参考文献として使える資料を探しています。


従来の音声学では、日本語のsh([ʃ]又は[ɕ])は、母音/i/の前で硬口蓋化する/s/の異音と言われていました。

しかし近年徐々に「スィ」という音節も日本語に定着しつつあります。


例えば、2008年ウィンブルドンテニスの実況の人は、「パッスィング」と言ってました。アナウンサーレベルの人が音節「スィ」を使うほどです。


machineのように「マシーン」というべき所を、若い子たちが、「マスィーン」と言った方がかっこいいとか英語っぽいと思って、誤用することも指摘されています。
(モー娘。や桑田圭祐はちゃんと「ラブマ『シ』ーン」と歌ってるのにw)


日本語で音節「スィ」がどのくらい定着しているか、
日本人が英語のsheとseeを混同するのを、社会言語学的な視点から分析したもの、
sheとseeの区別が、心理的な要素を除いて、純粋にarticulationが日本人にとって困難なのか否か、

というな論文等をご存知の方がいたら、是非教えていただけたらと思います。


ネットでpdfファイル等で手に入るものならなお助かります。


※ 「日本語にスィという音節はどのくらい定着しているのだろうか?」「日本人がseeをsheのようにではなく、逆にsheをseeのように発音してしまう例の研究も必要だ。」のような、今後の課題的に書かれたものならいくつか見ましたが、ではなくて結論がある程度出ているものを探しています。

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A 回答 (4件)

まず論文の方を。


http://www.lib.yamagata-u.ac.jp/kiyou/kiyouh/kiy …

また以下は私見回答です。
>2008年ウィンブルドンテニスの実況の人は、「パッスィング」と言ってました。アナウンサーレベルの人が音節「スィ」を使うほどです。
海外に行っているアナウンサーは度々現地語部分がネイティブのようになまります。日本語式発音は「パッシング」がまだまだ根強いです。
他のアナウンサーが一様に「パッスィング」とは言ってないですよね? 

>若い子たちが、「マスィーン」と言った方がかっこいいとか英語っぽいと思って
これは、正しい英語発音に近づける為ではなく、こちらの方が日本語としての発音的に面白いからでしょう。

この回答への補足

論文ありがとうございます。
しかし、実はこちらは読んだことがあるのです。

> こちらの方が日本語としての発音的に面白いからでしょう。

「日本語としての」というのはつまり日本語の発音として定着してるからということですか?それともあえてあまり日本語っぽくない音を使う方が面白いということでしょうか?


ところで、
「パッシング」と「パッスィング」は同じ単語であり、[s]と[cに尻尾]は音素/s/の異音と定義した場合でも、これを/z/の異音[dz]と[z]のように日本人に認識されていないものと同じ扱いをするのは、ことL2acquisitionに関してはまずいのではないでしょうか?

政府が音素と認めていないからと言って、区別ができないということにして、ESL/EFLの先生が、sheとseeの区別をrightとlightの区別と同じように指導してしまうのは、問題があるのではないでしょうか?という話です。

補足日時:2009/03/04 08:14
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>しかし、実はこちらは読んだことがあるのです。


さいでしたか。失礼しました・・・。

>「日本語としての」というのはつまり日本語の発音として定着してるからということですか?それともあえてあまり日本語っぽくない音を使う方が面白いということでしょうか?
後者です。

私は発音に関しては無知なのですが、
いろいろとネットを巡っているうちに、
いろいろと見つかりましたので、直接的な回答ではありませんが、
補助的・限定的に資料集めの方だけ協力させて頂きます。
また、私の私見も述べさせて頂きます。

認知心理学では、「心内辞書」という言葉があるようです。
http://www.scn-net.ne.jp/~language/Listening11_P …
>心内辞書に入っている単語のデータは、 音、シラブル、イントネーション、スペル、その単語が話された情景、そのときの自分の気持ちなど多次元の情報です。
>ヒアリングをしているときは、日本語でも英語でも「音節」をもとに単語を検索していると思われます。
>日本語の音節は「カナ」です。カナが発音の最小単位になっていて、カナの発音を基準に単語が脳に格納されています。

他にはこの辺でしょうか。
音声認識と心内辞書の関係
http://www.eikaiwanopl.jp/information/nazemuzuka …

つまりは、日本語の心内辞書しか持っていない人は、英単語を、もっと言うと英単語の発音を「カナ」で憶える訳で、英語ネイティブやバイリンガルのように英語の心内辞書を持っている人とは憶え方がちょっと違うという事を示しています。

例えば
・電車の「seat」→(日本語発音)→シート
・エクセルの「sheet」→(日本語発音)→シート
となり、日常生活にほぼ直結しているようなこの単語が、いざ英語を話した時に日本語の心内辞書しか無い私のような人間は、シートと言ってしまう訳ですね。但し、区別や判断はできますし、咄嗟に出てこないだけ(と思いたい)なので、英語の心内辞書を作ってしまえば良いのではないかという事になるかと思います。

この辺の認知心理学については、カテゴリー「学問/心理学」に聞いてみた方がいいかもしれません。

また、完全にCaquioさんに反対なんです、というわけではなく、私にしてからに、その昔、英会話教室へ通っていた際、
・発音を区別しなければ怒られる理由は何故か(別にいいじゃないかと)
・外来語の発音をそのまますると周囲に気取っているという風に取られるんじゃないかという恐れ
・Siの発音を日常会話にうっかり出そうものなら、「コイツは今、舌がまわってないな」と思われる恐れ
もあった訳で意図的に日本語式発音に終始していた事もございました。今考えると何の為に金を払っていたのかと。
なので、個人的経験ながら社会的要因も多分にあると思います。

この回答への補足

ようやく私の気持ちをわかっていただける方に出会えて嬉しい限りです!ありがとうございます。

あまりにわかってくれる人が少なくて、ちょっと感情的になって失礼なことを書いてしまったかもしれません。反省しています。

> 認知心理学では、「心内辞書」という言葉があるようです。

ええ、まさに私が求めていたのはこっち方面なんです!ありがとうございます。

私はむしろ音韻の方が専門なんですが、日本の発音教材にしろ、ESLにしろ、「発音と言えば音声学」と考えすぎる傾向があります。

日本人の英語の発音ミスは、日本語と英語を音声学・音韻論的に比較しただけでは説明できないものがたくさんあります。それを無理矢理全て音声学・音韻論にもっていこうとするせいで、学習者が余計に混乱してしまうことをどうにかしたい、と思っているのです。

教材があまりにも音声学ばかりアピールするため、学習者も発音=音声学と洗脳され、心理的な面に注意がいかない(気づかない)ようにも思えます。


> この辺の認知心理学については、カテゴリー「学問/心理学」に聞いてみた方がいいかもしれません。

なるほど!これは良い視点かもしれませんね。


> ・発音を区別しなければ怒られる理由は何故か(別にいいじゃないかと)
・外来語の発音をそのまますると周囲に気取っているという風に取られるんじゃないかという恐れ
・Siの発音を日常会話にうっかり出そうものなら、「コイツは今、舌がまわってないな」と思われる恐れ


わかりますわかります!特に上の2つのような事は、第二言語の分野でもかなりdebatableですからね。社会的要因は多分にあると思います。

補足日時:2009/03/11 14:09
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 穏当な回答が出たことからおわかりでしょうが、レポートや卒業論文などで、「近年徐々に「スィ」という音節も日本語に定着しつつある。

」という結論を見越したテーマを取り上げるのはお勧めできません。

 半世紀ほど昔、学生運動家の間で、「ナッスィング(nas-sin-gu)! ナッスィング!」と叫んで演説を妨害することが流行りました。そういう環境で学生時代を過ごした国語学者の書いた概説書に「最近は ナッスィング のように、「スィ」という音節も日本語に定着しつつある。」というようなことが記述され、それを別の学者の書いた概説書がマネをして、という具合で今でもその種の「日本語概説」の教科書は出回っていますが、日本語の「音韻」として定着した「スィ」はありません。

 日本語の音韻として定着した「外来語」専用の音韻は次の13音です。

シェ  シェーカー 日本語として sheekaa と発音しないと通じない。seekaa と発音してはいけない。
チェ  チェック  日本語として chekku と発音しないと通じない。tekku ではダメ。
ツァ  モーツァルト mootsaruto  ×moocharuto ×mootaruto 日本語でも、しゃべり言葉ならば「真っ青(マッツァオ)」
ツェ  シャンツェ shantse ×shanche ×shante   
ツォ  カンツォーネ kantsoone ×kanchoone ×kantoone
ティ  ティーパーティー tiipaatii ×chiipaachii ×teepaatee
ファ  ファイル hwairu ×hairu ×huairu
フィ  フィクション hwikushon ×hikushon ×huikishon
フェ  フェンシング hwenshingu ×henshingu ×huenshingu
フォ  フォロー hworoo ×horoo ×huoroo
ジェ  ジェット機 jettoki ×zettoki ×jiettoki
ディ  東京ディズニーランド tookyoodizuniirando ×-jizuniirando ×-dezuniirando
デュ  プロデューサー purodyuusaa ×purojuusaa ×purodzuusaa

 現代日本語の音韻は、撥音・促音・長音の類を別にすれば、和語・漢語に使われるものは直音67音、拗音33音の計100音です(「みゅ」は果たして和語・漢語の一般語彙に実例があるかどうか疑わしいですが)。この100音は昭和61年7月1日内閣告示第1号『現代仮名遣い』で音韻として認定されています。

 そして平成3年6月28日内閣告示第2号『外来語の表記』では『現代仮名遣い』の100音のカタカナ表記と上記外来語専用の13音のカタカナ表記を同列に扱い「外来語や外国語の地名・人名を書き表すのに用いる仮名とする。」としています。

 また『外来語の表記』では「イェ、ウィ、ウェ、ウォ、クァ、クィ、クェ、クォ、ツィ、トゥ、ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ、テュ、フュ、ヴュ」の18表記を「外来語や外国語の地名・人名を原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名とする。」としており、音韻とは同列に置いていません。

 その他の表記については『外来語の表記』では「特別な音の書き表し方については、取り決めを行わず、自由とすることとしたが、その中には、例えば、「スィ」「ズィ」「グィ」「グェ」「グォ」「キェ」「ニェ」「ヒェ」「ヒョ」「ヴョ」等の仮名が含まれる」としています。「スィ」は特別な音であり、日本語に定着した音とは認められていません。

現在のところ、「スィ」は日本語の音韻とは認められていません。つまり shi という音声も、si という音声も、音韻としては同じ「シ」なのです。どれほど si という音声が蔓延しようとも、それらすべてを shi という音声に置き換えて発音してもよいのだったら、si と shi が別の音韻として区別されているとは言えないのです。

 ティーン と ちいん(知音) は別の言葉です。「このごろのチーンエージャーときたら。」「彼とはむかしからのてぃいんです。」は間違いです。
 カンツォーネ と 浣腸ね は別の言葉です。「あたしの好きな……」は誤解のもとです。
 シェリフ と 科白 は別の言葉です。「♪シェリフが違う、科白が違う、言葉が違う。」
 パッスィング と バッシング は 同じ言葉です。
 ますぃーん  と ましーん  は 同じ言葉です。

「si」という発音・「スィ」という表記の言葉(一般語彙)で、「shi」と発音してはいけないもの、30年来探してはいますが、ひとつも見つかっていません。

『現代仮名遣い』も『外来語の表記』も、しっかりした音韻論によって裏打ちされていると感ぜられます。これに反する論をするには相当の本格的学術能力が必要でしょう。現在のところ、現代日本語の音韻を考えるのに最高級の参考文献資料のうちの2つが『現代仮名遣い』と『外来語の表記』です。


「スィ」をテーマとして論文を書くには、「音韻」「音声」「音節」「モーラ」が何であるか、しっかりと体得してください。生兵法は通用しません。

この回答への補足

こんにちは。丁寧にありがとうございます。

実は既に前も書きましたが、私の本当の目的は、ESL/EFLの発音指導の問題点を指摘しようということなのです。

ESLの先生は当然必ずしも日本語をよく知っているわけではなく、seeとsheの発音を間違えたら、「日本語はhigh front Vの前でのsとshの音韻上の対立が無いのだ」と判断し、この2つのarticulationを指導し、それで返って日本人の生徒が混乱してしまっているのを何度も見ています。

そこで、「日本人はseeとsheの発音の区別は難しくない。しかし、『区別ができないできない』言われることによる精神的な要因、又本来の日本語の音節にはない『スィ』をとりあえず使えば英語っぽいというovergeneralization、つまり社会言語学的要因が発音ミスの原因だ。」という仮説を立て、それを証明しようと試みているのです。

「スィ」という「表記」がオフィシャルではないことは当然知ってますし、下の方が紹介してくれた論文も既に読んだことのあるものでした。

そして決定的な証拠となる「シ」と「スィ」の最小対語が見つからないのも、悩みの種でした。そうですか、30年来探していても見つからないのですね。強いて言えば、マンガ等のキャラクターで、「ヘルスィー様」「水橋パルスィ」等がありますが、これでは弱いでしょう。

しかし、まさに「ナッスィング」と「ナッシング」の発音上の区別は誰でもできるのではないでしょうか?

政府にオフィシャルな音節と認められていない=発音できない、とは言い切れないと思っているのです。

英語のLとRや、弛緩母音/I/や/U/等は、日本語にない音なので、多かれ少なかれ練習が必要でしょう。

一方日本語には/s/も/i/もあり、*siというsequential constraintがあるだけで、LやRとはわけが違います。

生兵法など相手にされないことは当然承知の上です。そんな生半可な覚悟ではありません。決定的な証拠をつきつけることが目的です。

ESL/EFL教育の向上のために、「日本人にとって、『シ』と『スィ』の発音上の区別は難しくない!発音ミスは心理的要因だ。」という証拠になるものは、ないでしょうか?

(日本語のサとシと、英語のs、shの音声学的な音の違いは、ややこしくなるのでとりあえずここでは無視して考えて下さい。)

補足日時:2009/03/04 01:21
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標準というか共通日本語には”SI"という音は存在していない筈です。


桑田圭祐は ”カ”を語頭で”キャ”と発音している。非常に聴きにくいし”日本語????”できるの?と思わざるを得ない。

あたたが書かれている”machine”の件は”単に間違えて覚えているだけ”とは思えませんか?それとも、よく英語の時間に”シ”じゃないよ
”si”は”スィ”だよと、しつこく”発音を直され”、反対に考えた結果かな?

いわゆる、J-ポップを歌う人たちの、出鱈目日本語発音 には頭が痛くなり、余り”聴キャ”ない ことにしている。

この回答への補足

> 桑田圭祐は ”カ”を語頭で”キャ”と発音している。

桑田圭祐は、かなりわざと色々な音を使いますよね。ラ行でLのような音を時々使うのは、わざとではないかとアメリカの音声学者の友人は言っています。w


> それとも、よく英語の時間に”シ”じゃないよ”si”は”スィ”だよと、しつこく”発音を直され”、反対に考えた結果かな?

まさしくそれだと思います!
つまり「シ」も「スィ」も両方発音できるのに、それをどこで使うかを習っていないので、間違った場所で使ってしまい、それをESL/EFLの先生達は、「日本人はlとrのみならず、sとshも区別できない」と誤解してしまっているのだと思いますが、この裏付けとなりうる良い資料がほしいのです。

補足日時:2009/03/04 08:47
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「おる」が「いる」とほぼ同じ意味を持つ普通動詞だというNo.2さんのご意見にとても納得しました。
これは「方言だ」と言われればそれまでですが、「おる」は自分を落とした言い方ではなく、ごく普通に「存在する」という意味で使っています。
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