もしもこの世からお金が無くなったら、世の中はどうなると思いますか?

漠然とした質問なのですがよろしくお願いします。

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A 回答 (21件中11~20件)

terra666さんが言っているお金というのは、あくまでも現金に対して という事ですか?



だったら、カードを作る事が出来無いゾーンの人間分の浮浪者が増えるだけです。

この回答への補足

さらに言えば
変えていかなくてはならないことだ
と思います。

補足日時:2007/07/24 21:04
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

今回の質問は人が生きていくの本当にお金はなくてはならないものなのかというのが根底にあります。

現金が使えずカード化することは一つの手段かもしれません。
しかし現時点のカードには背景にお金があります。
またkigurumiさんが指摘するように自己破産していくケースがあるためその前にしておかなければならないことはあると思います。

>だったら、カードを作る事が出来無いゾーンの人間分の浮浪者が増えるだけです。

働かざるもの食うべからずということになるのでしょうか。
それも一つの社会の有り方だとは思います。
働けるのに働かないというのは反社会的なのかもしれません。
ただ場が変化すればそれも変わるかもしれないとは思います。

お礼日時:2007/07/24 21:03

1.物々交換。



2.持ち運びが楽なように貴金属で取引。


現実、ショッピングをするのに、お金使いませんよね。
サイン一つで物が購入できる。

アメリカなど、偽札が多いので、現金を受け取るのを拒否する。
100ドル札など出そうものなら、カードは持ってないかと聞いてくる。
それだけ現実の貨幣に対する信用は無いんです。


というわけで、現代は貨幣が流通せず、数字のみでやりとりする。
お金が流通しないで、帳簿上の数字だけが動いているわけです。


貨幣を流通させるという時代は終わり、新しい手段ができた。

なんという名称だったか忘れましたが。


でもいつかこれも終わるかもしれない。


みんなが同じ時間を労働し、みんなが国からの支給で生活するという社会がありました。
働かなくても、その時間職場にいればOKという欠陥があった。
それで、その社会の人たちは労働意欲をなくし、交通は麻痺し、日本人が切符を買いに行っても、売ってくれないわ、いつ列車が来るかわからないわの状態になった。

列車の運転手も、時間通りに着かなくても、労働時間勤務についていれば、食べるのに困らないから、時間とおりに走らせようとしないし、点検をする人の、点検を怠ったところで、国からの支給がストップするわけじゃないので、実際は点検をしない。
それで、列車は故障し、時間通りに着かない。



昔は給料は現金支給だったそうです。
ズシリと封筒に入っていると、労働の対価の重みを感じ、労働意欲が増したそうです。

今は、、、紙一枚。
数字が並んでいるだけ。
軽い。

だから、労働に対する思いが希薄になる。

ショッピングも数字なので、「1万か」と数字で価値を測る。
1円玉1万個をやりとりするとしたら、「重い 買うのはやめよう」って思うんじゃないかと。


ってことで、貨幣をやりとりしなくなると、その価値がどの程度か不明瞭になり、じゃんじゃん 借りまくってしまい、破産という人が増えてしまった。


お金が世の中から消えた結果、こうなりました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
面と向かっての対話は始めてですね。
よろしくお願いいたします。

原始的自給自足の共同体社会においてお金は必要だと思いますか?

お金は腐らないから厄介なのだと思いませんか?
腐るものであれば、身に有り余るほどのものを所有してもしょうがない事がすぐに解るのでしょうが。。。
身に有り余るものを持つことが大切なのではなく、本当はそういうことをしなくてもすむような社会を構成することの方が大切なのではないでしょうか?
少子高齢化社会でもいいし、想定として(危機管理としての)自給率低下による食糧難到来でもいいのですが、生産量と生産品の必要量とのバランスが崩れ、労力や品物が無くなるということはお金ではなくなるとおもいませんか?

お礼日時:2007/07/24 14:37

生きていくうえでお金はなくてはならないか?



そんなことはないでしょう。
お金がない大昔から人は生きてますから。
しかしあくまでも「生きる」だけならね。
人は生きるだけでは生きません。生きるためには色々と必要なものがあります。言い換えれば必要だと思うものがあります。何を必要と思うかは個人の価値観ですが、今の人間はたいがいお金が必要となる「もの」を欲しますね。「もの」とは別に物質であるとは限りません。時間かもしれないし風景かもしれない、温もりかもしれない。
質問者さんの言うように自給自足を狭い世界で行えば、どうやっても「もの」が手に入らなくなります。生きるだけ(衣食住)で精一杯ですから。
広い世界でお金をなくして自給自足する(これは変な表現ですね)とどうなるか?「もの」がやっぱり手に入らない。欲している「もの」は自分だけでは手に入れられないことが多いからです。しかしその「もの」を作る人がいなくなる。だから「もの」が手に入らない。
なぜ作る人がいなくなるか?それは人が欲する「もの」を作るために自分の時間を犠牲にしても正当な報酬を得ることが出来ないからです。
だって報酬が食べ物だと作る人は結局「衣食住」しか満たせない。それも満たしたいけど作った人もまた「もの」がほしい。つまり報酬によって色々なものがほしいけど、食べ物による物々交換では融通がきかなすぎる。
だから共通の価値あるもので、出来れば小さくて持ち運びが便利なもので、もちろん腐らないもの(笑)がいい。だからお金なんですよ。お金があれば衣食住も「もの」もその場その場で柔軟に手に入れることが出来ますからね。
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この回答へのお礼

狭かろうと広かろうと
ものが一箇所に集中し一方では飽食で、一方が餓死していようが全体として地球規模で考えても自給自足が定めなのです。

仰る自給自足社会が何故衣食住のだけの世界に限定される社会になるのか理解に苦しみますが。
自給自足の閉回路は
規模をどのくらいにするのがよいか
また飽食と飢餓といった偏在をどうしていくか
ということになっていくと思うのです。

また鎖国ということでもありません。
貿易においても考え方は物々交換が原点なのだと思います。
本来貿易に頼らなければ存在できない国家は自立国家とはいえないのではないでしょうか。


何度も言うようですがお金は道具でしかなくて
便利ではあるけれども
人の生の根本ではないのではないのではないでしょうか。

お礼日時:2007/07/24 13:14

私の回答4は3へのレスとして書きました。


あわせて読んでください。
お金が無ければ、労働力の交換がし難くなるという回答です。

>働かざるもの食うべからず

それはお金とは別の問題です。
ここで書くのは不適当です。
お金があろうとなかろうと、誰かが働かなければ食べられません。
全員が労働無くして食べていけるシステムは、いまだかつて発見されていません。
働かなくても食べていける人は誰かに養ってもらっているからです。

この回答への補足

健康な人であろうと、何らかの障碍によって働けない人であろうと、人が食することによって生きられるのだという事に感謝するのは皆等価だと思います。
また老いは必ず誰にでもやってくる。老いを安心して過せる社会は誰もが望むところではないのでしょうか。
それにしてもお金は本当に必要なものなのだろうかということなのです。

補足日時:2007/07/24 12:44
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この回答へのお礼

働かざるもの食うべからず。

>ここで書くのは不適当です。

いえ、あえて出してみました。
分業化により生産できるものの手により、直接生産に関わらない人達、もしくは直接生産に関われない人達の分を含めたものを生産し、いきわたらせる社会を構成することが自給自足社会の目的であり意義であり使命だった と思うからです。少なくとも特定の人の支配によらない民主主義国家での形態はそのようであると僕は認識しました。

またこのことは年金の問題にも関わってくるからです。
年金が無ければ本当に生活できないのか。
お金が無ければ人は本当に生きていけないものなのか。

お礼日時:2007/07/24 12:20

実験的には1週間くらい外へ全くでないで生活してみたら答えが出ると思います。

それほど抽象的な問題ではないともいます。現在のような生活様式が成立しないというのが答えではないでしょうか。

この回答への補足

枯れ木も山の賑わいで
抽象論で遥か彼方を飛んでる方にも参加いただいて感謝しております。

補足日時:2007/07/26 18:26
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
僕には一週間では無理だから一ヶ月くらい外へ全くでないで生活してみたら答えが出ると思います。
こんなことをやっていたら食べていけない。
外にでて働かなくてはって。。。

哲学なんぞなんの腹の足しにもならない所以です。

お礼日時:2007/07/24 12:55

ん?


誰かがお金を作ろう と言い出すでしょう。

もしくはお金を作る事を禁止するという事ですか?

ならば 確実に殺し合いでしょう!
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>ならば 確実に殺し合いでしょう!

お金が無いともしくは使えなくなると何故殺し合いになるのですか?
そのメカニズムをできれば教えてもらえるとうれしいです。

ただ争いや戦争はお金が使える使えないに関わらず今でも世界のいろんなところで起こっているように思うのですが。。。

お礼日時:2007/07/24 11:10

お金が無くなったら生活がスムーズに行かなくなるのではないでしょうか.


お金はこの世のもので,あの世をまたぐ人間という存在には衣食住をつなぐための血液のようなものです.
血液が流れなくなったら,この世界における私たち人間のあらゆる活動ができなくなるのではないかと思います.
お金が沢山動く場所には沢山の人間ドラマが生れますからねー.
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この回答へのお礼

働かざるもの食うべからず
僕は自然界の真理であると思います。
しかし棺おけに片足を突っ込んでいるとしても生きるということに対して必要なものは本当はお金ではないのではないでしょうか?
本当にお金が無いとあらゆる人間の活動ができなくなるのでしょうか?
社会のシステムの問題でしかないのではないでしょうか?

>お金が沢山動く場所には沢山の人間ドラマが生れますからねー.

お金が動くところというのは本来、必要とされる人の頭数が生活するために必要な金額が動くという意味なのではないでしょうか?
人が集まるというのはそこにそれだけの頭数が必要だからなのではないですか?

人が多く集まればドラマは当然生まれそうです。
お金が有る無しに関わらずドラマは生まれるかと。
何時の世も人の数だけドラマはあると僕は思います。

お礼日時:2007/07/24 00:50

>野菜も作ったらどうでしょう?



すべてのものを自給自足でまかなうなら、お金は必要ありません。
しかし、それでは日々の仕事に追われて何もできません。
朝起きたら食事の心配。
畑仕事したら道具の手入れ。家の手入れ。水汲み。

なので、人類は良い方法を考え出しました。
分業です。
野菜を作る人、牛を育てる人、家を立てる人、水の管理をする人。
多種少量の仕事をするには沢山の時間が必要ですが、同じ仕事を沢山するのには時間はかかりません。
その分、空いた時間に歌を歌ったりビール飲んだりできます。
分業するためには、どの仕事にどのくらいの価値があるか数値化しなければなりません。
じゃないと不公平です。
水の管理は食べられません。
でも無いと困る仕事です。
そのための仕組みがお金です。

この回答への補足

その不公平性は突き詰めていくと働かざるもの食うべからずということに繋がっていくものになりませんか?

補足日時:2007/07/23 23:56
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>すべてのものを自給自足でまかなうなら、お金は必要ありません。

分業化によってお金が必要となるのは何故でしょうか。
自分は牛を育てる。人は野菜を作り、家を作り、水を管理し、ビールを作る。
夫々の職業は夫々そこに所属する人々の必要分を必要なときに必要なだけ供給できればお金は敢えて無くてもその社会は機能するのではないでしょうか?
それが自給自足する社会の仕組みだと思います。
県(道州)で自給自足するにしろ、国家で自給自足するにしろ、国家間の輸出入で自給自足するにしろ、地球規模にしろ結局自給自足する社会を構成していかなければならないのです。

お金は単なる道具であって社会の仕組みではないのではないでしょうか?

>分業するためには、どの仕事にどのくらいの価値があるか数値化しなければなりません。じゃないと不公平です。

仕事にどのくらいの価値があるかの数値化とは一人の人間が生産できる量と社会の必要量とがあっているかどうかという考えでいいでしょうか。

不公平というのは働きが少ない人と多い人とでは、働きの多い人の方が大変である。また楽な仕事と大変な仕事があるとか持ち場や職業間で生じる不公平性がお金というものを用いることによってなくなるということでしょうか?
できればもう少し仕事の価値とお金に関して補足説明をしていただけるとありがたいです。

お礼日時:2007/07/23 23:09

買い物が不便になります。


物々交換しかできません。

牛を一頭持っています。
その牛を野菜と交換したいと思いました。
牛を売ってそのお金でキャベツ一個買って、残りは持って帰るつもりでしたが、お金という物が無いのでトラック一台分のキャベツと牛一頭を交換しました。

一人暮らしだったので、キャベツはほとんど腐ってしまいました。
大損です。

この回答への補足

回答ありがとうございました。
失礼いたしました。

補足日時:2007/07/23 21:08
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この回答へのお礼

そうですね。大損です。

野菜も作ったらどうでしょう?

お礼日時:2007/07/23 21:06

世の中はかなりの混乱が起こる。



しかし、お金に代わる価値基準があらわれてまた秩序を築く。


人が他人と関わる根源的なもの、生きていくために必要としたものが具現化したものがお金です。

人の根本が変わらぬ限り表面的なものがなくなっても
根源は変化しないと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>人が他人と関わる根源的なもの、生きていくために必要としたものが具現化したものがお金です。

お金は人と関わる根源的なものなのでしょうか?
本当に人が生きていくために必要なもの、なくてはならないものなのでしょうか?

お礼日時:2007/07/23 21:04

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