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定理、命題、補題、系の意味、使い方について調べているのですが、
http://www.math.sci.osaka-u.ac.jp/~wakui/tanoshi …
ここのページだと命題、補題はそれぞれすでに証明されたもので、
定理との違いは単に重要性だけだと書かれているのですが、


http://dolphin.c.u-tokyo.ac.jp/~nhoribe4/pukiwik …
こちらのページでは、命題、補題はまだ証明されておらず、単なる著者の主張だ、と書かれています。
これってどちらが正しいのでしょうか?

A 回答 (5件)

「命題」は、阪大のページにある「広い意味での命題」が正解。


真偽が決まっている論理式のことを命題と言う。
偽であることが証明済みの論理式も、これに含まれる。
真偽が決まっていることと、証明できることの違いについては、
ゲーデルにでも訊いてみるか…

そのページの「狭い意味での命題」は、あまりにも頻発する
「命題」の誤用例。 コンビに店員の敬語のように、頻用される
ことで、半ば慣用となりつつある。 これを安易に認めるのは、
あまり教育的とは言えない。
(阪大より、明大のテキストを見たほうが良かったかも。)

「定理」「補題」は、どちらも本来、真であることが証明された
命題のこと。 たまに、未証明の予想を「定理」とか「補題」とか
呼んでしまうことがあるので、あくまで「本来は」の話。
歴史的な名称には、この辺が曖昧なものも多い。

「補題」は、両ページにあるように、「補助定理」という意味で、
「定理」とあまり違わないが、「定理」と「補題」の使い分けは、
その定理が有名になった論文中で補助定理として扱われていたか
どうかによる。 重要性の違い…というのは、微妙にズレている。
結論の定理より、途中の補題のほうが重要な論文など、ザラにある。

「系」は、オマケということ。「命題 3-1 は、命題 3 の系である。」
と言えば、命題 3 を定理として使えば、命題 3-1 を証明するのは
あまりにも簡単で、証明の本質部分は命題 3 の証明に尽きる
…という意味。 命題 3 が定理であれば、系も定理となる。
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「命題」ってのは「真偽が判断できる」ものだけども


証明されてるものもあればそうでもないものもある.

「補題」ってのは,何か別のものを証明するための
途中経過になるぞという意味合いを含めた「命題」ってところ.
たいていは証明されている

「定理」というと,ほぼ間違いなく証明済み.

ただし,これらの使い分けはかなりいい加減というか,
歴史的経緯とかも絡んで適当になっているってのが実情.
それぞれの内容にかんがみて,判断するしかない.
だから「重要性だけの違い」というのもある意味正しい.
けど,わざわざ区別して
それぞれの言葉の定義がどーだこーだというのは
少なくとも数学的にはほとんど意味がない.

たとえば,集合論の一大定理に
「Zornの補題」というのがある.
これはものすごく重要な定理で,
現在数学の根幹にあるものだけども,
いろいろな定理の証明の重要な道具として使われることが
きわめて多いので「補題」なんて呼ばれているのだと思う.
けど,「定理」だって
ほかの定理を証明するのに使われる道具なんだから
ある意味「補題」でもある.

>「真偽が判別できる」というのは「証明可能である」ということとイコールで結ばれるのではないのでしょうか?

結ばれません.詳細は省きますが,ぶっちゃけた表現をすると
「証明可能ではない真の「命題」が存在する」という
定理があります(ゲーデルの不完全性定理(のちょっとした帰結)).
なお,このような場合は「命題」という表現が使われます.
命題には「真偽が確定する」という意味があるからです.

ちなみに
「Claim」とか「Assertion」という訳すなら
「主張」という語もあります.
証明の途中段階で,あとで使うから「ひとまず証明したい」という
内容を明示するのに使われることがあります.
ある意味「証明内の補題」というような感じです.
ややこしいことに「Claim」とか「Assertion」は
証明はでいないけどもきっと成り立つだろうみたいな意味合いで
使われることもありますが,そういう「希望」的な意味があって
なおかつ,それが成り立つと意義があるだろうという場合には
もっとはっきり「Conjecture」(予想)という表現も使われます.
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>証明されていないものも命題と呼んで良いのですか?



そもそも本来の命題の意味は、意味に不明瞭(曖昧)な点がない文章という意味(あるいは真偽が判別できる文章とも言う)なので、当然証明されていないものも命題と呼んでいいです。


授業や問題集などで、定理の名前がついていないものを代わりに命題ということはあるかもしれませんが
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

でも「真偽が判別できる」というのは「証明可能である」ということとイコールで結ばれるのではないのでしょうか?
証明できもしないのに、正しいかどうかは分からないと思うのですが・・・。もしかすると一見正しいように見えて間違えているかも知れませんよ。

お礼日時:2009/02/18 20:26

「命題」を使う文脈にもよるな. たとえば, 「定理」「補題」「命題」と並べれば普通は「正しいと証明されたもの」と考えそうだけど, 一方で「命題論理」では「真偽が判断できるもの」をすべて「命題」と呼んでる. だから, 前者の意味では「命題は既に正しいと証明されている」(あるいは証明できる) ものであるのに対し, 後者では「真偽が理論上判断出来さえすれば証明は不要」(どころか「正しくないという証明」があったり「正しいかどうかの証明が存在しない」ということすらありうる) ということだ.


ちなみに, 前者の意味で「命題」を使うなら, まだ証明されていない「主張」はきちんと区別して「主張」(claim) というのが普通だと思う.
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上記のサイトでは“狭い意味での”命題


と書かれています。

簡単に言えば、試験問題で出る命題、補題というのはすでに証明されていることだよ ということです


もちろん、いまだに証明されていない命題は数多くあります。


あと、下のサイトのどこに
>命題、補題はまだ証明されておらず、単なる著者の主張だ
と書かれていますか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

証明されていないものも命題と呼んで良いのですか?
定理というのは証明されていなければならないので、
定理と命題の違いというのは何なのでしょうか?

お礼日時:2009/02/18 16:16

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