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天皇が人間宣言を行うまで国民は真に天皇を神様だと思っていたのでしょうか?
人間とは仮の姿で本当は全知全能の神なのだと。

もしそうであれば人間宣言は国民にとって青天の霹靂で、それこそズガーンと
いかづちを落とされるようなショッキングな出来事だったんじゃないかと思うんです。
しかし教科書ではこの辺サラッと流されてしまい、国民のショックが全く伝わってきません・・・。

子供の頃このことを祖父に何度か訊いたことがあるのですが、いつも有耶無耶な感じで
返されてしまい、結局納得できる回答を得ることは出来ませんでした。
今思えばはっきりと口にしたくなかったのかな・・・。

当時の国民は人間宣言を行うまで天皇を真に全知全能の神だと思っていたのか、
また国民は人間宣言をどう受け取ったのか、ご存知の方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。

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A 回答 (15件中1~10件)

日本の神とキリスト教の神とは違いますよ。


キリスト教の神は全知全能の創造者ですが、
日本の神というのは、神道に基づく神です。

神道というのは、多神教で、
山や川、動物も神になります。
人間でも、少し偉い人は神になってしまいます。
徳川家康も、豊臣秀吉も、日露戦争で有名になった
乃木大将も、皆神になりました。
サッカー選手でさえ、神になった例があります。

英語のゴッドを神と翻訳したのは適切ではなかった
ようです。

天皇にしても、全知全能の神、と思っている
人はほとんどいなかったとおもいます。
私の祖父祖母などにも聞いたことがありますが
「偉い人」程度の感覚でした。
尤も、江戸時代以前には、貴族は、神であり
彼らが入浴した残り湯は薬として珍重された、という
記録がありますが、それにしても、全知全能などと
いう大それた神ではありませんでした。

ちなみに、今でも田舎に行けば、地元の有名な政治家
の写真は神棚に飾られ、神扱いされているところが
残っています。
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 ANo.4です。


 総括、総纏めのお礼がでて、終わりなんでしょうが。
 日本人って、いろんなものを結構すんなり受け入れきたという国民性もあるんじゃないでしょうか?
 それが、一緒くたにはならないが、一民族みたいな観念もでてきたり。
 変わっているのに、ずぅっと変わってないような思いもしたり。
 そんな性質もあるかと存じます。
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>天皇が人間宣言を行うまで国民は真に天皇を神様だと思っていたのでしょうか?


>人間とは仮の姿で本当は全知全能の神なのだと

そんなアホな事を思っていた日本人はいませんよ。笑)

ただ、とってもとっても偉い人、「神様と同じ位、偉い『人』」という感じだったようです。
あくまでも、『人』ですよ。
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この回答へのお礼

沢山のご回答ありがとうございます。

皆様からご指摘を頂いている「天皇を全知全能の神」の部分についてなのですが、
戦時中の新聞記事で「神風によって○○艦隊大勝利」というような見出しを
見た記憶があったので、国民は「天皇は神通力を有している=全知全能の神」と
刷り込まれているのだと思っていました。

積年の疑問が解けただけでなく、自分にとって得るものが多い質問となりました。
2頁目まで下がった辺りで締め切ろうと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2010/08/29 03:51

> もしそうであれば人間宣言は国民にとって青天の霹靂で、それこそズガーンと


> いかづちを落とされるようなショッキングな出来事だったんじゃないかと思うんです。

あり得ませんね。
「何をいまさら」という感覚ではなかったかと思います。

> 人間とは仮の姿で本当は全知全能の神なのだと。

最初からそんなことを考えている人はいません。
すでに他の方も回答していますが、キリスト教やイスラム教のような一神教の神と、神道の神(つまり、日本語での本来の意味の神)はまったく異なります。
戦国時代は、その辺のことがわかっていたから、キリスト教のそれを「神」とせずに「デウス」と使い分けましたよね。
(もっとも、ラテン語のデウスも本来の意味はローマ神話の神々のことなので、キリスト教より神道の神にむしろ近いのかもしれませんが...)
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>天皇を神様だと思っていたのでしょうか


そんな事を思っている国民は平安の昔からいません。しかし曲解する者が居るのも事実です。
ただ、アマテラスの家系として日本を統べるべき者という考えがあるだけです。しかもそれは今もあります。
但し、このアメテラスを頂点とする神道の解釈と「統べる」という意味を正しく解釈しない一部の人間が「神」「独裁」というイメージを植えつけているだけです。その代表が軍部です。
明治初期に、既に「天皇が日本を治める際には、重要な事案については周囲の者と良く相談して決めること」となっており、独裁ではありません。それに神なら相談などしないでしょう。
軍事国家と成った日本が軍部により天皇を神格化し、それに伴う靖国信仰を造り上げて、いわゆる国家神道の形を作っていったのです。つまり天皇の神格化はあくまで軍部による強制であって、絶対肯定でなければ不平分子として処分されるから、国民は何も言わなかったのです。

俗に玉音放送と人間宣言を重ねてイメージするので、ショッキングだったような気がしますが、実際には人間宣言の映像も記事も殆ど出ていないところを見ると、実はすんなりと受け入れられたのではないでしょうか。
それに天皇の人間宣言(これもマスコミが命名)も軍部の構築したいわゆる国家神道からの決別を意図したものと考えられます。
ちなみに前述の国家神道はマッカーサーがこの軍部の取った天皇の神格化、靖国信仰を主体とする信仰形態を指したものであり、神道そのものを差したものではありません。
明治時代に国が打ち出した国教としての神道には「神道を日本の国教と定めるが、個人の信仰は自由である」と解釈がされています。
だからこそGHQの支配下において、神社と国家権力を切り離しただけで神社本庁の設立を認めたわけですし、皇室神道や神社神道も維持されています。(この神道は教義ではなく、儀礼の式次第をまとめたものを言う。神社神道に教義はありません)

お爺様の態度は、配線した途端に自分は戦争反対だったとか、負けると思ったなどと自慢げに語る愚か者より遥かに素直でいいと思います。
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愛国者、売国奴は全知全能の方がありがたい。



崇拝する側は「はっ、てめぇらとは尊敬するものが違うんだよw俺様は天皇を崇拝してるからなw貴様のようなちっぽえけな物を崇拝とは格が違うんだよwwwww」

誹謗中傷する側は「俺様は強大な敵と戦う勇者・救世主なのだ!!」



どちらも、自己愛のくだらない人間ですから、普通の人は気にしていないのですよ。
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>天皇が人間宣言を行うまで国民は真に天皇を神様だと思っていたのでしょうか?



回答:思っていません。


>また国民は人間宣言をどう受け取ったのか、

当たり前のことではあるが、それをいったらおしまいだろう。という感覚だったと思います。


戦争とは、国の全てを戦争の継続の為に動員しなければ行えないものです。
そのためには、愛国心を盛り上げる為に、自国の正義や民族の優秀性をアピールするなど、使えるものは何でも使います。
同時に、情報を統制し、敵国に利する言論は宣言されます。
これらは、どこの国でも行われていたことです。
アメリカなどは言論については自由であると自称していますが、終戦後に公然と共産主義者を弾圧しています。

戦前の日本が自由のないファシズムの国であったとか、現人神と教えられたとか言う人達は、そんな時期の教育を受けてしまったり、調べもしないで上記の極僅かな期間を過剰に言っているだけです。


その何でもありの戦時下でも、天皇が神格化されたのは、終戦間際の僅かな期間です。

明治憲法は立憲君主制を採用しています。
これは国政は議会で決定し、国家元首であっても法の支配を受ける=個人の感情で政治が左右される専制君主国家ではない。
という事を以って、外国に日本が文明国であるということを示す為です。
である以上、敬愛されてはいても、神格化された絶対権力者とは認識されてはいませし、そのような教育を継続して行い、国民に現人神という認識を植え付けた事実はありません。
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政治的な処理に関しては他の方が回答してますので省略しますが、まず天皇陛下が神様だったというのは間違い。

古事記を読んでいただければわかるかと思いますが、あくまで神の系譜の者、すなわち神の子孫であるということです。厳密には神とは違います。

それから、日本人のいう神とは、全知全能の神ではなく、色々いる神のうちの1人(1柱)ということです。多神教ですから。

全知全能の神などを信仰してるのは、アブラハムの宗教の人たちだけです。それ以外の宗教はすべて多神教ですから。

その辺の認識からまずは始めてみましょう。
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人間宣言という言葉は正式な題名で無いという


のはご存知であろうと思います。この言葉は占領軍
や左翼主義者により宣伝され広められた物です。

大日本帝国憲法でも天皇絶対主義ではなくて
政府も在れば議会も在る。もちろん法律体制も在る。
天皇が現人神であるとの規定は無い。

戦争においてキリスト教の神に対抗する精神的
よりどころとして神を具現する象徴とされていた。
敗戦により必要性が消えたのです。

俗に人間宣言といわれる文章は神を具現する象徴
の必要が無くなった事を国民に伝えるものでした。
言われなくても敗戦により判っていた事でした。

天皇も同じ考えを表明する事で国民の合意と
正式に認めたというわけですね。

国民には人間宣言は当たり前。だからショックは無い。
その後の天皇全国行幸(ぎょうこう)のほうが感激
され喜ばれました。天皇が生きている、ならば自分達も

生きて行けるに違いない。生存の見通しが立った。
自分達の地域に天皇が来た。これはまぁノアの箱舟に
乗れたようなものだったのです。だから喜んだ。

今の時代。自分の家の前を大金持ちが歩いて通れば
なんだか嬉しくなるでしょう? まぁ似ていましたねぇ~
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天皇を神様と思ったことは、今の日本の人から見ても余り不思議ではないのでは無いですか。

しかし、勿論西洋人の言う神様ではなく、日本人の考える神様です。

貴方の周りのお年寄りの方で、ご自分の亡くなった親の写真を神棚や仏壇、あるいはどこかの壁に飾っている方が必ずいるのではないですか。その方は、その写真に向かって、今日も一日無事でいられますようにと毎朝手を合わせている筈です。日本人はご先祖様と呼ばれる、身内の神様を全員持っております。そのご先祖様という神様は優しい心持ちでいつも貴方を見守ってくれている。日本人は若い時に神仏に何も興味を持たなかった人でも、自分の親が亡くなると、不思議にその遺影を何処かに飾るようになるものです。それが、実は神道の自然発生的な根拠なのです。仏壇に飾っていても、日本人はその方を仏様とは思わずに、やはりご先祖様と言う神様だと思っているのです。だから日本人に取っては仏壇は神棚でもあるのです。

そして、その延長上に、日本と言う大一家を良かれと見つめていくれてる神様がいる。日本人は古来から皆、天皇家から分かれて来たのだと思いたがっておりました。古事記や延喜式に載っている神様はほとんど皆親戚のように書かれています。公家も武家も皆昔に辿って行くと天皇から枝分かれて来たと考えようとしていた。一方、下々の民間では、自分たちの祖先やその土地の産土神を信じていた。そこで、古事記や延喜式の神と先祖神を融合させることは一般民間人でも余り抵抗なく受け入れられた。だから天皇の祖先達を神様だと言われても、そんなに抵抗なく受け入れる土壌が出来ていた。

そんな精神的な土壌が培われて来た状況で日本が強大な西洋と接触した時に、軍事強国である西洋は皆国家宗教なるものを持っており、そのような国家宗教を持っていない国々は非文明国と見なされ、対等な国として扱ってくれないことに気付いた。そして、場合によっては西洋の属国にされてしまうことに、明治の先人達は気が付いたのですね。

そこで、日本も西洋に匹敵する国家宗教をもった西洋並みの文明国であると言うことにして、西洋の毒牙から逃れる方法を模索した。その結果、日本人の祖先信仰を象徴的に具現化するものとして、今まで日本に存在していなかった国家神道なるものを編み出し、その祖先神の象徴として天皇を目に見えるような形で引っ張り出して来て、それを現人神と言うことにした。


ですから、天皇を現人神であるとした理由は日本人のためにではなく、毒牙をもった西洋人に、日本もあんた達並に文明国なんだと知らしめるためだったのですね。そして、その目潰しの名目的国家宗教を創り出すために、日本人に取って余り抵抗のない祖先神信仰を利用したのだと思います。ですから、戦前の日本人に取っては天皇は死んだおばあちゃん程度の神様だったのだと思います。

戦争に負けて、西洋人の価値観を力尽くで受け入れざるをえなくなってしまった現在では、今更、西洋の列強に期して国家宗教を唱えて彼等と張り合うことも出来なくなった。アメリカさんの強制の下に、日本人は最早あなた方の意のままに言うことを何でも聞きます、あなた方の価値観と張り合う意思を持っては居りませんということの宣言が、天皇の人間宣言に象徴されている訳です。日本人が未だにアメリカさんの意のままに行動している最近の象徴的な出来事は、沖縄の普天間基地問題で日本が日本人の意思を無視してまでアメリカさんの命令を聞かざるを得なかった出来事ですね。

そして、巷の日本人も、戦争に負けちゃった今になっては、戦前のほとんどの人達が何となくうさん臭さを感じていた人工的に創り出された天皇神を捨てて、今までのように死んだお爺ちゃんやお婆ちゃんに見守ってもらえばいいやと、またすんなり自然な祖先神信仰に帰って来たのだと思います。

蛇足になりますが、江戸時代の開国時の日本人の識字率は西洋列強の識字率よりも遥かに高いものでした。西洋で最も識字率の高かったイギリスを優に超えており、フランス人の数倍もありました。また、戦国時代に来日したポルトガルの宣教師達が日本のお百姓さん達の知的水準の高さに舌を巻いたと言う記録が残っております。それほど、日本人は一般民間人でも西洋人よりも遥かに世界を合理的論理的に把握する訓練を受けていたのです。例えば、江戸時代、15歳になっても冠婚葬祭の時に人前で一人前の口上が言えないようでは、お百姓さんでも人々から馬鹿者扱いされていたという記録が残っております。その点に関しては今の貴方に引けを取っておりませんでした。そして、貴方ですら天皇を全知全能の神であると言われて、それを真に受ける程度の低い人間ではないでしょう。貴方の祖先達も皆貴方程度の良識は備えていたのですよ。
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Q天皇の人間宣言とは

文献を読むとただ事ではなかったな、
と理屈では思えるのですが、いまいち実感がわきません。

「これから何に頼って生けていけばいいのだ」
というほどに国民はショックを受けたのでしょうか?

失意の中、国民は何を考えて、どのように行動したのか、
といった観点から書かれている文献や文学作品など
ご存知でしたら、あわせて教えてください。
それをテーマにしたサイトでも結構です。

Aベストアンサー

☆天皇制

昔のことを思い出します。
小学校の講堂の舞台奥に「ご真影」というのが飾られていました。
「ご真影」とは勿論、天皇陛下の写真です。
毎週月曜の朝、校長が「教育勅語」を読み上げたあと、恭しく扉を開け「ご真影」に向かって拝礼します。
その時、生徒たちは、「ご真影」を見てはいけないものとされていました。
教頭の「敬礼(だったとおもいます、拝礼かも)」の声でじっと頭を下げ、扉が閉じられて「敬礼終わり」の声で頭を上げることになっていたと思います。
戦中、戦後、その時々で、個人個人がどう思うかは別にして、天皇は「生き神様」として崇拝されていました。

その背景にあったのは、明治天皇の存在ではなかったかと思います。
乃木将軍、東郷元帥の働きで、強敵ロシアを、大陸で、日本海で、ことごとく打ち破り日本の名を世界に轟かせた史上最強の天皇として、日本国民を狂喜乱舞させ、熱狂的な崇拝者が沢山生まれたと思います。

思えば、平安末期、鎌倉、足利時代を経て、戦国時代、江戸時代そして明治維新・・・、日本の歴史上、数々の天皇が続いていますが、いずれも、なよなよとしたお公家様に囲まれた非力な存在だったと思います。
そして、その時々の武将のために、国家統一の象徴として利用されることが多かったのではないでしょうか。

それに比べ、軍服に身を固め、ロシアの将軍と向かい合う威風堂々とした姿は、歴代天皇とはまったく違った存在だったと思います。
いまだに、初参りの時期、全国から巨万の人々が集まり、明治神宮を参拝するのが、その名残でしょうか。

☆終戦ショック

バブルの崩壊などと比較されると怒りさえ覚えてしまいます。

トラック島、サイパン島、アッツ等、硫黄島、そして、沖縄。
日本軍は次々に敗退、日本国民は本土決戦の決意を固めつつありました。

金気のものは、刀剣類は勿論、泥棒除けの鉄柵まで、殆ど軍に徴発されていました。
武器らしい武器が無い中で考え出されてのが「竹槍戦術」です。
青竹の先を削って槍のようにしたものを配り、それで戦おうというのです。
街のあちこちで「竹槍訓練」というのが始まろうとしていました。

夜昼無く、空襲警報のサイレンが鳴り響き、防空壕へもぐる日が続いていたのです。
毎日毎夜、日本中の、どこかの街が、空襲で火の海にされていたのです。
広島、長崎に、新型爆弾が落とされ、日本中が焼き尽くされると恐れられていました。
父が、子が、夫が、親戚や友人が、戦地に送られ生死不明の状態でした。
街や島が陥落され、艦船が撃沈されるたびに身内の安否に怯える毎日でした。

「これから何に頼って生きていけば」どころか「明日は誰が死ぬか」という時期だったのです。

極度の緊張感が高まる中での玉音放送に、殆どの国民はその場に次々とへたり込んでしまいました。
口にこそ出せなかったが「やっと終わってくれた」。
殆どの人は、ただ、そう感じただけで他のことは思い浮かばなかったと思います。
戦争で、空襲で、死んでしまった人のことを想い、涙が止まらなかった人も多かったでしょう。

GHQが軍人を次々に絞首刑台へ送る一方で、天皇制を温存し国家統一の象徴として利用したのは歴代の日本の武将のやり方をまねたのでしょう。

その後、アメリカさんが、日本製の繊維製品、玩具、雑貨等を大量に買ってくれたおかげで、日本の産業も少しづつ立ち直っていきました。
本格的に立ち直ったのは、真に申し訳ないことに朝鮮動乱のおかげでした。
韓国の人から、これを理由に、日本を非難されることがありますが、日本人として率直にこれを認めざるを得ません。
幸いにして、金大中さんの頃から、産業、文化等ので韓日関係が改善されているのは喜ばしいことの思います。
沢山の人たちが、努力された結果だと思っています。

☆天皇制

昔のことを思い出します。
小学校の講堂の舞台奥に「ご真影」というのが飾られていました。
「ご真影」とは勿論、天皇陛下の写真です。
毎週月曜の朝、校長が「教育勅語」を読み上げたあと、恭しく扉を開け「ご真影」に向かって拝礼します。
その時、生徒たちは、「ご真影」を見てはいけないものとされていました。
教頭の「敬礼(だったとおもいます、拝礼かも)」の声でじっと頭を下げ、扉が閉じられて「敬礼終わり」の声で頭を上げることになっていたと思います。
戦中、戦後、その時々で、個...続きを読む

Q天皇が神様になったのはいつから?

天皇が神様になったのはいつからですか?

古事記だと、神様の子孫ってことになるんだろうけど、
古代から、神様だと信じられていたんですか?
蘇我馬子のころは、天皇暗殺とか平気でやってるから、
あんまり権威がなさそう。

でも中世だと、島流ししても殺すことはしてない(多分)から、
ほかの貴族や武士とは別格って感じですよね。

明治以降は、本当に神様だと信じられていたんでしょうか?
例えば、ヒトラーや金正日とかを「英雄」だって思い込んだり
ローマ法王やダライラマとかを「聖人」(厳密な意味じゃ違うけど)って感じることはあっても、
それは、一般人とは次元が違う、「立派な人」っていう意味です。
あと、死んだ人を神とか仏とか敬うのも分かる気がします。

でも生きている人を、「神」(つまり、人じゃない)って考えるのは、
科学的な近代以降では、かなりすごいことだと思うんですが
本当に天皇は神だと信じられていたんですか?

Aベストアンサー

現代の日本人は「神」というと一神教の神を想定して、そこから連想するので実態とはかなりかけ離れています。

天皇が「神」である、ということは一神教の神とはまったく違う概念なのです。

まず、一神教の神は人間ではありません。人間に「俺のことを崇めたら守ってやるから、俺を崇めてほかの神を崇めるな!!」という超自然的ななにかです。原則的にはモーゼに十戒を授けたエホバが唯一絶対神、ということになります。
これは最初から神であって人間ではありません。

ところが、多神教の国々は日本を含めて無数の神がおり、特に国を支配する王族は「神の末裔」ということになっています。
日本でも天孫が天下ってから人間と交配して、天皇家の一族になっていきますし、古代エジプトは本来はギリシャ系の移民なのに、現地民を支配するために「王はホルス神が人間の姿をしている」としていましたし、王が死ぬと「ホルス神は新しい体を借りてよみがえった」というふうにされていました。

つまり神は「人間ではないなにか」であると同時に「人間の形をしたなにか」でもあったのです。
日本でも太宰天満宮の菅原道真のように神格化された存在があります。彼はすさまじい怨念を残して死んだために、もともと人間でありながら「人間ではない何か」の力をもったとされ、神様として祭られたのです。

ですから、日本の天皇も朝廷成立の頃には「日本の神々を束ね総覧し、日本の民をまとめて神と会話するモノ」という宗教的な意味合いを持っていたようです。現在でも天皇の仕事に新嘗祭や 大嘗祭など天皇しか執り行えない儀式があり、儀式の内容は秘密になっています。
このようなことを行える唯一の存在である天皇は、臣民というただの人から見れば、少なく見積もっても「人ではない何か」であり、そうであれば崇め奉る存在であり、崇め奉るから「神」なのです。
そして人間ではないなにか(本当は人間ですが)をお世話するのも人のままでは問題があります。人が神に触れると神が穢れるからです。
そのため、天皇をお世話する人は宗教的な儀式を通じて神と交流できる能力を授かった、とされたり、後には仏教的な方法論を取り入れて、出家した人は現世から離れたので人ではない(化外の人といいます)として、天皇を治療する医師は頭を丸めて出家したことにしたりしました。
すべてはフィクションなのですが、人を「人」が治めたのでは政が出来ないため、そのようなフィクションがどの国でも必要だったのです。

ですから古事記の時代や卑弥呼のような存在を含めて、彼らは神だったといえますし、民衆はそれを信じていたわけです。
明治期になっても、現代でも天皇が神であることには変わりがありません。しかし、それは一神教的な神(人間ではない何か)ということではなく、政上のフィクションである、ということです。
その意味で戦後行った「人間宣言」は一神教であるアメリカ人からすれば「神である天皇を神の座かひき下ろして武装解除した」という勝利ですが、当時の日本人にとっては単に「政治的な権力から天皇が身を引いた」というメッセージに過ぎなかったのです。
当然明治期でも大戦期でも戦国時代でも、天皇が人間であることは当たり前のことであり、それを「神」としているのは制度上、政治上のフィクションであったからです。


島流しの話が出ていますが、日本は制度上、古事記の時代からずっと朝廷が「人」に権力を付与する形で今まで来ています。征夷大将軍は天皇が与えるものですし、内閣総理大臣だって天皇が任命するのです。
マッカーサー率いるGHQは実に日本の実情を理解していたと見え、アメリカやその他世界に向けては「天皇が人間宣言した」として日本が敗戦した事実を納得させ、日本国民には「権力は手放すようにしたけど、天皇は日本の権威のままだからね」と日本の国体そのものが変更になったわけではないことを印象付けたわけです。
実にうまい方法で、その代り日本人が「神」という言葉の意味が分からなくなってしまったのです。
それでもこれだけ日本が長い間平和を教授できているのですから、たいした副作用ではないのかもしれません。

ということでエジプトの例を含めても「神」の正体は、支配される側の民衆が納得するだけの「権威」というべきものなのかもしれません。
現在でも天皇が御璽(天皇のはんこ)を押さなければ、法律も条約も成立しませんから、今でも天皇は日本の政治上の権威であり、だからいまでも神であるといえるのです。

現代の日本人は「神」というと一神教の神を想定して、そこから連想するので実態とはかなりかけ離れています。

天皇が「神」である、ということは一神教の神とはまったく違う概念なのです。

まず、一神教の神は人間ではありません。人間に「俺のことを崇めたら守ってやるから、俺を崇めてほかの神を崇めるな!!」という超自然的ななにかです。原則的にはモーゼに十戒を授けたエホバが唯一絶対神、ということになります。
これは最初から神であって人間ではありません。

ところが、多神教の国々は日本を含めて無...続きを読む

Q最初の天皇はなぜ誕生したのか?

初代天皇は、どういう経緯で出来たのですか?
神武天皇は、国王(日本で一番偉い人)みたいなものだったのですか?

Aベストアンサー

実はそのことについてわからないので困っているんです。
というのも3世紀に活躍したとされる邪馬台国の卑弥呼という女王の解釈により、最近では神武天皇でさえ紀元前660年前の人物とすることには異論がありながらも、その存在自体はありえて、だからこそ正史である『日本書紀』に記載されているのでは?といった論調もあります。
神武天皇そのものというより、神武の伝承として伝わる物語の核になる史実が存在した。それは現存はしていませんが『日本書紀』編纂の主な材料となりえた『帝紀』などに書かれていたのであろう。と予測する立場があるんですね。
ですから国家や天皇の成り立ち自体はよくわかっていない中で、神話などの古伝承から国家や天皇の成り立ちを整合性を以って説明できるのでは?と目下奮闘中といった人々もいる。とのあり方が現況では一番進歩が見られるスタンスであり、逆にそのような暗中模索な状況こそが、現在の学界における日本国家成立の研究、ないし天皇支配の淵源の研究などの現状だと思います。

そして天皇(大王)を中心とした国家といった概念が表れたであろうとされるのが、いわゆる4世紀の古墳時代と呼ばれる時代であったことは、考古史料から、特に前方後円墳などの規格性の強い墓制の出現で見当がつきつつあるのですが、そこの詳しい実態は、日本はもとより、3世紀段階における日本の国情を伝えた古代中国の史書などが4世紀時点ではないためよくわからないんです。いわゆる「謎の4世紀問題」ですね。

いずれにせよ『魏志』倭人伝などの記述から、卑弥呼が活躍する前後(3世紀)にあっては「倭国大乱」と評価できる内戦状態が、その規模は別として事実あったのでしょうね。もちろんその戦闘状態は天皇の出現と無関係であるとも思えないんです。その様な中、詳しい経緯はわかりませんが、倭国大乱と呼ばれる混沌とした戦乱の世にあって、統一的国家としてのヤマト政権を樹立するだけの武力ないし交渉力が、4世紀段階における天皇(大王)の祖先にあったことは疑う余地はないのかな?と思いますし、考古史料などが語る結果から帰納法的に糸を手繰りつつ明らかにしようと試みている、3世紀から4世紀にどのような経緯で歴史がつながるのか?といった問題は、識者はもとより僕に限らず古代史に興味を持つ者が一番知りたい部分なのです。

ですから率直に申し上げれば「初代天皇は、どういう経緯で出来たのですか?」という質問については「こっちが知りたい部分です」といった頼りない回答になり、せっかくのご質問に明確にお答えできないことを心苦しく思いながらも、現状をご理解いただければありがたいと思う次第です。

実はそのことについてわからないので困っているんです。
というのも3世紀に活躍したとされる邪馬台国の卑弥呼という女王の解釈により、最近では神武天皇でさえ紀元前660年前の人物とすることには異論がありながらも、その存在自体はありえて、だからこそ正史である『日本書紀』に記載されているのでは?といった論調もあります。
神武天皇そのものというより、神武の伝承として伝わる物語の核になる史実が存在した。それは現存はしていませんが『日本書紀』編纂の主な材料となりえた『帝紀』などに書かれていたの...続きを読む

Q天皇=神の子孫という認識

伝説では天皇は日本を作った神の子孫ということですが、現在ではどう認識されているのでしょうか?
憲法や、法律や、政府の見解としてどのように解釈されているのでしょうか?
あくまで神の子孫ですか? それともただの人間ですか?

Aベストアンサー

昭和天皇の人間宣言と呼ばれているもの(官報の記載)で「神にあらず」と言っていますので、現在は天皇は人間だと解釈されていると考えていいのではないでしょうか。

Q天皇って本当に必要ですか?←税金の無駄遣いで不快

天皇って本当に必要なのでしょうか?税金の無駄使いで不愉快です。
彼らは、海外の似たような身分の人と会食をしたり、挨拶をするだけで、何も私達の生活には影響がありません。
 彼ら、天皇家は国民の前では手を振っていますが、おかしいです。
彼らは我々の税金で、ご飯が食べられるのです。国民の前では、常に礼をすべきです。
そして、隠し事が多すぎます。何かあると、マスコミの前では何も言わず、貴族の城へ隠れます。
私達の税金で食べてる以上、情報開示をもっとすべきでしょう。
そして、東京の真ん中に、莫大な土地を所有しているにも関わらず、何も役に立っていません。
国民の為に売却し、もっと有効利用すべきではないでしょうか?
天皇家は、土地の安い場所へ引っ越すべきだと思います。

さらに、子供に「様」まで付けて呼ばせています。なぜですか?
本当に何様なのでしょうか?
死んだときは、「崩御」と言う言葉を使うように、神様扱いしている理由が分かりません。
そんなに、すごい事を私達にしてくれますか?

また、日本国の象徴と言われているのが不思議です。
日本国憲法で職業選択の自由が保障されているにもかかわらず、私を含めほとんどの人は、天皇になる権利がありません。
これは差別です。
日本国の象徴は、国民投票で選ばれるべきだと思います。
可能性は低いですが、どんな日本国民でも努力次第で総理大臣になれます。
でも、天皇になるのは、なりたい人もいらっしゃるでしょうから、チャンスを与えてあげるべきだと思います。
まぁ国の象徴も、日本国憲法も、アメリカが作ったものなので、不条理なのは、仕方がないのかもしれませんがね。
とにかく、天皇を税金でまかなう必要があるのでしょうか?
私は必要だと思う人たちが、毎年、天皇家へ寄付をすればいいだけの話で、日本から切り離してもいいと思います。
本当に天皇は必要ですか?皆さんの意見をお聞かせください。

誤解される方が多いと思うので書きますが、私はサヨクでも、在日でも、宗教団体の人間でもありませんので。

天皇って本当に必要なのでしょうか?税金の無駄使いで不愉快です。
彼らは、海外の似たような身分の人と会食をしたり、挨拶をするだけで、何も私達の生活には影響がありません。
 彼ら、天皇家は国民の前では手を振っていますが、おかしいです。
彼らは我々の税金で、ご飯が食べられるのです。国民の前では、常に礼をすべきです。
そして、隠し事が多すぎます。何かあると、マスコミの前では何も言わず、貴族の城へ隠れます。
私達の税金で食べてる以上、情報開示をもっとすべきでしょう。
そして、東京の真ん中に...続きを読む

Aベストアンサー

 天皇は職業ではありません。地位です。

 誰でもなれるようにすると、余計な権力争いがおき、世の中が乱れたり、無駄なお金がかかったりするだけです。

 誰でもなれないから絶対的権威となるのです。宗教的バックボーンの薄い日本人から、天皇制をとってしまえば、国家が乱れて、安定させるのに莫大なお金がかかります。

 そのためだとは言いませんが、無駄なお金を使わないためにも税金で制度を維持する必要があるのは当たり前のことです。

 あなたは警察や消防、自衛隊を必要とだけする人だけがお金を出して雇えばいいと言っているのと同じです。
 
 外交上も皇室があればきわめて円滑な国家間の交際が可能となります。王室のない国はそのためにものすごいお金と努力を使っています。

 もう少し歴史や外交、国際関係、政治を勉強してください。その上で建設的質問をお願いします。

Q天皇陛下は法律上日本人ですか?

私達日本人は生まれてから死ぬまで日本の「戸籍」に
記載され続けます。それにより「日本人」という国籍も
与えられるわけで、そこから派生した住民登録などを元に
選挙権が与えられたり国勢調査などにより日本の人口に
数えられます。

一方で皇族の方々は一般の戸籍とは別に台帳があって
管理されているそうですが、それに伴いいくつかの
素朴な疑問を持っています。

1.皇族に国籍はありますか?
  我々一般人は海外旅行する際旅券が発行されますが、
  皇族の場合は受け入れ先の国がその身元を予め認めて
  いるので旅券は不要と聞きました。戸籍も無く、
  パスポートも持たない皇族は「法律上」も日本人
  なのでしょうか?
2.皇族にも刑法などが適用される?
  日本人が国内で犯罪を犯してしまった場合、当然
  刑法を持って処罰されますが、皇族はどうですか?
  故意でないにせよ、万々一に事故で人を傷つけたり
  最悪の結果死に至らしめるようなことはあり得る話で
  皇族が期せずしてその加害者になってしまう可能性も
  ゼロではないと思います。そんな場合「原則論では」
  どうなるのでしょう?
3.国勢調査などの人口統計に皇族も入るの?
  「日本の人口は○月×日現在1億2×××万××××人」
  と、数字を丸めずに1人の単位までカウントする場合、
  その数字の中には皇族も入っているのでしょうか?
4.皇族に住民票はあるの?
  普通の戸籍はないそうですが、住民票はどうでしょう?
5.参政権は当然無いと考えて良いですよね?
  選挙権も被選挙権もあるとまずい気がします。

以上、よろしくお願いします。
  

私達日本人は生まれてから死ぬまで日本の「戸籍」に
記載され続けます。それにより「日本人」という国籍も
与えられるわけで、そこから派生した住民登録などを元に
選挙権が与えられたり国勢調査などにより日本の人口に
数えられます。

一方で皇族の方々は一般の戸籍とは別に台帳があって
管理されているそうですが、それに伴いいくつかの
素朴な疑問を持っています。

1.皇族に国籍はありますか?
  我々一般人は海外旅行する際旅券が発行されますが、
  皇族の場合は受け入れ先の国がその身...続きを読む

Aベストアンサー

匿名の掲示板で専門家であるとか経験者であるとかいうことにどれほどの意味があるか疑問に思っています。
以前,大学教授だ,その分野で論文を発表したことがあるといってた人が,基本的な条文解釈を間違っていることを指摘されて,消えていきました。
自信を持って間違えた回答をしている人はいっぱいいます。自信があるかないかも主観的な問題です。

どの答えが正解かは結局ご質問者自身が確認するしかないということでしょうね。

1.憲法論的に天皇が日本国民か正面から論じた文献を見たことはありません。
それは,今の憲法論が,天皇も日本国民であることを前提に,「主権者としての国民」や「人権享有主体としての国民」に天皇が含まれるか論じているからです。
しかし,天皇が日本国民である,あるいは日本国籍を有するという表現は,主に人権享有主体との関係で次の箇所に見られます。
憲法(1) 第3版(有斐閣)野中俊彦 中村睦男 高橋和之 高見勝利 216頁
憲法 新版補訂版(岩波書店)芦部信喜 86頁
憲法学(2)人権総論(有斐閣)芦部信喜 106頁 115頁
憲法 第3版(弘文堂)伊藤正己 199頁
憲法 第3版(青林書院)佐藤幸治 415頁

体系・戸籍用語辞典(日本加除出版)114頁で皇統譜についての記載で
「日本国籍を有するものでも戸籍に記載されない唯一の例外に天皇および皇族がある」と書いています。

東京高等裁判所判決平成元年7月19日は判決理由中で「天皇といえども日本国籍を有する自然人の一人であって……」としています。

私は今まで,著者の明示された文献で「天皇は日本国籍を有しない」とする記述を見たことがありません。後学のためにも何方かお示しいただければと思います。

2.これも刑法の主要な基本書には載っていることです。
刑法総論講義 第3版(東京大学出版会)前田雅英 94頁
刑法講義総論 第4版補訂版(成文堂) 大谷実 92頁

なお,刑法総論 第3版(弘文堂)曽根威彦 27頁は刑法の適用のないケースとして天皇をあげていますが,「手続上の訴訟障害であると考えられる」とされていますので,刑法の適用を否定するものではないようです。

民事裁判については判例があります。最高裁判決平成元年11月20日(民集43-10-1160)天皇相手に裁判を起こした人がいるんですね~

3.国勢調査については私も詳しくは知りません。
天皇が含まれるかについて書かれた文献も見あたりません。
総務省統計局に尋ねるのが一番です
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2000/index.htm
国勢調査についての問い合わせアドレスが下の方にあります

4と5については消極で一致しているんですよね。

一応,体系・戸籍用語辞典以外は大きめの書店であれば備えているでしょうから,見てみてはどうでしょうか?

ちなみに,皇太子さんが訪欧してますが,外交旅券は色は茶,官職欄は「CROWN PRINCE OF JAPAN 」となってます。

匿名の掲示板で専門家であるとか経験者であるとかいうことにどれほどの意味があるか疑問に思っています。
以前,大学教授だ,その分野で論文を発表したことがあるといってた人が,基本的な条文解釈を間違っていることを指摘されて,消えていきました。
自信を持って間違えた回答をしている人はいっぱいいます。自信があるかないかも主観的な問題です。

どの答えが正解かは結局ご質問者自身が確認するしかないということでしょうね。

1.憲法論的に天皇が日本国民か正面から論じた文献を見たことはありま...続きを読む

Q戦前の一般人が抱いていた天皇イメージ

明治維新の時に天皇が神格化されて1945年に敗戦するまでは
天皇はずっと神聖不可侵の神と見なされてきたという事がよく言われます。

しかし明治以前、例えば「太平記」などを読むと、天皇は非常に人間くさいイメージがあります。
後醍醐天皇が勝手に足利尊氏と和睦しようとして新田義貞からたしなめられて反省したりとか。
高貴な立場ではあるのですが、必ずしも立派な人間ではなく、神聖不可侵とは違う感じがします。

喩えとして適切か分かりませんが、「狐」という動物を「お稲荷様」という神様として尊ぶ反面、
そうは言っても動物は動物だよね、という感覚も持っているのに近いのかな、と思ったりします。

で、明治以前の一般人が持っていた天皇イメージは、大体そういう感じだったんじゃないか?と想像しています。
だとすると、明治政府がいきなり「天皇は神聖不可侵の神だ」と宣言しても、
一般人の天皇イメージがいきなり変わるとも思えないので、
「政府がそう言ってるからそういう事にしとくか」ぐらいの感じだったのでは・・と思ったりします。

天皇=神聖不可侵の神というイメージは、一般人にどれぐらい浸透してたんでしょうか?
明治維新の頃はあまり浸透してなかったけれども、時間が経つにつれて浸透して行ったんでしょうか?

明治維新の時に天皇が神格化されて1945年に敗戦するまでは
天皇はずっと神聖不可侵の神と見なされてきたという事がよく言われます。

しかし明治以前、例えば「太平記」などを読むと、天皇は非常に人間くさいイメージがあります。
後醍醐天皇が勝手に足利尊氏と和睦しようとして新田義貞からたしなめられて反省したりとか。
高貴な立場ではあるのですが、必ずしも立派な人間ではなく、神聖不可侵とは違う感じがします。

喩えとして適切か分かりませんが、「狐」という動物を「お稲荷様」という神様として...続きを読む

Aベストアンサー

>天皇=神聖不可侵の神というイメージは、一般人にどれぐらい浸透してたんでしょうか?

明治から昭和の20年頃までの天皇に関する教育で重視すべきが「教育勅語」だと思います。「教育勅語」の明治23年の発布が大きな影響を与えていると思います。

教育勅語の内容について、
http://shupla.hiho.jp/datas/theImperialTermOfEducation.html

また、その頃の天皇のあり方、軍事教育においての宗教的教えられ方が出ています。http://blog.livedoor.jp/abukuma_academy/archives/64845774.html

教育勅語を教えられたことによる影響
http://www.ne.jp/asahi/manazasi/ichi/heiwa/sensisya0109.htm

私自身は戦後生まれですが、高校1年の倫理社会の時間に「教育勅語」を授業で習いました。その時は教えられるまま、どのような意味かはほとんど分りませんでした。
また、私の母は昭和一桁生まれで小学校で歴代天皇の名前を朝礼の時に毎朝暗唱させられたといって、それを聞かされた時はびっくりしました。
小学校の頃にお年寄りの居るお友達の家に遊びに行くと、ご先祖の写真と一緒に天皇と皇后のお写真が飾られている家が結構ありました。
小学校の玄関には皇太子ご成婚を描いた壁画もありました。

>天皇=神聖不可侵の神というイメージは、一般人にどれぐらい浸透してたんでしょうか?

明治から昭和の20年頃までの天皇に関する教育で重視すべきが「教育勅語」だと思います。「教育勅語」の明治23年の発布が大きな影響を与えていると思います。

教育勅語の内容について、
http://shupla.hiho.jp/datas/theImperialTermOfEducation.html

また、その頃の天皇のあり方、軍事教育においての宗教的教えられ方が出ています。http://blog.livedoor.jp/abukuma_academy/archives/64845774.html

教育勅...続きを読む

Qなぜ戦前の日本軍は暴走してしまったのですか?

なぜ戦前の日本軍は暴走してしまったのですか?

関東軍の暴走や、5.15事件、2.26事件…。
真珠湾攻撃の前には既に南方で勝手に戦端が開かれていたとか。
それから、敗戦時にも玉音放送を中止させようと陸軍のクーデターが起こるなど、なぜ戦前の日本では、軍事がコントロール不能になってしまったのですか?

当時の米国や英国ではそうならかったということは、戦前の日本の政治体制や統治機構に何か根本的な誤りがあったのですか?

※これはド素人の質問ですので、質問文中に認識違いなどがあった場合は遠慮なく指摘して頂いて結構です。その際はどうぞお手柔らかに…

Aベストアンサー

>当時の米国や英国ではそうならかったということは、戦前の日本の政治体制や統治機構に何か根本的な誤りがあったのですか?
一言で言えば大日本憲法の条文にある「統帥権」でしょうね。
米国・英国の軍隊は文民統制(シビリアンコントロール)が為されていました。
大日本帝国軍の指揮系統は建前上、天皇の命令だけしか聞き入れない制度になっていました。
これを「統帥権」と呼びます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%B8%A5%E6%A8%A9
明治天皇のように、自から指揮、命令していた時代はそれで良かったのでしょう。
内閣・国務大臣も戊辰戦争を戦ってきた人々でしたからね。

時代が進むにつれて、「統帥権」の変容したのが、軍部の暴走した要因だと思います。
大日本帝国陸海軍には行政組織の陸軍省と海軍省が有り、それぞれに大臣がおりました。
これらは内閣の一員の行政組織で、人事権、徴兵などを行政事務を行ないます。
それとは別に海軍には軍令部、陸軍には参謀部があり、軍令部総長・参謀総長がおりました。
実際の作戦立案、実行を一手に握っていました。

最初は海軍省>軍令部、陸軍省>参謀部の関係でした。
現役の軍人とはいえ、官僚ですのである程度の常識を持ちイケイケの軍人を抑えていたのですが
それに不満を持つ軍人が「天皇は陸海軍を統帥す」の文言を盾にとり、統帥権の独立を画策し始めました。
次第に省令等を改定し、海軍省<軍令部、陸軍省<参謀部の力関係になりました。
つまり、軍人の文が弱まり、武が強くなってきました。
国会議員が異議や反対意見を述べたりすると「統帥権干犯」を持ち出し、反対意見を封殺していきました。
つまり、建前上、天皇のみしか軍隊を指揮命令する事が許されない
神聖にしてだれも犯す事の出来ない武力集団に仕立て上げたのです。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/tousuikennnokannpann.htm

しかるに、昭和天皇は皇太子時代、大英帝国を訪問し、英国の立憲君主制に触れ、それを模範にするお考えが有りました。

国王・皇帝が独裁的に指揮・指示・命令をするのではなく、それを輔弼する内閣・国務大臣の政策を承認する形を取りました。
それで、天皇の名の下に、自分の都合よく相手国に武力行使を独断専行で行い、全て事後承諾で戦争へと進んだのです。
結局は、降伏か戦争継続かで意見が分かれ、収集が付かなくなり、昭和天皇のご聖断となった訳です。

>当時の米国や英国ではそうならかったということは、戦前の日本の政治体制や統治機構に何か根本的な誤りがあったのですか?
一言で言えば大日本憲法の条文にある「統帥権」でしょうね。
米国・英国の軍隊は文民統制(シビリアンコントロール)が為されていました。
大日本帝国軍の指揮系統は建前上、天皇の命令だけしか聞き入れない制度になっていました。
これを「統帥権」と呼びます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%B8%A5%E6%A8%A9
明治天皇のように、自から指揮、命令していた時代はそれで良か...続きを読む

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Qなぜ「広島」「長崎」に原爆投下?

どうして広島と長崎に原爆投下したんですか?
他にも候補地がいくつかあったみたいですが・・。
東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・。
気象の関係と言うことも聞いたことがありますが、わかりません。

Aベストアンサー

下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったのは、文化遺産を惜しむアメリカの配慮」というのが根拠のない俗説であることが論証されていますが、「空襲の優先順位」などについても分かります。

日本の古都はなぜ空襲を免れたか
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31002714

「東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・」

日本の主要都市は、昭和20年8月にはほとんどが焼け跡になっていました。東京も川崎も横浜も徹底的に空襲されて、燃えるものが既にない状態でした。

原爆の投下候補都市は、「ある程度大きく、かつ大規模な空襲を受けていない都市」として選ばれたようです。

下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったの...続きを読む


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