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かなりマニアックな質問ですみません。

幕末はまさに、きら星のごとく印象的で優れた人物を輩出しました。
新撰組あり、松下村塾あり。
戊辰戦争、大政奉還。
明治になって幕引きのごとき西南戦争。

あなたは、どの人物に心惹かれますか。
その理由も教えてください。
広く捉えて、幕末から明治でも、複数でも構いません。
よろしくお願いします。

A 回答 (16件中11~16件)

坂本龍馬に一票!


理由は、親父に借りた司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んで坂本龍馬にはまったからですw
後もう一人挙げるとしたら徳川慶喜…ですかね?
200年以上続いた「徳川幕府」というブランドや地位、先代の思いなどを捨てて返上したその心意気に少し惚れましたw
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この回答へのお礼

ご回答を頂きありがとうございます。

幕末の偉人を語るには、坂本龍馬は欠かせない人物ですね。
「竜馬がゆく」は私も読んではまりました。
坂本龍馬とはどういう人物だったのか。通読していないので間違っているかも知れませんが、
勝海舟の氷川清話にもろくに登場していなかったと思います。
龍馬を歴史の表舞台に引きずり出したのは、案外司馬遼太郎だったのかなとも思ったりします。
ナポレオンが忘れ去られたジャンヌ・ダルクを引きずり出したように。

徳川慶喜は、西郷らに担がれ家康以来の英明と謳われたのに、やがて倒幕の矢面に立たされてしまう。
数奇な人生を歩みましたよね。

お礼日時:2009/03/17 16:19

北里柴三郎、岡倉天心、南方熊楠など。



疫病対策?病は気力で治せ!!の根性論が蔓延る中、世界最高権威の研究所を蹴って日本の医学会の為に尽くしてくれた北里、旧来の日本文化を否定して西洋の仲間入りをしようとする政府や大衆に対し日本の旧来の文化でも世界に通じる事を示した岡倉、蝶・日本人の南方。

類は友を呼ぶのか、辿ると面白い人たちがたくさん出てきます。
榎本武揚もこういった毛色を持っているので好きです。
まぁ明治になって破壊されていく日本を支えた人たちですね。
他にもたくさん居ると思いますが今の私はこの辺り。
日本人として自信が持てるのもこういった人たちのお陰だと思う。
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この回答へのお礼

ご回答を頂きありがとうございます。

北里柴三郎、世界的に名をとどろかせた医学者ですね。細菌学だったでしょうか。
岡倉天心は残念ながらよく知りませんが、確か、関連する美術館があったような気がしますので、
美術関連で功績のあった人物なのでしょうね。勉強不足ですみません。
南方熊楠は、何年前でしょうか、関連本などでブームになった記憶があります。

様々な分野の功績者がいてこそ成功した、日本の改革だったのでしょうね。

お礼日時:2009/03/17 16:36

山岡鉄舟(鉄太郎)です。


なんというか、本当は実在しなかった創作の人物でないかと思うくらいの愛すべき馬鹿(失礼、本当は書にも通じた文武両道の人ですよ!)といいますか…まさしく「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」(by西郷隆盛)の表現がぴったりくる人物です。
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この回答へのお礼

ご回答を頂きありがとうございます。

山岡鉄舟は、身の丈の大きい人だったようですね。
ある意味馬鹿だったのでしょう。

だからこそ、西郷隆盛の心を動かすことができたのですね。
至誠が通じるだけの一途さと胆力を感じさせる人物です。
あれがあったからこそ、後の勝海舟と西郷の対談も成功したのでしょうし、江戸を火の海から救ったのですね。

まさに、これは漫画の主人公かと思わせるぐらい破天荒で真っ直ぐな人物です。

お礼日時:2009/03/17 16:45

個人的にぱっと思いつくのは高杉晋作、人生狂気のごとく自分の信ずるところに従い突き進んだ、功山寺決起で痛快極まる一発逆転劇をたて形勢を変えた明治維新の陰の最大の功労者、男が惚れます


昨年は1000キロ近く離れた下関、萩旅行でたっぷり晋作の世界に浸りました、東行庵へお参りし、お墓参り、萩の武家屋敷では桂小五郎・晋作・伊藤博文の生家、松下村塾などまさに歴史のロマンの旅でした

あ、旅行の話ではないですよね、すみません
幕末には一徹に武骨に自滅を顧みず自分を押し通した、会津松平容保、西郷隆盛・井伊直弼(皆タイプは違うかもしれませんが)
狂気のように突っ走った高杉晋作はじめ長州
その間で生き残った公家・徳川慶喜・勝海舟・大久保利通
まだまだ言い尽くせません

今度は会津東北へ心を馳せています
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

萩へ行かれましたか。一度は行ってみたいです。
会津へも行かれるのでしょうか。
松平容保というと、愚直なイメージがありますね。
そして西郷隆盛という人物を、私は愛して止みません。

越後長岡の河井継之助はいかがでしょう。
私が心惹かれる人物のひとりです。
幕末を語りながら、一度酒を酌み交わしてみたいものですね。

お礼日時:2009/03/19 01:21

 井伊直弼ですね。


 政策の是非の問題はありますが、重要な政治決断を果敢に実行した行動力にひかれます。藩主になるまでの経歴等、いわゆるエリートとは違う一面に、ある種のシンパシーを感じるのかもしれません。
 
 
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この回答へのお礼

近江彦根藩の第13代藩主。江戸幕府の大老ですね。

井伊直弼といえば、安政の大獄が有名ですが、
弾圧の対象となったのが、幕府の秩序を乱したり過激な攘夷論者だけではなく、
「継嗣問題」で反対派に回った大名や開明派官僚たちに処罰が及んだのは、やはり間違いでしたね。
しかし、彼の決断力と果敢な実行力は目を見張るものがありますよね。

ご回答を頂きありがとうございました。

お礼日時:2009/03/20 22:55

・荒井郁之助



日本ではじめて日食コロナ観測(写真撮影)をされた人物。
初代中央気象台長を勤められた。
あと、そのお人柄・・・。「至極結構!」
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この回答へのお礼

荒井郁之助。
知りませんでした。
これは迂闊にお礼ができないと思い、ネットで調べる時間を必要としたため、お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。

函館戦争で海軍総裁だった人なのですね。
あれで浮かぶのは、土方歳三と榎本武揚ぐらいでしたので、
こんな人物もいたのかと驚きました。

至極結構というのは気象台長時代のあだ名なのですね。
大変勉強になりました。

ご回答を頂きありがとうございました。

お礼日時:2009/03/23 21:41

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