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ベトナム、ホーチミンに滞在中の話です。
ホテルがデタム地区にあったせいか、毎日のように物乞い「お金ちょうだい」と、手を出される事があり、最初のうちは1ドル紙幣をその度に渡していたのですが、
同じ子にまた見つけられしつこく来られたり、挙句の果てオープンカフェのレストランにも入って来られ、ねだられてしまうことも・・・。
日本でいえば小学生の低学年くらいの子供が、ヨボヨボの年老いたおばあさんを見せしめのようにして連れ、お金をねだる子にも会いました。

欧米人には全く知らん顔でしたが、日本人?狙いなのでしょうか?
よく見つけたね、と思わず感心してしまうほど、スーッと現れては手を出されました。初めのうちはカルチャーショックもあり、思わずかわいそうに思って渡していたのですが、
だんだん嫌になってきて迷っていると大声を出し文句のような奇声をあげる子供もいました・・・。
まるで、日本人はお金があるんだからとも言わんばかり、あげるのが義務のような感じにも取れました。

現地で親しくなったベトナム人が「あの子達、カンボジアから来てるんだよ。ベトナムの方がまだ食べていくにはいいから」とのこと。
なるほど、食べていく事さえやっとで大変なんだろうなぁ・・・という気持ちにはなったものの、手を出されたからお金をあげる、これっていい事なのでしょうか?
果たしてよかったのか?と、今になって考えています。隣にベトナム人がいても、彼らには決して手を出しません。
(以前、ベルリンの中央駅や小さな駅で、いい大人にも物乞いされた経験があり、本当はお金があるのに騙していたという事実もあって、それからは一切無視していました・・・。)
ちなみに、いかにもお金持ちそうな格好はしていませんし、ブランド品など一切手にしていません。

日本が発展途上国に援助しているような、個人レベルでの小さな出来事だとは思ってはいるんですが・・・。

A 回答 (8件)

私もタイで物乞いする子供に出会いました。


凄くしつこかったですが、無視を通しました。
可愛そうですが頑として渡さないほうが良いと思います。

>最初のうちは1ドル紙幣をその度に渡していたのですが、
同じ子にまた見つけられしつこく来られたり、挙句の果てオープンカフェのレストランにも入って来られ、ねだられてしまうことも・・・。

一回渡したために子供が付け上がった証拠だと思います。


ここからは私の経験と勝手な憶測ですが、日本人は子供や現地人相手に怒鳴ったり、殴ったり滅多にしないですよね。=優しい人種だと思うんです。
他国の人やベトナム人同士なら怒られたり、殴られる可能性があるから何も言わない日本人が物乞いされやすいのではないでしょうか?

私もプーケットで勝手に押し売りされたり、韓国では手を引かれて裏道へ連れ込まれかけた経験があります。
日本語で怒鳴ったら相手は凄く驚いて一目散に逃げていきました。
言語は異なれど「怒」は万国共通だと実感しました。
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この回答へのお礼

タイでもありそうな話ですね。
日本人=優しい人種だからなのでしょうね。べトナム人のある男性も日本人が一番ラブリーだと言っていました。
怒るまでは感じはしなかったですが、今後考えていきたいと思います。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/10/21 23:42

ベトナム、特に、ホーチミンでは、実際の親子ではないのに、手足のない子供や、怪我をしている子供を大人がお金で雇うシステムがあります。

観光客からせしめたお金は、胴元のおばあさんの手に入り、子供たちは、1日働いていくらとか、せしめたお金の数パーセントをもらうようです。彼らは、組織的なこじき集団です。

結局、あなたの顔を覚えられたので、しつこいだけです。同じ日本人でも、私のところには、寄ってきません。相手もわかっているのです。

なお、米1ドルと言う高額をしかも、外貨で渡せば、カモですよね。
こどもたちは、外貨は換金できないのです。よって、胴元のおばあさんに渡して、わずかな現地通貨のドンをもらうのです。

普通、どこの国へ行っても、かわいそうだからと言って渡す金額は、その国の現地通貨で、その国で、パン1切れ分のお金が、常識です。

高額な金額を渡せば、こじきは、働きません。労働しなくても、食べていけるのですから。。よって、労働支援をするつもりなら、外貨など、渡しては、何にもならないのです。

だんぜん、断るべきです。インド、中国、カンボジア、どこでも居ますが、現金をやる日本人が、1番、軽蔑されているのが、実情です。
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この回答へのお礼

組織的なんですか?それは知りませんでした。
1ドル渡したのは、日本円で100円だと思った私の価値観からです。
日本円で考えたジュース1本分です。
海外に滞在中は何でも日本円に考えて換算します。自分の渡せる能力で、100円は決して大金だとは思いませんし、金額までは人それぞれかな?と思います。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/10/21 23:47

こんにちは。


可哀想に思えても、お金はあげるべきではありません。
別の回答者さんが書かれていますが、お金をあげても
大半は胴元さんに巻き上げられるだけです。
お金をあげる人がいるから、「物乞い」を辞めない
んです。

1ドル紙幣をあげていたなんて・・・。
カモになってしまってたんですよ。
1ドル・・・。日本人からしたら100円にも満たない
紙幣ですが、そのベトナム人の子から見たら
1万円くらいの価値があるお金だったかもしれ
ません。
めざとく見つけて、寄って来るのも分かります。
追い払われたとしても・・・。運がよければ
お金をくれるんですから・・・。

あと・・・。めざとく見つけて・・との事ですが、
日本人(というか外国人)の旅行者は、本人が思っている
以上に目立つんです。
着ている服、立ち居振る舞い、雰囲気などです。
ベトナム人ならバイクに乗って移動して歩かないような
場所でも、頑張って歩いていたり、お店にいる時間などで・・・。
いる場所・時間だけでも「あぁ、観光客だな」と分かります。
おそらく簡単に見つかったのだと思います。

>まるで、日本人はお金があるんだからとも言わんばかり、あげるのが義務のような感じにも取れました。

人・宗教にもよるのでしょうが・・・。
ベトナムの貧しい人で、「富んでいるものは貧しいものに
施しをあげるのは当然」と考える人が多いみたいです。
なので・・・。お金をあげたとしても、「お金持ちが
貧乏な人にあげるのは当然」なので、感謝はされない
可能性が高いです。
日本人がお金を取られても、「まぁ、お金があるのだから
仕方ないんじゃない?」と思われている可能性があります。

メイドさんとかが・・・。部屋に置いてある主人の
ネックレスを盗む・・・。
もちろん犯罪です。でも、ベトナムでは「見せびらかす
方が悪い」、「盗まれないように管理してない方が
悪い。綺麗なものを見たら、欲しいと思うのが当たり前
でしょう?」という人もいるんです。

>隣にベトナム人がいても、彼らには決して手を出しません。

物乞いが子どもならば・・・。
ベトナム人でもあげないのは、「そんな物乞いをしている
暇があったら、勉強して働けばいい」と思っているの
でしょう。
戦争の後遺症などで本当に働けないような体の人には
お金ではなく、食べ物を恵んでいるベトナム人もいます。
施しをしてくれるお寺もあります。

>ちなみに、いかにもお金持ちそうな格好はしていませんし、ブランド品など一切手にしていません。

これは、日本人の価値観です。
どんなに汚い格好をしていたとしても・・・。
ベトナム人の本当にお金が無い人の服よりは綺麗です。
破れていませんし、汚れも雲泥の差です。
おまけに旅行、仕事でベトナムに来ているのです。
お金持ち以外の何者でもありません。
日本人がどんなに「貧乏旅行」だと思っていても、
滞在で使うお金は、その物乞いの人達の1日の収入を
上回ると思います。

お金をあげたいという気持ちは悪い事ではありません。
でも・・・。物乞いにお金を施すのはいけません。
旅行者は無力ですが・・・。でも、旅行者が多ければ
観光でベトナムは儲かります。そのお金が巡って
物乞いの人にも恩恵があるといいですね。
物乞いよりも、しっかり働けばお金が入るし、働く場所も
探せばあるという環境につながれば・・と思います。
(これもかなり、いいかげんな考えかもしれませんが)。
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この回答へのお礼

確かに、あげる人がいるから物乞いを辞めないのでしょうね。
そして、やはり日本人が目立つのも実感しました。ベトナムに限らずですが・・・
遠くにいても相手が日本人旅行者だとすぐにわかります。現地の人にとっても同じなのでしょうね。。。格好も、そうですね。毎日同じ服を着ている人も珍しくなかったですから・・・。

>「富んでいるものは貧しいものに施しをあげるのは当然」これは別のシーンで本当に実感しました。やはりそういう考えなのですね。
いろいろ参考になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2009/10/22 00:54

私も海外旅行に行き始めた頃は、アジアやヨーロッパで物乞いの方を


よく見かけて戸惑いました。
日本では見かけない光景にカルチャーショックを受けました。
乳飲み子を抱えた人、動物を連れた人、子供から大人まで・・・・・
一緒に行った人からは、「絶対にあげない方が良い」と言われそれを守ってきました。
私があげることによって他の日本人の人がターゲットにされるし、1人にあげると
どんどん寄ってきて大変等の理由からです。
が、カンボジアに行った際に、4歳ぐらいの女の子から服をつかまれてしまい、
離してもらえませんでした。
振り切るにも、、同い年ぐらいの姪っ子と姿がかぶってしまい・・・結局、お金を
いくらか渡しました。
その時は、しついこいわけでもなくあっさりと開放してもらえましたが、果たして
私がとった行動は正しかったのか?と悩んだものです。
あれから大分、時間が経っていろんな国に今でも行きますが、その時に自分が
判断して行動したことは「正しい」という考えに至りました。結果はどうあれ。
あげたいと思ったならあげればいいし、それで嫌な思いをしたならば今後はあげないで
いいんじゃないでしょうか?
真面目な日本人からすると気分屋さんの行動にも思えますが、いいんですよ、それで。

>一緒に行った人からは、「絶対にあげない方が良い」と言われそれを守ってきました。
>私があげることによって他の日本人の人がターゲットにされるし、1人にあげると
>どんどん寄ってきて大変等の理由からです。

↑これも結局、物乞いの人たちは誰にでも寄っていくことが多いですし(数打てば当たるの
世界ですから)、選ばれた人はその人の判断で行動すればいいだけ。
いちいち、次の人たちのことを考えてたら何にもできないです。
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この回答へのお礼

私も同じです。ある男の子が甥っ子と同じような年齢、背格好で・・・後から考えても複雑な気持ちになりました。

>あげたいと思ったならあげればいいし、それで嫌な思いをしたならば今後はあげないでいいんじゃないでしょうか?
同じく・・・絶対にあげてはいけないという決まりがない限り、自分の考えとしては実際に会ってしまった際どうしても同じ考えになる気がします。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/10/22 01:03

こんにちは。


物乞いの子にお金をあげるか、あげないか、はご本人が納得していればどちらでもよい、と私は思います。

私もインドに旅行したとき物乞いの子どもがとても多くて戸惑ったんですよ。でも、相場も分からないし現地の子どもが使うような小さなお金は手に入らないし、で、結局無視することに決めたんです。
でも旅行を続けて行く中で、日に日に耐えられなくなって、それにインドの考え方も少しですが学んで、最終日、同行していたガイドにお願いしてお金を渡して来ました。

で、その後、考えを改めて、2度目にインドに行ったときは積極的に施しをしてきたんです。「持てる者が持たざる者に施す」のがインドでは当たり前、義務なのです。ベトナムでもそんな考えが流布していても不思議ではないですね。
自分もその考えに従いました。韓国人も中国人もたくさんいたのにすぐに日本人だと分かるようでしたよ。現地の人の数十倍の施しを要求されましたが、法外でない、やや多めの施しをしました。もちろん感謝もされませんでした。

ベトナムの事情は詳しくないのですが、貴方は別に間違っていないと私は思います。物乞いは、働き口を見つける術さえ見つからないから物乞いなのだと思います。決して物乞いのほうが儲かるから、ではありません。
貴方が無視しようが施しをしようが元締めがその子どもを搾取することに変わりはないかも知れません。でも、貴方が施しをしてくれた日、その子はいつもより早く仕事を切り上げることができたかも知れませんよ。

施しをあげ続ける旅行者がいる限り物乞いはなくならない、という人がいます。その通りです。でも目の前に溺れている子どもがいて、誰かが助けるから、ここにはいつまでたっても救急車が配備されない、とは考えないでしょう。貴方は目の前のつらい状況に対処しただけなのです。

最初に書いた通り、これが良いことだったのかどうかは、本人の考え方次第だと思います。施しをするときは、し続ける覚悟・信念を持って施せばよいし、施しをしないときも、やはり一貫して無視し続ける意志・信念を持っていればよいと思います。

貴方が戸惑っているのは、こういう信念がないままに突然難しい問題をつきつけられたからだと思います。わたしも戸惑いました。日本にいる限りこういうことに悩むことはほとんどないと思います。よい経験をなさったし、深く考える機会を得られて幸運だと思いますよ。
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この回答へのお礼

インドでは、わざと子供の身体を不自由にして物乞いをしている親がいると聞いた事がありました。。
「持てる者が持たざる者に施す」なのですね。

このご回答を読み、smallgreenさんは「慈愛の人」という感じがして、なんだか勇気つけられたというか、優しい気持ちにさせられました。
こういう気持ちを持つ方がいると思うと嬉しいです。
同感させられるという自体、自分も同じ気持ちなのだと感じました。
それが本当にいい事なのか、どうかはわかりませんが本人の納得次第ですね。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/10/22 01:17

出張族です。



良かれと思ってなさったことを批判しません。かわいそうだから、
お金を上げたという心を恥ずかしく思う必要も、疑問を持つ必要
もないと思います。

一方、他の方が書かれるとおり、児童虐待、人身売買の温床になり
がちなのが、この物乞いです。物乞い要員にと、田舎の親が都会の
エージェントに子供を売りつけるのは東南アジアでは普通の話です。
だから、今後、この手の事件が増えないために、どんなに目の前の
子がかわいそうでもお金をあげないというのもひとつの見識です。
また、その手の犯罪を取り締まるのは警察の役目で、実入りがなくて
目の前の子が(エージェントに)虐待されないようにと、少しだけ
包んであげるという判断を反対するわけではありません。

アジアでは、麻痺や手足の欠損の子供を車椅子に乗せて物乞いする
人も見ます。病気や事故でそうなったのだと思いたい・・・影に
人為的な関与がないことを祈りたいと・・・私はいつもつらい思い
を抱きます。
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この回答へのお礼

私が会った子供達も、売りつけられた子だったのかな・・・?と、考えてしまいますね。
その時は、それが良いと判断して渡したので、そう言ってくださると安心します。

>人為的な関与がないことを祈りたい・・
同感です。本当に・・・
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/10/22 01:23

こんにちわ。



ベトナムではありませんが。

物乞いの子もいれば、ガム1個を観光地で売るような国もありますが、たいがい、大人が影にいます。
元締め、ですね。

夜中にレストランを出たところで、花売りの子が駆け寄ってきました。
地元の人が、大人がいるから、と言っていましたが、私たちが去ると、物陰から大人がでてきました。

こういった子供には、血縁のない子も多いそうですし、不具の子も、物乞いにするために、足、腕を折るという話を聞いたことがあります。
実際、不自然なほど、手足の曲がった子がいて、その子を10年ほど、尋ねるたびに、アジアの大都市の繁華街で見ます。

いつか、通り過ぎて、やっぱり、いつもいるし気になって戻っていったら、すでにいなくて、親が 連れてくる、という話です(手足の曲がりがあまりにひどく、歩けないと思います)、稼ぎ頭なのでしょうね、彼は。 
最初は、幼稚園生くらいだった彼、大きくなったその子を見るたびに胸が痛みます。いつも、曲がった手足がよく見えるようにカエルのようにペッタリコンクリートの上に伏せているので、まともに顔を見たこともありません。

さて、あなたはいいカモにされたのですよ、あげちゃったんだから。

そのときあげたかったなら、良いと思いますが、彼らはしつこいですよねぇ。生活かかってますし、そうやって育ってきたので、恥ずかしいと思わないのでしょう。

私は、あげてもいい、と思った時があれば、あげますし、そうでないときは、しません。
いずれにせよ、ポケットに入れた20円しない紙幣、小銭で対応することにしています。
財布のありかまで教える必要はありませんから。

そのため、小さい額の紙幣を小銭と一緒に、どちらのポケットに、と朝わけて出かけることがあります。
100円あれば、立派なお弁当が買える国なので、たま~に、ものごいのおじいさんに あげることもあります。

知人は、施すと、何か別のいいことが回ってくる、と言っていました。
だからって、施すわけではありませんが。。。
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この回答へのお礼

どちらの国なのでしょうか?でも、同じアジアで同じような事が起こっているのですよね。。。
ポケットにあらかじめ、ご用意されているんですね。
やはり日常茶飯事、無視はできない程頻繁にあることなんですよね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/10/22 01:28

ポケットに余裕が有ればそのときの気分でやれば良いだけ、自分の気持ちなど相手に伝わりません、そこで自分の偽善を感じてください。

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この回答へのお礼

??
偽善があったらいちいち渡しませんよ。

お礼日時:2009/10/22 01:32

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