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先頃島崎藤村の「破戒」を読み終えたのですが、二,三疑問に思いましたので質問させて貰います。
 一つ目に、物語の終盤で

 「御機嫌よう」
 それが最後にお志保を見た時の丑松の言葉であった。

という部分があるのですが、丑松とお志保はこれきり会わなかったということなんでしょうか?お志保は丑松に一生寄り添っていくと決意したように思えたので、不思議でなりません。
 二つ目に、丑松はテキサスへ行ったのか?ということ。文庫本の解説やインターネット上の感想などを見ると、丑松は最終的にはテキサスへ逃げていったが、何か釈然としない、どうとらえてよいかわからないなどと述べてあったが、物語の何処を見ても丑松自らがテキサスへ行くと表明している部分は無いように思えた。如何せん物語の途中でかなりの睡魔に襲われ、うつらうつらとしたときがあったため多少読み飛ばしてしまった部分があったので、説明の程宜しくお願いいたします。

A 回答 (1件)

「破戒」。


読んだのはもう五十年も前の事になります。懐かしいお話ですねぇ。

丑松は戒めを破って告白してしまいましたから、かかわりのある人たちに迷惑はかけられない、という心情でしたでしよう。
とりわけ、お志保に対する心痛はいかばかりだったか。
ですから「御機嫌よう。」は必然だと思います。

でも、読んでいる私たちも息苦しいですねぇ。

テキサスの話は、第弐拾弐章(五)、終章(二)で語られています。

触発されて、全集を開いてみましたが、ルビが振っていなければ
もう読めませんねぇ。先輩たちは、こうした文学に触れて読み書きを
勉強した訳ですかーーー。
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この回答へのお礼

出来ることならば、丑松とお志保とのやり取りをもう少しだけ描いてほしかった・・・・・。だがもし、丑松とお志保との関係がより深いものとなっていたならば、その分別れもつらく、破戒へのゆらぎがでてしまったのではないかと思うと、これで良かったのかなぁという気もしますね。テキサスへ行ったのも、身分や世間の目などその他諸々の柵から逃れるためには仕方が無かったのでしょうかねぇ、やはりそれだけ丑松の心痛と言うのは吾々の想像以上のものだったのでしょう。心のどこかに、猪子先生のように逞しく堂々と生きてほしいという気持ちも残りましたが・・・。

お礼日時:2007/12/16 16:33

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