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人に聞かれて答えられず、困ってしまったので誰か教えて下さい。
都道府県のうち、東京都や大阪・京都府、その他の県はそれぞれ「都」「府」「県」をはずして「東京」「大阪」「京都」「宮城」などと呼ぶことがありますが、北海道の「道」をはずして「北海」と呼ぶのは聞いたことがありません。何故でしょうか?

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A 回答 (5件)

 簡単に言うと、ほかの都府県はもともとある固有名詞に都府県をつけただけ、北海道だけは北海という地名があったわけではなく、道を設置したときに作った名称だということです。


 詳しくはほかの回答者のコメントをご覧ください(笑)
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●(都道府県市区町村トップより)"北海道はなぜ「北海」と略さないの?"→

http://uub.jp/arc/arc.cgi?N=5
●(TABASUCO PEPPERより)なぜ北海道は「北海」と呼ばないのか→又http://tabasco-pepper.com/archives/546

又[教えて!goo](orOKWave)内の質問では
●(行政のカテの)"北海道だけなぜ道なんですか?"→http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2657371.html
●(地理のカテより)"なぜ北海道??"→http://qa.asahi.com/qa882001.html
●( 〃のカテより)"北海道だけ、なぜ道が表示されるの?"→http://oshiete1.watch.impress.co.jp/qa1808762.html
●( 〃のカテより)"「都」「道」「府」はなんで「県」じゃないのですか?"→http://questionbox.jp.msn.com/qa2887487.html
等のURLをご参考に・・・
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北海道の道は地方自治法に於いて他の都・府・県と同格の接尾辞とされているが、それを外して単に「北海」と表記・呼称されることは非常に稀である(北海タイムス、北海学園大学など、社名や学校名等の固有名詞に使用される例はある)。

これは五畿七道にあやかって命名されたひとまとまりの地域名をそのまま地方公共団体名として転用した特殊性に拠るものといえる。逆に道の方が「道銀(北海道銀行)」「道新(北海道新聞)」等、事実上北海道を指し示す固有名詞として広く普及しているのが現実である。

以上、Wikipedia「北海道」より

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%B5%B7% …
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少し前、全く同じ質問をした者です。


http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4503331.html
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「北海」とも言うんですけどね。


言うと、「北海道」のことじゃなくて学校のこというんですよね。

答えじゃなくて、スミマセン。
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Q北海道はどうして「道」なのですか?

素朴な疑問ですが、他は県なのに、どうして北海道は「道」なのですか?

Aベストアンサー

 こんばんは。
 
 序ですから都道府県という行政単位の呼称の歴史と違いについても一緒に解説しておきます。
 
 “北海道”は本州・四国・九州とは異なった歴史を有しています。府県は明治政府が江戸幕藩体制の“藩”を国の直轄する地方機関である“県”や“府”に置き換えたものです。いわゆる“廃藩置県”です。
 
 しかし北海道、すなわち当時の蝦夷地には江戸幕府の支配は及んでおらず、藩も存在していませんでした。現在の渡島半島には“松前藩”がありましたが、他の藩とは別格の存在です。新しい一つの地方機関で管轄することになり、明治新政府はそれを“北海道”と命名しました。
 
 “北海道”の名の由来は、奈良時代から平安時代にかけて存在した“五畿七道”という行政区画を参考にしたようです。“五畿七道”とは山城・大和・摂津・河内・和泉の五国と“東海道”・“南海道”・“西海道”・”東山道”・“北陸道”・“山陽道”・“山陰道”です。皇宮周辺の五国は重視され、それ以外の地域は国の上に道という行政区分を敷いていた訳です。

 “府”と“県”は重要度の違いと考えるべきでしょう。“県”は訓読みでは“あがた”と読み、単に“地方”を意味する言葉ですが、“府”という言葉は古代から“役所”の意味で使われてきました。そこで明治政府にとって特に重要な東京(首都)・大阪(商業都市)・京都(旧皇宮所在地)だけは府”とし、 他は“県”と呼ぶことになったようです。

 “都”は戦時体制の生き残りです。戦前は“都”がなく、上記の通り東京も“府”でした。“東京都”は太平洋戦争中の1943年に東京市(現在の23区)と東京府の機能を統合して出来たものです。戦争中は国家総動員体制のため、各種の機関が統合されたのですが、これもその一つです。中央集権主義の当時、東京市は国家機関の一種とされていたようです。
 
 戦後の地方自治制度の再整備によって、都道府県の法的な差異は全く無意味なものとなり、単なる名称の違いだけになりました。北海道という名称は「北海+道」でも「北+海道」でもなく、強いていえば“北海道”という名称で“都府県”のような行政区分の名前と地方の名前を兼ねているということになります。厳密な意味では“都道府県”ではなく“北海道都府県”ですね。 
 
 また、北海道には支庁という制度があります。これは広域な北海道の行政区分を分割するものですが、これを一つの県と考えることも可能でしょう。実際にこの支庁を県として独立させることも検討されたでしょうが、北海道の人口は面積比にして少ないです。分割してしまうと、他の“都府県”との格差も大きいということで白紙にされたと思います。
 
 しかし東京都“Tokyo Metropolitan Government”を除いては、神奈川県も大阪府も全て“Prefecture”です。そこで北海道は“Hokkai Pref.”なのか“Hokkaido Pref.”なのか、言語学者の間では論争となっているようです。北海道庁は後者を採用しています。私は“Hokkaido District”を勧めます。その方が“道州制”施行後の名称統一がスムーズに行えると考えます。
 
北海道庁:http://www.pref.hokkaido.jp/menu.html
 
北海道庁>地方分権・道州制:http://www.pref.hokkaido.jp/skikaku/sk-ssnji/bunken/
 
戸田孝の雑学資料室>「都」と「道」と「府」と「県」の違いについて:http://www.biwa.ne.jp/~toda-m/geo-hist/prefrank.html
 
>>

 こんばんは。
 
 序ですから都道府県という行政単位の呼称の歴史と違いについても一緒に解説しておきます。
 
 “北海道”は本州・四国・九州とは異なった歴史を有しています。府県は明治政府が江戸幕藩体制の“藩”を国の直轄する地方機関である“県”や“府”に置き換えたものです。いわゆる“廃藩置県”です。
 
 しかし北海道、すなわち当時の蝦夷地には江戸幕府の支配は及んでおらず、藩も存在していませんでした。現在の渡島半島には“松前藩”がありましたが、他の藩とは別格の存在です。新しい一つの地...続きを読む

Q北海道だけ、なぜ道が表示されているの?

地図などで都道府県が表示されている際に、東京都、大阪府などは、東京、大阪とあるのに、北海道だけは、なぜ北海ではなく、北海道なんでしょうか?

息子の素朴な疑問に答えられず困っています。
教えてください。

Aベストアンサー

#3です。

まだ足りませんでした。
東京都や大阪府などは元々は廃藩置県でできた行政府です。
北海道にはその「県」に当たるものが無いので、ずっと総称で呼ばれているのではないかと思います。

Q北海道だけなぜ道なんですか?

カテゴリーがここでいいか分かりませんが、お願いします。
昔から気になっていたのですが、1道1都2府43県といいますが、東京都、大阪府、京都府はそれぞれ都や府をはずしても違和感がないです。

他の県も同様です。
しかし、北海道だけは皆さん北海道と呼び決して北海とは言いませんよね。


北海道という地名の由来といっしょに教えていただければうれしいです。

(1)この道という行政区分はいつ、なぜ、使用したのですか?
(2)どうして道だったのでしょう。別に北海県でも北海場でも北海地でもいいような気がしますが・・・。
(3)しかもなぜ一箇所、北海道だけ県を使わなかったのですか?
(4)しかもなぜ今皆さん北海と呼ばないのでしょう?

Aベストアンサー

蝦夷地を日本の領土であると明確にするため、「東海道」「南海道」などに習って、「北海道」と名付けられました。
一時は、函館県など3県が置かれていたこともありましたが、その後廃止されたのです。

Q北海道の「道」は、行政的観点でどういうあつかいなの?

東京・大阪・広島・福岡…という表記の時も、北海道と表記され、また、東京都・大阪府・広島県・福岡県…という表記の時も、北海道と表記されています。
その法則であれば、東京・大阪・広島・福岡…と表記の際は「北海」になるのでは…と思うのですが…。
この北海道の「道」には、なにか特別な意味があるのでしょうか?

Aベストアンサー

ついでですから都道府県という行政単位の呼称の歴史と違いについても一緒に
解説しておきましょう。

「北海道」は歴史的な違い。
まず北海道と他の都府県の違いは歴史的なものです。
府県は明治政府が江戸幕藩体制の「藩」を国の直轄する地方機関である
「県」「府」に置き換えたものです。いわゆる「廃藩置県」です。

しかし当時の蝦夷地(北海道)には江戸幕府の支配は及んでおらず、
藩もなかったため(現在の渡島半島には「松前藩」がありましたが)
新しい一つの地方機関で管轄することになりそれを「北海道」と命名しました。
「北海道」の名の由来は、奈良時代から平安時代にかけて、「五畿七道」という
行政区画がありその中に「東海道」「南海道」「西海道」があったのを
参考にしたようです。

「府」と「県」は重要度の違い
「県」は訓読みでは「あがた」と読み、単に「地方」を意味する言葉ですが、
「府」と言う言葉は古代から「役所」の意味で使われてきました。
そこで明治政府にとって特に重要な東京・大阪・京都だけは
「府」とし、 他は「県」と呼ぶことになったようです。

「都」は戦時体制の生き残り
戦前は「都」がなく、東京も「府」でした。「東京都」は太平洋戦争中の
1943年に東京市(現在の23区)と東京府の機能を統合して出来たものです。
戦争中は国家総動員体制のため、いろいろな機関が統合されたのですが、
これもその一つです。

戦後の地方自治制度の再整備によって、都道府県の法的な差異は全く無くなっ
て、単なる名称の違いだけになりました。

というわけで北海道と言うのは「北海」+「道」でも「北」+「海道」でもなく
しいていえば「北海道」で「都府県」のような行政区分の名前と地方の名前を
兼ねているということになります。
つまり「道」に特別な意味があるというより「北海道」という呼び方に「都府県」
のような行政区分を表す呼称がついていないので分けようがないのです。

参考URL:http://www.biwa.ne.jp/~toda-m/geo-hist/prefrank.html

ついでですから都道府県という行政単位の呼称の歴史と違いについても一緒に
解説しておきましょう。

「北海道」は歴史的な違い。
まず北海道と他の都府県の違いは歴史的なものです。
府県は明治政府が江戸幕藩体制の「藩」を国の直轄する地方機関である
「県」「府」に置き換えたものです。いわゆる「廃藩置県」です。

しかし当時の蝦夷地(北海道)には江戸幕府の支配は及んでおらず、
藩もなかったため(現在の渡島半島には「松前藩」がありましたが)
新しい一つの地方機関で管轄することになりそ...続きを読む

Q靴のサイズ 36とは何センチ?

女性の靴やサンダルで外国物の36と言うのは何センチのことか知ってる方がいらっしゃいましたら教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

【靴のサイズ表】

●Japan
22…22.5…23…23.5…24…24.5…25
●USA
5…5.5…6…6.5…7…7.5…8
●UK
3.5…4…4.5…5…5.5…6…6.5
●Europe
35…35…36…37…38…38…39

ですから36というのは、ヨーロッパの品で
日本でいう約23cmのことです。


ρ(・д・*)コレも参考にして下さい♪
      ↓ インポートもの買う時はきっとお役に立ちます。

参考URL:http://www.diyer.com/info/tools/sizechart.html

Q京都府と大阪府はなぜ「府」ですか?

他は「県」なのになぜ京都と大阪だけは「府」なのですか?経緯が知りたいです。

Aベストアンサー

こんにちは。
言葉の意味はshuhuaさんが詳しいので、都道府県の変遷の歴史を書きます。

明治の初めの廃藩置県の際には、「幕府の直轄地や戦略上重要な場所=府」、「以外=県」とし、多数の「府」が設置されました。
・東京(江戸)、大阪、京都-当時の3大都市
・箱館(函館)、長崎、神奈川-開国後の重要な港
・越後(新潟)、甲府(山梨)-金山、銀山
・奈良-古都(?)
と9個の「府」が設置されています。

しかしながら、3大都市以外は1~2年で合併や県への改称で姿を消し、東京、大阪、京都の3府時代が長く続きます。
第二次世界大戦中、首都の戦時中特別体制(警備の強化)のため東京市と東京府が合併し、「東京都」になり今に至ります。

蛇足ながら、北海「道」について
当初、函館県(箱館府が改称)、札幌県、根室県の3県が設置されましたが、当時未開の蝦夷地(北海道)開拓を目的に、県を統括する北海道庁が設置されました。
その後、函館、札幌、根室が道の支庁に格下げとなり「道」が「府県」と同格の位置づけになりました。

Q「続柄」は「ぞくがら」と読むのと「つづきがら」と読むのどちらが正しいか?

辞書を引くと続柄は「つづきがら」「ぞくがら」どちらとも読めるようです。
続柄とは親族間の関係という意味で使いますが、続柄はどちらの呼び名が正しいのでしょうか?

Aベストアンサー

まず「続柄とは親族間の関係という意味で使いますが」は正確性を書いていますね。続柄は「つづきがら」が本来の読み方で「ぞくがら」は便宜的な読み方が定着したようです。私立と市立を区別するために後者を「いちりつ」と読むようなものでしょう。

続柄の記入欄はいろいろな書類にありますがもっとも
一般的なのは戸籍と住民票でしょう。

戸籍・・・両親と子供の関係を親から見た関係で表す。
住民票・・・所帯主と同居している人の関係を所帯主から見た関係で表す。
例。妻、長男、長女、祖母、弟など

Q「都」「道」「府」はなんで「県」じゃないのですか?

この間ふと疑問に思ったのですが、都道府はなんで「県」と呼ばないのですか?

Aベストアンサー

私が中学時代に使ってた地理の教科書に、以下のような説明がありました。

『全国で東京だけが「都」となったのは、もちろん日本の首都だからです。大阪や京都の「府」にも、中心地や都といった意味があり、かつての政治や経済の中心地だったことに由来します。明治維新のあと、東京も最初は「府」でしたが、1943(昭和18)年に「都」に変更されました。
「県」は、中国の古代律令制の地域区分にならって、つけられたものです。ところで、なぜ北海道だけが、「道」なのでしょうか。北海道は、明治時代になってから、本格的な開拓が始まりましたが、当時は、東海道や山陽道など奈良時代からの地方区分にならい、「北海にある地方」とつけた名前が、今でも使われているのです』

(東京書籍「新しい社会 地理」による)

東京は特別ですから、「大阪県警」や「北海道警」のように「東京都警」ではなく「警視庁」を使用するんですね~(「日本の首都を管轄する」から)。

Q日曜って銀行振り込みできますか?

 土日祝日って銀行振り込みできますか?
 あとやっぱり平日でも振込みができるのって5時までですか?

Aベストアンサー

 他の方が答えているとおり、普通の銀行は送金手続きは出来るけど、着金は翌営業日(月曜)と言うのが普通です。平日の午後3時以降の扱いも同じで、送金手続きは出来るけど、着金は翌営業日。

 ジャパンネットバンクは、ジャパンネットバンクに口座を持つ同士。郵便局は、郵便局に口座を持つ同士の振り込みは、土日祭日に付いても平日と同じく、振り込みと着金が即日に実施されます。

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む


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