如何ですか?」
Would you like going on a picnic?「ピクニックに出かけるというのは如何でしょう?」
Would you like to go on a picnic?「同上」(このto不定詞は名詞的用法)

ご参考になりましたでしょうか。

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧め...続きを読む

Q研究職を諦められない自分にアドバイスをください

去年に早稲田大学院理工学研究科修士課程を修了して社会人1年目の者です。
日本の主要企業30社に入るくらいの大企業の研究職で採用されたまでは幸せでしたが、入社直後に技術営業に異動になりました。
大学院を出てまで営業職です。これほどの屈辱は今まで無かったです。
改めて考えると、うちの会社は東大どころかMITでPh.Dを取得した方もいます。研究職には鬼才がゴロゴロいます。
しかし私は研究職という夢を諦められません!私がしたいのは営業ではないのです。
私が研究職に就くにはやはり博士課程に戻るしかないのでしょうか?アドバイスをください。

Aベストアンサー

「これだから院生を雇うとワガママで困るんだ」
「プラス二年勉強しただけで、専門家ぶって困る」
「学歴を鼻にかけていて、使いにくい」

このあいだ読んだ本に、院生は扱いにくいという企業側の声として、上記のような事が書かれていました。なんだか、この質問に対する企業側の声ような気がしますね。

ちなみに博士号持っている人でも、研究職から開発職への移動とかよく聞きますよ。博士だって企業にいった時点で、ずーっと研究職でいられる保障は無い訳ですから、ましてや修士の場合、それ程「屈辱」に感じる必要はないんじゃないでしょうか。「会社ではよくある話」ではないかと・・・・。正直な話、研究以外したくないなら、何故一般企業を目指したんでしょうか。国研・独法研の研究員を目指せばいいのに。

博士過程に戻ったら、修了後TOP30企業にもう一度入れる保証はなくなってしまいます。今いる企業は絶対に無理でしょう。そのリスクが負えるのなら、博士課程に戻るのもよいと思います。ただ、博士課程の就職は、学部・修士の就職とは、状況も仕組みも異なっていますからそれは、事前に調べた方が良いかと思います。

当然ですが、博士課程は修士までと違って、単位をとれば学位が貰えるという場所ではありません。貴方ご自身に研究のセンスがあるのかが、一番重要です。

「これだから院生を雇うとワガママで困るんだ」
「プラス二年勉強しただけで、専門家ぶって困る」
「学歴を鼻にかけていて、使いにくい」

このあいだ読んだ本に、院生は扱いにくいという企業側の声として、上記のような事が書かれていました。なんだか、この質問に対する企業側の声ような気がしますね。

ちなみに博士号持っている人でも、研究職から開発職への移動とかよく聞きますよ。博士だって企業にいった時点で、ずーっと研究職でいられる保障は無い訳ですから、ましてや修士の場合、それ程「屈辱」...続きを読む

Q除霊してくれる神社かお寺教えてください。

除霊してくれる神社かお寺教えてください。
出来れば、あまり高額にならない場所を教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

除霊とおっしゃられていますが、どのような霊なのでしょう?
この類の内容は二通りに分けられるように思います。
一つは、思い込みによるものです。
少し不自然で嫌な事が続くと、実際には何もないけれども、目に見えないものが障っていると思ってしまう場合です。
こうした心理につけ込んだ詐欺まがいの霊感商法には要注意ですね。
ごく一般的な解消法は、誰にとっても一番身近で目に見えない存在として感じるものに、守っていただくようにお願いする事です。
簡単に言えば、ご先祖様にお願いすればよいのではないでしょうか。
その効験はともかく、守っていただいているという安心感が平常心を保ち、物事を悪く思い込む事も少なくなるように思います。
無宗教の方でしたら、この方法が一番お勧めです。

もう一つの場合ですが
どのように客観的にみても、明らかに不自然な現象が、特定の人の身に起きている場合です。
いわゆる、悪い霊現象と見なされるものになります。
これらの中でも、一番怖いのが、生霊や死霊による人の強い恨みによるもののようですが
大部分は低級霊と言われる、人が騒ぐのをやたら面白がる、目に見えない存在の働きによるものです。
こちらの場合は、かなり数多く見受けられるように思います。
また、それらの現象が引き起こされる原因は、本人の側にある場合が多いようにも思われます。
それは、取り憑きやすく、そうした事に騒ぎやすい心をもっている場合のようです。

解消法ですが
一つは、神様や仏様という高いレベルの心に守っていただくようにお願いする方法です。
ご質問者様がお尋ねになりたい事ですね。
この場合、神様や仏様とは取引をする事ではなく、救っていただくよう一心に祈願をする事が大切だと思います。
もともと、神様や仏様は相手に何も求めるものはなく、ただ与えるだけの心なのでしょうから
取引をするような心では応えてくれないはずです。
どの神社でも、どのお寺さんでも同じだと思います。
一心に祈る気持ちで、質問者様にとって一番身近で親しみのある所へ行かれたらよろしいと思います。
そして、良い結果が出たならば、相応のお礼をすればよいと思います。
こちらも気持ちの問題で、金品に限らず、お掃除や草むしりでもかまわないと思います。

もう一つの方法は
障っている霊を供養してあげることです。
救われないから、人を騒がして面白がっているのですから
ご自分のご加護を神仏に祈ると共に、障っている霊が救われるようにお願いしてあげる事です。
この場合、供養の心が届くと、逆に守ってくれるようになるかもしれません。
身に覚えがある場合には、ご自分で直接ご供養なさってもよろしいと思われます。

最後になりますが
人の怨恨による障りの場合には、一つの方法しかないと思われます。
懺悔しかないと思います。
神仏の前での懺悔でしょう。
懺悔して、神仏に身を投げ出して、全てをお預けする気持ちになれば、悪い障りは消えてなくなると思います。
この場合には、懺悔して、どのような悪い障りやお返しを受けてもかまわないという気持ちと、神仏への帰依が必要になってくるのでしょう。

少し長くなってしまいました。
神仏とは取引ではない事だけは心なさってください。
それではお大切に。

除霊とおっしゃられていますが、どのような霊なのでしょう?
この類の内容は二通りに分けられるように思います。
一つは、思い込みによるものです。
少し不自然で嫌な事が続くと、実際には何もないけれども、目に見えないものが障っていると思ってしまう場合です。
こうした心理につけ込んだ詐欺まがいの霊感商法には要注意ですね。
ごく一般的な解消法は、誰にとっても一番身近で目に見えない存在として感じるものに、守っていただくようにお願いする事です。
簡単に言えば、ご先祖様にお願いすればよいのではな...続きを読む

Qタナトフォビア(死恐怖症)の症状を抑えたいです。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、何の為に生きているのだろうかとか、宇宙について考えてしまったりして、ここ数日は朝になるまで寝られず、起きている間も考えてしまいます。恐怖や絶望を感じてしまい、食事も無理をして行っている感じがします。情けないですが、自分の部屋で声を殺して泣いてしまうこともありました。

また、母親(60代前半)もいつか死んでしまって、火葬が行われるであろうことも考えてしまい、家で母親の顔を見ただけでも、涙が出そうになってしまいます。ニュースなどで人が死んだことを聞いても、その人について考えてしまいます。

先日、ネットで調べて「タナトフォビア」という言葉があることを知り、自分もそれを発症していると思い、ここのような相談サイトを見て回ったのですが、理論的な理解はできても、感情をなかなか抑えられません。少し落ち着いているときと考え込んでしまうときが交互に来ている状況です。

10代の時に強迫観念症(これが正式名かどうかはわかりません)を複数発症したこともありました。(元々、そのような病気になりやすいのだと思います。)そのときは病院には行かず、程度の差はあれ、自分で症状を改善しました。

心が休まりません。どうすれば、タナトフォビアの症状を抑えられるのでしょうか。

強迫観念症の件で家族には迷惑をかけてきており、また、今回は対象が「死」ということもあり、家族には話していません。なので、ここで質問させていただいた次第です。

長文かつ乱文で申し訳ございませんがよろしくお願いします。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、...続きを読む

Aベストアンサー

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純に感性が鋭い事が原因なんだろうと思いました。
感性が豊かな人なら大なり小なりタナトフォビックであろうとも今は思っています。
死、はいかなる人であれ未知です。
DNAからは死を避ける行動を取るように恐怖という感情を引き起こすよう書き込まれています。
それなので死=恐怖は自然な感情です。ところが死が溢れているがゆえにいつまでも繰り返し
恐怖を引き起こす、どこかで麻痺するのが通常なんでしょうけれど、麻痺しないことが苦痛となる。
麻痺しないことは間違ってはいないと思うので病気だとは考えません。
ただ麻痺しないから困っている現状がある、それをまず客観的に捉えられるようにしました。

そこで繰り返し引き起こされる恐怖への対処法を考え、実行しました。

何をしたかというと、死、の反対を探したんです。
誕生ですね。意識して、意識を向けた結果、溢れる死と同じように
生命の誕生を至る所に感じられるようになりました。
毎日、毎秒、ありとあらゆる生命が生まれている一方で、死んでいく。
繰り返し、繰り返し、です。その感覚を得てはじめて万物流転をきちんと理解できた気がします。
自分の身に起こる死もまた、肉体が解体され、流転する。自然の流れなんだろうと。
そこに魂を信じる気持ちがあれば、輪廻転生も有り得る事とも思いました。

その一方で、死からも学びを得ました。何よりも如何に命が儚いか、です。
だからやはり誠に、生きて存在しているということ事態が奇跡なのだと知りました。
一期一会という言葉の持つ真の意味に触れることが出来たのも、死を思ったが故に。
今は昔、全ての時計に書いてあった言葉だそうです。メメントモリ(死を想え)と。
その昔は今で言うタナトフォビアが当たり前だったのかも知れませんね。
ちなみに朝生まれ、夜死す、それが繰り返されて日々となる、という考えもありますね。
なによりも人は思ったよりも簡単に死んでしまうものなので
限られた日々を一所懸命生きなさい、という智慧なのでしょう。

いつか必ず死にます。死後の世界の話で困るのは、結局死んでみないことには判らないですし、
折角まだ生きているのに、知りたいから今死のう、というのも違います。
なので死後の悩みは死後のお楽しみとしてひとまず置いておきませんか?
死後も意識が継続していましたら、その時にあらためて考える、としておいて
意識が無かった時は諦めよう、としてみましょう。
問題の死への概念ですが、死の意識を振り払うことは大変です。
だったら死に対してポジティブな意識を持つように意識を変えてみませんか?

私の辿った道のりです。
身近に溢れる命が死んでゆく、その切なく脆い命が故に、命に対しての愛おしさに繋がった。
儚さゆえの愛おしさだとしても、溢れる息吹に感じ入り、懸命に生きる大切さが
死を感じるが故に繰り返し伝わってくる。
その時にはじめて死の概念がそのまま命への慈しみへと変わりました。

残された日々を大切な人たちといとおしみ、生きる。それはかけがえのない日々となるでしょう。
命を見送り、自分の最後の時には、素晴らしい人生を過ごせれた、と悔いなく死ねるでしょう。
思い残すことが無いから安心して自らの命を自然へ帰す。
そんな心を最後の時に持てるよう日々、命を燃やして生きていきたい。
それこそが、死を想うが故に苦しみを生むことに対しての最大の対処法として
僕が今、まさしく実践中の毎日です。

繰り返しますが、命は儚いものです。お母様を想う気持ちは慈しみでしょう。
慈しむ思いがあるのですから、まずはお母様への慈しみの行動を取ってみましょう。
具体的に、日々の感謝の気持ちを手紙としてお渡しするのも良いでしょう。
あなたの笑い顔を見せることも、もちろんとても喜んでくださるでしょう。
何も出来そうになければ、ただ、傍に居る、たったそれだけでもとても大きな喜びでしょう。
愛情こそ、死への恐怖から解き放つ何よりのものではないでしょうか。

私事ばかりで恐縮ではありますが、何か拾えるものがありましたら何よりの喜びです。
長々とお付き合い、ありがとうございました。

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純...続きを読む

Q通りゃんせの歌・・・帰りの何が怖い?

通りゃんせの歌で
「行きは良い良い 帰りは怖い 怖いながらも通りゃんせ 通りゃんせ」
と歌いますよね。

私はむかしこの歌について「7歳のお祝いに札を収めて成長をお祝いする」ために天神様へのお参りをするということで聞いたことがあるんですが、めでたい席の帰りでなぜ帰りが怖いんでしょうか?お払いとか受けた後のはずなのに。
むしろ細道の行きの方が感覚的に怖く感じます。子供の成長についても7歳までのほうが7歳からよりも危ないような気がしますし。

なにか魔物の伝承でもあるんでしょうか?

Aベストアンサー

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じような地平の話というか、心の状態なのだと思います。「神隠し」とは何かというと、子供が行方不明になるのですが、これも散文的に理由を考えると、例えば、人さらいにさらわれたとか、山人とでもいうか、サンカとか、山男とか山姥などと呼ばれている人々が連れ去ったとも言え(サンカと山人や山姥との関係は必ずしも明確でありませんが)、または、迷子になって死ぬ子供とか、または、食人の野生人が山にいたのかも知れません。
 
  散文的な話ですが、子供が遊びにでかけると、行く時は、遊びに行くので楽しいが、帰れるかどうか分からない……「神隠し」に会う可能性があるぞ、という歌なのではないかと思います。「帰りは怖い」は、行って帰って来て、帰りが恐ろしいのではなく、帰ろうとすると恐ろしいものがたちふさがるということを警告している、あるいは、遊んでいる子供達は、直観的に理解していたのかも知れません。
 
  「七つのお祝いに、天神様の細道」ですが、天神は怨霊を神として祭ったものです。非常に古い日本の伝統的な宗教観が、怨霊は神として祭らねばならないということを教えるのです。そして「七」というのは、吉兆数ですが、神秘数でもあり、諸星風に言うと、「異界」への数とも言えます。
 
  諸星の話からの連想だと、「神隠し」の背後には、子供を神の生け贄にして殺すという儀礼が背景にあった可能性も想定し得るのです。七歳の祝いの日に、子供に晴れ着を着せて、神界への細道を進ませ、そして子供は消えて、帰って来なくなるのです。
 
  行きは、「神界」へと晴れて行くのですが、帰りは、「異界=黄泉の国」へと帰って行くのです。それでもよいなら、「通りゃんせ」という歌なのでしょう。
 

参考URL:http://homepage2.nifty.com/osiete/s683.htm

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じ...続きを読む

Q卒業検定に落ちた人!

卒業検定に落ちた人!
(ペーパー試験じゃなくて、実技の方)

どの理由で落ちたか教えてください。
あと10日程で、卒業検定です。
参考にさせてください。

Aベストアンサー

一般的なことは,皆様が書かれている通りです
自分は一発合格でしたが
私の卒業した学校であった,変わったエピソードがあります
参考まで

交差点手前でで一台のトラックが止まっていたのですが
検定車5台の内,先頭の運転手が信号待ちと判断
トラックの後ろに停止,残り4台も同様に停止しました
ところが,トラックは信号待ちではなく
交差点近くの電話ボックスで電話する為に停車していただけだった
検定者は誰も気付かず教官に指摘された
ところが,車間距離が近すぎて,免許所持者なら切り返しで
抜けられるところ,未熟なため列から抜け出せず
全員が100点原点で不合格になった(実話ですよ)

ポイントは状況判断ミスと走行不能による検定中断になったため
一般的なことは皆様書かれているようなことで
おそらく,質問者様もある程度予測できていることも
あると思います
上のような,予測不可能な事態に巻き込まれたとき
如何に判断して抜け出せるかだと思います

運とか,こういう場面に出くわす確立とか
ありますが,平常,冷静を保つことが大事です!!

一般的なことは,皆様が書かれている通りです
自分は一発合格でしたが
私の卒業した学校であった,変わったエピソードがあります
参考まで

交差点手前でで一台のトラックが止まっていたのですが
検定車5台の内,先頭の運転手が信号待ちと判断
トラックの後ろに停止,残り4台も同様に停止しました
ところが,トラックは信号待ちではなく
交差点近くの電話ボックスで電話する為に停車していただけだった
検定者は誰も気付かず教官に指摘された
ところが,車間距離が近すぎて,免許所持者なら切り返し...続きを読む


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